『じゃあ……私が強くなったら、お兄ちゃんは帰ってきてくれる?』
『もちろんだ!ただし、その頃には俺ももっと強くなってるからな!』
『じゃあ、約束!』
『ああ、約束だ!』
*
――葵は、昔から俺にべったりだった。
普通の人間とは違う自分。
それを強く意識しすぎたためか、人の輪に入れず、いつも一人だった。
必然、葵とちゃんと接するのは俺や父さん、母さんだけだったんだ。
特に、
気付いたときは、手遅れだった。
葵は一人で物を考えることができず、一人で外に行けず、一人で家にいられない。
そんな子になってた。
この頃、母さんは、モンド・グロッソに向けて世界中を飛び回ってたから、家にはほとんどいなかった。父さんもアメノミハシラ開発のほうにかかりきりで、だいたい留守にしてた。
俺達の面倒はモルゲンレーテの人達が見てくれたんだけど、それでも、葵の俺に対する依存度は高いままだった。
だから、考えたんだ。このままじゃ、ダメだって。
そして、中一の夏。
俺は、休学届を出した。
俺がいなくなれば、葵も自立するんじゃないか。
そう考えた俺は、当時モルゲンレーテに入ったばかりの天才技術者と一緒に、旅に出ることを決めたんだ。父さんもよく、『男は旅をするもんだ。俺が若いときもな、シュヴァルツバルドに隠された秘密の実験施設に潜入して……くどくど』とか言ってたし。
それに、旅に出れば、俺の技術や強さも向上するんじゃないか、って思ったんだ。
だから、俺は……
『待って!どうして行っちゃうの?』
『どうしてって……俺は、強くなりたいし、世界を見たいんだ。そうしていつか、師匠みたいに、自分の信念ってやつを見つけたい。だから……』
『そんなの、関係ない!何で、一人で行っちゃうの?何でお兄ちゃんは、私を置いて行くの!?』
『それは……お前に……強くなって欲しいからだ』
俺が求めたのは、心の強さ。
葵は、俺がいなくても大丈夫なんだ。
葵には無限の可能性がある。それを、俺のせいで潰したくは無かった。
だから、置いていった。
俺は体を。葵は心を。
次に会う時までに、互いに強くなっていよう、と……。
それは――間違いだった。
*
『コウヤ。約束通り私は、強くなった……』
葵の笑顔は、どこまでも自慢げだ。その表情に曇りは無く、罪悪感の欠片も無い。
『……約束、守ってくれた!』
『……やく……そく……?』
『うん!』
――強くなったら、帰ってきてくれるって。
ああ。
俺は、間違えてしまった。
本当は、放っておくんじゃなくて、近くに置いておくべきだったんだ。
ゆっくりゆっくり時間をかけて、葵の自立を促すべきだったんだ。
それが。
俺の、せいで――
葵は、歪んでしまった。
『……ごめんな』
『……コウヤ?』
『ごめんな、アオイ』
『……何で、泣いてるの?』
一歩、二歩。
俺は葵に歩み寄り、その体を抱きしめる。
『ごめんな。本当に、ごめんな』
『だから、何で泣いてるの?』
ああ、そんなことも分からないなんて。
もう、あの明るくて、元気いっぱいで、いつも笑顔を浮かべてた葵は、どこにもいないんだ。
俺が……
「ごめんな……葵。あの時、気付いてあげられなくて」
『ごめ……ん。あおい……』
『謝ることなんて、ないのに……』
あの時、俺は決めたんだ。
葵が無くしたものを、少しずつ取り戻していこう、と。
そして、葵がアオイを取り戻すまで、ずっとそばで支えてやろう、と。
もう二度と、葵に寂しい思いはさせない、と……。
――そういえば。
また、葵に心配かけちまったなぁ。
ダメなお兄ちゃんだな、本当に。
……これ以上、心配かける訳にはいかねぇよな。
◆
目が覚めた。
緑色のランプが光る、懐かしい天井。絶えず響く、換気装置の低い音。
シチュエーション:エラー。ショックによる一時的なリンク破綻。リブートします。
◆
目が覚めた。
目に映るのは、青い空に白い雲。そして、目線がさっきより少し高い。
――そう。
どういうわけか、俺は外に立っていた。
……まあいいや。
体を動かし、両手、両足のチェックをする。感触から判断するに、どうやら五体満足らしい。
らしい、というのは変な表現だけど、仕方が無い。
どういうわけか、自分の体が目に映らないのだ。
でも、触ってみると確かにそこにあるし、動かしてる感じは分かるし……。何なんだ?
とりあえず現状を把握するため、俺は中庭を歩き始めた。ほどなくして窓が見つかったため、俺は部屋の中を覗き込んでみた。
あれは……レッドフレームだ。
ひどい状態だ。両腕はぶっ壊れて、装甲のあちこちにヒビが入ってる。
バックパックは見つからねぇけど、壊れてねぇよな?
