始祖の揺籠   作:一ノ原曲利

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 覚えていてくれた方、お気に入り状態にしたままでいてくれた方、一年間大変お待たせいたしました






小さな戦争、その終結

 

 

 

 

 堕天使、堕つ。

 

 天使として自らの意志で堕ち、そして二度目は人間の手によって堕とされた。

 しかも、それを悪魔が片棒担いでいたのだとすればその事実は堕天使勢力でも大きな影響を与えることだろう。況してや、堕とされた堕天使が古参の幹部のもなれば、その衝撃は計り知れまい。

 

「堕天使、討伐!

 判決―――死刑!」

「おお! カッコいいなそれ!」

 

 先に地に降り立ったノアが聖職者らしく十字を切る。両手を使った矢鱈と大げさな動きではあるが一誠にはカッコよく見えたらしい。悪魔である一誠には目に毒な筈なのだが、生来悪魔ではなかった影響か、はたまた比較的最近悪魔になったからか、それともその右手に宿る龍の因子が影響しているのか、然程大した害にはなっていない。

 

「ガハッ!! ぐっふぉお……!」

「あ、遅れて来た」

 

 ノアの真後ろで、血塗れになったコカビエルが落下してきた。さぞ高所からだったのだろう、さぞ勢いよく堕ちたのだろう、自慢の翅は根こそぎ千切られ、満身創痍のコカビエルは決して落下のみのダメージとは別に既に瀕死状態であった。コカビエルを中心に放射線状に拡がった血痕は凄惨の一言。さしものアーシアや一誠など流血への耐性が低い者たちは気分を悪くし、喉奥から込み上げて来る嘔吐感に思わず口元を抑える。それらを見かねたノアは不遜に鼻を鳴らし、手元に出現した『始祖(アーク)(・オブ・)揺籠』(プロジェネター)のボトルシップをくるりと廻す。するとどうだろうか、どこからともなく滲み込んできた、足元を厚さ数ミリにも満たない滅びの魔力を帯びた水が足元を這い、引いた途端に校庭を汚した堕天使の血痕は瞬く間に消滅した。

 それだけではない。

 

「瓦礫がなくなってる…!」

「戦闘の痕さえ消滅してますわ…!」

 

 戦場の消滅――否、『戦場』であったという概念を崩壊させたのだ。ノア達とコカビエルの戦闘を行ったという痕は消滅した。証拠隠滅というやつである、人類祖であるノアが派手に暴れたともなれば当然、首を討ちとろうと目論む連中が現場検証し戦力を測ろうとすることだろう。

 しかしあくまでも消滅は戦闘の痕のみ。派手に壊してしまった校舎を戻すことはできない。なので、

 

「過程省略」

 

 ぱちりとウィンクすることで校舎を工事し終えた。極限まで極めた技術とは即ち時間の短縮化、つまるところの結果だけを望み、それを現実化させる力である。

 

「極めるとはこういうことよ」

「それもう極めたって言わねぇ…!」

『相変わらずぶっとんだ技術(スキル)保持者(ホルダー)だぜ…まぁ異国の建築技術の基礎を築き、共に進化させてきた張本人だからなぁ…』

「あ、でも外装直しただけだから中はぐちゃぐちゃなんでな」

「え」

「手抜き…」

「そこは最後まで直してくださらないんですか?」

「オマエラで直せってことだよ! 何でもかんでも俺に頼むな!」

「誰もテメーになんか頼んでねーよコンチクショウ! あ、嘘嘘また壊そうと手を振り被らないで!」

 

 人類祖とは、人類と共に共生し、寄り添い、そして進化の過程を担い、見送ってきた者への称号である。共に喜び、共に笑い、時には争い、皆等しくして老い、死を迎える。ただ、ノアだけは少しばかり人間より寿命が長いだけである。いつか己の責務を果たした後で、死を与えるものを探すために。

 

「縛り上げろ『天の鎖』(エルキドゥ)。二度も地に堕ちた堕天使にぴったりの棺桶へご招待だ」

 

 ノアの影から金色に輝く幾千もの鎖が伸び、コカビエルを縛り上げる。最早声すらあげる気力もなし、今度は完全に拘束し、ずるずるとノアの元へと引きずり込まれていく。闇夜の月光が生み出す影の淵から、甲鉄の棺桶が姿を現す。女神像が掘られた棺桶はかの有名なエリザベート・バートリーが扱ったとされる(アイアン)()処女(メイデン)とは些か趣の異なる棺桶である。そして構造に決定的な欠陥を抱えている。それは閉じ込めるための錠と鍵が存在しないのである。代わりに、何かを通すような穴がそこかしこに空けてある。そして何よりも目を引くのは棺桶に彫られたる文様、その中央部の紋章。

