――先生……?
――私に……これ以上言わせないでくれ。
◆
8月。IS学園は、遅めの夏休みに入った。
まあ、俺にはあんまり関係ない。結局、テストの後も学園には戻らなかったし。
そうそう。例の無人機のコアは、無事に起動した。
プレアの話では、俺が使っても反応はするらしいので、今度試してみるつもりだ。
……そうすれば、前回みたいなヘマはしなくて済む。
もう、みんなに心配はかけたくないからさ。
だから、今日も今日とてデータ取りだ。
まずは無人機のコアを試す!
そして、グリーンフレームのフィッティングだ。
上手くすれば、無人機のコアを積んだグリーンフレームが開発できるかも。
操縦者として、技術者として、夢は膨らむばかりだ。
◆
……と、思ってたんだけど。
「えっ!?グリーンフレームは俺の機体じゃないんすか!?」
「当たり前だろ。コウヤには、レッドフレームがあるだろうが」
師匠に一蹴された。
なんでも、グリーンフレームの操縦者は決まっていないが、少なくとも俺以外にするというのは確定してるらしい。
理由を聞いたとき、師匠がニヤニヤしてたのは気になったけど……。
「……ってことは、レッドフレームの修復のメドがついたんですか!?」
「最初から直せるって言ったじゃねぇか。まあ、9月には間にあわねぇけどよ」
やっぱし。
……はあ。ひょっとすると俺、M1隊に回されちゃうのかなぁ……。
「ま、機体の心配はすんなよ。新学期までには間にあわせてやる。
……それより、別の用があるんだろ?無人機のコアはあっちだ。ついてこいよ」
そう言って師匠は歩き出す。
俺は操縦者のいない緑色の機体を視界の隅に追いやりつつ、黙って師匠の後に続くのだった。
照明に照らされた廊下を歩く。
右へ、左へ、また右へ。
そしてつきあたりのエレベーターを使って地下へ。
案内された先は、モルゲンレーテのIS稼働試験室――IS学園で言うところの、アリーナみたいな場所だ。
普段はM1のテストに使用され、騒がしいここは、今や閑散としていた。
いつもと違う所は、もう一つ。
アリーナの中央に、搭乗者のいない量産機――M1アストレイが立っていたのだ。
「やっぱりM1隊に決定!?」
どうやら、俺はレッドフレームを下ろされるようだ。
「いいから落ち着け。ただのテスト機だ」
ゴン!!
某錬金術師よろしく、スパナで殴られた。
つーか、どこから出したんだ……って、8からか。
あれは元々師匠のものだ。俺だけじゃなくて師匠も使えるのは当然だったな。
「~~~~~~~!!」
まあ、冷静に解説してみたものの、実際はすごく痛い。
滅茶苦茶痛い。
《無人機のコアをベースに、M1を組み上げた》
「それが動くかどうか、ちょっと確かめてみろよ」
「まあ、そういうことなら……」
頭を押さえつつ、ふらふらした足取りで機体の元へと向かう。
師匠も8も、それを離れた所から見守ってる。
一歩ずつ。
僅かに緊張し、手が汗ばむのを感じる。
もし、これで反応しなかったら?
もし、もうISが使えなかったら?
もし――
俺がただの技術者に戻ってしまったら?
目の前に立つM1の装甲が、やたらと大きく見える。
……ダメだ。
オーストラリアに戻って、入院が長くなって、俺はだいぶ不抜けたようだ。
日本にいた頃の、飄々としていた俺。
葵の兄として振舞っていた、モルゲンレーテの技術者である俺。
そんな俺――山代紅也だったら、こんなにビビったりしない。
……落ち着け。
一夏をいじってた俺は、こんなにヘタレだったか?
箒の剣術指南をしていた俺は、こんなに弱かったか?
鈴音に軽口を言ってた俺は、こんなに無口だったか?
シャル子を引きぬいた俺は、こんなにビビリだったか?
ラウラを手を差し伸べた俺は、こんなに憶病だったか?
簪の機体を作った俺は、こんなに情けなかったか?
そして――
葵の兄である俺は、失うことを恐れて行動できなくなるほど、小さな男なのか?
否。
断じて否だ。
……あっ、セシリア忘れてた。
……と、不覚にも最後のコレのおかげで、緊張は無くなった。
ありがとう、セシリア。
忘れててゴメンね、セシリア。
さて。
覚悟は決まった。もう大丈夫。
M1を見る。
さっきより小さな全体像。レッドフレームそっくりな外見。
それが、よけいに俺の焦りを消していく。
大丈夫。いつもやってることじゃないか。
意を決して、胴体に手を触れる。
瞬間。
ドクンッ……!!
確かに、鼓動を感じた。
同時に、流れ込んでくるナニカの意識。
俺じゃない記憶が流れ、知らない風景と知ってる景色が混ざり合っていく。
俺は思わず目を閉じる。でも、遅かった。
現在と過去が混ざり合い。
光と闇が交錯し。
空と海が交わる。
そして、脳裏に描き出された一つの風景。
それはいつか見た、夜の砂浜。
『約束は守る。力を貸そう――』
声が、聞こえた気がした。
聞いたことのない。でも、記憶の中にある声が、確かに聞こえた。
瞬間、俺が感じたのは懐かしい感覚。
ここ数週間は感じなかった、レッドフレームを展開するときの、あの感覚。
――意を決して目を開くと、そこにあったのはバイザー越しの世界。
「やった……?」
間違いない。
俺はM1を装着している。
つまり、コアが起動した……?
