医務室の中。
何でただの旅館にこんな設備があるのかは知らないけど、よくよく考えればここはIS学園御用達の旅館。最新の設備があっても不思議じゃない。
とにかく、私はそこに紅也を運び込んだ。
そこにはすでに医師がおり、すぐに紅也の治療に取り掛かってくれた。
左腕は放っておいて、右腕の傷の消毒と火傷の治療。幸い軽度なものであったため、それらはすぐに済んだ。
問題は血液。砲撃を受けたことで大量出血こそ起こさずに傷が塞がったが、やはり輸血は必要らしい。輸血パックだけでは足りないと困るので、私からも血液を抜いてもらった。これ以上の治療は、現段階では不可能。意識が戻るまでは、絶対安静と言われた。
――そう。お兄ちゃんは、まだ目を覚まさない。
一夏なんか、砂浜についた後しばらくしたら勝手に目を覚ましたのに……。
箒なんか、無傷で帰ってきたのに……。
何でお兄ちゃんだけ、こんな目に……。
……。
止めよう。
ここにいても、紅也は目を覚まさない。
私自身も、血を抜いたせいか、すこし調子が悪い。
ここから出ないと、また悪いサイクルにはまりそう……。
医務室を出るために、扉を開ける。すると扉の周りにいた、鈴音たちと目があった。
「葵……。紅也の容体は……?」
俯いたまま尋ねてきたのは、彼女たちの先頭に立つ箒だった。実は彼女はエイミーさんと一緒に、一度医務室に来ている。
だけど、紅也が治療中だったから、悪いけど出ていってもらった。
質問に対し、私は無言で首を振り、答える。
「……まだ、意識不明」
「……そうか」
俯いた箒の表情は、私には分からなかった。
でも、おそらく沈んだ表情をしてるんだろう。自分のせいで、紅也が傷ついたと思ってるんだから。
そうだよ。
箒がちゃんとしてれば、紅也は無事だったはず。
情けない顔して、『悪ぃ!任務失敗だ!』って言いながら、それでも笑って帰ってきたはずなのに――
「葵!怖い顔になってるわよ。大丈夫?」
「そ、そうですわよ!紅也さんも、操縦者保護機能で意識を失っただけですから、回復したら目を覚ましますわ!」
――操縦者保護?それは、ISにしかついてない機能でしょ?
ああ、そっか。
みんなが落ちついてるのは、そういう理由なんだ。
ISに乗ってる限り、人は死なない。それを信じてるんだ。
馬鹿みたい。
知らないかもしれないけど、昔、ISに人が取り込まれた事件だってあったのに。
それでも、ISを信じ続けるなんて……。
「……葵?どうしたの?」
「嫁が心配なのは分かるが、今は回復を待つしかないだろう」
「……信じて。紅也君は……強い」
「…うるさい」
紅也が死なない?いずれ目を覚ます?
そんなことは分かりきってる。問題は、そんなことじゃない。
ああ、紅也が隠した真相を、暴露してやりたい気持ちになる。
でもそれは、紅也の想い――変わらない日常を送りたい、送らせたいという願いを踏みにじることになる。
わたしはどうすればいいの……お兄ちゃん。
「お兄ちゃんが目を覚ます?そんなの当たり前よ!でも……お兄ちゃんは実際に怪我をしたの!それは変わらないでしょ!?」
ああ……私はまだまだ弱い。
こんな風に、子供みたいにキレちゃうなんて。
ダメだ。
私がこんなに弱かったら、紅也はまた遠くへ行ってしまう。
私を置いて……。
それだけは、絶対に嫌だ!
「――なあ、葵」
そんな中で。
一人だけ沈黙を保っていた一夏が、ポツリ、と呟いた。
「今の葵は、普通じゃないほど動揺してる。
それは――紅也のIS、レッドフレームの秘密と、何か関係があるのか?」
「――え?」
レッドフレームの……秘密?
まさか。一夏が知ってるはずがない。
学園の誰にも気づかれないようにしてたし、エイミーさんも知らない……はず。勘づいてるフシはあったけど。
一夏は続ける。
「束さんから聞いたんだ。紅也が使ってるのは、ISじゃないって。
確かにISそっくりの機能を持ってるけど、一部の機能が無いって言ってた。そのうちの一つが――絶対防御」
――バレてる。
さすがは篠ノ之束。ISを開発しただけのことはある。
でも、どうやって?紅也が自分の機体を他人に見せるわけがないし、そもそも
「なん……で……」
「それは分からない。でも実際に、紅也は左腕に大火傷を負った。
――それが、なによりの証拠なんじゃねぇか?」
「…………」
そうか。一夏は気付いてない。
絶対防御がない。
それが、どんな結果を生むのか。
――でも。
今の私の動揺で、レッドフレームが普通じゃないことはバレただろう。まったく、私らしくも無い……って、当たり前か。
こんなことがあったのに普段通りだったら、私は自分の正気を疑う。
さて、どうしよう?