脚もボロボロ……。あーあ、こりゃ修理に3カ月以上はかかるだろうなぁ。泣けてくるぜ。
俺は窓から眼を逸らし、今度は作戦司令室を目指す。
そこに行けば、誰かに会えるだろう……と思ってたんだが、どうやら俺は運がいい。
ちょうど、そこに山田先生がいるじゃないか。
《山田先生!》
……が、山田先生は俺を無視して、小走りで司令部の方へと向かっている。
む。その対応は結構イヤだぞ。
意識をこちらに向けるために、俺は地面をダン!と踏み、再び呼びかける。
軽く地響きがしたような気がしたんだけど……気のせいかな。
《山田先生!みんなは……葵はどこに!?》
「えっ!?今のは……あ。あわわわわわっ!?」
そう言って山田先生は俺の後方――空を指す。
《あっちですね!わかりました!じゃ、行ってきます!!》
そして、俺は――
静かに、
◆
怒り狂った福音は、一夏に狙いを定め、超高速で突撃する。
しかし、その動きは唐突に停止し、一夏にはまんまと逃げられてしまった。
「ふん。動きが単調すぎるのだ」
その現象の正体はAIC。バスターを葵に任せたラウラが、そのまま加勢しに来たのだ。
さらに後方には、簪の姿も見える。これで1対7。いくら第二形態移行した福音といえど、勝てるはずが無い――!
『状況変化。最大攻撃力を使用する』
――と、思っていた。
福音がその一言を発すると、それまでしならせていた翼を自身へと巻きつけ始めた。
エネルギーによる完全防御。福音は球状になった翼で自身を包み、AICを力ずくで引きちぎると、そのまま生徒たちの方へ突撃していった。狙いは――
「シャルロット!行ったぞ!」
「大丈夫!」
そう、シャルだった。
この距離では、一夏も追いつけない。他の面々も、エネルギーシールドを貫通する手立ては無いため、シャルが自力でどうにかするしかないのだ。
が、シャルには手段があった。
二つのシールドソードを手元に戻し、その取っ手を握る。
この武器にはアンチビームコーティングが施されているため、エネルギーシールドを貫通することができるのだ。
二本の巨大剣を構え、福音を迎え撃つシャル。
――が、敵はそこまで甘くはなかった。
シャルと福音が接触する寸前、福音は翼をガバッと開き、球体の中にシャルを閉じ込めた。
そして響く、ナニカが削れる音。
時間にすれば一瞬だったが、一夏たちには永遠のように長く感じた。
ならば――当事者であるシャルにとっては、どれほど永かったのだろうか?
福音の翼が回転しながら一斉に開き、全方位に対してエネルギー弾とビームの嵐を巻き起こす。
シャルを助けるべく接近した一夏たちは、程度の差こそあるものの全員が被弾してしまった。そして、シャルが落ちていく。ISは展開されているものの、あのダメージではもはや戦闘続行は不可能だ。
「くっ……油断した!ゴメン、みんな。先に戻るよ!」
これ以上とどまれば、足手纏いになる。
そう判断したシャルは、即座に戦闘空域を離脱した。
……これで、1対6。
福音は止まらない。
再び自身を光の球へと変えると、次の獲物を求め、恐ろしいスピードで加速していく。
◆
「きゃっ!?……無茶苦茶ね、もう!」
「よく言う!かすりもしてないくせに、なぁ!」
福音の攻撃の余波は、ストライクとデュエルの戦場にまで届いていた。
そのため熾烈な撃ち合いは強制的に中断され、今は両者共に回避に専念していた。しかしそんな中でも、彼女たちはゆっくりと接近し、互いの隙を窺っている。
そして、福音の弾雨が止んだとき――ほぼ同時に間合いを詰めた。
「「はあぁぁぁぁぁ!!」」
声が重なり、剣が重なる。
獲物は互いに一本。しかし……
「くっ……。何だ、その剣は!」
デュエルの剣は、普通のビームサーベルである。問題は、ストライクの方だ。
背中の赤い翼はすでに無く、代わりに、水色のバックパックが装着されていた。
さらに、左肩には追加装甲が。左腕には小さな楯が。そして何より目を引くのが、両手で構えた超大剣である。
「教えてほしい?この剣の名前は、シュゲルトゲベール。最高の開発陣が作った、最高の剣よ!」
「どこかで聞いたようなセリフをっ!」
再びビームサーベルを振るうデュエルであったが、間合いも威力も段違いのシュゲルトゲベールに振り払われ、かなりの距離を吹き飛ばされてしまう。
即座にエイミーは追撃し、体勢を崩したままのデュエルに向け、左腕を向ける。
そして――シールドの先端が分離し、クローのように二つに開く。
これこそ、ソードストライカーに搭載された武装の一つ。ロケットアンカー〈パンツァーアイゼン〉であった。
パンツァーアイゼンはデュエルの体を捕まえ、即座にエイミーの元へと引き寄せる。
デュエルの向かうその先には、ピンク色の光を放つビームの刃が待ち受けている。
絶体絶命……と思われたが、天はエッジに味方した。
唐突に拘束が外れ、ソードストライクが飛びのく。
直後、先程までいた空間を、黄色い光が通過していった。
そう。バスターの砲撃である。
「アオちゃん、何やってんの!」
「ゴメン!」
ソードフォームのタクティカルアームズを構えた、ブルーフレーム第二形態――ブルーフレームセカンドKが、バスターを切りつける。
PS装甲が想定外の負荷を受け、一瞬だけ多量のエネルギーが消費される。しかし――
「効かへんで!ワイのバスターには!!」
バスターが持つ予備エネルギーパックにより、すぐに回復されてしまう。
まさに鉄壁。残りのエネルギーパックがいくつあるかは分からないが、チョッパーの口ぶりから察するに、まだまだ余裕なのだろう。
これに対抗するには、葵もビームサーベルを使うしかないのだが……盾のないこの状況で、タクティカルアームズを収納するのは自殺行為だ。
一応、自立砲台として遠隔操作もできるが……葵は、その手の武器を扱ったことが無い。
ぶっつけ本番で試す訳にもいかないので、このままやるしかないのだ。
「どうする?変わろっか?」
「……やれる」
一瞬、葵とエイミーが背中合わせとなり、言葉をかわす。
初めて会ってから一年も立っていない二人だが、時に敵として、時に味方として何度も戦った二人のコミュニケーションは、これで十分。
再び互いの標的を見据え、目も合わさずに飛んでいく。
◆
〈side:山代 葵〉
エイミーさんに告げたように、私にも策がある。
確かにPS装甲に、タクティカルアームズは効果が薄い。
でも――武器に対しては?
