魔を通る道。
誰彼問わずして其れ、魔道と呼び、魔へ導く道が魔導である。
悪なる『魔』が通る道、其れ即ち魔導也。
逆説的に言えば、魔導は人が悪魔になる道であり、悪魔が使う魔法は人間が追い求める魔導の根源である。人間に宿る七大罪、原罪など『悪』の要素に傾いた術が魔導であり、その到達地点が悪の化身たる悪魔だ。
悪魔は欲望の塊、魔導は欲望を叶えるための術。
冥界における悪魔の起源は不明だが、少なくとも人間の世界では悪魔は『神』の手で生み出されたと言われている。宇宙を創造する前に生み出した神の類似品を『霊者』と呼び、どれも廉直な者に創造された。しかし『霊者』には自由意志が与えられており、次第に欲望を生み出し争う。
始まりの欲望は自己崇拝だった。生み出した創造主のように皆から崇められたい、讃えられたい、畏れられたい――まるで人間のようではないか。
さてここで疑問がある。欲望から堕ちた『霊者』――未来の悪魔サタンは神の采配のミスではじめから悪魔だったのか? それとも元々善であったものが変質してしまった姿なのか?
仮に後者が正しいと――この世界を占める人間、天使、悪魔に次ぐ第四の勢力たる『堕天使』の存在に不鮮明さが出てくる。
『
私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。蜜雲の頂に上り、いと高き方のようになろう
しかし、あなたはよみに落とされ、穴の底に落とされる』(イザヤ書14章12-15節)
ここで
しかし神の頂きに昇ろうとする高慢はサタンが持ち込んだ物だと言われている。ではサタンは先天的に堕落した存在だったのだろうか。
『悪魔は初めから人殺しであり、真理に立つ者ではない』(ヨハネ第一の手紙第3章8節)
この『初め』とは何時からなのか。全ての始まりであるならば『霊者』の状態から人殺しであったのか?
だが思い返して欲しい――聖書は人間を導くもの、つまり人間が主軸なのだ。そしてこの一節にもある『人殺し』は、人がいなければ成立しえない事柄だ。ということはこの『初め』は人類史の始まりを指すものなのではないだろうか。
人類史はエデンの園にあった『善悪を知る木』から始まる。エヴァが『善悪を知る木』に近づいた時、サタンはすでに堕落して悪の代表と化していた、人類誕生時には既にサタンは最初から悪の権化として扱われていたのだ。
それはエデンの園でのやりとりでも明確化している。サタンは自分の美しさと知恵に思い上がり、その自由意志を誤用して自己崇拝の欲望を芽生えさせた。蛇は望んでいた重要な地位を得るためにエヴァを騙し神に反逆させた。
皆ご存じのことだろう、エヴァを唆して『善悪を知る木』の実を食べさせた蛇の存在を。その蛇こそがサタンだ。この蛇こそ、ヨハネ黙示録に記される全世界を惑わす力を得た悪魔サタンだった。
ということは、やはり神は悪の勢力を生むためにサタンを創造したのか。
否、それは間違っている。将来自分を滅ぼす存在を自ら創造する自滅因子は神が持つものではない。
『
神は善であり造られた世界も当然の如く『善』で満ち溢れていた。やがて『霊者』の中に欲望を持つ者が現れ、サタンが生まれたと思われる。
前述の『霊者』でピンと来ないならばこう言い換えよう、『天使』と。
天使は言うまでもなく善なのはほぼ全世界における共通認識の筈だ、それもそのはず。
『天使は神の被造物であり
善性しかない神が生み出したものは当然善性だが、同時に天使は神ではない。故に同じく神から生み出された人間と同様に堕落する可能性を持っていた。それは人類史以前も以後も変わらず、人類史が始まって以来も天使の堕落は後を絶たない。
従って、人類史以前はサタンと名付けられた悪魔が天使であったことが分かる。だが人類を『罪に囚われた者』、サタンを『罪の創始者』と呼んでいるのは罪の重さが違うからだ。
人類たるエヴァはサタンという悪魔に唆され堕落した存在だが、サタン本人は自ら堕落したという。そこに決定的な違いがある。
長々と綴ってしまったが、要は『悪魔は元々は天使であり神の創造物であった』ということだ。だが天使、悪魔という対立が出来たのは人類史以前から明確になったものであり、恐らく人類史の始まりの時点で二勢力は独自の組織体系を築き上げた。つまり人類史以前に堕ちたものを悪魔、人類史が始まってから堕ちたものを堕天使と定義したのだ。そも、堕天使の堕落した理由は殆どが人類との関わりに直結している。そう考えれば悪魔と堕天使の羽が類似しているのも頷ける。