 書かれたる紋章にはリアスも目を見開いた。大きな十字一つに小さな十字が二つ、下に整列されたる四王が持つトランペット。棺桶の中央部に描かれた紋章は旧九十二柱の序列八位に名を連ねる悪魔の家紋であったからだ。

 名を、バルバドス。

 

「(なぜバルバドス家の家紋が…!?)」

 

 ノアもリアスの視線には気付いていた。気取られたリアスは動揺しつつも屹然とした態度でノアを睨むが、当の本人はどこ吹く風。バルバドス家といえばサイラオーグの異母兄弟であるマグダラン・バアルの《女王》出身の名家である。つまり、バルバドス家と繋がりがあるということはイコール、冥界大王家であるバアル家、リアスの母方のいとこと繋がりを持っているということである。勿論リアスはそのような話を聞いた覚えはない。しかし、ノアが持つ人器『始祖(アーク)(・オブ・)揺籠』(プロジェネター)が生み出す水が宿す破滅の魔力はバアル家の「滅びの力」と酷似している。あながち予測は外れてはいないのではないだろうか。だが、この場でそれについて言及すればこの場の混乱は避けられまい。問い質したい欲求をその細い体躯に抑え、せめて情報を得ようと件の棺桶を観察する。

 無論、ノアがバルバドス家と秘密の間柄で結ばれているわけではない。ただし伝承より語り継がれる怪異の関係上()()()()見方をされるのは致し方ない。やや悪魔勢力に対して刺激の強いものではあるが、それは()()使()()()()()()()()なので割愛せざるを得ない。

 

 鎖は棺桶に開けられた穴へと繋がっている。空間からではなく影から鎖が伸びてきたのはこのせいだ、女神像の棺桶は鎖と二つで一つの棺桶なのである。対象を縛り上げ、閉じ込め内と外から鎖で封ず。鎖が錆び落ちなければ封は解けぬも、黄金の鎖は神獣たる天の牝牛グガランナを縛り上げた唯一無二にして絶大なる強度を誇る鎖、強度のランクはノアの権能ゆえに劣るものの、力なき者を封ずるには十分すぎる代物である。

 加えて女神像の棺桶は鉛製である。故に壊すことは容易いが、19世紀初頭に奇妙な怪異を生み出した『動く棺桶』である。時に死者眠る棺桶が勝手そのままに移動し、時に埋葬された中の者が消え去るという『あってないような棺桶』だ。入れたが最後、中に誰が、何が埋葬されていたかという存在も希薄化し、誰一人として封ぜられた者を見つけ出すことは不可能となる永遠の牢獄。一説には棺桶に入れられし者は時間の流れが外部とは全く異なる速度で体感するらしい。死よりも恐ろしい地獄である。

 唯一逃れられるとすれば、それは中に封ぜられし者がどれだけ時間が経とうとも己を見失わず、其の身と魂に染み付いた業と穢れを濯ぐことである。

 

 ノアは人間が大好きだ。だが同時にどのような存在であろうとも、誰もが持つ希望の輝き信じて疑わない。故に、あれほどの啖呵を切ったコカビエルがいつしか怪異を解き明かし、己の前に立ちはだかると信じている。

 

「……ぉぼぇテろ…」

 

 棺桶の扉が閉まる直前、喉の奥底から響く地獄からの木霊がノアの耳に届いた。幾重もの鎖に拘束されたコカビエルの眼光に曇りは無い。輝きは失われども、その胸に宿る野心の灯は決して潰えぬ。

 

「待ってるぜコカビエル。お前が俺に死を与えるものであるかどうか」

 

 ノアはニヒルな笑みを浮かべてバイバイと手を振った。ガコン、と重々しい音と共に内と外から縦横無尽に鎖が棺桶を締め上げ、やがてノアの影に消えてしまった。

 

「うっし封印完了ッ。おつかれさん!」

 

 いやいや殆どお前がやっただろ、という視線は無視した。

 

「本当、俺の活躍の場も奪っておいてそれはないだろう?」

 

 

 

 

 

