「はあ……いい湯だなぁ」
「…………………」
「どうしたんだよ紅也、そんな不機嫌な顔して」
「……野郎の入浴描写なんて、誰得だよ」
「……………は?」
◆
合宿二日目――の、朝。
皆さん忘れているかもしれないが、山田先生と同室だった俺は終始寝つけなかった。結局山田先生が眠ってから部屋を抜け出し、外で寝袋を出すことで睡眠は取れたんだが……。
――背中が、痛いです。
背中だけじゃない。枕にした石もサイズが合わなかったようで、頭が痛い。
そもそも、年が離れてるっていっても、山田先生は下手すれば同年代に見えるからなぁ……。そんな人と一緒に寝るなんて、俺には出来ない。まったく、一夏を尊敬するぜ。一ヶ月も箒と同室で、何の
「……で。そろそろ出てきたらどうっすか?」
思考を中断し、俺は虚空に向かって声をかける。
……別に、頭がおかしくなったわけじゃない。厨二な病気にかかった訳でもない。
ただ、気付いたのだ。目の前の芝生についた、人型にしては大きな足跡に。
「おっと、もうバレちまったか。相変わらず勘がいいなぁ、紅也は」
何もないはずの空間から、どこか懐かしい声が聞こえる。
そして、俺の視界に変化が起こった。
まず、足が現れた。黒と金の、どこか高級感のあるISの足。しかしそのつま先は、さながらピエロの靴のようにとがっていて、危険な感じがする。
次は脚。それから胴体。
同じく金と黒の配色。しかし、見る人が見ればわかるだろう。
この機体もまた――ASTRAYだということが。
レッドフレームでは白かった部分が黒く、赤かった部分が金色になっている。細部は異なるものの、両者は間違いなく同一の機体だった。
だが、決定的に異なるのはここからだ。まず左腕。これはいい。肩アーマーを除けば、これまた同一の部品であった。問題は右腕。そこにあったのは、紅也にとっては懐かしい、数か月ぶりに対面した『奴』の右腕……『トリケロス』であった。
さらに頭部、バックパックが展開されると、機体の印象は一変する。そこに立っていたのはまさに「悪魔」といった佇まいの、異形の全身装甲IS。
青く輝くモノアイが追加され、三つ目になった頭部。背中に広がる、漆黒の2枚の翼。
しかしそれらは機体の品位を貶めることなく、むしろ高貴さを引き立たせていた。
「いやあ、例のパーツが完成したんでな?慌てて届けに来たって訳さ」
そして最後に現れる、このISの操縦者――否、操縦者という呼称は、はたして正しいのだろうか?
その男は、異形のISの左腕に腰かけていた。断じて、機体を装着していた訳ではない。
だが、俺はそれに動揺しない。なぜなら、この機体は、そういうものなのだから。
「……はあ。まったく、あなたが直に届けに来なくてもいいでしょうに」
「言うなよ。なんせ、俺以外に手が空いてたのは、ユンだけだったからな」
「……あー。納得です」
よっ、という掛け声をあげて、男が機体から飛び降りる。
茶色の髪を逆立て、青いバンダナを額に巻いた男。その格好もISスーツなどではなく、藍色の作業着に、黄色いノースリーブの上着を羽織っただけのシンプルなものだ。
「……ところで、ここは関係者以外立ち入り禁止っすよ、師匠」
「もちろん知ってるぜ。だからこうやって、姿を消してきたんじゃねぇか」
「そういう問題ではなく……」
「まったく、固ぇこと言うなよ」
そう言って男――いや、俺の師匠は、肩をすくめる。その態度から察するに、悪びれたところはみじんも無く、俺は思わずため息をついた。
「まあ、いいです。ホントは良くないんですが、いいです。
……で、実物を見せてもらいたいんすけど……」
俺の中で『規則』と『好奇心』がケンカして、『規則』がTKOで大敗北した。
故に俺は、新パーツ見たさに、師匠の存在を許容する。
「おう、いいぜ。じゃあ、ちょっと離れてろよ」
そう言いながら、師匠は自分の左腕につけた、時計のような小型端末を操作する。すると黒いISが剣道のような構えを取り、そこに光が集まり始めた。
握った手には柄が。そこから徐々に巨大な刀身が生えていく。
そして光が収まったときにそこにいたのは、身の丈を越える赤い大剣を構えた、黒いISであった。
