始祖の揺籠   作:一ノ原曲利

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烏と鳩と雨と

 

 

 草木も眠る真夜中。友野は寝床から這い出て教会から離れた場所にいた。

 

「寝る体じゃないけど、流石に同僚を放っておくのは目覚めが悪いか」

 

 特に目的地があるわけでもなく深夜の町中を彷徨う。というのも、昼間に見かけた神父を追い回していたキチガイ聖職者(エクソシスト)がはぐれの聖職者であることを思い出したのだ。最初はただ戯れているのかと見逃していたが、名前こそ思い出せないが同僚殺しで有名だということを食事中に思い出し、仕方なくこうして様子を見に行っているのだ。

 基本教会の指示には最低限従う約束をしている友野からすれば管轄外なのだが、これでも人間されど人間、死体に成り果てたとしてせめて祖国に埋葬する手筈でもしておこうと死体を探し回っているのだ。

 文字通り、教会関係者の死体を放置するのは目覚めが悪いという私的理由で。

 誰よりも普遍的な人間らしい理由で。

 

「ん」

 

 肩に一羽の烏が止まった。深夜ということもあるのかカァカァと大きな鳴き声を出すことはないが、友野はまるで話を聞いているかのように耳を傾け真剣に烏が伝えようとしている言葉を聞き取る。どうやら死骸を見つけたらしいのだが、現在進行形で件のはぐれ聖職者と戦闘している者がいるらしい。

 

「雨の中すまんな」

 

 指先で体を弾いて湿気を飛ばす。雨の中濡れてしまった烏の体は瞬く間に乾き、軽くなった体に歓喜の啼き声を上げるとそのまま飛び去っていった。

 雨脚は強い。だが友野は一切濡れること無く静かに、しかし歩くにしては速すぎる早さで目的地へ向かう。こと《水》に関しては友野の右に出る者は居らず、単に足下の水流操作で一歩の加速度を倍加させているに過ぎない。道路を流れる水は全て友野の足であり、あっという間に目的地に辿り着く。

 

「おや」

「な、キミは!?」

「ああん?」

 

 街灯の光も届かない細い路地の向こう側。戦闘中であることは分かっていたがまさか相手がクラスメイトで、しかも魔剣使いであるとは思いもしなかった――否。

 魔剣を持つクラスメイト。木場祐斗。神器持ち。実験体。リアス・グレモリーの眷属。

 聖剣を持つ聖職者。フリード・セルゼン。神父。悪魔払い。追放。はぐれ聖職者。

 

(魔剣使いというより神器『魔剣創造(ソード・バース)』の恩恵か)

 

 件の裏切りの司祭バルパー・ガリレイについては調べずとも予備知識として頭の隅っこに記憶されていた。彼の非合法研究の一つ『聖剣計画』の被験者にして唯一の生き残りが神器『魔剣創造(ソード・バース)』を有していたこと、及び転生悪魔としてグレモリーの眷属になっていること。

 

 友野の思考回路上、目の前の現実に対する答えを得てから答えに対する道筋を逆算して辿る習慣(クセ)がある。人より少し長く生きた経験値として友野には大抵の物事が脳内の知識と直結して始めに答えが出る超直感を身につけている。そして友野が双方のプロフィールを導き出し、少し離れたところに転がっている探していた神父の亡骸を確認したところで――フリードが動いた。

 

「あららぁー白髪とかキャラもろ被りなギャラリィさんが迷い込んじゃったー! 残念だけど、哀れな子羊ちゃんにはご退場願おうかしらネェー!」

 

 一息で、友野の首元に聖剣が叩き込まれる。木場の眼には聖剣が友野の首にスローモーションで吸い込まれる様が映った。確かに第一印象では恐らく聖職者という理由で嫌な気配はしていたが、所詮はそれだけである。それを除けば唯の一クラスメイトに過ぎない。見ず知らずの神父なら兎も角、たった一日とはいえクラスメイトが死ぬところを目の前で見たくない。

