トンネルを抜けたら、海だった。
……なーんて、川端康成のような書き出しで始めてみたが、なんのことはない。
今は臨海学校初日で、俺達はバスで移動中。ただそれだけのことだ。
「ふう、日本の海も、なかなか綺麗だな」
「そ、そうですわね」
「青い空、白い雲。絶好の海水浴日和だぜ」
「そ、そうですわね」
「……なあ、セシリア」
「そ、そうですわね」
「……………泣けるぜ」
俺の隣にはセシリアが座ってるんだが、さっきからまるで会話にならない。
普段はけっこう仲良くしてるつもりなんだけどな……。無視されてるんだろうか?
「嫁の雰囲気が普段とは違うからな。照れているのか?」
「……そ、そんなことはありませんわ!!」
うわあ、断言。
しかも、俺は無視するのにラウラには返事するのかよ。ちょっと傷ついたぜ。
「まあ、確かに、ずいぶんといつもと違うな。髪型を変えたのか?」
「いや、ただの寝ぐせだ。今日はかなり寝坊して、直すヒマがなかったからな」
そう、俺の髪型は今、某赤い弓兵のような感じになってる。
昨日は遅くまで眠れず、ベッドで何度も姿勢を変えていたせいか、気が付いたら寝ぐせ直しでもどうにもならないほど、カッチリとセットされていたのだ。
……葵に「こいつ、誰?」的な視線で見られたのには、かなり傷ついた。
「……もしかして、楽しみで眠れなかった、とか?」
「そんなわけないだろうが。シャル子、廊下に立ってなさい」
「ここ、バスの中だよ」
「つーか、マジなのかよ、紅也」
「子供のような奴だな」
う……一夏と箒がいじめるよぅ。助けて!ドラ○もーん!!
「うー!うー!うー!」
「こら!その泣き方は止めろ!!」
「おい!これから海に行くんだぞ!?シャレにならんわ!!」
「? 貴様ら、なにをそんなに慌てているのだ?」
ラウラには通じなかったらしい。まあ逆に、知ってたら怖いが。
だって、ドイツの特殊部隊の軍人さんがねぇ。日本のサブカルに精通してるなんてねぇ。そんなマンガみたいなこと、あるわけないじゃないっすか!なあみんな!
◆
「ハックション!!」
「副隊長、風邪ですか?」
「いや……おそらく、誰かが私の噂をしているのだろう」
◆
「そういえばシャル子、今日はなんだか上機嫌だけど、そのブレスレットと何か関係あるのか?」
「えっ、あ、うん。まあ、ね。えへへ」
そう言ってまた、手元に目線をやるシャル子。確か、一夏からのプレゼントだったか。
ここが女学園でよかったな、一夏。もし男の方が多かったら、黒い覆面&頭巾の集団が、お前を異端審問していたと思うぞ。
それにしても、この場に鈴音がいなくて良かったな。もしいたらお前、衝撃砲で撃たれてるぞ。
「やるじゃないか、一夏ぁ。本命はシャル子か、このこの~」
「な、何の話だよ!つーかそれ、昨日も千冬姉に言われたんだけど!?」
「な……なんだと、一夏!許さん!そこに直れ!!」
「い、一夏さん!ブロンドヘアーはシャルロットさんだけではなくってよ!……で、でも、一夏さんだけでなく、わたくしには紅也さんも……」
あっという間に修羅場を形成。さすがは一夏だ。
にしても、セシリアはボソボソ言ってて聞き取れなかったんだけど、何て言ったんだろうな?