「……これが……!!」
「そう!オマエと8が設計して、俺が組み上げた新兵器!〈タクティカルアームズ〉だ!!」
そう言って、師匠はニカッと笑う。その表情は、いたずらを成功させた子供のようだった。
……変わってねぇなぁ、この人は。
◆
タクティカルアームズ。
かつて、学年別トーナメントに備えるために俺が発注し、そして間に合わなかった新武装。
ガーベラ・ストレートが『技』で斬る刀であるのに対し、これは『力』によって斬る剣。ビームサーベルのようにエネルギーに依存しない、実体を持つ剣だ。
……が、これはただそれだけの、つまらない普通の剣じゃない。
両刃の刀身のちょうど真ん中に、剣を割るかのようなつなぎ目がある。そこに隠し武器として、ガトリング砲を装備しているのだ。
これは、なかなか銃の命中率が上がらない俺が、遠距離の敵と戦うために考えた『答え』の一つ。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、って感じだ。
ちなみに、ガトリング砲発射の際には、刀身を折りたたんでコンパクトにしたり、伸ばしたままの刀身を地面に突き刺し、銃座代わりにすることもできる優れものだ。
そして第三の機能。この剣には強力なスラスターがついており、変形して背部に装着することで『翼』として使用できるのだ。推力は今のバックパックの1.5倍以上。ただし、今までと違って機体から直接エネルギーを吸い上げる使用になっているから、注意が必要だ。
さらに、この強大な推進力の副産物として、タクティカルアームズ自体を遠隔操作することも可能だ。剣の状態のまま飛行させ、相手を斬る。さしずめソード・ビットといったところか。この技術は、かつて拝借した〈ブルー・ティアーズ〉の制御データを参考にさせてもらった。もっとも、PICを使っていないため、完全再現とはいかないが……。
◆
「……っと、忘れるところでした。タクティカルアームズ装着用の新バックパックと、制御用の新しい頭部も出してください。それがなきゃ、『完成』とはいえませんからね」
「お、悪ぃな。忘れてたぜ」
そして新たに現れる、2つのパーツ。新たな頭部は、Vアンテナを大型化し、索敵・制御能力を向上させるためのもの。そしてバックパックは……タクティカルアームズを乗せる台座であり、特にビックリ機能はない。残念。
「これが『レッドフレーム強化3点セット』だ。久々に面白い仕事をさせてもらったぜ」
「ありがとうございます、師匠。思ってた以上にカッコイイです!」
「あったりまえだ!なんたって俺は、宇宙一の技術者だからな!」
そう言って、師匠は胸を張るのであった。
そうそう、今、俺の目の前にいる師匠は、あくまで『技術者』としての師匠だ。剣術の師匠は、いつか鈴音にも話した通り別の人。ちなみに師匠も、その人――蘊老師に指導を受けた一人であったようで、老師の弟子の中で唯一の『免許皆伝』だったとか。すごい話だ。
ちなみにもう一人、短い間だったが俺に拳法を教えてくれた人物も
……いや、やっぱやめとこ。
「じゃ、早速インストールを……」
「……って、今からっすか!?無理っす」
「はぁ?何かあんのか?」
頭に『?』を浮かべる師匠に対し、俺は説明を始めた。
「これから
「あ~。確か、『ISの装備試験』だったか?じゃあ、そんときでいいな?」
「ええ、まあ」
ならしょうがねぇな~。と、つぶやきながら師匠が端末を操作すると、3つの装備は光となって消えた。再び量子化して、目の前のISに収納されたのだろう。
「んじゃ、俺はしばらくここにいるからな。飯がすんだらまた来いよ」
「はい。じゃ、行ってきます」
そう言って手を振り、俺は歩き出す。三歩ほど進んでから振りかえってみると、既に師匠とISは消えていた。おそらく、またミラージュ・コロイドで隠れたんだろう。
……それにしても。
まさかこんな所に、ベクトルの異なる二人の天才が現れるなんて。
(もし、顔を合わせるようなことがあったら……)
かつての騒動を思い出し、人知れず頭を抱える紅也であった。
◆
「うぇ、しくじった~!!」
