始祖の揺籠   作:一ノ原曲利

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人類の可能性を、見せてやるよ

 

 

「のう、お主にはここがどう見える? ロスヴァイセよ」

「何ですかいきなり。煌びやかな世界しか見えませんが?」

「じゃろうなぁ」

 

 わしだってそうじゃ、隻眼の老人は眼下の光景を睥睨する。そこに広がるは誰が見ても美しいと感じる北欧神話の世界そのものだ。

 北欧神話の世界は大きく分けて三層からなっているのは誰もが知ることだろう、サブカルチャーとして取り上げられることも少なくない。

 

 輝かしき天上の第一層。

 オーディンを長とする神々の一系統であるアース神族の王国アースガルズ。

 ニョルズ、フレイ、フレイヤ父子を含む『光り輝く者』の意味を持つヴァン神族の王国ヴァナヘイム。

 ヴァン神族のフレイが王を務める光の妖精が棲まう国アルフヘイム。

 

 地上の第二層。

 人間の住む世界ミズガルズ。

 小人の住む世界ニダヴェリール。

 黒き妖精の棲まう国スヴァルトアールヴ。

 霜の巨人の王スリュムが治める巨人の王国ヨトゥンヘイム。

 

 地下深く昏き地底の第三層。

 かつて黒い鱗、黄土色の蛇の腹、管の如く細長い胴体を持つ貪欲にして悪食、死して幾度となく蘇る最も執念深き邪龍『外法(アビス)(・レイジ・)死龍(ドラゴン)』ニーズヘッグが住んでいた氷の国、ニヴルヘイム。

 アースガルズの悪神にしてフェンリルとミドガルズオルムの産みの親ロキの娘である女神ヘルが治める老衰、疾病による死者が住まう国ヘルヘイム。

 そして、三層論で語られることの無い南方の炎の国ムスペルヘイム。

 

 そしてこの三層を貫く神樹ユグドラシルが北欧神話の世界を構成している。そしていまオーディンがいるのはアースガルズである。 

 

「あやつはなぁ、ここをそんな目では見てはおらん」

「……ノア様ですか?」

「左様。あやつから見ればわしは親の仇のようじゃし、わし以外にこの世界の真の姿を見ることが出来るあやつは…それこそ汚物でも見るような目で見てるじゃろう」

 

 オーディンは違う。叡智を得るべくしてユグドラシルの根元にあるミーミルの泉で捧げた左目は光を失ったが、誰にも見えない真実を映し出す。

 

 オーディンには二人の兄弟がいた。名をヴィリとヴェー。

 三人とも北欧神話における始まりの神ブーリの息子である男神ボルと、霜の巨人ボルソルンの娘ベストラから生まれたのだ。三兄弟は神話世界特有の仲の良さで苦楽を共にしており、当然ながら考えも似通っていた。

 故に、ある一族を恨み、憎み、対立を繰り返し、そして戦争を仕掛けたのだ。

 結果は言わずもがな、未だ叡智を手にしていなかった若かりし日のオーディンと言えど引けは取らず、ましてや北欧神話における主人公が負けるなどあり得るはずもなく、悪しき化身と言われた者の殺害に成功する。そして結果として一族の全滅に成功したのだ。一人の巨人とその妻除いて。

 

「わしは間違ってなどいなかった。じゃから、あやつの憎悪はもっともじゃ」

 

 邪悪なる存在の討伐に成功した三兄弟は歓喜し、偉大な仕事として『天地創造』を行ったという。それは悪しき化身の遺骸を奈落の口へ運び解体し、文字通り世界を創り出したのだ。

 

 流れ出た血液から海や川を。

 

 巨大な身体から大地を。

 

 無骨にして頑丈な骨から山を。

 

 歯と骨から岩石を。

 

 太く、それでいてしなやかな髪の毛から草花を。

 

 睫毛からミズガルズを囲う防壁を。

 

 楕円形の大きな頭蓋骨から天を造り、ノルズリ()スズリ()アウストリ()ヴェストリ(西)に支えさせ東西南北を定め。

 

 不定形な脳髄から雲を沸き立たせ。

 