 

「やめろ!」

 

 だが遅い。手を伸ばしたところでもう遅く、フリードの聖剣は友野の首を――。

 

「な」

 

 切断することは、無かった。

 木場には何が起こったかまるで分からなかった。ただ、聖剣が友野の首に触れる寸前で、まるで透明な壁にぶち当たっているかのようにそこから1ミリたりとも動くことはなかった。だが木場の目から見て友野が何かをしたようには思えない。本当の友野はフリードを眼で追えなかったかのように見当違いの方向を向き、静かに死体を眺めたままだった。

 

「っ、死ねよ!」

 

 だがフリードの立ち直りは唖然とする木場と比べて早く、苛立ちと共に懐から抜き出した銃が友野の米神を狙って撃鉄を起こす。銃身から吐き出された弾丸はフリードに込められた殺意を乗せて空を裂き、そのまま友野の脳天を貫こうとするが。

 

「五月蠅い」

 

 数秒前の聖剣と同じく、何かに阻まれたかのように前進することなく虚空で制止する。二度の即死を回避してのけた友野の姿はフリードですら怒りを通り越して驚愕あまりに呆然とした。今の今まで意識の合間を縫うような奇襲を行ってきたフリードをあざ笑うように、友野の手がフリードの額面に伸びる。人差し指、薬指、小指は伸びきり、親指は丸められた中指を押さえ込んでいる。

 デコピンだ。唯のデコピンだ。

 だが木場とフリードにはそれが大口径の銃のような幻覚を見せた。

 

「ふっとべ」

 

 親指という引き金が引かれ、中指という弾丸が発射された。寸での所でフリードが膝を曲げて全身を沈め直撃を逃れる。だが意図したことではない、屈辱にもフリードは一瞬だが友野のデコピンに怖じ気づいたのだ。知らず屈服させた友野にむき出しの敵意を向けるが、仰向けに倒れた視線の先でデコピン直線上に位置する電柱が折れた瞬間青ざめた。

 

「やっべ!」

 

 すぐさま全身をバネのように地面から跳ね飛ばすと倒れる電柱の直線上から逃れる。だがそれだけで難を逃れた訳ではない。それはその場にいた木場も同様であり、電柱が倒れたということは電線が切断されたということである。そして重みを持つ電線は自然と、万物が影響を受ける地球の重力に引かれ必然的に落ちてくるのだ――雨で濡れた地面に向かって。

 

「おいおいマジですカァ!?」

「――くっ!!」

 

 両名は一瞬にして体勢を立て直し空中へ逃れる。木場は『悪魔(イーヴィル)(ピース)』の『騎士(ナイト)』の機動性を駆使して、フリードは手に持つ『天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)』の持つ恩恵で。

 二人が離れたと同時、電柱が倒れ込み鞭のようにしなる電線が接触し地面は電流が埋め尽くした。にも関わらず。

 

「あーあ、もう致命傷だよ彼。仕方ないなあ」

 

 友野は平然と歩いていた。下手人たるフリードに斬りつけられた神父の脈を取るが当然もう息はなく、何よりも出血量が克明に彼の死を証明していた。目の前のあり得ないような光景に木場は本日何度目になるか分からない驚きだ。

 掠りもしない聖剣。

 当たらない銃弾。

 折れ曲がる電柱。

 波打つ電流。

 それだけではない、人間に比べて格段に良くなった悪魔である木場の眼で見れば友野はこの雨にも関わらず一滴も雨に濡れていないのだ。

 

(神器持ちか…?)