故に、考える。
人類に近しい存在は悪魔や堕天使であって、本当は天使こそ最も遠い存在なのではないだろうか。
冥界に存在する日本の本州と遜色ない広さを誇る広大な領地、現魔王サーゼクス・ルシファーが住まう居城。
その最深部、魔王の執務室に突然白いローブに身を包む人影が出現した。それは魔方陣による転移でもなければ、神器による力とも感じられなかった。
目の前に出現した人影にサーゼクスは面食らいつつも平静を装い、
「御初御目に掛かります、現魔王『
「攻撃が…掻き消された!?」
顔まで覆い隠した純白のローブを纏う人影に到達するよりも早く、魔力弾は姿を消した。同時に拘束の魔方陣も動きを縛るに至らない。かつて現四大魔王たるセラフォルー・レヴィアタンと最強の座を争った実力を持つグレイフィアの実力故の平静だったが、いとも簡単に無効化させた侵入者の存在は僅かにサーゼクスを驚かせた。
「アポイントメント無しに来訪したことは詫びたい。ですが火急を要する事案故に参りました」
「ほう、どうやらキミは悪魔でも天使でもなければ堕天使でもない…僅かに堕天使の気配を感じさせるな。いやこれは……?」
「申し訳ありません、現在は」
ずるりとローブを外し、再び頭を下げる。
「井伊友野と名乗っております」
「…名を騙っていることを教えるのだな」
「現魔王に対し嘘をつくことは信用を損ねる行為と判断しましたが故」
「よい、面を上げよ」
「サーゼクス様!」
「安心しなさい、こう言っては何だが人の身である彼に敵意はない」
だからこうして頭を下げてるんじゃないか、と言えばグレイフィアは渋々といった様子で引き下がる。ただしサーゼクスの隣に佇み一挙手一投足を見逃すまいと睨み付ける。許しを得た友野はゆっくり顔を上げ正眼に二人を捉えた。友野の表情は至って真剣だが、その顔に心当たりがあるのかサーゼクスはほう、と一息つき、グレイフィアは驚きに眼を丸くさせた。
「…朱乃様…? いえ、この気配は…」
「ほう、キミはあの時の…」
「こうして再びお逢いできて光栄です」
「ハハハ、そう畏まった話し方も久し振りだな」
キミは僕を恨んでる筈じゃないか、と眼を細める。それは悪魔陣営における最高戦力たる実力を感じさせる、現魔王らしい冷静にして鋭利な殺意だった。だが友野はそれに動じることなく肩を揺らす程度に終わる。
「今は…どうでしょうね。少なくとも主が消えなければ私はこうして第二の人生を謳歌出来なかったでしょうから」
「そうか、そう言ってくれると助かる。まぁこちらも当時の魔王を失ったのは痛手だったよ」
「全てはあの『大きな戦争』が始まりです」
「……何が言いたい?」
そう。神の消失、魔王の死亡、加えて井伊友野――■■の現界は三勢力による三つ巴の『大きな戦争』が原因である。友野は血のように真っ赤な瞳でじっとサーゼクスを見つめた。その瞳はあの戦争から流れた同士達の血だまりに沈む姿を連想させる。
「今後、『大きな戦争』のような戦闘を避けるべく三勢力間で和平を結びたいと、堕天使組織『
「何ですって…!?」
「そうか…アザゼルからか」
「堕天使陣営から持ちかけた和平ではありますが、既に天界でも天界組織『
これには二人とも驚き顔を見合わせた。堕天使幹部との繋がりだけでも驚きなのに長年啀み合っていた天界陣営からの了承を得ているとは。
いや、元より天界は神の不在により純粋な天使を増やせず減少の一途を辿っている。いわば堕天使陣営からの和平の申し出は有り難かったのだろう。
「…正直、信じられませんね。貴方の様な一介の少年がメッセンジャーとしてそんな重大なことを伝えに来るなんて」
グレイフィアが言いたいことは分かる。僅かに聖の力と堕天使の気配を感じさせるが、所詮はそれだけの存在が堕天使だけでなく天界陣営とも繋がりを持っているなんて
「……成る程、信じよう」
「サーゼクス様? 本気ですか?」
「あぁ、彼ならそれが可能だ。双方の陣営に根深く属さず、しかし繋がりを持つ彼ならば」
「ありがとうございます」
「しかしキミのような有能な人物と繋がりが薄いのは惜しいな、何か無いか? 悪魔と関わっていたなんて話は」
「残念ながら…あまり聞く話ではありません」
「???」
グレイフィアには二人の会話の意味がまるで分からなかった。陣営に属さない繋がりとは一体何なのだろうか?
