IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第73話 ファントム・ペイン

「……で、何でお前まで残っているんだ、山代兄」

「そりゃ……この場で話さなきゃいけないことがあるからですよ、織斑先生」

 

 私だけが呼び止められ、他のみんなは部屋に帰った……はずだったんだけど、紅也だけは残っていた。

 この場にいるのは四人――私と紅也、織斑先生とエイミーさん。

 

「話すこと?……何かしら、コウくん」

「またまたぁ……。エイミーさんなら、見当ついてるでしょ?……バスター鹵獲の功績について、ですよ」

 

 そう言って紅也は、たまに浮かべる企み顔で笑う。それを見たエイミーさんも、不敵に笑い……

 

「そんなの、全部あなたたちにあげるに決まってるじゃない」

「そうですよね。それが当然の反応だと……へ?全部?」

 

 不敵な表情が一転、間抜けな顔で口を『ぽかーん』と開ける紅也を見て、エイミーさんはケラケラと笑う。その表情は……そう、イタズラを成功させた子供みたいだった。

 

「全部?ホントに?」

「ホントに」

「……マジですか?」

「大マジ。これはおねーさんからのご褒美よ。……実際、私がやったことなんてコウくん救出くらいだしね」

「俺としては、そこを考慮して折半くらいが落とし所だと思ったんですけどね。

 ……まあ、ありがたくもらっておきます」

 

 話し合いは一瞬で終了。成果としては紅也の大勝利だけど、エイミーさんに一本とられた形になったわね。

 ……さて、私としてはここからが本題かしら。

 

「話はもういいな?では、今回の山代妹の命令違反について、言い訳を聞こうか」

 

 ――命令違反。

 あのときの私の行動は、一歩間違えれば作戦全体を破綻させかねなかった。それは分かってる。

 実際、無断出撃をしたのは私のエゴであって、そんなのは理由にならない。

 じゃあ……どういう結論に持っていくか?

 ――そんなの、決まってる。

 

「……私には、Xナンバーの鹵獲任務があった。Xナンバーが出現した以上、その鹵獲、ないし破壊は全てに対し優先される」

「……まあ、そう来るだろうな」

 

 こういう切り返しをすることは、流石に予想されてたみたい。

 まあ実際、クラス対抗戦でも同じような理由で介入してたから当然かな。

 

「だが、私たちはお前をつれ戻すために人員を割き、結果として交戦に巻き込まれ、IS一機が損傷した。……この責任はどう取るつもりだ?」

 

 IS一機……シャルロットのリヴァイヴね。

 

「損傷したISの操縦者、シャルロット・デュノアはモルゲンレーテの準社員であり、私達同様Xナンバー鹵獲任務を受けていました。その任務中の怪我については、私に責任はありません。また、私の追跡任務は志願制であったと聞いています。……ならば、自己責任では?」

「……そうだな。これならば、お前を罰する必要はないだろう。

 だが……けじめは必要だ。山代妹にはIS学園に帰還後、すぐに反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやる。逃げるなよ」

「……はい」

 

 さて、これでこの問題は決着だ。ただ……こっちから話さなきゃいけないこともある。

 紅也の方を見る。目と目が交差すると、紅也はこくり、と頷き、私の近くに来てくれた。

 

「……織斑先生」

「何だ?不服か?ならば――」

「違います。……敵、のことです」

 

 私の言葉で、空気が一気に張り詰める。

 

「何?アオちゃん、あいつらの正体分かったの?」

「……ううん」

 

 エイミーさんの声に対し、私は首を横に振る。

 織斑先生も腕を組み、興味深そうに聞いてる。そしてタイミングを見て、今度は紅也が話し出す。

 

「FALKENに使われてる技術一つとっても、アメリカ、中国の最先端のものが使われています。……Xナンバーを強奪した組織の規模は、思っていたよりも大きいようです」

「……しかも、敵はビームライフルを量産していました。つまり、それだけ大きな設備を持っているはずです」

 

 紅也が、私が、交互に自分の意見を語る。それを聞く二人の意見は真剣そのもので、彼女らが事態を正確に把握していることを雄弁に語っていた。

 