 結界が木っ端微塵に崩壊した校庭に、一人の美少年が降り立つ。着地と同時に舞い上がる粉塵は強者の輝きを隠すそれか。土煙が晴れ、現れたる姿は一誠の『赤龍帝(ブーステッド)(・ギア・)の鎧』(スケイルメイル)と似た形状の鎧。ただし似ているのはあくまでも形状部分のみであって、まずカラーリングが純白と大きく異なる。加えて、現状一誠はノアの血のお陰で『赤龍帝(ブーステッド)()籠手』(ギア)から『赤龍帝(ブーステッド)(・ギア・)の鎧』(スケイルメイル)へと一時的な禁手化(バランス・ブレイク)状態を維持しているが、白の鎧の男のそれは更に形状が進化しているように思える。一誠は、目の前の鎧は己の神器の未来の姿なのかと漠然としたイメージを描きつつあった。

 そしてこのとき一誠は目の前の人物がなんであるか、それを正確に認識していた。

 己が身に潜む『赤い龍』と争う業を背負った宿命の相手たる『白き龍』。

 その神器の持ち主である、ということを。

 

「コカビエルはどうした? まさかお得意の水で消し去った訳ではあるまい」

「永久のお仕置き部屋へご招待さ。ご丁寧に復讐を誓われたよ」

「ほう? 俺の知らないお前のレパートリーか、また挑んでみたいものだな」

「冗談は口だけにしようぜヴァーリ。あ、ちょっと待て『白龍皇(ディバイン)(・ディバイディング・)鎧』(スケイルメイル)をそんなキラキラ奮い立たせんな俺を殺す気か」

「殺す気で挑まねば真剣勝負とは到底言えないだろう? そうでなければ張り合いがない」

 

 到底割り込むには勇気のいる会話だった。だが一誠たちはノアよりも白龍の鎧を身に纏う青年に注視していた。ヴァーリ、それが彼の名。

 

「お? やってみるか? Flood(大洪水)

「乗り気になったようで何よりだ…アルビオン!」

『Divide!』

 

 一誠の持つ『赤龍帝の籠手』と似た声が声高に夜の校庭に響く。虚空から押し寄せた破滅の津波がヴァーリへと押し寄せ、到達する刹那にヴァーリの背中の八枚羽が眩い輝きを放つ。それを一誠の『赤龍帝の鎧』(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を通して見たドライグは一誠に注意を促す。

 

『よく見ておけよ相棒。あれが白龍皇の能力だ、触れた相手の力を半減させ、それによって奪った力を自らの力に加える。力を倍増させる俺たちとは真逆の能力だ』

 

 堕天使であっても――もしかしたら、たとえ神であっても殺しかねない破滅の津波が、ヴァーリの能力によって膨大な体積が、たった一瞬で半分に減少した。きっちりかっちり、半分だ。一見無量大数に見えた津波も一目瞭然に半減化されてしまったのだ。まるで不可能を可能にしたような所業に一同は驚愕を隠せない。一誠も、初めて見る白龍皇の力を目の当たりにして――ごくりと喉の奥を鳴らした。

 縦横無尽に空間を割き、ヴァーリをこの世から消し去らんと迫るも、あと一歩のところで半減の力でどうしても届かない。まるで千日手である。だがここで一つの変化があった。ノアが指先で宙に不思議な軌跡を描いたのだ。するとどうだろうか、無数の水の中の一本の水流だけが、ヴァーリの鎧の一部分を掠め取った。

 

「ッ! ……いまのは驚いたぞ。何をした?」

「世界は広いということさ。お前が知っていることが全てだとはゆめゆめ思い違えんことだな」

「成る程…研鑽が必要だな。さて、ところで一応俺はアザゼルにお遣いを頼まれてるんだが…空振りということでいいのかな?」

「ああ、俺は保険として派遣されたんだがなぁ。まぁ今回はちゃんと何もかも未然に防げたから問題なし。汚名挽回名誉返上!」

「それ逆逆。じゃあ俺はこれで失礼するよ、続きはまた今度にしよう」

「二度とくんな」

 

 シッシッと汚い虫を追い払う仕草をするノアの苦笑しつつ、ヴァーリは鎧の奥で小さく笑いながら翼を広げた。だがその背中に待ったをかける者が一人。

 

『せっかくの再会に挨拶の一つも無しか、アルビオン』

 

 一人――否、正確には一匹と呼称すべきか。一誠の『赤龍帝の鎧』(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)の中の存在、赤龍帝ドライグである。

 