「おっしゃぁ!成功だ!!」
「……いぃぃぃぃぃやったあぁぁぁぁぁ!!!」
歓喜。
先程まで感じていた不安は吹き飛び、成功それ自体に対する歓喜が、俺の心を満たしていく。あふれた思いは叫びとなって、2人だけの稼働施設に響き渡った。
「やりました!成功ですよ、師匠!」
「よっしゃあ!後は、ユウヤさえ来れば、『4番目』が完成する!!」
「そりゃすごい!なんだかよく分からないけど、すごいっすよ、師匠!!」
IS特有の機能――シールドバリアーや、絶対防御などのシステムも正常。
レッドフレームにあった欠陥は、これで解決したと言ってもいい。
……まあ、最終的にはコアに依存しないのが理想形なんだろうけど。
でも、これでもう、葵に心配をかけずに済むな。
残る問題はまだまだある。
だけど、課題が減ったのは事実だ。
今日くらい、それを喜んでもいいだろ?
◆
その後、ビーム兵器の運用、空中での運動などの各種テストを終え、俺達が帰ったのは夕方過ぎだった。
病室に戻ってみれば、うっかり放置した携帯電話にメールが一通。
差出人は葵。学園も終わったので、明日にはこっちに帰ってくるとか。
ちょうどよかった。帰ってきたら、真っ先にこの話をしてやろう。
そうして、俺は大丈夫だ、ってアピールしてやる。
まあ、今は葵よりも先に、お礼を言わなきゃいけない相手が居る。
そいつに会いに行くために、俺は意識を投げだす。
もう何度目になるか分からない、暗い道を歩いて。
たどり着いた先は、昼間に垣間見た星の見える砂浜だ。
「来たぞ、プレア!」
「あ、コウヤさん。今日は遅かったですね」
「ああ。今日は、例の無人機のコアを使ってISが動かせないか、試してたんだ」
「そうなんですか。それで、結果は……?」
「ああ、ありがとう、プレア。……成功だ!」
「それは良かった。おめでとうございます!」
右手、左手、最後に両手でハイタッチ。
とはいえ、身長差があるから、俺は若干かがんでるけど。
「お前のおかげだぜ!これで俺は、また戦える」
「そんな。僕はただ、彼女と話しただけですよ」
「『だけ』って言ってもなぁ。それはプレアにしかできないことじゃねぇか。自慢していいんだぞ?」
「うーん、そう言われても……。ISコアそのものになった僕にとっては当たり前のことだし、それに、コウヤさんだって同じようなことをやってるじゃないですか」
……ん?
言われてみればそうだよな。
人間の身体を捨てて、意識だけで無人機を操縦したり。
意識をデータ化して、ASTRAYネットワークを通じて送信したり。
「……あれ?もしかして俺って、人外になりかけてる?」
「ははは……。ノーコメントです」
うわぁ。気付かなかった。
ひょっとしたら俺、もう人間の身体が無くても生きていけるのかもしれない。
いや、試さないけど。
まだ人間止めたくないし。
「案外、8もそういう存在だったりして」
「まあ、僕も肉体を失っても『生きてる』わけですから。似たような例があっても不思議には思いませんよ」
「そっか」
「そうです」
そして、笑い合う。
今のところ、すべてが順調だ。
IS開発にめどが立ち。
俺の治療も手配済み。
福音戦がもたらした損害は、確実に回復しつつある。
すべてが安定期に入った。
――この時の俺は、そう思ってた。
◆
翌日。
無理がたたり、寝坊していた俺を起こしたのは、ドアをノックする音だった。
……葵が着いたのか?
だとすると、俺はだいぶ長い時間寝ていたことになる。
まあいいや。
葵には、状況を伝えてある。ならば、こんな格好でも問題は無いだろう。
コンコン。
再びノックの音。
「紅也、起きているか?」
そして、予想もしなかった声。
――急激に目が覚めた。
「ほ、箒か!?ちょっと待て、今は……」
慌ててベッドから飛び起きる。
8の位置は……机の上か。
箒がドアを開けるより先にホログラフを起動すべく、走りながら右腕を伸ばす。
が、最悪なことに、脱げかけていたズボンで足がもつれ、俺はそのまま転倒する。
伸ばした右腕で受け身は取れず、結果、俺は自分を支える術を持たないわけで……
ドタン!!
大きな音を立てて、左肩から床にダイブすることとなった。
「どうした、こう……や……?」
恐れていた事態。
ドアが開いた。
ゆっくりと、侵入者――箒の姿を見る。
彼女の視線は、床に倒れている俺に集中していた。
「紅也……。何だ、
――ああ。
今の箒の驚愕の原因が、ズボンが脱げて下着まるだしの俺の格好が原因だったら、どんなに良かったか。
だけど、残念なことに。
彼女の視線は、俺の身体――正確には、左肩のあたりに固定されていた……。