8月。IS学園は、遅めの夏休みに入った。
これは、普通の学生ならば喜ぶべき所なんだろう。
現に、クラスの女子のほとんどは国に帰る予定を立てたり、友達と遊びに行く予定を立ててる。
でも、私はそうはいかない。
だって私は、代表候補生だから。
夏休みといえば、日ごろのデータを国や企業に届けたり、それらが主催するイベントに出たり、雑誌の撮影があったり……とにかく、仕事が多いのだ。
ただ、いいこともある。
オーストラリアに戻れば、久しぶりに紅也に会える。
普段から話したいことは全部電話で話してるけど、最近はなかなか電話に出てくれない。
何でも、モルゲンレーテのIS開発で大きな動きがあったとかで、紅也はそっちにかかりきりみたいだ。
だから……やっぱり直接会って、話したい。
◆
部屋に戻った私に、まるで見張っていたかのようなタイミングでメールが届く。
差出主はモルゲンレーテ。件名は「帰還命令」。
……そら、来た。
あまりに早かったその連絡に辟易しながらも、メールを開く。
『IS学園も夏季休業に入ったようなので、明後日までにオーストラリアに戻ってこい。
第二形態移行したブルーフレームの性能評価、単一仕様能力の解析、およびデータ取りを行う。なお、デュノア社から出向している専用機持ちも連れてこい。新型ASTRAYのテストパイロットをやってもらう』
……とまあ、内容はざっとこんな感じ。
正直非常にめんどくさいうえに急だったけど、命令だからしょうがない。
それに、こういう事態も想定してた。だから、準備は出来てる。
後は、シャルロットにも伝えないと……。
コンコン。
私の思考は、控えめなノックの音で中断された。
……あらまあ。噂をすればなんとやら。
相手に確信を持ちつつ扉を開けると、果たしてそこにいたのはシャルロットだった。
「葵、急にゴメンね?あの……僕のところに、こんなメールが来たんだけど……」
という言葉と共に差し出された携帯の画面を、私は注視する。
このアドレスは……エリカさんか。文面は一言。
『待ってるわよ』
……はあ。これじゃ、何を言ってるか分からない。
「ね、ねえ。これ……嫌がらせとか、呪いのメールだったらどうしよう?」
「……シャルロット?」
あれ?ひょっとして、エリカさんのアドレスだと気付いてない?
「じ、実は昨日ね。ラウラに勧められて、一緒に日本のホラー映画を見たんだけど……。
ちょうど、映画の中にも同じようなシーンがあったんだ……」
「………………」
へえ、意外。
シャルロットって、普段からしっかりしてるけど、
そんなんじゃ、この先生きのこれないぜ。……なんちゃって。
「で、でね?次の日の深夜に、ドアの外で水の滴る音がしてね……」
「……シャルロットさーん?」
「そしたら、ケータイが鳴るんだ。電源を切って、水に沈めたはずなのに……!!」
……ダメだ、早くなんとかしないと。
しょうがない。こうなったら、最後の手段だ。
……え?何もしてないのに『最後の手段』はないだろ、だって?
そう言われても……こういうのは、お約束だから。
「『落ちつけよ、シャル』」
「ふえっ!? い、一夏!?」
シャルロットが飛び上がり、私の方を向く。
そして……視線をキョロキョロと左右に走らせた後、どこか呆けたような表情で私を見た。
「あれ……一夏は?」
「『俺は、最初からいないぜ』……さっきのは、私」
「え?また一夏の声……って、葵!?今の、声真似だったの!」
「……うん」
今度こそ驚愕の表情を浮かべるシャルロット。それを見た私は、ちょっとだけいい気分になった。
「……で、落ち着いた?」
「う、うん……。恥ずかしいところをお見せしました……」
そう言って小さくなったシャルロットは、どこか小動物みたいだった。
……可愛い。
「……さっきのメールの差出人は、エリカさん」
「えーっと……確かエリカさんって、モルゲンレーテのIS開発主任だったよね?」
「そう。さっき私にもメールが来て、明後日までにモルゲンレーテに行くことになった。
……シャルロットと一緒に」
「……え?ぼ、僕と!?何でまた……」
「……新型ASTRAY、MBF-P06。そのテスト操縦者に、あなたが抜擢された」
MBF-P06。
オレンジフレームとも呼ばれるその機体は、ブルーフレームのコンセプトをさらに発展・実戦向けにした仕様らしい。
ブルーフレームが多くの装備を整えることで多様な状況に対応するのに対し、オレンジフレームは複合武器を持つことで様々な状況に対処する。
この機体を使いこなせるのは、私以外ではシャルロットしかいない。
……と、いうのが、シャルロット抜擢の理由だそうだ。
しかも、推薦文は紅也が書いたものらしい。……何か、おもしろくない。
「あ、あはは……。ちょっと、照れるなぁ……」
シャルロットなんか、見るからに嬉しそうだし。
あなたは黙って一夏の尻でも追いかけてなさい。
「……って、ちょっと待って。葵の機体がP-03で、紅也の機体がP-02だったよね?」
「……うん」
「で、例のゴールドフレームがP-01だから……P-04とP-05は無いの?」
「……ある。でも、二機ともISじゃない」
「ISじゃない、って……。
……ああ!レッドフレームみたいなパターンか!」
「そう」
もっと厳密に言うなら、P-04、グリーンフレームが『男でも使えるIS』で、P-05、パープルフレームが『無人機』だ。
アイツ曰く、青+黄である緑は、赤の後継。赤+青である紫は、黄の後継。黄+赤である橙は、青の後継なのだそうだ。
とはいえ、ただコンセプトを受け継いだわけではない。それぞれの機体は、ベース機が持っている長所を最大限引き出しているらしい。
特にP-05……パープルフレームは、無人であることを活かした簡易変形機構を採用するらしい。あくまで予定だけど……紅也曰く、「変態的」な仕上がりになるそうだ。
……コジマはまずいわよ?