「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」
織斑先生の一言で、騒がしかったバス内が急に静まる。相変わらずの影響力だな、オイ。
まあ、ここに着くまでは自由にさせてたんだから、なんだかんだで優しい所もあるよね。
そろそろ、というのは本当だったようで、5分もしないうちにバスは目的地に着いた。
まずは俺の乗る1号車。ついで残り3台のバスが到着し、中からわらわらと生徒が飛び出してきて、組ごとに整列する。
「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」
「「「よろしくおねがいしまーす」」」
全員で挨拶をする。なんか小学生みたいだけど、こればっかりは定番だからね。
すると着物姿の女将さんが丁寧にお辞儀をした。
「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」
今年の……と、いうことは、毎年ここに来ているのだろうか?どうりでお互いに手慣れてる感じがすると思ったぜ。
そんなことを考えながら女将さんを見て、ついでに「日本人って若く見えるからなー。実年齢いくつなんだろう?」とか考えてると、ばっちり目が合ってしまった。
「あら、こちらが噂の……?」
「ええ、まあ。今年は男子が二人いるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」
「いえいえ、そんな。それに、いい男の子じゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ」
「感じがするだけですよ」
織斑先生と女将さんが話す。そして唐突にこちらの方を向いたけど……。
ああ、そっか。挨拶しろってことか。
「拙者、山代紅也と申す。三日間世話になる故、よろしくお頼み申す」
「普通にせんか。……お前も挨拶をしろ、馬鹿者」
織斑先生が片手を上げながらこっちに向かってくる。
ヤバイ!いきなり叩かれる!!
……とか思っていたが、先生は俺を素通りし、一夏の元へ。そして一夏の頭に手を置くと、無理やり頭を下げさせた!
「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」
「うふふ、ご丁寧にどうも。清州景子です」
そう言って女将さんは、また丁寧なお辞儀をする。その動作に気負った感じは無く、あくまで自然な感じだった。
……いやぁ、プロってスゲェな。仕事の流儀ってモンを感じるぜ。
「不出来の弟でご迷惑をおかけします」
「あらあら。織斑先生ったら、弟さんにはずいぶんと厳しいんですね」
「いつも手を焼かされていますので」
いつも……?前に一夏が、織斑先生はほとんど実家に帰らないと言ってたけど、その度に一夏が何かしてたとか?それとも、女性関係の苦労?
絶対後者だな。一夏、節操ないし。
「それじゃあみなさん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも従業員に訊いてくださいまし」
女子一同は、はーいと返事をするとすぐさま旅館の中へと向かう。
荷物を置いて、すぐに着替えて、早く海に行きたいんだろう。俺もそうだ。
「じゃあ一夏、お先。俺、先に荷物を開けてくるから」
そう言って、走る女子たちを追いかける。ちなみに俺の荷物は、8だけだ。今日という日に備え、普段は拡張領域に入れている予備パーツを外に出し、代わりに荷物を入れたのだ。おかげでわざわざ重いカバンを持つことも無く、すいすいと進むことができる。
正面入り口から入って、廊下を左に。部屋番号を見ながら、ごそごそと「たびのしおり」を取り出す。えーと、俺の部屋は、俺の部屋は……
◆
〈side:織斑 一夏〉
「行っちまった……」
確か俺達の部屋、どこにも書いてなかった気がするんだけど。
「ね、ね、ねー。おりむ~」
ぐあ、この呼び方はまちがいなくのほほんさんだ。振り向くと、例によって異様に遅い移動速度でこっちに向かってきていた。
「おりむーって部屋どこ~?一覧に書いてなかったー。遊びに行くから教えて~」
その言葉で、周りにいた女子が一斉に聞き耳をたてるのがわかった。しかし、俺の部屋なんか聞いてどうするんだ?
「いや、俺も知らない。廊下にでも寝るんじゃねえの?」
「わー、それはいいね~。私もそうしようかなー。あー、床つめたーいって~」
いやいや、冗談だって。
俺達の部屋はちゃんと、女子とは別に用意されるらしいんだけど……。どこになるかは聞いてないんだよな。
「織斑、お前の部屋はこっちだ。ついてこい」
おっと、千冬姉がお呼びだ。早く行かないと。
「じゃ、また後で」
「うん、またね~」
のほほんさんに別れを告げ、千冬姉の方へと向かう。
「えーっと、織斑先生。俺の部屋ってどこになるんでしょうか?」
「黙ってついてこい」
う、いきなり言論封殺された。ちなみに旅館の中はかなり広くてキレイだった。さすがは一学年四組全てをまるまる収容できる規模。IS学園御用達というのも頷ける。
内装は、歴史ある装飾と最新設備を調和させ、さらに旅館らしく縁側や中庭まであるという徹底ぶりだ。庭には鯉の泳ぐ池や、ししおどし、さらにテントまで完備されていて、純和風の庭園の様相を呈して―――
……ちょっと待て。何かがおかしい。
何だ、あの真っ赤なテントは。違和感あり過ぎだろ。
「……何をやっているんだ、あの馬鹿者は」
お、千冬姉には何か心当たりがあるらしい。ずかずかとテントに歩み寄り、いきなり入り口を開ける。
中にいたのは、潜水服を着た、正体不明の人間だった。
だ、誰だ?不審者?何で「シュコー。シュコー」とか言ってるんだ!?