バスターの二つの砲、〈高エネルギー収束火線ライフル〉と〈ガンランチャー〉は、ただの金属。PS装甲ではないのだ。そして現状、もっとも恐ろしいのは至近距離での対装甲散弾砲。ならば、どちらか一方を破壊、もしくは強奪すれば、ビームが使えるのだ。
でも……足りない。
剣のブースターを使った突撃でも、両肩のスラスターを使った加速でも、紙一重の所で避けられるか、武器を収納されてしまう。
なら、どうするのか……。
決まっている。
もっと速く、接近すればいいだけだ。
現在、バスターは二つの砲を連結せず、別個に放っている。
ならば、恐れることは無い。
タクティカルアームズで刺突の構えをとり、敵の側面に回り込む。
バスターはぐるり、と回転して左の高エネルギー収束火線ライフルを構え、こちらに向ける。
――でも、遅い。
右肩、左肩、タクティカルアームズ。
三基のスラスターに同時にエネルギーを送り――最大になった所でそれらを開放する。
そう。
その瞬間、意識が飛びそうになる。
人間の体ではおおよそ耐えきれないような、強烈なGが私を襲う。
でも……私は、
置き去りになりそうな意識を、意志の力でつなぎとめ、ただひたすらに敵を見据える。
ビームが放たれる。
でも、狙いははるか後方。それこそ、私を捉えきれていない証拠だ。
次いで、上空からビームが放たれる。バスターではない。おそらく、デュエル。
タクティカルアームズ、被弾。でも、これはアンチビームコーティングされてる。ビームライフル程度で壊れないし、体勢が崩れるほどでもない。
実体弾を受けてたら、また違った結果になったかもしれないけど。
バスターは私の狙いに気付いたのだろう。高エネルギー収束火線ライフルを収納しつつ、ガンランチャーでカウンターを狙うつもりのようだ。
でも、遅い。
剣先がスライドし、大剣が割れる。
その中心部から姿を現したのは、ガトリング砲だ。
ためらわず発砲する。狙いをつける暇は無い。
だけど、切っ先は確かにライフルに向けていたのだ。ならば、ガトリングもまたライフルに向かっていく。
機体の加速と発射の加速。それらによって爆発的な加速を得たガトリング弾は、驚異的な破壊力を持っている。
一発。二発。
弾丸がバスター本体と、ライフルに命中する。
三発、四発。
ライフルに弾痕が増える。
五発、六発、七発。
ライフルが消滅し始める。――間にあわない!?
九、十、十一、十二……
全弾命中。しかし、そこまでだった。
ライフルは完全に量子化し、破壊には至らない。
私は減速せずにそのままバスターを追い抜き、ガンランチャーによる追撃をかわす。
くっ……次こそは!
◆
〈side:シャルロット・デュノア〉
うぅ~。全方位に対する完全防御なんて、反則だよ!
モルゲンレーテの設計データの中に似たようなものがあったけど、未完成だったハズだよね?それを実現するなんて……。これが、第二形態移行。
ふう……。一夏、大丈夫かなぁ。
確かに零落白夜は必殺の威力を持ってるけど、福音のあの攻撃も一撃必殺。
先に剣が当たれば一夏の勝ちだけど、翼に包まれたら僕らの負けだ。
一夏が負けたら、打つ手は無い。だから僕も、早く戻って補給しないと。
キィィィィィン!!
……な、何!?
今、確かに何かがそばを通ったはずなんだけど、何の反応もない!
まさか……例の『ミラージュ・コロイド』を使うステルス機!?
まずい。今の一夏たちじゃ、絶対手が足りない!
一夏、みんな……僕が戻るまで、無事でいてね!
最初にリタイアしたのは、シャルロットでした。
彼女がすれ違った機体の正体とは……?