「それにしても……オレンジか。リヴァイヴと同じ色だね。偶然かな?」
「……さあ?」
ひょっとしたら、それをも考慮しての抜擢かもしれない。
……それにしても。
オレンジフレームがシャルロットの機体になるんだったら、今の専用機――ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡはどうなるんだろう?
◆
シャルロットに荷造りをするように伝えた私は、少し寮内をふらつくことにした。
深い意味は無い。ただ、ヒマだっただけだ。
周りを見渡せば、楽しげに談笑する女子の姿。誰もが夏休みの予定の話題で盛り上がってる。教室と同じだ。
……はあ。私も昔は、そういう話題で盛り上がってた気がするけど、もう違う。
専用機持ち特有の悩みか……。贅沢に思われるかもしれないけど、けっこう深刻だ。
そんな、若干恨みがましい目で周りを見てたからだろうか。私の視界に、周囲の会話から取り残された、水色の髪の女子が映り込んだ。
あれは――簪か。
ちょうど話し相手が欲しかった。この際、簪でもいいや。
そういう結論に達した私は、なんとなく気配を消して簪に忍び寄る。
簪はぼーっとしていて、何を考えてるのか分からない。
そこで、そーっと耳元に顔を近づけ、唇をとがらせ……
フッ、と。
簪の耳に、息を吹きかけた。
「うにゃあ!?」
どこぞの金髪ツインテール合法ロリ理事長のような叫び声を上げ、簪が飛び上がる。
一方、周囲も突然叫び声を上げた簪を見て、何事かとうわさし始める。
その反応を見た簪の顔は、羞恥で真っ赤に染まっていき……ここで、ようやく私の存在に気付いた。
「葵!何するの!」
「何って……。ため息ついたら、たまたま簪がそこにいただけ」
驚いた。
簪が、こんなにアグレッシブな話し方をするなんて。
しかも、名前を呼び捨てにしてるし……。
まあ当の本人は、今の行動でさらに周囲の注目を集めたことに気付いて、また顔を赤くして俯いてるけど。
「……うう、恥ずか……しい」
あ、簪デストロイモード(命名:私)が解除された。
もうちょっと見てみたかったのに……。つまらない。
「で……本当に、何の用……?」
「……特に用は無い。でも、話し相手がほしかった」
「……そう」
一言、そう呟いてから、簪は私の方を見た。
それを肯定の意と受け取った私は、そのまま話を始めた。
「……みんな、夏休みで浮かれてる」
「そう、だね……」
「でも、専用機持ちは、素直に楽しめない」
「……それ……私への、当てつけ?」
「……違う。簪だって、打鉄弐式の戦闘データ提出とか、偉い人へのあいさつとか……あるでしょ?」
「……うん。あれは……拷問」
「……同感。息が詰まる」
「私の場合……専用機も未完成だし。……しかも、倉持技研は……稼働データだけは持っていくし……」
「……せこい」
「はあ……いっそのこと……白式なんて、無くなっちゃえばいいのに」
「……もし無くなっても、一夏には別のコアが与えられると思う」
「……そうだね。ずるいや」
私と簪。
二人とも、元々そんなに口数が多い方ではないから、どうしても会話が途切れがちになる。
でも、こうやって愚痴を言うときだけは、なぜだか会話が長続きする。……不思議だ。
「不思議だ、じゃないわよ!!」
横合いから、聞きなれた元気な声が聞こえてくる。
「……
「どうしたもこうしたもないわよ!廊下を歩きながら、みんな楽しそうだなーって思ってたら、一か所だけ暗いオーラが出てたから近寄ってみたら……。話題が暗いわ!!」
そう言って、がおーっ、と吠える鈴音。
おまえはどこぞの虎か。
「……鈴音は、夏休みの予定は?中国に帰ったりとか……」
「いずれは帰るけど、しばらくはこっちにいるわ。……セシリアやシャルロットは国に帰るだろうから、今のうちに……」
「……鈴音?」
「うへ、うへへ……」
……駄目だ。トリップしてる。
鼻にジュースでも突き刺すか。それとも、持ち物を取り上げるか。
あるいは……
「む、三人とも、そんなところで何をやっているのだ?」
……あ、ラウラだ。ちょうどいいところに。
「……ラウラ、ちょっとこっちに来て」
「む、何だ?」
「いいから、ここに立ってて。鈴音が起きるまで」
「……それが何になるというのだ……」
文句を言いつつもやることはやる。それがラウラクオリティーだった。
さて、後は物陰に隠れて、様子を見物させて貰おうかな。
だって、これでしばらくこのメンバーとは会えないんだもの。
少しくらい、遊んだっていいでしょ?
◆
〈side:篠ノ之 箒〉
明日からは、夏休み。
だというのに、私の気分は一向に明るくならない。
原因ははっきりしている。……紅也だ。
葵は、なんともないと言ってる。でも、何かが引っかかるのだ。
福音と戦ったあの時……。
何か、大事なことを見落としてた気がする。
それがここ数日、ずっと気になっていた。
だから、私は――
「もしもしー、箒ちゃん!そっちからかけてくるなんて珍しいね。どーしたのかな?」
「……姉さん。一つ、頼みがあるんだ……」
「んー、何かなー?今ならお姉ちゃん、何でも聞いちゃうよー!ぶいぶい!」
「明日……私を迎えに来て欲しいんだ」
オレンジフレームは原作には登場しないオリジナルの機体です。ご了承ください。