IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第74話 家政婦は見た!真夜中の密会

「うーん、紅椿(あかつばき)の稼働率は絢爛舞踏(けんらんぶとう)を含めても29パーセントかぁ……。ちょーっと、予想よりも低いかな」

 

 空中投影ディスプレイに浮かび上がった各種パラメータを眺めながら、兎は一人、無邪気に微笑む。

 その表情は、さながら子供のよう。月明かりに照らされたその顔は、いつもと変わらず、どこか退屈そうだった。

 

「んー……ん、ん~」

 

 鼻歌を歌いながらディスプレイを操作。すると新たなモニターが表示され、昼間に行われた戦闘の映像が再生される。

 

「一度は停止した福音の再起動。第二形態移行した青いIS、そしてその単一仕様能力。さらに正体不明の戦闘機かぁ……。ちょっと不確定要素(イレギュラー)が多かったかな。

 ――そう思わない、ちーちゃん?」

 

 兎は虚空へ言葉を投げかける。それに答えるものは誰ひとりとしていない、と思われたが。

 

「お前は違うかもしれんがな。全てが思い通りにいくことなど、普通はあり得んさ」

 

 返事は、岬の背後の森の中から聞こえてきた。

 しかし、ふたりは互いの方を向かない。仲が悪いのではない。いちいち顔を合わせる必要が無いほど、互いを知り尽くしているのだ。

 

「……本当にそうなら、世界はもっと面白いはずだよ」

「そうかもしれないな。――なあ、束。一つ、たとえ話をしてやろう」

 

 その一言を聞き、退屈そうだった彼女の表情がわずかに変化する。

 

「へえ、ちーちゃんが。珍しいねぇ」

 

 ……とはいえ、ほんのわずかな変化。傍目には彼女は、先程までとなんら変わりは無い。

 

「例えば、とある天才が一人の男子の高校受験場所を意図的に間違わせることができるとする。そこで使われるISを、その時だけ動けるようにする。そうすると、本来男が使えないはずのISが使える、ということになるな」

「ん~? でも、それだと継続的に動かないよねぇ」

「そうだな。お前は、そこまで長い間同じものに手を加えることはしないからな」

「えへへ。飽きるからね」

「……で、どうなんだ? とある天才」

「どうなんだろうねー。うふふ、実のところ、白式がどうして動くのか、私にもわからないんだよねぇ。いっくんはIS開発とは無関係のはずなのにね」

 

「ふん……。まあいい。次のたとえ話だ」

「多いねぇ」

「嬉しいだろう?」

「違いないね」

「とある天才が、大事な妹を晴れ舞台でデビューさせたいと考える。そこで用意するのは専用機と、そしてどこかのISの暴走事件だ」

 

 今度は、束は答えない。沈黙し、次の言葉を待つ。

 

「暴走事件に際して、新型の高性能機を作戦に加える。そこで天才の妹は華々しく専用機持ちとしてデビューというわけだ」

「へえ、不思議なたとえ話だねぇ。すごい天才がいたものだね」

「ああ、すごい天才がいたものだ。かつて、十二カ国の軍事コンピュータを同時にハッキングするという歴史的大事件を自作した、天才がな」

 

 そして、静寂が辺りを包む。

 

「――最後に一つ。世の中に男でも使えるISがあふれ、再び世界が変わったとき……

 

 

 

 この世界は、どうなる?」

「さあねぇ。興味ないよ」

 

「おいおい、冷てぇなぁ。自分が作った今の世界(おもちゃ)を、そんなにあっさり放棄するなんてよ」

 

「! 誰だ?」

 

 聞こえるはずのない、第三者の声。

 それに千冬は動揺し、声の聞こえた方向――すなわち、上を睨む。

 

「おっと、悪ぃな。盗み聞きする気はなかったんだけどよ」

 

 再び響く、男の声。

 そして夜の闇が姿を変え、ゆらぎ、やがて一人の男の形を露わにした。

 

「ん~、誰かな?私とちーちゃんの愛の語らいを邪魔する、無粋で不細工で無神経な奴は――って、お前は!!」

 

 いつもの調子で、しかしわずかに怒りをにじませ、束は空を見上げた。

 そして千冬は珍しく――そう、本当に珍しく、だ――驚愕した顔の束を目撃した。

 

「何でお前がこんなところにいるんだよ。束さんは本当に……ほんっとうに、お前なんかお呼びじゃないんだよ。塩でもくらえ!二度と来るな!」

「うわっ、しょっぱ!やめろ!」

 