「おい、そこにいるな木場裕斗」

 

 ふと、道路の端の家の生け垣で身を潜めていた木場に声が掛かる。明らかに友野の視線の先には木場の生け垣はない。だが友野には視界の外だろうが見えない場所など意味を成さないかのように木場に語りかける。その声で冷静に戻った木場はすぐさま周囲を探りフリードの気配を追うが、残念なことにもうフリードは姿を眩ましたようだ。

 

「これをやったのはお前か」

「……いいや、彼さ。フリード・セルゼン。はぐれ悪魔ならぬはぐれ聖職者だ、教会関係者のキミも知ってるだろう?」

「思い出したよ。そういえばそんな哀れな人間がいた」

 

 一瞬思い出したのは生前、己を殺そうとした一人の息子とその末裔である。生憎と生前からマンドラゴラ程度の毒で死ぬほど柔ではないが、それでも親殺しの罪は重く、思えば人間が持ちうる悪の概念を持ったのは彼が始まりであった。それ故に呪いを掛けたのだが、まるで話を聞いてないのか結局罪は止められず、こうして同じ人間でも言葉の通じない社会が形成されてしまった。そも、己の子であるのだから根源を辿れば生み出してしまった己に罪があるのではと疑心暗鬼してしまうが生憎とこうして神にも認められるほど祭り上げられている以上、やはり息子とその末裔が発端であるのだと言うことに納得するのはだいぶ時間を要した。

 言うなれば、フリードはその息子と酷似しているのだ。それは姿形や顔、口癖というレベルではない。人間が持つ悪意や罪によって穢れた魂がそっくりなのである。ここまで深く穢れた魂を見るのは久方振りである。元来、限りなく黒に染まった魂を持つ人間は少ない。虐殺を行った殺人鬼でも、人間には残虐の限りだと罵る者が大半だが殆どは己の持つ正義や信念に従い行ったものであり、例え許されざる罪であろうとも人間らしく愚かで矮小な己を貫き通した存在なのである。

 

 一変して、はぐれ聖職者であるフリード・セルゼンには殺人に対する一貫性がない。

 

 が、故に混沌たる人間の罪なる原点に近しいのだ。

 

 友野は遺体を着ていた服で簀巻きにしてくるむと片手で持ち上げて肩に担ぐ。成人男性の遺体とはいえ片手ではまず持ち上げられない筈だが、その程度の驚きであれば既に通り越している。そも、ただの教会関係者ではないだろうという問いかけに間接的に肯定を示したのだ。つまりただの聖職者というわけではなく、天使や悪魔、そして堕天使の事情に関しても知っていると言うことの証明でもある。

 

「耳が痛い話だろうが、一応お前にも伝えておく。教会の聖剣が盗まれ教会側は回収任務として二人の聖剣使いをこの町に派遣した。明日部室でこの町を治めているお前の眷属の主であるリアス・グレモリーの元で会合がある。その気があるなら来るといい」

「……何故そんなことを僕に伝えるんだい? 教会の聖剣が盗まれただなんて汚点もいいところじゃないか」

「先のはぐれ聖職者が持っていたのを見ただろう? なら今更伝えたところで問題ない。それにクラスメイトだしな」

「……キミは何者なんだい?」

「俺か?」

 

 木場の問いかけに友野は首を傾げた。

 なんと答えればいいものか、そう悩んでいるとどこからか鳩が飛び出し、死体が乗せられていない方の友野の肩に留まった。いまだ微量とは言え地面には電流が流れているようだが、友野は絶縁体の如く何ともないように振る舞っている。それは肩に留まった鳩も同様である。

 この鳩は今し方木場に話した内容の一部、具体的には会合の席をリアス・グレモリーに伝達し終え、その旨を伝えに戻ってきたのだ。だが伝令に遣った鳩は使い魔でも無ければ飼っている訳でも無い、何処にでも居るただの鳩に過ぎない。しかし友野には先程の烏同様、意思疎通を図ることが可能である。別にこの程度のことは一昔前の人間にも普通に出来ていた。現代では一部ではあるが動物と意思疎通し、時に命令し、時に天候を予測する人間も居る。

 

 そう、どれも人間には可能な事柄だ。

 

「木場、俺は人間さ。天使でも悪魔でも、ましてや堕天使でもない。ただのしがない一人の人間だよ」

 

 

 

 

 

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