「わかった、それで和平会談の予定は?」
「場所はサーゼクス・ルシファー殿の妹君、リアス・グレモリー嬢及びセラフォルー・レヴィアタン嬢の妹君、ソーナ・シトリー嬢が治めている駒王学園の予定です。日程は――そういえば前日授業参観が控えております」
「あっ」
「ほう」
それは耳寄りな情報だ、とサーゼクスは口元を歪ませた。グレイフィアはリアスから「絶対来るから教えないで!」と口酸っぱくリアスから言われていたのだが、まさかこのタイミングで曝露されるとは思わず口を覆い隠した。
「その様子ですと、ご存じではなかったようですね」
「ああ、いやー酷いなグレイフィア。僕に伝えてくれても良かったじゃないか」
「リアスお嬢様から決して伝えないようにと言われてたんです!」
「成る程成る程。■…じゃなかった、友野君からはいいことを聞いたな。報告感謝する」
「礼には及びません」
「それ違う意味で言ってるでしょう!」
友野もサーゼクスも真剣な顔をしているが笑みを殺し切れていない。妻として悔しいくらい息が合ってるのが憎たらしい。
「よし、悪魔陣営代表としてその和平会談への出席を約束しよう」
「賛同されるのですね?」
「あぁ、最近はぐれも減ってきたしこれ以上の睨み合いは実益を生まない。何より要らないところに力を入れるのは現魔王たる僕も疲れてきた」
「ありがとうございます」
友野は再び深く一礼した。別にそこまで畏まらなくていいんだよ、とサーゼクスが再三言うと。
「畏まるのはこの場だけです、次お会いしたときはメッセンジャーという立場ではないので無礼講上等で。それに『銀髪の
「もしかしたら?」
「〝私〟を破壊できるかもしれませんので」
一瞬友野の目の前に現れた瓶――否、適量の水と組み上げられた舟。ボトルシップだ。それに見覚えがあったサーゼクスは目を丸くした。
「……キミは本当にあれから囚われているのかい? この現世に」
「このことを不幸と思ったことは一度たりともありません。正真正銘
そう言って友野は踵を返す。フードを被り、この城に突然現れた時と同様に再び消えようとした。
が、それは叶わなかった。
「サーゼクス様、実はお話が……んッ!?」
「あ」
間抜けな声の主は友野だ。運もタイミングも悪く、グレイフィアの時と同じく入室してきた人物――サーゼクスの『
「何故お前がここにいる―――!?」
「やっべ」
腰に差された二本の刀の内の一本、沖田総司が生前愛用したとされる『加州清光』がシャンデリアから放たれる光に反射して友野に牙を剥く。しかしその斬撃も虚しく先刻のグレイフィアの魔力弾と同じ末路を辿り、突撃してきた沖田は見えない壁にぶつかったように顔を歪ませ空中で制止した。
「あ、ゴメン。じゃあこの辺で失礼」
シュタッと片手を上げて別れを告げると共に、白のローブを頭からすっぽり被った友野は逃げるようにこの場から姿を消した。魔法に精通するグレイフィアでも解析不可能な方法で、だ。
「イタタタ…あれ!? サーゼクス様、奴は!?」
「彼ならもう帰ったよ。何だ、知り合いかい?」
「知り合い!? とんでもない!」
ここまで憤慨した沖田は見たことが無い、さしものサーゼクスも面食らった。納刀した沖田は生前の恨み言を吐き出すように言う。