 南方の火の国ムスペルヘイムから噴き出す火花や炭火を捕えて星を。

 

 腐った体に湧いた蛆虫を人型に嵌め知性を与えて妖精に変えた。

 

 

 すべてを見通す左目は『天地創造』の残酷な光景を今の今まで捉えていた。それはどういうわけか――否、必然としてノアと名乗る男も同様の光景を目にすることができた。

 やってきた彼は『お礼参り』と言ってあらゆる警備を払い退けオーディンとチェスに戯れた。結果はオーディンの勝利だったが、対局中の心境は最悪だった。それはある一言が原因だ。

 

『じじいの亡骸で創られたご立派な世界の住み心地は如何かな?』

 

 オーディンはその言葉に耳を疑った。何故、いやどうしてノアと名乗るお前がそんなことを言うのか。だが嘘をついた様子はない。確かに調べれば出てくる出来事ではあるが、まるで親の仇を見つめるような憎悪の黒い炎を宿す瞳はまざまざと真実を告げていた。

 そしてなぜ己にしか見えない骨肉の世界が彼にも見えるのかを問うた。

 

 簡単なことだった。

 

 ノアと名乗る青年は、()()()()()()()()だった。

 

 言われたことはわかった。だが理解に苦しむ。如何にしてそのような現象が発生したのか皆目見当も付かないことだ、それは叡智を授かったオーディンであってもわからないことだった。

 あの全能の神たるオーディンでさえも匙を投げた神の奇跡。

 堕天使と悪魔との頂上決戦で斃れた神を、オーディンは初めて呪った。

 

『 Deyr fé,(富は滅び)

 

  deyja frændr,(親しき者は死に絶え)

 

  deyr sjalfr it sama(いずれは己も死に至る)――

 

  En(だが) orðstír(名声は) deyr aldregi(決して)

 

  hveim er sér góðan getur(死ぬことはない)

 

  だったか? また会おうぜ、Hávi(高き者)

 

 『Hávamál(高き者の箴言)』を取り上げたのは最上級の皮肉だった。せめてBerverk(禍を引きおこす者)とでも罵ってくれればよかったのに、そう悔いる日が少なくない。

 

「別にノア様はそこまで邪険してませんよ、多分」

「おぬしは一度好いた男の話となると妙に弁護するな」

「すすすすすすすっ!? そんな、ソンな訳ないじゃないですかぁ!」

「大層な動揺じゃの」

 

 あるいはロスヴァイセと結ばれれば少しは赦してくれるか、そう邪推するオーディンであった。

 

 

 

 

 

 死闘は続く。

 

「 aþr vęri iorþ vm scopvþ.(大地が作られる前に無数の冬があった) 」

 

 巨人の如き重く、それでいて素早いノアの拳がコカビエルの身体を捕える。一撃一撃が目にも映らない速さなのに、当たれば地球割りさえも可能とする拳は誰もが見てもぞっとする威力だった。相手が最高位の堕天使だから呻く程度に留まっているのだろうが、常人であれば圧力で弾け飛ぶのが容易に想像できる。

 

「まだまだァ!」

 

 振り被ったノアの両腕を掴み取り、刃の如くギラ付く剣牙がノアの首筋を目掛けて殺到する。殴打によるダメージを対価とした、膠着状態からの噛み付きだ。ギリギリと万力と相違ない拘束は簡単には外れそうにない、いくらノアと言えど防ぎようが無い攻撃だった。

 だがこの戦いはノアVSコカビエルではない。

 

「させるかよぉ!」

 

 一誠の鎧から生えた赤龍帝の両翼から生み出す推進力が爆発的な加速に変わり、下方から掬い上げるようなアッパーが繰り出される。瞬間、怪しげにギラリと輝くコカビエルの両眼が一誠の姿を捕えた。気付いた――のではない、はじめから来ることはわかっていて、誘い込んでいたのだ。

 嵌められたことに気付いた時にはもう遅い、コカビエルの剣牙は一誠の渾身の一撃を防ぎ、牙を突き立てる。

 

「いいいってててて! ヤバい、千切られる!」

 