 男はぺっぺと唾を吐きだし、顔をしかめる。

 しかも心なしか、その表情は若干涙目だ。

 

「ったく、ずいぶんと嫌われたもんだなぁ。俺、何かあんたに嫌われることしたかい?」

「つーん」

 

 慣れ慣れしく話を続ける男を、束は無視し続ける。

 その流れから完全に置いてきぼりになった千冬は、どこか面白くなかった。

 

「……で、貴様は一体誰だ。私の記憶が正しければ、作戦本部に忍び込んでいた気がするのだが?」

「ああ。そういや、自己紹介がまだだったな。俺は――」

「ちーちゃん。コイツの名前なんてどーでもいいから、もっとお(はなし)しようよ」

「――はぁ。今更だけどよ、お前って結構嫌な奴だよな」

 

 場の転換を図った千冬の試みは、ほかならぬ束の手によってあっさりと台無しにされた。

 

「ところで、『この世界がどうなるか』だったよな?

 安心しな。きっと、何も変わらねぇよ」

「……なんだと?」

 

 あっさりと。

 あまりにあっさりと、その男はそう言い放った。

 何故だろうか。と、千冬は思う。

 この男は、今の世界を変えるために、紅也という存在を世に送り出したのではなかったのか……?

 

「何勘違いしてんだ?」

 

 それなのに、こいつは。

 

「俺がレッドフレームを作ったのは、それを作れるだけの技術があったからだ。

 別に、それで何かがしたかったわけじゃねぇ。そもそも、アレをどう使うかも紅也の自由だ」

 

 作れるから作った。

 なんて無責任で、なんて簡単な答え(しんり)

 ……ああ、束がこいつを嫌う理由が分かった。

 

「一人ひとりが自分の信念を持って、ただそれに従い続ける。世の中ってのは、そうやってできてんじゃねぇのか?だから、世界は変わらねぇ。

 ――元々、世界ってのはそういうもんなんだから、変わりようがねぇよ」

 

 こいつはきっと。

 

 束と同じ天才で。

 束と同じく自由奔放で。

 束と同じくハタ迷惑で。

 

 ――束と違って、今の世界に満足している。

 

「まったくもー!だから、束さんはお前が大!大!大っ嫌いなんだよ!

 何にも考えてないのに!バカなのに!結論だけは私とおんなじなんだからさー!!」

 

 千冬の表情を感じとったか。はたまた男の言葉でこらえきれなくなったのか。

 束は、夜空に向かってそう叫んだ。

 

 だからさー……

 

 …からさー……

 

 ……らさー……

 

 ………さー……

 

 …………ー……

 

 ………………

 

 ……………

 

 …………

 

 

 エコーが波に呑まれたとき、既に束の姿はそこにはなく。

 

「じゃ、そろそろ俺も帰るぜ」

 

 男の姿も、闇の中へと消えていき。

 

 残された千冬は、たまった息を長々と吐き出した。

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 葵〉

 

 私とバスターの戦いは、私の勝利という形で決着した。

 結果だけをみると言うことなしだけど、その過程は問題ありだ。

 

 2対1対1という状況での敗北。あわやという所でのブルーフレームの第二形態移行(セカンドシフト)。エイミーさんやIS学園のみんなの援護。偶発的に起動した単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)

 

 私の実力なんかじゃない。今回の結果は、ご都合主義の連発で――完全に運によってもたらされた。

 

 ぎゅっ……と、首にかかる蒼いロケットを握りしめる。

 アクセサリーにしか見えないこれは、ブルーフレームの待機状態だ。

 見た目は前と同じ。でも、少し変化があった。

 

 ロケットを開く。

 かつては無地だったそこには、緑色の線で描かれた(サーペント)のマークが刻まれていた。

 ……これが、第二形態移行の証なのかな?