ここまで気付かれたんだ。だからこそ、このまま解散する空気には成りえない。
きっと、紅也の状況、レッドフレームの秘密、その他もろもろを聞き出すまで、みんなはここを動かないだろう。
それは、困る。
私は、すぐにでも行かないといけないから……。
「……葵、話してくれないか?」
何も知らない方が幸せというけど、彼はきっと満足しないはずだから。
一夏のその言葉に、私はコクリ、と頷いた。
◆
長い話になる。
そう告げたところ、一夏は私たちを織斑先生の部屋へと連れていった。
織斑先生自身はまだ事態の推移を見極めるため、作戦司令室にいる。だから、この話が外部に漏れることは無い。
ついてきたメンバーは、一夏、箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラ、簪、そして――
「で?どこまで話すんだ?」
突然現れた、この男。
一体、どこで話を聞きつけたんだろう?
「えーと……あなたは?」
「俺か?俺はレッドフレームの開発者だ。レッドの話をするなら、俺抜きってわけにはいかないぜ!」
ようやくシャルロットがつっこみを入れたけど、あいつは気にせずあしらった。
……確かに、紅也を除いてレッドフレームの整備・修理ができるただ一人の人物であるこの人には、同席する権利はあるんだけど。
「まあ、時間が限られている。まずは話してくれ」
「……分かった」
ラウラに促され、私はコホン、と咳払いをしてから、ゆっくりと口を開く。
「……まず始めに。これから話すことは、モルゲンレーテの重要機密。たとえ国から圧力をかけられても、決して口外しないことを誓って欲しい。それが誓えない者は、速やかに退席すること」
みんなの顔を見渡す。誰もが真剣な表情で、どうやら退席する気はないみたい。
「……なら話す。
さっき一夏が言ったように、レッドフレームはISじゃない。『男でも使えるIS』を目指して作られた、ISの劣化コピー」
「劣化……?」
セシリアの呟き。それを聞いた私は視線をセシリアに向け、再び話しだす。
「そう。知ってのとおり、男はISコアを起動できない。
だからモルゲンレーテは、ISコアを使わずにISを作ることを考えた」
「それが……紅のレッドフレームなのね?」
「うん。
ISに搭載されている機能のうち、量子変換だけは解析できた。だからそれは再現できてるけど、他の機能――例えばPICや絶対防御、コア・ネットワークなんかは搭載されてない」
「……って、ちょっと待て!
俺達が訓練するときや模擬戦するとき、ちゃんとプライベート・チャネルでやりとりできてたぞ!?」
「それは、私が中継してたから。
ASTRAYシリーズは、コア・ネットワークとは別の回線でリンクして、情報を共有してる。だから私が、二つのネットワークを常に繋いでたの」
「そうだったのか……」
「ところで、ASTRAYシリーズとは何なのだ?」
……ん、そこに気付いたんだ。やるわね、ラウラ。
私はチラリ、とあの男を見る。……特に止める気はないようだ。
話す許可が下りたから、私は言葉をまとめるために数秒口をつぐんでから、再び話し始めた。
「ASTRAYは、モルゲンレーテが開発した第三世代相当機……。これが表の事情。
でも裏の目的は、非IS兵器の開発。紅也のレッドフレームは試作2号機で、コンセプトは『コアを持たないISもどき』。
私のブルーフレームは試作3号機で、コンセプトは『究極の汎用性』だった。……でも、実際の役割は……」
「……レッドフレームのカモフラージュ、だね」
シャルロットが、素早く真相を口にする。それを首を縦に振って肯定し、私は話を続ける。
「私と紅也は双子。髪を切って胸をごまかせば、入れ替わっても気付けない。
しかも機体も同型だから、昔の運用試験のときは、私一人が2機のテストを行ってるように見せかけてた。……でも、状況が変わった。世界初の男性IS操縦者、織斑一夏が現れたから」
「そっか!男が動かしてるのをバレないようにしてたけど、俺っていう前例が出てきたから、紅也が表に出てきたんだな!」
「……そういうこと」
一夏、意外と鋭いな。周りの好意には鈍感なのに。
「……質問。紅也くんが存在を明かした理由は……わかったけど、肝心の……レッドフレームは、コアがないのに何で動くの?」
……簪。話をぶり返さないでよ。
みんな納得して、解散する雰囲気だったんだけど。
「おっと!それについては、俺から説明させてもらうぜ!」
そう言って割りこんできたのは、やっぱりあの男だった。
「レッドフレームの動力は小型のバッテリーだ!これがISでいうコアの役割を果たしてる。ビームへのエネルギーも供給できるんだぜ!
