始祖の揺籠   作:一ノ原曲利

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信頼とは得るではなく勝ち取るもの

 

 

 平和の象徴が不吉の前触れという認識に変わったのは、ある雨の夜だった。

 

『リアス・グレモリーだな』

「え? 鳩が喋った…?」

 

 駒王の地を治めているリアス、そして元教会のシスターであったアーシアが住まう一誠の家の窓。その桟に羽根を濡らした鳩が止まったことに気付いたのはそのときだった。

 はじめは雨の中羽休めに止まったのかと思ったが、よくよく考えてみれば雨の日に窓が開いていることなんてあるだろうか? 一誠はそこまで覚えていなかったが、つい今し方窓を閉めていたリアスは矛盾に気付く。

 そして直感する、この鳩は自分の意志で自ら窓を開けてここに来たのだと。

 鳩が喋るなんて世にも奇妙なことはそうそう無い。人語を理解し話す動物の分類は極めて難しく、高度な知性を有している動物だからといって人語を解する訳でも無ければ、伝承に描かれる幻獣だからといって意思疎通が出来る訳でも無い。それは冥界でも現世でも同じだ。

 

「…あら、姿も見せず私と話すなんて随分根暗なのね? 失礼とは思わないのかしら?」

『俺に関する考察は後にして欲しい。明日午後…そちらで言う放課後だな。悪魔と天使、堕天使の三陣営に関わる大事な話がある。会合の場を設けたい』

「三陣営!? な、なんかヤバそうっすね…」

 

 使い魔だろうか。否、その気配はない。十中八九何処にでもいる野生の鳩の内の一羽だろう。となると、高度な思考力を有しているのではなく()()()()()()()()()()()()()()か、リアルタイムで術者と繋いでいるか。

 

「ここでは話せないことなのかしら?」

『盗聴の恐れがあるんでな、出来れば悪魔直々に堅牢な術式を施してある駒王学園旧校舎のオカルト部室が好ましい環境だ』

「あら、敵陣にわざわざ踏み込むつもり?」

『信頼とは得るではなく勝ち取るもの――事前のアポイントメントと悪魔陣営での会合、この二つが対価だ。貴女も悪魔であるならば対価を支払えば応じてくれると信じている』

「今の発言――教会に知られれば裏切りと取られるわよ」

『誠意と言って貰いたいものだ、これでも人を見る目はある…おっと貴女は悪魔だったな。もし応じないのであれば伝令用の鳩をこの場で葬ることだ、紅髪の滅殺姫(ルイン・プリンセス)

 

 見られている? いや、鳩自体に術者の気配はない。つまり今鳩の視界越しに見ているのではなく、事前にこちらを確認していたということだろうか。

 

「……いいでしょう、その会合に応じるわ。アポを取るだけの常識はあるようだし、何より私たちの家の中で鳩の死骸を晒すわけにもいかないわ」

『協力感謝する。ふふ…()()()()か、噂の赤龍帝とは仲睦まじいようだな』

「ちょ、それ今は関係ないでしょ!?」

 

 一気に余裕が吹き飛んだ。もはやカリスマの欠片もなく取り乱して飛び回る鳩を捕まえようと奔走するが鳩は上手く羽を使ってひらりひらりと掻い潜る。何故捕まらない。

 

「イッセー! アーシア! 捕まえて!」

「ええぇ!? あ、こらちょっと待て! このこの!」

「くしゅん! …す、スミマセン羽毛アレルギーで…!」

『ハッハッハ、近年稀に見る色欲に溺れる赤龍帝か。よいではないかよいではないか、産めよ増えよ地に満ちよとは言ってみるものだ。消極的な人間のままでは一夫多妻制は辛かろう、悪魔ともなればそれこそ手に余る美女を侍らし生を謳歌することも不可能ではないな』

「いっぷ…? あ、ハーレムか! って何で俺のこと知ってるんだ!?」

 

 クルッポー、と先程の流暢な日本語が嘘のような気の抜けた鳴き声と共に部屋の高所に止まる。必死に飛んでその生意気な嘴をへし折ろうとするが届かない。この時点でリアスの脳内に悪魔の羽を使って飛ぶという発想は消えていた。

 