 痛覚を感じるのはまやかしではない、剣牙は鎧に覆われた一誠の拳に突き刺さっている。鋭き牙は龍の鎧でさえも貫通し、もう少し顎の力を籠めればそのまま上下の牙が一誠の肉体の一部を永遠に奪う。

 一秒にも満たない時間、ノアの視線が一誠のそれと交じり合う。鎧兜の奥で痛覚からくる汗と嫌な予感からくる冷や汗が混同していたが。

 

「 Þrvdgelmir var þess faðir.(スルーズゲルミルが彼の父) 」

 

 自己へ謳う詠唱と共に身体強化の術――ではなく、原初への回帰による力の開放が全身に行き届く。

 縮地の初歩である瞬動術の基本である土踏まずが大地を掴む。踏みしめた大地は地球全土を掴み、固定し、完全開放された膂力と組み合わさり結果として、拘束されたままコカビエルの脳天を大地に叩き付けた。

 

「ごはァアア!!」

 

 拳ではないにせよ、原初の巨人の膂力と大地の力の二つを混合させた未曽有の怪力だ。後頭部の半分は地面に突き刺さり、同時に拘束していた握力と顎が僅かにだが緩む。悲鳴を上げるのは戦士としては頂けないがそれに見合う一撃ではあったし、腐っても聖書の堕天使であり力が緩むのは一瞬。

 

「 enn(そして) Avrgelmir afi.(アウルゲルミルが彼の祖父) 」

 

 故に、その一瞬でノアは一誠の胴体部分を蹴り飛ばし。

 

「ぐふぅ!」

 

 同時に両腕の拘束を振り払いもう片方の足で大地を踏み抜き距離を取る。加減はしただろうが距離を十分取るに至った。一誠の鎧部分の繋ぎ目に足先をひっかるという器用な真似のお陰で、まるで何かに引っ張られるよう酩酊感を感じて嘔吐しそうになったが気力で抑える。全身鎧の状態で吐いたりすれば一番被害を被るのは一誠だ。いやドライグもか。

 

「さっきのは危なかったな」

「お、おう…だがあんな方法しかなかったのかよ…オエェ…」

『おい相棒! 吐くなよ!? 鎧部分そのままにして吐くなよ!? これフリとかじゃねえからな!?』

 

 口元に感じる酸味で一誠のコンディションはわかっていたようだ。

 

「ぅぷ……で、どうする? ノアがステゴロに来てくれたのはうれしいけどコカビエルの持久力ハンパねぇぞ。こっちの鎧もあとどれくらい維持できるか…」

「ああ、だから()()()()を使う」

 

 ポケットから抜けた手の平に乗っていたのは小さな金属片だった。最初は何なのかと思ったが、一誠にはその金属片から放たれる気配に覚えがあった。

 

 

 

 

 

 空を仰ぐのは何十年振りか。

 痛む全身、中でも一際鋭い痛みを訴える頭の中で、コカビエルは至福とも言える感傷に浸っていた。

 

「天使の連中は…強かったなぁ…」

 

 吐血交じりに出てきた言葉は。

 

「悪魔の連中も、いい腕してる奴がいた…」

 

 今まで散々貶め、蔑み、常に見下してきた天使や悪魔への賛辞だった。堕天使の中で誰よりも戦場を駆けてきたコカビエルは、いつだったか考えたことがある。(いくさ)で斃れた者の魂は、どこに行くのかと。

 少し前の自分であったならば笑い飛ばしていたであろう、酷く滑稽な、それでいて愚かしい疑問。当時その疑問は一瞬にして影も形も消えた同志達を目の前にして浮かび上がり、彼らを手にかけた天使と悪魔を自らの手で鏖殺した瞬間に消え失せた。今だから、天使でも悪魔でも、ましてや堕天使でもないちっぽけな人間の殴り倒されている今だからこそその疑問に対する答えが浮かび上がる。

 

 死んだ連中の魂は、殺した者の下で永遠に逝き続けるのではないだろうか。

 