バックパックは推進剤だ。二基のプロペラントタンクから供給して、PICに頼らない飛行ができるようになってんだ!どっちも、俺様の発明だぜ!」
そう言ってVサインをする男。……はあ、ホントに紅也そっくり。
「なるほど……。だからレッドフレームに
「そして、それをごまかすためにブルーフレームにも非固定浮遊部位がついてないのね。前から不思議だったんだけど、今ので納得したわ」
「……だが、変だ。レッドフレームにはちゃんとシールドエネルギーがあったし、コアの信号も出ていた。それはどう説明するのだ?」
「……シールドエネルギーは、装甲が受けたダメージを8が計算してた。コアの信号は、装置を使ってごまかした。……このくらいなら、簡単に細工できる。他に質問は?」
そう言ってみんなを見渡す。それぞれ納得のいかないような表情をしているも、疑問は特にないらしい。
「……じゃあ、話はここまで。私は、紅也のところに戻るから……」
返答は聞かず、部屋から出る。
これ以上、時間を取られたくはなかったから……。
◆
〈side:篠ノ之 箒〉
一通りの説明を終え、葵と男は退室していった。
……確かにあの説明は、筋が通ったものだった。だが、肝心の葵の動揺の理由は聞けずじまいであった。それが、少し気になる。
葵の姿が、静かに泣いているように胸に響く。そのただならぬ様子を見ると、何か、大事なことを見落としている気がして……。
「で、俺達はどうする?」
一夏が突如そう言った。
どうする……とは、おそらくあの二機のことだろう。私も一夏も、そして紅也も、あいつらにやられた身だ。正直、このままでは終われない。終わりたくない。
「どうする、って……。あたしは、紅にケガさせたあいつらが許せない。でも、紅の言葉を信じるなら、甲龍じゃPS装甲には対抗できない……」
「わたくしのブルー・ティアーズも効きませんわね……。悔しいですが、私には何もできませんわ」
「僕のリヴァイヴも、まだビーム兵器には対応してないんだ。Xナンバーとは……戦えないよ」
三人とも弱気な意見だ。
それはそうだろう。私だって……怖いんだ。
ビームを撃たれたあの時、死ぬかと思った。
目の前で直撃を受けた紅也の様子が、腕が蒸発した光景が、今も網膜に焼きついて離れない。
「だけど、紅也は言ってたんだ!零落白夜や紅椿なら、PS装甲にも対応できるって!
だから、俺はあいつらにリベンジしたい!このままじゃ終われねぇ!!」
「――だが、無理だ。
ドイツ軍の衛星で追跡していたのだが、あの二機は福音を回収した後、突然消えたのだ。以後の消息は不明。……完全に手詰まりだ」
消えた……?
まさか、前に紅也が話していたミラージュ・コロイドか?
「箒!お前も、このままじゃ嫌だよな!?」
一夏が、私に話しかけてくる。
でも、私は答えられない。
恐怖と怒りが頭の中をかき乱して、正常な思考ができない。
「……いい加減にして、織斑一夏。いくらなんとかしたくても……私たちじゃ、どうにもできない……」
私の代わりに静かに返答したのは、今まで黙っていた簪だった。
でも、静かなのは声量だけだ。その声色には、わずかに怒気が含まれている。
「悔しいのは……みんな同じ……。なにか方法があるなら……みんなとっくに飛び出してる……」
「……そっか。そうだよな。……ごめん」
諭されて頭が冷えたのか、一夏の声も冷静さを取り戻す。
しかし、部屋には何とも言えない空気が漂っていき……
「あるわよ、方法」
――そんな空気の中、聞き覚えのある女の声が、部屋に響いた。
◆
「……私。そっちから、海上の熱源反応を調べてほしい。
……うん、紅也がやられた。だから、お願い。あなた達“戦友”の力を貸して。
――私は、あいつらを許さない。任務なんて関係ない。
アレを倒して、強さを証明する。紅也が安心できるように。
……前もそうだった。私が強いって分かれば、紅也は必ず帰ってくる……」
戦友、をラテン語で読むと……?
不吉な引きですが、次回に続きます。