『いいや、生憎まだキミと()()()()話したことはない。だが言っただろう、噂に聞く、と。かの有名なフェニックス家の三男坊を下したことは有名だ…おっとそろそろ時間切れだな。ではまた明日』

「ま、待ちなさい!」

 

 脚で器用に締めてあった窓を開けた鳩を呼び止める。息の荒いリアスの呼び止めにも何故か鳩は律儀に応じ羽を広げた体勢で動きを止めていた。

 

『何だ?』

「…その会合、貴方も参加するのかしら? 教会関係者三名と言っていたわよね?」

『鋭い質問だくるっぽー。そのつもりだ…と言いたいが、今日のことを根に持っているのであれば行く気も失せるくるっぽー』

「わざとらしい鳩の口調は止めなさい! 貴方が来なければ会合の件はナシにするわよ! 前もって〝三名〟と言った以上それ以外の場合は応じないわ」

『フフフ、これは一本取られたかな? まぁ俺は構わない。ただ開口一番で滅びの魔力を撃ち込まれるのは避けたいところだ』

「…覚悟してなさい」

 

 クルッポーと啼いて雨の降りしきる夜空に消えていく。その姿が見えなくなるまで憎々しげに睨むが、結局あの鳩と術者はリンクしていないのだ、何をやっても意味がない。今回のアポの返礼は明日に持ち越しだ。

 

「ハァ…ということで、明日二人は特に予定無かったわよね? 大事な話らしいから眷属として付き合って欲しいのだけど」

「ハイ! 喜んで!」

「くしゅんッ! は、はぃ…大丈夫れす…くしゅんッ」

 

 ――それにしても、先の術者は一体何者だろうか。

 教会関係者ということはまがりなりにも聖職者(エクソシスト)ではあるはずだ。声こそ不鮮明ではあるが一人称が〝俺〟であるから恐らく男性で間違いないだろう。だが、使い魔でも生体リンクの術式でもなければ、本当にただあらかじめプログラムされたことを()()()()()()()と言うことになる。

 つまり、いままでの会話の殆どが術者の予測に裏打ちされたものである可能性が極めて高い。

 しかし、そんなこと有り得るのだろうか。

 

「……まさかね」

 

 そうでない場合もある。たとえば分割した意識を動物に宿し完全独立意識体として操る術式も存在する。それに類似した術が教会側にあっても不思議ではないだろう。

 

「くしゅん! あー…でも鳩とか見ると教会を思い出しますね」

「やっぱりアーシアんとこの教会は鳩とか飼ってたのか? ホラ、平和の象徴とか使者とか」

「別に飼ってる訳ではありませんでしたが、そうですね…鳩はキリスト教会でも聖霊の象徴とも、生命の水と呼ばれるキリストの血を飲んで永遠の生命を得るキリスト者の魂の象徴とも言われてます」

「……詳しいのね」

 

 生憎とキリスト事情には乏しい。それもそのはず、己は悪魔なのだから。むしろキリストなど教会側のしきたりや習慣は知ること自体悪魔にとって毒であり、聖書の一小節を唱えた程度で頭痛が酷くなる。人間から転生した悪魔であれば多少その痛みは和らぐものだが、純血悪魔であるリアスからすればその痛みはダイレクトに響く。

 それよりも、明日来る三名の教会からの使者の内、男が一人であったならば相応の返礼を用意しようと誓った。

 

 

 

 

「そんな誓いとか要らないんだけど」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもない」

 

 翌日、学校が終わった後事前にゼノヴィアとイリナを呼び出していた友野は二人を連れて旧校舎を歩いていた。新築同然なのか床は輝いていて、スカートを履いた女子がいればパンツ見えるんじゃないかと邪推する程だ。途中南京錠で封印された部屋があったが化け物でも封印されているのだろうか? 馴染みのある気配ではあったが思い出せない。

 

「しかし井伊の認識阻害の術は凄いな、私が目の前で手を振っても全然気がつかなかったぞ」

「そーゆー無駄なことは止めましょう、やってるこっちが疲れるから」

「ほう、術式で体力を消費するタイプなのか?」

「キミの無駄な行動に見てるこっちが気が気じゃないんだよ」

 