 久しく感じていなかった、戦場での濃厚な死の気配。その空間は生者と死者の境界線をあやふやにさせ生死を同居させた気配。

 戦争を望んだのは、戻りたかったからだ。感じたかったからだ。

 戦場ではいつ死ぬかわからない。その感覚は今になって考えてみれば、己が手にかけてきた死者の怨念だ。いつ死ぬ、早く死ね、お前も死ねと袖を引いて死に絶えるのを待っている。無数の異形の髑髏が足を引っ張り、首を絡め、息を吸う絶望のキスを乞うている。

 

 あらゆるそれを無視して相手に叩き付けて、その骸の上に立つ。それこそがコカビエルが唯一味わう快感だった。

 

 その快感を湯水のように浴びせ続ける為に、再び三つ巴の戦争を引き起こす。しかも今度は天使、悪魔、堕天使に留まらない、人間界をも巻き込み大量虐殺を目論んでいた。

 そして、戦争を前に二つの壁が立ち塞がった。

 

 一人は、赤龍帝の力をその身に宿すケツの青い悪魔。

 

 もう一人は、天界最大戦力にして人類最強種たる人間。

 

「お前らも強い…強いさ! 嗚呼、だから――!」

 

 我が野望の前に立ち塞がるならば、いままでのように悉くを打ち砕く。

 その先に、俺が望む混沌が待っているのだ。なればこそ。

 

「俺の野望の前に滅びろ! ニンゲン共ォ―――!」

 

 五対の黒翼を羽ばたかせ宙を舞う。眼下では、好敵手と認めた二人が睨みつけるように見上げていた。

 何の考えもなしに飛んだわけではない。赤龍帝の翼を持つ一誠ならば無意味に近いが、大地の力を自身の力に還元させるノアに空中戦は不得手の筈だ。

 だからこそ滅びの水を用いた遠距離攻撃なのだが、一度その技を見たコカビエルに二度目は効かない、通用しない。肉体に風穴を開けた一撃は確かに脅威である、が故に警戒を怠らない。汚泥化への浸食は堕天使の光力を体内で活性化させてなんとか食い止めているが、気が抜ければその瞬間体の内部から汚泥化が進み死に至るだろう。

 腹に空いた孔から細く低く響く風音が、死者の怨嗟に聞こえる。

 確かに致死だ、下手すれば死ぬ。

 だが未曽有の大戦争を引き起こす引き金になれるならば後悔はない、そしてその戦場に立てれば直良し。

 世界を滅ぼした大洪水の水だが、()()()()()()()

 

「なら見せてやるよォ――聖人の力ってやつを!」

 

 ノアが手にしたるは光り輝く聖なる剣。俗にいう聖剣。

 ゼノヴィアが所持していた『破壊の聖剣』(エクスカリバー・デストラクション)『デュランダル』の二振り。

 持つだけで邪なる者を払い清めんとする眩き輝きが生まれる。それはこの場で誰よりも聖剣に選ばれ、扱いに長けているという事実に相違ない。

 

「馬鹿な! 聖剣を扱うには相応の素質や因子が必要な筈なのに!」

 

 木場の疑問は最もだった。

 前者は先天的な才能による素質。後者は木場の同志達から強制的に抜き出された聖剣を扱うための因子。

 このどちらかがなければ、満足に振るうことは愚か握ることさえ不可能――普通であれば、の話だが。

 

「…いや、もしノアが伝承より伝えられし聖人ならば、聖剣を扱うだけの力があってもおかしくない…」

 

 加えて、脳筋なゼノヴィアだからこそある仮説が浮かんでいた。箱舟の乗り手にして人類祖たるノア。その存在自体が聖剣を扱うに足るファクターなのではないかと。今は漠然としたイメージしかないが、単純に考えて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう思い始めたのだ。

 

「今度は剣か! 芸達者な奴だなぁ!」

 

 だがそれを十全に扱えるかは話が別だ。ノアという男がコカビエルが想像した通りの存在であるならば()()は扱えない筈。聞き齧った程度の伝承しか覚えていないが、たとえ聖剣を振るうだけの素質があるとしてもそれこそ木場やゼノヴィアの剣技には劣る。

 想像した通りの、存在に過ぎないのであれば。

 