 

 まあ、昨日の話はもう止めよう。これ以上思い出してると、思い出したくないことまで思い出しそうだから……。

 

 そう。『昨日』だ。

 あの事件から一夜明け、今日は校外特別実習の三日目。

 私は今、出しっぱなしになっていたブルーフレーム用の装備の撤収作業を進めてる。

 ……結局、これらを使うことは無かった。

 というのも、第二次移行の際にタクティカルアームズがブルーフレームの標準装備(デフォルト)として組み込まれたから、背中につけるタイプの装備は使えなくなったのだ。

 私自身が開発依頼をしておいたスナイパーパックも、使われることなくお蔵入りだ。

 それはあまりにもったいない。今度、紅也になんとかしてもらおう。

 

「まったく、せっかく量子変換(インストール)したのに、一日で外すなんて……」

「なんだか、もったいないよね」

 

 私と同じように作業してる鈴音とシャルロットが、そうぼやく。

 二人とも本国から送られたパッケージを使用したので、わざわざ外してから片付けなきゃいけないのだ。そんなわけだから、さすがのシャルロットもめんどくさそう。

 

「一夏さんと箒さんはいいですわね。追加装備が無くて」

「〈パンツァー・カノニーア〉のデータは取れなかったな。上層部になんと報告すればよいものか……」

「……追加装備どころか、標準装備も足りてない私への……当てつけ?」

 

 上から順にセシリア、ラウラ、簪だ。

 ちなみに簪だけは、機体のプログラムをいじってる。どうも、戦闘中のスラスター出力が不安定だったみたい。鈴音ほどじゃないけど、忙しそうにプログラムを走らせてる。

 

「でも、よ。俺達だってISの撤収作業はやってるし……」

「一番楽なのは……あいつだろう」

 

 そう言って箒が睨む先――その視線の先には――

 

「えーっと、こっちがクリムゾンの戦闘ログ、こっちがブルーのログ、これがゴールドが記録した映像で、こっちはラファールの……。うひゃひゃ、笑いが止まらねぇぜ!」

 

 嬉々としてコンピュータをいじくりまわし、時折気持ちの悪い笑顔を浮かべる兄の姿が。

 

(ホン)!ちょっとは手伝いなさいよ!男でしょ!?」

「むーりぃ。俺、怪我人だから」

 

 そう言って挙げたのは右腕。でも、包帯は右腕どころか、全身に巻かれている。

 外見は、さしずめ赤髪のマミーといったところか。ちょっと、某最後のファンタジーを彷彿とさせる姿だ。

 

「紅也!お前、そんなに怪我してなかったろ!」

「いーや!昨日の撃墜で全身大火傷で複雑骨折で意識不明だ!」

「じゃあ、何で会話ができるんだ!」

「会話してると思ってるのはお前の妄想が生んだ幻だ!」

「ならその幻想をぶち壊す!」

「……二人とも、仕事」

 

 口論を始めた一夏と紅也を軽くいさめ、私は作業を再開する。

 ……あの後紅也は、朝になったら普通に目を覚ました。

 それこそ、あれほど心配した私が馬鹿みたいに思えるほど、あっさりと。

 でも、やっぱり両腕は痛いみたい。

 今はああして普段通りにふるまってるけど、8とのリンクは依然継続中。

 もし8の管理下から外れたら、即座に激痛が襲ってくるって言ってた。

 それでも、今はああやって普段通りを演じ、笑ってる。

 

 そんな紅也は、本当に――強い。

 

 

 

 

 

 

 そうして時刻は十時過ぎ。

 全ての作業が終了し、ここから去る時間がやってきた。

 

 旅館の女将、清州さんに感謝の挨拶を述べ、私たちはバスへと乗り込む……はず、だった。

 

「じゃあ、俺はここでお別れだ」

 

 唐突に。

 そう、本当に唐突に、紅也は告げた。

 

「――え?」

「紅也!どういうことだ!?」

 

 呆然と、呟くような返事しかできなかった私の後に、箒が声を荒らげた。

 

「いやぁ、昨日、俺、意識不明になったじゃん?

 ……そのせいで、本国に戻って精密検査を受けることになってな。今すぐ帰って来い、だと」

(まったく、原因ははっきりしてるのにな)

 

 前半は声に出して。後半は私だけに聞こえるように、返事をする。

 

「で、では、やっぱり怪我のせいで……。私の……」

「お前のせいじゃねぇよ」

 

 いつもとどこか異なる調子で話す箒の言葉を、紅也は即座に遮った。

 

「あれは、俺がやりたくてやったことだ。箒が気に病むことじゃない。

 それに、こうして無事に復帰したんだ。それでいいじゃないか」

「……それのどこが無事に見えるのさ」

 

 シャルロットの言うことも一理ある。

 紅也は、相変わらずの赤マミー状態だったのだから。

 

「だ、だが!それでは私の気が……」

 

 一度は変わりかけた雰囲気が、なおも食い下がる箒によって再び元に戻る。

 ……空気読めよ、武士娘。

 

「ああもう!面倒くせぇな!

