IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第64話 レッドフレーム

 医務室の中。

 何でただの旅館にこんな設備があるのかは知らないけど、よくよく考えればここはIS学園御用達の旅館。最新の設備があっても不思議じゃない。

 とにかく、私はそこに紅也を運び込んだ。

 そこにはすでに医師がおり、すぐに紅也の治療に取り掛かってくれた。

 左腕は放っておいて、右腕の傷の消毒と火傷の治療。幸い軽度なものであったため、それらはすぐに済んだ。

 問題は血液。砲撃を受けたことで大量出血こそ起こさずに傷が塞がったが、やはり輸血は必要らしい。輸血パックだけでは足りないと困るので、私からも血液を抜いてもらった。これ以上の治療は、現段階では不可能。意識が戻るまでは、絶対安静と言われた。

 

 ――そう。お兄ちゃんは、まだ目を覚まさない。

 

 一夏なんか、砂浜についた後しばらくしたら勝手に目を覚ましたのに……。

 箒なんか、無傷で帰ってきたのに……。

 何でお兄ちゃんだけ、こんな目に……。

 

 ……。

 止めよう。

 ここにいても、紅也は目を覚まさない。

 私自身も、血を抜いたせいか、すこし調子が悪い。

 ここから出ないと、また悪いサイクルにはまりそう……。

 

 医務室を出るために、扉を開ける。すると扉の周りにいた、鈴音たちと目があった。

 

「葵……。紅也の容体は……?」

 

 俯いたまま尋ねてきたのは、彼女たちの先頭に立つ箒だった。実は彼女はエイミーさんと一緒に、一度医務室に来ている。

 だけど、紅也が治療中だったから、悪いけど出ていってもらった。

 

 質問に対し、私は無言で首を振り、答える。

 

「……まだ、意識不明」

「……そうか」

 

 俯いた箒の表情は、私には分からなかった。

 でも、おそらく沈んだ表情をしてるんだろう。自分のせいで、紅也が傷ついたと思ってるんだから。

 

 そうだよ。

 

 箒がちゃんとしてれば、紅也は無事だったはず。

 情けない顔して、『悪ぃ!任務失敗だ!』って言いながら、それでも笑って帰ってきたはずなのに――

 

「葵!怖い顔になってるわよ。大丈夫?」

「そ、そうですわよ!紅也さんも、操縦者保護機能で意識を失っただけですから、回復したら目を覚ましますわ!」

 

 ――操縦者保護?それは、ISにしかついてない機能でしょ?

 

 ああ、そっか。

 みんなが落ちついてるのは、そういう理由なんだ。

 ISに乗ってる限り、人は死なない。それを信じてるんだ。

 馬鹿みたい。

 知らないかもしれないけど、昔、ISに人が取り込まれた事件だってあったのに。

 それでも、ISを信じ続けるなんて……。

 

「……葵?どうしたの?」

「嫁が心配なのは分かるが、今は回復を待つしかないだろう」

「……信じて。紅也君は……強い」

「…うるさい」

 

 紅也が死なない?いずれ目を覚ます?

 そんなことは分かりきってる。問題は、そんなことじゃない。

 ああ、紅也が隠した真相を、暴露してやりたい気持ちになる。

 でもそれは、紅也の想い――変わらない日常を送りたい、送らせたいという願いを踏みにじることになる。

 わたしはどうすればいいの……お兄ちゃん。

 

「お兄ちゃんが目を覚ます?そんなの当たり前よ!でも……お兄ちゃんは実際に怪我をしたの!それは変わらないでしょ!?」

 

 ああ……私はまだまだ弱い。

 こんな風に、子供みたいにキレちゃうなんて。

 

 ダメだ。

 私がこんなに弱かったら、紅也はまた遠くへ行ってしまう。

 私を置いて……。

 それだけは、絶対に嫌だ!

 

「――なあ、葵」

 

 そんな中で。

 一人だけ沈黙を保っていた一夏が、ポツリ、と呟いた。

 

「今の葵は、普通じゃないほど動揺してる。

 それは――紅也のIS、レッドフレームの秘密と、何か関係があるのか?」

「――え?」

 

 レッドフレームの……秘密?

 まさか。一夏が知ってるはずがない。

 学園の誰にも気づかれないようにしてたし、エイミーさんも知らない……はず。勘づいてるフシはあったけど。

 

 一夏は続ける。

 

「束さんから聞いたんだ。紅也が使ってるのは、ISじゃないって。

 確かにISそっくりの機能を持ってるけど、一部の機能が無いって言ってた。そのうちの一つが――絶対防御」

 

 ――バレてる。

 さすがは篠ノ之束。ISを開発しただけのことはある。

 でも、どうやって?紅也が自分の機体を他人に見せるわけがないし、そもそも8(ハチ)がハッキングされるわけがない。

 

「なん……で……」

「それは分からない。でも実際に、紅也は左腕に大火傷を負った。

 ――それが、なによりの証拠なんじゃねぇか?」

「…………」

 

 そうか。一夏は気付いてない。

 

 絶対防御がない。

 

 それが、どんな結果を生むのか。

 

 ――でも。

 今の私の動揺で、レッドフレームが普通じゃないことはバレただろう。まったく、私らしくも無い……って、当たり前か。

 

 こんなことがあったのに普段通りだったら、私は自分の正気を疑う。

 

 さて、どうしよう?