「あいつは井伊直弼! 日米修好通商条約の締結、安政の大獄…盤石であった幕府の権威を失墜させた大罪人だ! なぜ生きてる!?」
「
そんなことはあり得ない、と思いつつも沖田の気迫は真に本物であり友野でも緊張が走った。ポンポン、と空間為らざる空間、友野にとっては死後の羊水とも言える次元の狭間を蹴り歩いていた。
「いつも思うけど今回みたいな遠い場所に行くの意外にあんま通りたくないなここ」
目を凝らせば縮尺間違ってるんじゃないかと思ってしまうほど馬鹿でかいドラゴンが
『
「
くわばらくわばらとグレードレッドの水泳コースから離れつつ
ぐるんと回る視界から戻り、周囲に目撃者がいないか確認すると。
「お」
「あ」
目の前に見覚えあるゴスロリ痴女がいた。
「オ――フィッス、おひさ」
「ん、おひさ」
人差し指と小指だけ伸ばしてコンニチワの挨拶。最早通な連中とはこれで大体話が通る。言語体系って便利だなあと全く関係ないことに思わず感心してしまう。同じ人間で簡単に意思疎通が取れなくなったのは曾孫のせいだったな、と舌打ちして悪態をつく。
「■■、また会えた」
「おうよ愛しのラブリィオーフィスちゃん。三年振りか? また
「ん、我、嬉しい」
「おーよしよし初い奴め」
ちっこい体を腕の中に納めて顎で脳天をぐりぐりさせる。肋骨が軋むような握力でホールドされているが双方、慣れた様子である。どちらも過度なスキンシップ程度で許される認識だ。
『
「■■、どこいってたの?」
「んー? つまんないおつかいだよ、そんなことよりデートしようぜ。龍の平泳ぎなんてヘンテコなもの見ちゃったから癒しが欲しい」
「我、子作りしたい」
「何処で覚えたんだそれ……というかドラゴンって人間とSEXしたら卵で生まれるのか? え、爬虫類…?」
「……」
「ぐえええええ首ッ! 首締まる!」
ホールドしていたオーフィスの両手が友野の首を絞めに掛かっていた。しかも手を離してもオーフィスはぶら下がった状態になるので余計に首が絞まる。窒息してしまいそうだった。
「今度言ったら、落とす」
「え? もうオーフィスちゃんにぞっこんだけど?」
「落とす」
「アッスミマセンでした」
両親指が喉仏に添えられた辺りからガチでおこであることは分かった。流石に命の危機を悟った友野が素直に謝れば、怖いほど無表情だったオーフィスの顔が柔らかいものになった。
「奢るなら、許す」
「お、晩飯一緒に喰うかー…アレ、そういえばイリナ達にお小遣い渡してなかったな…」
リアスに挨拶しに言ってすぐ別れたから、お金を渡す機会がなかった。さっさと仕事を済ませたかったから先にサーゼクスに和睦会談の予約をしに次元の狭間で渡航旅行したが、次元の狭間の欠点は時間の概念があべこべ過ぎて戻ったときに現世とどれくらいの違いで時間が進んだか分からない点だ。だが確実に正規の方法で行くよりもお手軽だ、工程の省略とは面倒臭がりが望む特権である。
お金渡してないから、何も喰ってないかも知れない。
「まぁ脳筋共なら餓死はしないだろ」
あわよくば一誠ら悪魔陣営と手を組む切っ掛けになればいいなぁと、一誠の腕にある赤龍帝を連想させる夕日を眺めながら思った。