 ……箒!そこまで言うなら、お前にはペナルティを与える。俺が復帰したら、徹底的にしごいてやるから覚悟しろ!」

「……分かった。覚悟しておく」

 

 箒はそれ以上何も言わず、バスへと乗り込む。

 それに続いて一夏、セシリア、シャルロット、ラウラも一号車へ。残る私たちも、それぞれ自分のバスへと移動する。

 それを見送るのは、ここに留まる紅也だけ。

 

 紅也を置き去りにして、バスは走り出す。

 こうして……長かったこのイベントは、あっさりと幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 紅也〉

 

「……あーあ、行っちまったか」

「あら、寂しいの?」

 

 去りゆくバスを見送ってたそがれる俺に声をかけたのは、同じく居残り組のエイミーさんだった。

 

「そりゃ、まあ。一人ぼっちですからね」

「奇遇ね。私も一人ぼっちなの。……どう?寂しい同士、慰め合わない?」

「はは、遠慮します。後が怖そうです」

「そう、残念」

 

 さほど残念がってもいない様子で、エイミーさんは空を見上げる。つられて俺も空を見ると……遥か彼方から、二機のヘリがゆっくりと接近してくるのが見えた。

 

「――ねえ」

「はい?」

「福音のデータ、盗ったでしょ?」

 

 ぶふっ!

 何かを口に含んでるわけでもないのに、激しく吹き出してしまった。

 

「……その根拠は?」

 

 既に俺の態度が根拠みたいなもんだけど、言わないでほしい。

 そんな俺の内心を察してか、エイミーさんはまともな根拠を話し始めた。

 

「だって、コウくん医務室で寝てたでしょ?福音の操縦者、ファイルスさんも同じ部屋で寝てたでしょ。

 ……隣のベッドで美人(IS)が寝てるなら、襲っちゃう(データ盗む)のがコウくんクオリティじゃない」

 

 ……訂正。全然まともじゃなかった。しかも下品。

 つーか、信用ないな、俺。

 

「ひでぇや。……ところで、エイミーさんって初見の人でもファーストネームで呼ぶのに、どうしてファイルスさんだけファミリーネームで呼んだのさ」

 

 あまりにも苦しい話題転換だったが、エイミーさんは乗ってくれるようだ。

 

「それはね、コウくん。あの人のファーストネーム、家のママと似てるのよ。……何か気まずいでしょ?」

「ああ~、分かります」

 

 やっぱり、この人と話すのは楽しい。

 

 ――やっぱり、この人は欲しい。

 

 ヘリが近づいてくる。一機はアメリカ、一機はモルゲンレーテのもの。

 

「じゃ、私は行くわね。バイバイ!」

「ええ、さよなら。次会うときも、どうせ戦場なんでしょうね」

「そうでしょうね。じゃあ……」

「ええ……」

 

「「また会う日まで!」」

 

 別れの言葉は、これで十分。

 でも、エイミーさん。

 次は、案外思いがけない所で会うかもしれませんよ?

 

 

 

 

 

 

「ずいぶん嬉しそうだな、紅也」

「ええ、まあ。自分の当座の目標を、再確認できましたから」

 

 モルゲンレーテ所属ヘリ、アラストル内部。

 俺と師匠は後部座席に座り、雑談を交わしていた。

 

「……で、紅也。いつまでそうしてる(・・・・・)つもりだ?」

「……バレてますか?」

「当たり前だ!そいつは誰が作ったと思ってんだ」

「……それもそうっすね」

「安心しろ。ここなら、外部にはバレない。8のバッテリーもヤバいんだ。もうそろそろ解除しとけ」

「分かりました。じゃあ、解除します。

 ……俺が倒れた後のことだけ、よろしくお願いしますね」

 

 撃墜されてから今まで継続していた8とのリンク、レッドフレームの半展開ともいえる状態を解除した。すると8によって制御されていたあらゆる感覚が開放され、身体の異常を訴えるあらゆる信号が全身を駆け巡る。

 

 眠気、痛覚、空腹、不快感、怒りなど無秩序な感覚が脳へと殺到し、俺を締め付ける。

 その苦しみに身を任せるようにして、俺の意識はゆっくりと閉ざされていった……。

 




次回からは番外編を挟みつつ、それぞれの夏休みの模様をお送りいたします。
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