「しかも……現在、奴らの興味は男性操縦者である俺と一夏。そして……情報が漏れれば、箒の紅椿も狙われるでしょう」

「……何が言いたい」

 

 ぞくり。

 思わず、背中に冷や汗が流れる。

 目の前の女性から放たれる威圧感は、それほど凄まじいものだった。

 

「………近いうちに、また、IS学園は襲撃されるでしょう」

 

 そして紅也は、絞り出すような声で予言する。

 織斑先生の表情は厳しいままだ。エイミーさんも表情こそ笑顔だけど、目は笑ってない。

 

「何が、言いたい」

 

 再び――今度ははっきりと言葉を紡ぐ織斑先生。

 威圧感は数段増していた。

 喉が渇く。手の平に汗がにじむ。

 紅也の顔色も相当悪い。多分、私の前でなければ、とっくに気絶してるんじゃないかな?

 でも、倒れてはいない。その双眸はただひたすらに、織斑先生を見据えている。

 

 ――それ以上のことは、出来なそうだけど。

 

 じゃあ……私が切り出すしかないか。

 

「……織斑先生。もう一度現役に戻っていただけませんか?」

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 紅也〉

 

 葵が、とうとう本題を切りだした。

 

 ……正直、助かった。情けないけど、もう限界だったんだ。

 部屋に満ちる緊張感と威圧感で、頭はグラグラ、冷や汗ダラダラ。麻酔が効いてる筈の右腕が痛み出し、感じるはずのない痛みが左腕を駆け巡る。

 8を装着して生体制御を任せてなければ、とっくにぶっ倒れてたに違いない。

 

 だけど――あと少し。

 あと少し、我慢しなきゃいけない。

 

「――無理だな。私は、既に力を失った」

「力、を……?」

 

 その返答は、俺にとっては半分想定内で――半分は予想外だった。

 力……それはつまり、「暮桜」のことだろう。てっきり、織斑先生が持っているものだと思っていたが……。どうやら、事態は思っている以上に複雑らしい。

 

「まさか、あなた……。暮桜を手放したの!?何で……」

 

 やはりこれは衝撃的な事実だったようで、エイミーさんが織斑先生に詰め寄る。が、先生はそれを無視し、そのまま話を続ける。

 

「私は、詳しいことを話すことはできない。だから、その疑問には答えられん」

 

 『話さない』じゃなくて『話せない』、ね。

 なーんか、きな臭いね。

 

「わかりました。ならば、もう聞きません。

 ……でも、一つ聞かせてください。貴女は……俺達の味方ですか?」

 

 渾身の問い。

 現役復帰はしないだろう、と予想していた。おそらく、先生――いや、ブリュンヒルデにも事情があったのだろうから。

 だけど、これだけははっきりさせなければいけない。

 ISに代わる兵器と成りうる、俺という異端。IS学園が……いや、世界が俺を認めないとき、彼女はどう動くのか。

 

 それがはっきりしなければ、俺は……。

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 葵〉

 

 会談は終わった。

 織斑先生の返答は、保留だった。まあ、織斑先生の立場を考えれば、軽々しく返答は出来ないだろう。

 でも織斑先生は、一夏とは敵対しないだろう。そう考えると、紅也が一夏と共にある限り、すぐさま敵になる可能性は非常に低いと考えられる。

 

「……だといいけどな」

 

 先程の緊張がまだ抜けきってないのか、紅也の顔は青白い。

 ……いや、本当に緊張のせいかな?今の紅也は、まるで何かに耐えているような……!

 

「紅也!」

 

 隣を歩く紅也が、急によろけた。

 あわてて肩を貸すと、紅也はつらそうな様子を隠しもせず、身体を預けてきた。

 いつもより、はるかに軽く感じるこの身体。おそらくそれは、私の気のせいではないのだろう。

 

「ああ……やべぇ、麻酔が切れてきた……。くそっ、体中が痛ぇ。

 お……俺の身体は……モロモロだぁ……」

「……無理しないで」

 

 いつものように冗談めかしてごまかそうとしてるけど、どう見ても大丈夫には見えない。

 

「とりあえず、また医務室に……」

「ああ、頼む」

 

 それっきり紅也は口をつぐみ、私も黙って歩き続ける。

 