朝食後。一度部屋に戻って、「あれ?追加パーツはどうやって持っていこうか?」とふと思い浮かんだ疑問の答えを探し、うんうん唸っていたのがいけなかったのか。
山田先生の「先に行きますけど、遅れちゃだめですよー」という言葉を聞き逃し、気が付いたら集合時刻が迫っていた。
慌ててさっきの場所に戻り、3点セットを受け取った時点で遅刻は確定。それでも開き直る気にはなれない俺は、集合場所のビーチまで、全速力でレッドフレームを飛ばしていた。
……あ、ようやく集合場所が見えた。ハイパーセンサーのおかげで、イライラと足踏みをする織斑先生がはっきり見え、冷や汗が浮かぶ。生徒は、もう全員集合しているようだ。つまり、遅刻は俺一人。……俺、死んだかも。
人のいない場所を選んで着地。砂埃が舞い上がる。
そしてパーツをその場に置いて、俺は自分がいるべき場所へと走り出した。
「ようやく全員集まったか。――おい、遅刻者」
「は、はいっ!ごめんなさい!!」
織斑先生に睨まれ、俺は思わず頭を下げる。
内心では冷や汗タラタラだ。もし「罰として焼き土下座だ」とか言われたら、いくら俺でも耐えられない。
「何でISまで展開していたのかは、この際目をつぶっておいてやる。
そうだな、ISのコア・ネットワークについて説明してみろ」
どうやら、焼き土下座は回避できたようだ。織斑先生が、兵藤のような性格でなくて良かった。厳しいには違わないけど。
「はい……。えーと、ISのコアは相互情報交換のための独自のネットワークを持ってます。これは、ISが本来、宇宙空間での活動を前提に作られたから、円滑に連携するためにも相互に位置を把握することが必須だったためです。えーと、他には……あ、操縦者同士の会話にもこのネットワークが利用されています。その他にも、ISが自己進化するために、このネットワークを使って『
確か、こんな感じだったはずだ。満点ではないけど、及第点は欲しい所だ。
「まあ、いいだろう。この回答に免じて、遅刻の件はチャラにしてやる」
「あ、ありがとうございます……」
危機は去った。それと同時に、今日のメインイベントが始まる。
「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」
はーい、と返事が聞こえる。そのタイミングがばらばらなのは、様式美というか、お約束というか。
俺は再びレッドフレームを展開し、先程置いてきたパーツの元に向かおうとするが――
「ああ、篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い」
「はい」
その声が気になり、思わずそちらを向く。同時に、指向性の音声センサーを起動し、会話に耳を傾けた。
「お前には今日から専用――」
「ちーちゃ~~~~~~~ん!!!」
先程俺が巻きあげた以上の砂埃。それがこっちに向かって近づいてきていた。
……しかし、「ちーちゃん」?影送りか? それとも、誰かのあだ名……?
砂埃が近づく。それと同時に、8がセンサーの映像を補正し、砂埃の発生源を捉えた。
ISの脚部のようなものを部分展開し、頭に付けたウサミミをぴこぴこ揺らしながら走る、フリフリドレスの変人。……やっぱりというかなんというか、篠ノ之博士だった。
「……
織斑先生が、はぁ、と呆れたように呟く。
……ん?織斑先生……織斑千冬……ちふゆ……『ちーちゃん』。
ああ、ようやく理解。
「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん! さあ、ハグハグしよう! 愛を確かめ――ぶへっ」
……最近、女子の実態(というか醜態)を見るのには慣れてきていたつもりだったが、これは初めて見る光景だ。
織斑先生に飛びかかった篠ノ之博士が、片手で顔面を掴まれて宙づりになっている。まるで、某中学校の生徒会長と、新大陸発見部の部長のやりとりみたいに。
「うるさいぞ、束」
「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦のない
あわや輻射波動が放たれる……といったタイミングで、篠ノ之博士は拘束から抜け出した。慣れてるんだろうか?