 自身の術式は非公式ではあるが最高峰の技術の粋であると言えるだろう。最もそんなことを言い触らすつもりは全くないのだが、西洋魔術、錬金術、黒魔術、カバラ、ルーン、仙術、神道、陰陽道――生きてきた歳月が物を言うだけに、様々な派閥の術式がごちゃ混ぜになっている。その中から最良にして最善の術を掬い取り、形にしているだけなのであるが、常人からすれば「何をしているかわからないけどすごい」程度で済まされるだろう。残念ながらそこまで魔導の深淵を覗いた存在はそう見かけない。悪魔や天使、堕天使でも『大きな戦争』経験者ぐらいだ。

 

「しっかしいつの間にアポ済ませたの? 折角ドッキリでイッセーの家にお邪魔しようと思ったのにー」

「昨晩だ。別にドッキリならこれからするからいいじゃないか」

「イッセーのお母様ともお話したかったのー久々にお話したかったのー積もる話もあるのー」

「それ、今回の仕事が終わってからな」

 

 そう言うとハイテンションだったイリナの機嫌が急降下、太陽が一気に陰りをみせるように表情を曇らせる。

 

「……友野は、知ってる? 聖剣を盗んだ相手」

「コカビエル。堕天使組織『神の子を見張る者(グレゴリ)』の幹部だろう」

「……勝てると思う? いや、生きて帰れると思う?」

「イリナ」

「だって…」

 

 腰に差す紐を掴む。それは『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』の擬態した姿だ。この力のお陰で空港での持ち物検査に引っかからなかったそうだ。

 

「…大戦争を生き延びた堕天使の幹部相手よ。聖剣使い二人で奪い返せるかどうか…」

「だから、横槍が入らないよう不穏分子であるこの地の悪魔に手出しさせないよう言いに行くのだ。私とて殉死するつもりは無い。神の元に召されるには、まだ私たちは早い」

「ま、そりゃそうだ」

 

 神の真実を知るものとしてあえてそのことについては言及しない。それに今回の会合は横槍防止だけではない。

 

「イリナ、ゼノヴィア、生き残りたいか?」

「それは」

「勿論」

「よし、なら思考を柔軟にすることだ。生き残りたければ、任務を遂行させたければ思考を柔軟に、そして止めないことだ。常に考え続けていれば自ずと解決策が見えてくる。当然妥協案もな」

「友野は協力してくれないの?」

「寝床と朝昼夜三食提供してるけど? キミ達大食らいだし」

「そうではない、お前の腕では何とかならないのか?」

「……教会でやってること知ってるだろう? 聖書読み上げてお祈りして信徒を導くだけの牧歌的な神父でしかないよ」

「だが」

 

 手の平で続けるゼノヴィアの言葉を遮る。多分この問答は長くなると判断してのことだ。

 

「俺が出来る()()は事後処理とか今やってる認識阻害程度のサポート的なことだけだ。まぁ、確かに身近にいる助っ人って言ったら俺だけど、聖剣使いでもない俺じゃ精々二人の脚を引っ張るのが関の山じゃないかな。それにパーティー組んで戦ったりなんてしたことないし、連携なんて取れる訳がない」

 

 二重の意味で嘘をついてるが、全てが全て嘘ではないし説得力もある。紳士であるが故に女性の涙には弱いがNOと言ってやれる人であることを認識して貰おう。

 

「わかった、そういうことならば仕方ない」

 

 とか言いつつ戦士の眼がギラギラしてるんですがゼノヴィアさん。確実に疑ってますよね? イリナは完全に信じ切ってるけど。

 

「じゃ、入るよ」

 

 話している間に件のオカルト部の部室とやらに辿り着いた。侵入者撃退系の(トラップ)術式が目に見えて張り巡らされているので、蜘蛛の巣を取り払う感覚で祓っておく。

 

「どしたの?」

「何やってるんだ?」

「虫がいた」

 

 聖剣使いの脳筋には見えない代物だ。言っても仕方ない。そもそも聖剣使いの因子を持ってる連中であれば多少の(トラップ)は意味を成さない。聖剣使いの持つ覇気が周囲を吹き飛ばすからだ、ドラグソボールの『気』をイメージするとわかりやすいか? 故に彼女たちはまず罠に掛けられていたことにすら気付かない。かといって友野もその脳筋タイプに見られたくはない。