『再会を寿(ことほ)ぐような間柄ではないと記憶しているが? ドライグ』

 

 その問いに応じたるは、ヴァーリの『白龍皇(ディバイン)(・ディバイディング・)鎧』(スケイルメイル)に宿りし白龍皇アルビオン。鎧を彩る宝玉が明滅を繰り返し特殊な周波数を発しているように見えなくもない。

 

『いずれ戦う運命だと思っていたが――思っていたよりも早い再会だったな』

『誰であろうと運命を計ることなどできん。だが今日は互いの運命が一瞬交差したに過ぎない――まだその日ではない』

『随分と丸くなった発言をするな。お前もお前の宿主共々、敵意が薄い。最もノアとは闘りたくて仕方がなさそうだがなぁ』

『お前がそれを言うか、似たようなものだろう? 少なくともヴァーリの意志を尊重した結果だ。ヴァーリは我々の決着に(かかず)らっているよりも、ノアにご執心でな』

 

 翼の揚力で地面から浮き上がったヴァーリは鎧越しに一誠に目を向ける。だがあくまでも目を向けただけで、それだけで彼の執着が一誠にはないことが如実に表れている。一方で一誠はと言えば、見上げる自分と見下すヴァーリ、この位置が単なる高低の関係ではなく今の力関係なのだと意識せずとも理解していた。

 相対する相手は、遥か高み。

 されど、未だ一誠にはヴァーリに対する対抗心云々が芽生えるわけでもなく、漠然とした心持ちであった。暗にそれを理解したのか、鎧の奥でヴァーリは忍び笑いを浮かべつつ飛び立つ。

 

『それではな、赤いの。いずれまた相見えよう』

『そのときまでじゃあな、白いの』

 

 そのまま、ヴァーリは登場してきた時のように一陣の白光になり空へ飛び去った。やがて彼が飛び去って行った方角から空が白けはじめ、皆はそれが朝日の訪れだと悟り、漸く肩の力を抜いて倒れ込んだ。

 明日も知れぬ戦いに身を投じ、こうして無事太陽の光を浴びることができたことに、悪魔のみでありながら感謝していた。街を破壊する魔法陣は消滅、大量虐殺による戦争の引き金を目論んだコカビエルたちも封印、唯一エクスカリバーは何本か破壊してしまったが一本残らず回収には成功している。

 諸所気掛かりな事項が残るが、今は無事街の平和を守れたことへの満足感と疲労感に身を委ね、禁手化から解除した一誠も校庭のど真ん中に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

「――案ずる事勿れ。オマエラにとってはこれが始まりに過ぎない」

 

 一人、外装だけ修復が済んだ校舎の真上で、人類祖ノアは平和を享受する一誠たちを見下しそう呟いた。

 ノアには見えていた。これが序章に過ぎないと。

 寧ろこれが始まりなのだと。

 

「だが安心しろ、神は越えられる試練しか与え――おっと、神はもういないんだったか」

 

 しかし、古今東西過去未来、降りかかる試練とは常に越えられるものである。それを越えるか越えないかは本人たちの力や不断の精神にかかってくる。

 

「俺も明言したくはないがな、平和とは即ち次の戦争への準備期間だ」

「その通り。最も、俺の立場としてはこれ以上無駄な血を流さないでくれると助かるんだが」

 

 ノアの独り言に応える者がいた。同じく校舎の屋上から一誠たちを見下ろす者――此度の依頼人アザゼルである。

 

「うっわー責任者来ましたよ仕事しない責任者。加齢臭が感染(うつ)るので消えてもらえますか」

「お前俺に対してマジでセメントだよなぁ!」

「鏡見て物言えこのスットコドッコイ。そんじゃあ俺はもう帰るぞ」

「待て待て、お前に対しては聞きたいことが山ほどある」

「安心しろ、ドキッ☆問題だらけの三勢力和平会議には参加してやる。そこでネタバレタイム披露してやるから」

「なんだその不安しか煽ってこねぇタイトルは…わかったよ、待ってやるよ」

「んじゃ俺ミカエルと打ち合わせあるんで、バッハハ~イ」

 

 そう言って、ノアはお得意の渡航スキルでこの場から姿を消した。こと移動においては他の追随を許さない術である。

 

「問題だらけか…確かにな」

 

 

 

 

 ――こうして、『小さな戦争』はその名のとおり最小限の規模で最大限の被害を抑えることに成功し、無事終結を迎えた。

 

 

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