 コツ、コツ、コツ……

 

 二人分の足音は、やがて――

 

 ズル、ズル、ズル……

 

 何かを引きずる音へと変わり。

 

「なあ、葵……」

「……何?」

「左腕が、な。痛いんだ」

「! ……うん」

「麻酔も、効いてる気がしないんだ……」

「……うん」

「何で、なんだろうな?痛むはずが、ないのに……」

「……」

「ははっ。痛覚残留ってか?」

「……笑えない」

「……そうだな、悪かった」

 

 

 

 

 

 

「ね、ね、結局何だったの? 教えてよ~」

「……ダメ。機密だから」

 

 あれから数時間後。私たちは、再び大広間に集合し、夕食をとっていた。

 手元のおかずから眼を逸らし、ちら、と騒がしい辺りに視線を向けると、そこには今日の事件の顛末について根掘り葉掘り聞かれているシャルロットの姿があった。

 

「ちえ~。シャルロットってばお堅いなぁ」

「あのねえ、聞いたら制約つくんだよ?いいの?」

「あー……それは困るかなぁ」

 

 流石はシャルロット。話すな、と言われたことは話さない。まさに模範生。

 

「ねえねえ山代さん。山代君はどうしたの?」

「あ、そうそうー!ラウがー、意識不明になったってー、言ってたんだけどー」

「……ラウ?」

「えっとねえっとね、ラウラさんのことだよ。ラウラ、だからラウなんだって。私も私も、『美代子』だから『ミヨ』って呼ばれてるんだ」

 

 ……一瞬、白い仮面をつけて「フハハハハ!」とか笑うラウラの姿を幻視した。

 ヤバい。似合う。……出自的にはぴったりすぎて笑えないけど。

 

「……意識は戻った。でも、まだ医務室」

「え~。やまぴー、だいじょーぶなの~?」

 

 この子は……確か布仏さんだっけ?紅也は、『マスコット』とか言ってたけど。

 

「……検査入院。夕飯食べられなくて、本気で泣いてた」

「あ、あははー。ありえるかもー」

「そ~だね~」

 

 そう言って彼女らの話題は、別のことに移っていく。

 悲しいほどにいつもの風景。ただここには、紅也だけがいない。

 彼女たちには『無事』と言ったが、それは半分嘘だ。

 今の紅也は、麻酔でぐっすり眠ってる。だけど、その表情は穏やかで、私は少し安心した。

 

 ――今日はいろいろ大変だった。

 そして、紅也が言ったように、学園に戻ったらまた新たな騒動が起こるんだろう。

 でも、今だけは……。

 

 この平穏を、満喫しよう。

 

 

 

 

 

 

〈side:織斑 一夏〉

 

 夜。

 静寂に包まれた夜の海で、波の音だけが耳に届く。

 

「ふうっ……」

 

 とんとん、と頭を叩く。耳の中に入り込んだ水のせいで、叩いた振動が頭の中でエコーのように響く。さらに左右に頭を傾けて耳の中の水を抜くと、俺は近くの岩場に腰を下ろした。

 

 そう。俺は今、海に来ていた。

 

 夜の闇を吸い込んだかのように黒く輝く海に、空で輝く満月が光を投げかける。

 昼間に大規模な戦闘があったことなど信じられないほど、今のこの海は穏やかだった。

 

 ――結局、俺は何をやったんだろうか。

 

 最初はエネルギー切れで離脱した揚句、敵の操縦者に不意をつかれ、拘束された。

 そして目覚めてみれば紅也は怪我で意識不明。箒も、あのアメリカの操縦者が来なければやられていたという。

 そして二戦目。7機がかりで挑んだ福音には軽々と翻弄され、シャルを撃墜され。とどめは刺したものの、それはあの黒いISがいたからこそ。

 

 ……そう言えば、結局、あのISは何だったんだろう?