 

「先日連絡入れた教会の者だ」

「どうぞ」

「失礼」

 

 古めかしい趣味の観音扉式のドアを開く。友野、ゼノヴィア、イリナ以下三名共々教会関係者の印として白いローブを羽織っている。ゼノヴィアとイリナのは女性用ということでほぼ全身を覆えるタイプだが、友野のローブは頭どころか顔まで覆い隠せるくらい大きめのサイズにしてある。曰く、ミカエルの趣味らしい。よくわからんが今だけは助かった、と思っておこう。

 部室に居るのは『紅髪の滅殺姫(ルイン・プリンセス)』リアス・グレモリー、『赤龍帝』兵藤一誠、『聖女』アーシア・アルジェント、『猫又』塔城小猫、先日伝えたとおり『魔剣創造』木場祐斗も来ているか、そして。

 

「……え?」

 

 『雷の巫女』姫島朱乃。おおっと、ローブ越しに気付くかな? だが疑問符は本来こちらから投げかける立場なんだが。

 

「会合を受けて頂き感謝する。私はゼノヴィア、こちらは」

「紫藤イリナよ。久し振り、イッセーくん」

「イリナ……イリナ!? 幼馴染みの!? 女だったのか…!」

「なんですって!?」

「なんかエライ誤解受けてるな…」

 

 おおよそ子供の頃の感覚だから元気に遊ぶ男子が実は女子だったなんて話も良く聞く。幼少期は性に関する意識が薄い。

 二人ともフードを外してから進められたソファーに腰を下ろすが、俺はフードを付けたまま突っ立ったままである。

 

「井伊友野だ。さっきぶりだなミス・アルジェント、イッセー。いや、もうアーシアで良いんだったか」

「トモノさん!?」

「え!? 何で友野がそっちにいんの!? あ、でもあの教会の新しい管理人で…」

「ま、それもある。今回はそれも含めて会合を取り計らうよう教会からの指示を受けた。主賓は俺じゃあ無いのでね、このままでいさせて貰うよ」

 

 正直、先程から親の敵を見つけたかのように睨むリアスの視線がキツイ。真の悪魔は視線で殺せそうだ。

 

「それで、神の信徒が悪魔に会いたいだなんてどういうことかしら?」

 

 そのままでいることに疑問符を投げかける二人だが、どうぞどうぞと話を進めるよう促して本題に入らせた。

 

「元々行方不明だった一本を除く六本のエクスカリバーの内、カトリック教会本部ヴァチカン、プロテスタント、正教会の三派閥が保管していましたが、各教会から一本ずつ合計三本のエクスカリバーが堕天使に奪われました」

「エクスカリバー!?」

「奪われた?」

 

 エクスカリバー、と聞いてまず驚く者、疑問に思う者。そして重ねて奪われたと聞いて眉を顰める者、僅かに反応する者。どの話も三者三様だ。だがまずエクスカリバーについて知らない人がいる反応もある。その手解きをしなければ話が進まない。

 

「……エクスカリバーってあのアーサー王伝説で有名な聖剣ですよね? 何でそれが複数あるみたいな言い方されてるんですか?」

「イッセーは最近悪魔になったんだよな」

「え? あぁ…」

「アーシアは知ってるよね? 教会のこと知ってるし」

「は、はい…」

「じゃ、要所だけ言うぞ」

 

 知識の疎い赤龍帝の為のー。

 第一回井伊友野のエクスカリバー講座ー。

 

「まず、オリジナルのエクスカリバーは昔の大戦で木っ端微塵に壊れました」

「壊れた!? え、でも盗まれたって…」

「エクスカリバーの破片を錬金術師が再生させて七本のエクスカリバーを造りました。終わり。なんて簡潔な」

「簡潔すぎて言葉にできねぇよ!」

「それほどでも」

「褒めてもいねぇ!」

 

 エクスカリバー講座終わり。次は実物観察と行って貰いましょうか。

 ソファに座る二人にコンタクトを取り、少しだけ見せても良いと許可を与える。より信用して貰う為だ。

 

「私が持っている残った三本の聖剣の内、カトリックが保管する聖剣『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』」

 