無事に着地した博士は、今度は箒の方を向き、声をかけた。
「やあ!」
「……どうも」
箒は、ずいぶんぶっきらぼうに答える。
前にも聞いたけど、姉妹仲はやっぱり悪いらしい。篠ノ之博士本人は、箒が大好きみたいだったけど……。まさか、某小鳥遊さん家みたいに「可愛がり過ぎて嫌われた」とか?
「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん」
……うーん、やっぱり博士の方はフレンドリーだよな。ま、家族に対してフレンドリーってのは、微妙な表現な気がするけど。じゃあ、「ファミリリー」?……言いにくい。
「――特に、おっぱいが」
がんっ!
フレンドリー過ぎたようだ。
「殴りますよ」
「な、殴ってから言ったぁ……。し、しかも日本刀の鞘で叩いた!ひどい!箒ちゃんひどい!」
頭を押さえながら、涙目になって訴える篠ノ之博士(二十●歳)。子供か、この人は。
すると、呆然状態から復帰した山田先生が、無謀にも博士に近寄っていった。
「え、えっと、この合宿では関係者以外――」
「んん?珍妙奇天烈なことを言うね。ISの関係者というなら、一番はこの私をおいて他にいないよ」
「えっ、あっ、はいっ。そ、そうですね……」
巡視艦ヤマダ、撃沈。想定通りだけど。
……っていうか、「ISの関係者」と「IS学園の関係者」は別ですよ?
「おい、束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒たちが困っている」
そこで現れた超ド級戦艦オリムラ。空母シノノノに対し、砲撃を開始する。その効果は確かにあったようで。
「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」
博士はそう言ってくるりと回ってみせた。まるで、自己アピールをするかのように。他人に関心が無いくせに、何をアピールしてるんだか。
……が、その一言で博士の正体はバレたみたいで、生徒がにわかに騒がしくなる。
「はぁ……。もう少しまともにできんのか、お前は。そら一年、手が止まっているぞ。こいつのことは無視してテストを続けろ」
いや、あんな強大な存在感を保つキャラを前にして、無視は無理でしょうどう考えても。
……って、アレ?何で俺はさっきからツッコミばっかりやってんだ!?
「こいつとはひどいなぁ、らぶりぃ束さんと呼んでいいよ?」
「うるさい、黙れ」
その時点で、これ以上話を聞いても得るものがないと悟った俺は、音声センサーを切ってから自分のパーツの元へ向かう。そしてソードフォームのタクティカルアームズを拾い上げると、刀身を折りたたみ、手作業でフライトフォームへと変形させていく。
そんな作業の中、不意に周囲の違和感に気付いた。全員が、上を見上げているのだ。
なんだろう?涙がこぼれないようにしてるのか?
つられて俺も上を見る。――センサーが未確認飛行物体を捕捉。俺に向かって落下中……って、マジかよ!!
バックパックのスラスターをふかし、パーツを抱えて緊急回避。
その判断は正しかったようで、先程まで俺が立っていた場所には、ちょっとしたクレーターができていた。落下してきたのは、銀色のカプセルのような物体。なんか、エヴァに出てくるラミ○ルのような形をしていた。
カプセルが開く。一瞬本気で砲撃を警戒して、思わず楯を構えるが――何もなかった。
「ちっ……。
……じゃじゃーん!これぞ箒ちゃんの専用機こと『
楯をどかすと、俺にもカプセルの中身が見えた。レッドフレームよりもなお赤い、真紅の装甲に身を包んだ機体。それが動作アームによって、太陽の下へと姿を現した……。
ダブルミーニングな「新型」でした。