「……山代。何をやっている?」
……え?紅也?
怪人は潜水服の頭を取る。そこにいたのは、まぎれもなく先に行ったはずの紅也であった。
「……いやあ、部屋が書いてなかったんで、『野宿しろ』ってことかと思って、コレ持ってきたんですけど」
おお、その発想は無かった。
でも、普通、テントまで持ってくるか?
「にしても、いい場所ですよね、ここ。ワンセグ入るし、日当たりいいし。食料調達も容易だし」
「こ、紅也?鯉を食うのか?」
「ああ。なんか前に見たアニメで、用務員のおじいさんがおいしそうに食ってたから、気になってな」
そのアニメではその後、事実を知ったおじいさんが、チェーンソーを持って主人公を追いまわす展開になってた気がするけど。
「……はあ。お前の部屋はこっちだ。ついてこい」
「あ、良かった。ちゃんとあるんですね。じゃあ、これ片付けてから行きますから、少し待って――」
「いいからさっさと来い!!」
紅也は千冬姉に襟首をつかまれ、ずるずると引きずられていく。……潜水服姿のまま。
何てカオスなんだ……。
◆
〈side:潜水服姿の怪人物〉
え、ちょっと待て!好きでこんな格好のまま引きずられてる訳じゃないっつーの!
放してください!周りの視線が痛いです!!
こら、一夏!他人のフリをするな!口笛で「ドナドナ」吹くな!!
――と、唐突に織斑先生は手を放し、受け身を取り損ねた俺は、頭を床に打ち付けた。
「~~~~~~!!」
じたばた。ごろごろ。
「ここだ」
「え?ここって……」
一夏の言葉が気になり、俺は涙目のままドアを見る。そこには、『教員室』という張り紙がされていた。
「最初は個室という話だったんだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押しかけるだろうということになってだな。結果、私と同室になったわけだ。これなら、女子もおいそれとは近づかないだろう」
「そりゃまあ、そうだろうけど……」
誰が好き好んで熊の巣穴に入るか、って話だよ。俺だって、「伽藍の洞から人形盗って来い」って言われたら、たとえ「王の財宝」を積まれても拒否するね。
「一応言っておくが、あくまで私は教員だということを忘れるな」
「はい、織斑先生」
「それでいい」
そうして、二人は部屋に入っていく。俺を廊下に残したまま。
この服、重すぎて一人じゃ起き上がれないんだよ!しかもこの下、海パン一丁だし。こんなところで脱げないっつーの!その上、テントに8を置いてきちまったし……。
どうする、俺!?
「あ、山代君!何をやってるんですか?」
……この声は、山田先生。そうか、ここ教員室の前だもんな。助かったぁ~。
「ちょうど良かったです、山田先生。ちょっと起こして……」
「? どうしました、山代君?」
さて、ここで読者のみなさんも考えてくれ。俺と一緒にシンキング・タイムだ。
俺の姿勢を覚えてるか?――仰向けで、廊下に寝ている。
山田先生の服装は?――タイトスカートから覗くふとももが眩しいです。
山田先生の立ち位置は?――俺のそばに、しゃがんでます。ええ、顔のそばに。
理解していただけただろうか、俺の状況。
「……ところで山田先生。俺の部屋ってどこですか?」
忘れよう。気を逸らそう。俺は思考を放棄した。
「あ、織斑先生から聞いてませんか?私と同じ部屋です」
――おい、マジかよ!夢なら覚め……
「そうなんですかー。わかりましたー」
予想外の事態の連続で、俺の思考回路は完全にショートした。
機械的に返事をし、山田先生の手を借りて起き上った俺は、案内されるがままにふらふらと歩くのであった……。
紅也とクラリッサが出会ったら、素敵なオタ友になりそうです。
お互い恋人ができなかったら、5年くらいでずるずるくっついちゃうかも。