 包まれた布の一部を解く。柄に近い部分から見えた刃渡りは紛れもなく聖剣の刃であり、この場にいる悪魔の全員はその鈍色に輝く刀身に僅かにたじろいだ。

 これが、エクスカリバーである。

 

 もっとも、俺から見れば色褪せた贋作としか言いようがない。

 

 当時の最高水準の錬金術師を集めても叶わなかった聖剣の再構築。それを七つに分割させることでしか生み出せなかった彼らに送る言葉など無い。ただこれは友野自身のこだわりであり、教会が聖剣と言っているならそれは聖剣として崇められるものだ。

 ゼノヴィアがエクスカリバーに布を巻き終わると今度はイリナがローブの中から小さな紐を取り出した。

 

「プロテスタントの私の聖剣『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』。能力は見ての通り自由自在に形を変化させることが出来るの。だから別の国に行くときはとっても便利よ」

 

 紐は生き物のように蠢き形を変える。次の瞬間には真っ直ぐな刀身の日本刀が握られていた。曰く、扱いやすいとのことでイリナ自身日本出身ということから思い入れがあるのだろう。

 無論、日本刀は抜刀から振り抜き、納刀という点において優れている。以前『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』の最適な形の相談として日本刀に関するありとあらゆる知識を与えたが、いかに切断において特化しているかが知れた。それは戦国より前から、この日本で培ってきた職人の心血注いで生み出されたものであり、お陰で日本人の刀匠が追い求めた真の日本刀を象ることが出来た。

 

「能力まで話すことも無いだろう」

「でもこういうのって包み隠さず話した方が円滑に交渉が進むんじゃない? それに能力を知られたぐらいで私達がここの悪魔に負けることは無いだろうし。ねぇ?」

「俺は聖剣持ってないんだけどな、だが――」

「信頼とは得るではなく勝ち取るもの――でしょう?」

 

 フード越しにリアスの視線が突き刺さるのが分かる。おお、眷属の方々もあまりの気迫にたじろいでいるようだ。主たるもの、常に余裕を持って優雅たれと学ばなかったかな?

 

「フフフ、その通り」

「先日の返礼がまだだったわね」

「それもいいが、まず話を終わらせてからにして――ああいや、全てが終わってからにして貰えないか? 流石に貴女の気迫は凡夫たる俺には身が重い」

「……いいでしょう。それで、その二振りをあなた達が持っているということは行方不明の一本を除けば盗まれたのは三本って事かしら?」

「そうだ、そしてその三本がどうやらこの街に持ち込まれたらしい」

「盗んだ者の正体は判明しているの?」

「ああ。犯人は堕天使勢力『神の子を見張る者(グリゴリ)』の幹部、コカビエルだ」

「……大物が出てきたわね」

 

 堕天使についてと、コカビエルについてはこの場の全員知ってるようだ。態々解説役を請け負わずに済むので助かる。まぁ各勢力の把握は成り立ての初歩だからな。

 

「今回の件は我々と堕天使の問題だ。この町を巣喰う悪魔に要らぬ介入をされるのは些か面倒なのでな」

「…随分な物言いね。私達が堕天使と手を組み、聖剣をどうにかするとでも?」

「可能性の話だよ。別に俺たちは貴女を疑っている訳ではないが、聖剣に対し特別な思い入れを抱いている者もいると聞いて、ね」

 

 さり気なく壁に寄りかかり腕を組んでいる木場の方を見遣る。一見無関心に佇んでいるように見えるが彼は激情型だ、クールに振る舞う人物像は内に秘められた激情を止めることを知らない、哀れな過去の亡霊だ。

 

「天使側の力を削ぐという点では堕天使との利害が一致する。もしその気があるのであればこの場で貴女たちを完全に消滅させるしかない、魔王の妹相手だろうと容赦するつもりもない」

「そこまで私を知っているのなら言わせて貰うわ、私は堕天使などと手を組む気はない。グレモリーの名にかけて、魔王の顔に泥を塗るような真似はしないわ」

「…それが聞けただけで十分だ。今のは本部の意向を伝えただけでね、魔王の妹がそこまで愚かだとも、ましてや天使側の力を削ごうという思惑を持ってるとは思ってないさ。まぁ井伊の調査結果と受け売りが殆どだ」

 