 ここまで気付かれたんだ。だからこそ、このまま解散する空気には成りえない。

 きっと、紅也の状況、レッドフレームの秘密、その他もろもろを聞き出すまで、みんなはここを動かないだろう。

 それは、困る。

 私は、すぐにでも行かないといけないから……。

 

「……葵、話してくれないか?」

 

 何も知らない方が幸せというけど、彼はきっと満足しないはずだから。

 一夏のその言葉に、私はコクリ、と頷いた。

 

 

 

 

 

 

 長い話になる。

 そう告げたところ、一夏は私たちを織斑先生の部屋へと連れていった。

 織斑先生自身はまだ事態の推移を見極めるため、作戦司令室にいる。だから、この話が外部に漏れることは無い。

 ついてきたメンバーは、一夏、箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラ、簪、そして――

 

「で?どこまで話すんだ?」

 

 突然現れた、この男。

 一体、どこで話を聞きつけたんだろう?

 

「えーと……あなたは?」

「俺か?俺はレッドフレームの開発者だ。レッドの話をするなら、俺抜きってわけにはいかないぜ!」

 

 ようやくシャルロットがつっこみを入れたけど、あいつは気にせずあしらった。

 ……確かに、紅也を除いてレッドフレームの整備・修理ができるただ一人の人物であるこの人には、同席する権利はあるんだけど。

 

「まあ、時間が限られている。まずは話してくれ」

「……分かった」

 

 ラウラに促され、私はコホン、と咳払いをしてから、ゆっくりと口を開く。

 

「……まず始めに。これから話すことは、モルゲンレーテの重要機密。たとえ国から圧力をかけられても、決して口外しないことを誓って欲しい。それが誓えない者は、速やかに退席すること」

 

 みんなの顔を見渡す。誰もが真剣な表情で、どうやら退席する気はないみたい。

 

「……なら話す。

 さっき一夏が言ったように、レッドフレームはISじゃない。『男でも使えるIS』を目指して作られた、ISの劣化コピー」

「劣化……?」

 

 セシリアの呟き。それを聞いた私は視線をセシリアに向け、再び話しだす。

 

「そう。知ってのとおり、男はISコアを起動できない。

 だからモルゲンレーテは、ISコアを使わずにISを作ることを考えた」

「それが……紅のレッドフレームなのね?」

「うん。

ISに搭載されている機能のうち、量子変換だけは解析できた。だからそれは再現できてるけど、他の機能――例えばPICや絶対防御、コア・ネットワークなんかは搭載されてない」

「……って、ちょっと待て!

 俺達が訓練するときや模擬戦するとき、ちゃんとプライベート・チャネルでやりとりできてたぞ!?」

「それは、私が中継してたから。

 ASTRAYシリーズは、コア・ネットワークとは別の回線でリンクして、情報を共有してる。だから私が、二つのネットワークを常に繋いでたの」

「そうだったのか……」

「ところで、ASTRAYシリーズとは何なのだ?」

 

 ……ん、そこに気付いたんだ。やるわね、ラウラ。

 私はチラリ、とあの男を見る。……特に止める気はないようだ。

 話す許可が下りたから、私は言葉をまとめるために数秒口をつぐんでから、再び話し始めた。

 

「ASTRAYは、モルゲンレーテが開発した第三世代相当機……。これが表の事情。

 でも裏の目的は、非IS兵器の開発。紅也のレッドフレームは試作2号機で、コンセプトは『コアを持たないISもどき』。

私のブルーフレームは試作3号機で、コンセプトは『究極の汎用性』だった。……でも、実際の役割は……」

「……レッドフレームのカモフラージュ、だね」

 

 シャルロットが、素早く真相を口にする。それを首を縦に振って肯定し、私は話を続ける。

 

「私と紅也は双子。髪を切って胸をごまかせば、入れ替わっても気付けない。

 しかも機体も同型だから、昔の運用試験のときは、私一人が2機のテストを行ってるように見せかけてた。……でも、状況が変わった。世界初の男性IS操縦者、織斑一夏が現れたから」

「そっか!男が動かしてるのをバレないようにしてたけど、俺っていう前例が出てきたから、紅也が表に出てきたんだな!」

「……そういうこと」

 

 一夏、意外と鋭いな。周りの好意には鈍感なのに。

 

「……質問。紅也くんが存在を明かした理由は……わかったけど、肝心の……レッドフレームは、コアがないのに何で動くの?」

 

 ……簪。話をぶり返さないでよ。

 みんな納得して、解散する雰囲気だったんだけど。

 

「おっと!それについては、俺から説明させてもらうぜ!」

 

 そう言って割りこんできたのは、やっぱりあの男だった。

 

「レッドフレームの動力は小型のバッテリーだ!これがISでいうコアの役割を果たしてる。ビームへのエネルギーも供給できるんだぜ!