 あの黒い戦闘機、FALKENについての話が長引いたせいで、完全にうやむやになってたな。

 

「い、一夏……?」

「うおっ!?」

 

 いきなり名前を呼ばれ、俺は驚いて振り返る。

 月明かりに照らされて姿が浮かんだのは、水着姿の箒だった。

 

「……その反応は傷つくんだが……」

「あ、ああ、悪い。まさか、人が居るとは思わなくてな。

 ……そういえば、昨日海で見かけなかったけど――」

「あ、あんまり、見ないで欲しい……。お、落ち着かないから……」

「す、すまん」

 

 慌てて身体の向きを元に戻す。

 ……でも、俺の意識の中には、どうしても箒の姿が浮かんでしまう。

 白い、ビキニタイプの水着。縁の方に黒いラインが入ったそれは、箒にしては珍しく、なんというか、セクシーで……って、何を考えてんだ!俺は!

 

 悶々と考えている間に、箒が俺の隣に座った気配がした。

 ……み、見るなとか言いながら近くに座るなよ!気になるじゃねぇか!

 

「…………」

「…………」

「え、えーと……だな」

「……一夏」

 

 とりあえず、この気まずい雰囲気を払拭するために話を切り出す俺を、箒の声が遮った。

 

「私は……強くなれるのだろうか?」

「……え?」

 

 箒が口にしたそれ(・・)は、奇しくも俺がさっきまで考えていたことと同じだった。

 

「あのとき……紅椿を手に入れたのに、紅也に怪我を負わせてしまった。福音も、紅也が来なければ倒せなかった。敵にも逃げられてしまった。そして何より……奴らは、私を敵とも思ってなかった」

 

 その言葉に、ハッとする。

 確かに、葵やエイミーさん、そして敵の二機の技量は俺達よりもはるかに上のレベルだった。そして――俺達は、それを外から見ていることしかできなかった。せいぜいが足止め役。路傍の石程度の役割。

 

「全て――私が弱かったせいだ」

 

 そう告げた箒は、そのまま面を俯かせる。

 再びの沈黙。先程までとは違う種類の沈黙に、俺も迂闊に言葉を発することが出来ない。

 

「……強く、なりてえなあ」

「……ああ」

 

 強くなりたい。葵のように強く。そして、紅也のように、誰かを守れるように。

 ……いや、紅也のように、じゃダメだな。誰かを守って意識不明だったら、今度は守られた誰かに心配かけることになる。

 そう、あの時の箒や、葵みたいに……。

 

「……そうだ。さっきお前、二度目の戦いの時に紅也が来た、って言ったよな。

 あの黒いIS……紅也の機体だったのか?」

「わからないが……なんとなくそんな気がしたんだ。あれは、紅也だって」

 

 うーん、『そんな気がした』って言われてもなあ。

 ……なんか、面白くねえなぁ。

 

「……っと、そうだ。――箒」

「ん?何だ?」

「これ」

 

 そう言って俺が渡したのは、新しいリボン。この間、シャルと一緒に買い物に行ったときに買ったものだ。

 

「今日、誕生日だろ?こんなことになっちまって、渡すのが遅れたけど……誕生日おめでとう、箒」

「一夏……。ありがとう、覚えていてくれたんだな」

「当たり前だろ?」

「ふふっ……そうか、当たり前か」

 

 先程までの表情はひっこみ、代わりに笑顔が戻る箒。

 ……そうだな。俺はみんなにこうやって笑って欲しいから、守りたいんだ。

 強くなろう。自分を傷つけず、誰かを守れるように。

 闇に響く波の音を聞きながら、俺は改めて決意した……。

 

 

 

 

 

 

〈side:雑種ども〉

 

「……って、↑の言い方!アンタはどこぞの英雄王か!」

「次までに有象無象を間引いておけ、ということだな。それには同感だが……」

「鈴さん、ラウラさん!何を言ってらっしゃいますの?それに、そんな大声を出したら気付かれてしまいますわ!」

「セシリアも十分五月蠅いよ……。っていうか、ラウラは何でここに?」

「うむ。教官の部屋に行こうと思ったら、一夏が抜け出していたのでな。監視でもしようかと」

「な、なーんだ、そうなんだ。……良かった」

「セシリアとシャルロットは……聞くまでも無いわね。……で、どうする?なーんか、いい雰囲気だけど」

「鈴さんにはそう見えますの?あれは、何というかもっと別の……」

「何やら覚悟を決めたような眼をしているな。ああいう所は教官に似ている」

「うーん……。出て行きづらいなぁ……」

 

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