 突然のご指名で視線が集まるが、肩を竦めて誤魔化すしかない。

 グレモリー家については名家だからそれなりに知っていたが個人プロフィールまでは熟知していないのでかなり非合法な手を使いグレモリー家とその関係者及び眷属、他の勢力との繋がりについて、調べられるだけ調べて二人に教えていた。

 

「となれば、私は教会側の聖剣奪還の手助けもしないことを承知な訳ね」

「無論、この街において我々の行動に一切の不介入を約束してくれればいい」

「…了解したわ。それにしても大層な自信ね。教会側から派遣される戦力はどれくらいのなのかしら? 名前まで把握するつもりはないけれど、要らぬ混乱はこの街の統括者としては避けたいところなの」

「生憎戦力は私とイリナの二人だけだ。ああ、あと井伊もだ」

「えっ」

 

 いまの驚きは俺ではなくイッセーやアーシア達だ。考えればその反応が普通だ、特別な力も持たない一人の神父に過ぎないのだから。最も、先日偶然遭遇した木場からすれば当然なのか特に反応はない。別にそれは当たっているのだが、一応牧歌系神父という設定で通しているので急な無茶ぶりは止めて頂きたい。

 

「友野も戦ってくれるんだー!」

「ちょっと待て。おいゼノヴィア」

「まぁ待て。お前と戦ったことはないがそれなりに腕は立つのだろう? でなければ教会への献身的かつ模範的な善行だけで教会の司教枢機卿に就ける筈がない」

「し、司教枢機卿って何すか…?」

「……教会の最高位階よ。本当なの?」

「最高位階!?」

「……あー」

 

 非常に面倒なことになった。出来れば限界まで出張ることは避けたかったが脳筋なゼノヴィアを侮っていた。

 いや、確かに他の者には上司とだけ言っていたが、ミカエルの伝令役を請け負ってことからやたら周りから勝手に持ち上げられて至極面倒な役職に就かされていたことだけは覚えている。

 助祭枢機卿、司祭枢機卿、司教枢機卿の三つに分かれた枢機卿団と呼ばれる組織があり、それぞれ十四、五十、六人の計七十人で構成されている。司教枢機卿で有名どころといえばテオドロ・レグレンツィ君だったか。現在司教枢機卿は五人しか任命されておらず残り一人は永久欠番(エンプティ・シックス)として◼︎◼︎が据えられているが、まさかゼノヴィアがそれに気付いた訳では無いだろう、脳筋だし。

 

「何処から聞いたんだそのデマ。俺は天界からの伝令を賜る程度しかしていない」

「でもミカエル様には別の名前でも呼ばれてたわよね? たしか『命を(ジウ)…むぐっ」

「ハイハイおしゃべりはここまでにしましょうねー」

「いひゃい! ほほおあふりょふつよひ!」

 

 開けば30は飛び出しそうなおしゃべりもここまでだイリナ、覚悟はいいな。そう脅しの意味も込めて握力を強めて蛸顔に変える。

 流石にこれ以上は喋りすぎだ。だが信頼を勝ち取るに値しただろう。あとはグレモリーの名にかけて守ってくれればいい。

 

 というのは、まるっと最初から最後まで建前だ。

 

 掴んでいるイリナを解放すると背中をぽかぽか叩かれるが痛くないのでスルー。いや、常人であれば叩き付けられるような衝撃が来るだろうが。

 

「折角だからお茶でもどう?」

「いや、悪魔と慣れ合うわけにはいかない。好意だけ受け取っておくよ」

 

 やんわり断りを入れて退席するゼノヴィア。だが予想通りというか、当然と言うべきか、純粋な教会の使徒故に二人の目にアーシアの姿が留まった。

 『堕ちた元聖女』という色眼鏡を付けて。

 

 

 

 

 一悶着あった。そう言い表すしかない。簡単に纏めれば。

 

 

 いちゃもん付けたゼノヴィアとイリナがアーシア泣かせてイッセーが怒って。

 

 便乗した木場が真剣(マジ)喧嘩ふっかけて調子に乗った二人が決闘に応じて。

 

 木場はゼノヴィアに凹られたけどイリナはイッセーに脱がされて終わった。

 

 