 バックパックは推進剤だ。二基のプロペラントタンクから供給して、PICに頼らない飛行ができるようになってんだ!どっちも、俺様の発明だぜ!」

 

 そう言ってVサインをする男。……はあ、ホントに紅也そっくり。

 

「なるほど……。だからレッドフレームに非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)は搭載できなかったんだ」

「そして、それをごまかすためにブルーフレームにも非固定浮遊部位がついてないのね。前から不思議だったんだけど、今ので納得したわ」

「……だが、変だ。レッドフレームにはちゃんとシールドエネルギーがあったし、コアの信号も出ていた。それはどう説明するのだ?」

「……シールドエネルギーは、装甲が受けたダメージを8が計算してた。コアの信号は、装置を使ってごまかした。……このくらいなら、簡単に細工できる。他に質問は?」

 

 そう言ってみんなを見渡す。それぞれ納得のいかないような表情をしているも、疑問は特にないらしい。

 

「……じゃあ、話はここまで。私は、紅也のところに戻るから……」

 

 返答は聞かず、部屋から出る。

 これ以上、時間を取られたくはなかったから……。

 

 

 

 

 

 

〈side:篠ノ之 箒〉

 

 一通りの説明を終え、葵と男は退室していった。

 ……確かにあの説明は、筋が通ったものだった。だが、肝心の葵の動揺の理由は聞けずじまいであった。それが、少し気になる。

 

 葵の姿が、静かに泣いているように胸に響く。そのただならぬ様子を見ると、何か、大事なことを見落としている気がして……。

 

「で、俺達はどうする?」

 

 一夏が突如そう言った。

 どうする……とは、おそらくあの二機のことだろう。私も一夏も、そして紅也も、あいつらにやられた身だ。正直、このままでは終われない。終わりたくない。

 

「どうする、って……。あたしは、紅にケガさせたあいつらが許せない。でも、紅の言葉を信じるなら、甲龍じゃPS装甲には対抗できない……」

「わたくしのブルー・ティアーズも効きませんわね……。悔しいですが、私には何もできませんわ」

「僕のリヴァイヴも、まだビーム兵器には対応してないんだ。Xナンバーとは……戦えないよ」

 

 三人とも弱気な意見だ。

 それはそうだろう。私だって……怖いんだ。

 ビームを撃たれたあの時、死ぬかと思った。

 目の前で直撃を受けた紅也の様子が、腕が蒸発した光景が、今も網膜に焼きついて離れない。

 幻影(まぼろし)だと分かっていても、あれはあまりにもリアルで、生々しくて……。

 

「だけど、紅也は言ってたんだ!零落白夜や紅椿なら、PS装甲にも対応できるって!

 だから、俺はあいつらにリベンジしたい!このままじゃ終われねぇ!!」

「――だが、無理だ。

 ドイツ軍の衛星で追跡していたのだが、あの二機は福音を回収した後、突然消えたのだ。以後の消息は不明。……完全に手詰まりだ」

 

 消えた……?

 まさか、前に紅也が話していたミラージュ・コロイドか?

 

「箒!お前も、このままじゃ嫌だよな!?」

 

 一夏が、私に話しかけてくる。

 でも、私は答えられない。

 恐怖と怒りが頭の中をかき乱して、正常な思考ができない。

 

「……いい加減にして、織斑一夏。いくらなんとかしたくても……私たちじゃ、どうにもできない……」

 

 私の代わりに静かに返答したのは、今まで黙っていた簪だった。

 でも、静かなのは声量だけだ。その声色には、わずかに怒気が含まれている。

 

「悔しいのは……みんな同じ……。なにか方法があるなら……みんなとっくに飛び出してる……」

「……そっか。そうだよな。……ごめん」

 

 諭されて頭が冷えたのか、一夏の声も冷静さを取り戻す。

 しかし、部屋には何とも言えない空気が漂っていき……

 

「あるわよ、方法」

 

 ――そんな空気の中、聞き覚えのある女の声が、部屋に響いた。

 

 

 

 

 

 

「……私。そっちから、海上の熱源反応を調べてほしい。

 ……うん、紅也がやられた。だから、お願い。あなた達“戦友”の力を貸して。

 

 ――私は、あいつらを許さない。任務なんて関係ない。

 アレを倒して、強さを証明する。紅也が安心できるように。

 ……前もそうだった。私が強いって分かれば、紅也は必ず帰ってくる……」

 




戦友、をラテン語で読むと……?
不吉な引きですが、次回に続きます。
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