「今代の赤龍帝は底知れぬ煩悩の持ち主だな」

「……耳が痛い、です…」

 

 こりゃあマスコット子猫も苦労する訳だ。学年的にも後輩、眷属入りも割と近いことからイッセーやアーシアに掛ける気苦労も多いことだろう。

 そういえば彼女は猫又ということだが、もしや今代の白龍皇と共にいた猫又の妹か? サイズに違いはあれど気配が類似している。多分、子猫から聞くのは避けた方がいいだろう、事情も複雑なようだ。

 

「行くぞ井伊」

「置いてくわよー」

 

 いつの間にか二人とも校門付近まで歩いていた。相変わらず脳筋、背も高いから一歩が長い距離だな。

 

「じゃ、そういうことだ。時間を取らせて悪かったな『紅髪の滅殺姫(ルイン・プリンセス)』及び眷属達」

「ちょっと待ちなさい」

 

 本音を言えばさっさと帰りたい。だが流石は魔王の妹と褒めるべきか、既に背後から両肩を摑まれ逃げるのが困難な状況に陥っていた、解せぬ。

 仕方ないので両手を挙げてホールドアップ。さり気なく諦めの意思表示を見せた。

 

「返礼は全てが終わってから、と言ったはずだが」

「チャラにする機会を与えましょう。簡単なことよ、そのフードを取って」

「何?」

 

 思わずフード越しにリアスを――ではなく、その後ろで凝視してくる朱乃を見遣る。

 

「それは返礼に見合う対価なのか? 悪魔らしくもない非合理的な話だな」

「それはどうかしら? 主として眷属の願いを叶えるというのも悪魔の務めよ」

「ほぉ、出来ればその眷属の願いにいかなる意図が含まれているのか聞きたいものだ」

「……別に、大したことではありませんわ」

 

 答えたのは、朱乃だった。

 その表情はフード越しでも分かる、()()()()女王然とした尊大な態度ではなく、懇願するただの一人の女性としての振る舞いだ。そしてそれは演技でもなければ嘘偽りもない。

 

「いけませんか? 殿方の顔を拝見することが」

「………」

 

 恐らくこれは逃げ切れない。学園では上手く『二大お姉様』の視界に入らないよう校舎を歩いていたが、今回の会合でそれが裏目に出た。言ってしまえば、今回の会合で最も危険視していたのは他でもない。

 

 

 バラキエルの娘に近づくことだ。

 

 

「……仕方ない、か」

 

 諦めた。ウロボロスの如く思考の円環に囚われるのも面倒だと割り切って離脱するのも()()のいいところだ。美点である以上それを責めるつもりは無い。

 

 

 フードを取った。

 

 

 晒されるのは白髪赤眼のアルビノ。

 

 

 初対面だったイッセー達は気付かなかったであろう、二人が並ぶまでは。

 知っていたアーシアでも結びつかなかったであろう、二人が並ぶまでは。

 この場で唯一気がついていて、それで尚言わなかったゼノヴィアとイリナには功労賞を授けたいところだ。脳筋なりの配慮というものをしたのだから。

 

「え…ウソ…」

「朱乃さんが…二人…!?」

 

 そう。

 井伊友野()姫島朱乃(バラキエルの娘)の顔はほぼ同じだった。

 他人の空似というレベルではなく、顔のパーツは白髪赤眼と黒髪黒眼との違い以外は全く同じだ。

 俺が黒髪だったら双子と見られても遜色ない。

 だか前述の通り、二人が並ばなければ性別の違い故に、似ているとは気付けないだろう。

 意外そうにも、寧ろ納得した表情にも見える。複雑な感情が入り混じった顔だ。だが真相なんて知るはずも無い。

 

「滅多なこともあるものだな」

「……そうですわね。貴方のこと、わかる気がします」

「ほう、()()()()?」

()()()()

「だろうな。だがこれだけは言っておく。なぁに、鍵を開けるヒントだ」

 

 

 お前は。

 

 母そっくりな顔をしている。

 

 いっそ黒髪に染めて、ミステリー小説よろしく入れ替えトリックでもしてみようか。

 

 

 朱乃が浮かべるような冷たい顔で言い放つ。

 

 軽口を叩けるくらいには、まだ俺も冷静なのだと思う。

 

 

 

 

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