 皮肉にも、この場で一歩先の思考に至っていたのはゼノヴィアだけだった。彼女ほどの考えに至っていれば、コカビエルに勝利の女神が微笑んでいただろう。

 

「ぶっとべぇ!」

 

 あろうことか、ノアは手にした二振りの聖剣を。

 

「投げ…!?」

「飛ばした!?」

 

 渾身の力を込めて投げ飛ばした。大砲から吐き出された砲弾の如く放たれた聖剣は凶悪な剣先を先頭に空を引き裂いていく。その速度は侮ることなかれ、投げ出されてから1mにも満たない距離で水蒸気の円錐(ベイパーコーン)が確認された。

 つまり、初速の段階で音速の壁を突き破ったのである。

 正確にはやや異なるが、聖剣の先端付近の大気は圧縮、断熱圧縮によって瞬間加熱し直後、気圧低下に伴う気温低下によって目視出来る水蒸気の壁が生み出された。それを突破した聖剣の速度は彗星の如く宙を横切り、真っ直ぐ一直線にコカビエル目掛けて迫る。その速度、時速1225km。

 鉄の塊である剣が何故落下することなく空を飛ぶのか? 矛盾することを言うようだが、答えは()()()()()()()()()()のだ。大きさも重さも関係ない、高速で動く物体は決して落下しない。

 

 だが、所詮は()()()()()()

 

「こんなものが効くものかぁ!」

 

 目にも映らぬ速さを目の当たりにしているコカビエルからすれば止まった蠅も同然。剣とは刃渡りという切れる部分の他に切れない腹の部分がある。故にコカビエルは宙を滑空する聖剣の腹を殴り飛ばして直撃を免れる。聖剣も手に持たなければ唯の剣同然、破邪の輝きは手に持ってこそ発揮するものであって投げ飛ばすという手は確かに対空手段としては見事な選択肢だがコカビエルには意味を為さなかった。

 

 そう、ここまでは。

 

「で、あろうなぁ」

「な、」

 

 声は耳元で聞こえた。コカビエルの真上で、ノアが嘲笑うように見下していた。

 馬鹿な、いつ、どうやって。投げ飛ばされた聖剣を再び掴んでいたとでも? 有り得ぬ、殴ったときに確認したがそのような人影は無かった。ならばいつ―――。

 

「決まってるだろ、()()()を投げただけだ」

 

 その手にしたる聖剣は、『天閃の聖剣』(エクスカリバー・ラピッドリィ)

 バルパー・ガリレイが教会から盗んだ三本の内の一振り。その後類い稀なる天性を持つはぐれ聖職者(エクソシスト)フリードの手に渡り、聖剣統合によって一本となりしかし木場の聖魔剣によって打ち砕かれた筈の代物。

 何故お前がそれを、と問う暇はない。元よりそんなことは考えてない、どれだけ方便を並べようと目の前に実在しているという事実が全て。戦場の空気によって冴え渡っていたコカビエルの頭は冷静に体に指令を出し、最大光力から抽出した光の槍で迎撃に移る。

 

「人類の可能性を、見せてやるよ」

 

 不敵に嗤うノアは、ここで初めて〝構え〟を取った。何の構えか、決まっている。

 剣技の構えだ。

 

「一技三閃――我が剣は空舞う燕を仕留めてしんぜよう」

 

 彼の者は空を舞う燕をどうやって仕留めようか考え、剣を振るっていた。一閃――駄目だ、避けられる。ならば二閃、いや三閃ならばどうだろうか。なるほどこの軌跡ならば仕留められよう、だが遅すぎる。

 故に、三閃を一瞬で振れる修行をした。速く、早く、誰よりも、何よりも疾く――。

 

 

「 秘剣『燕返し』 」

 

 

 『天閃の聖剣』(エクスカリバー・ラピッドリィ)は持ち手の速度を最大限にまで引き上げる。円弧を描いた三つの異なる軌跡はすべてが全て致死の一撃。真の使い手ではないノアの技は多重次元屈折現象には至らないまでも、僅かな時間差もなく、ほぼ完全にして同一時間に生まれた剣閃がコカビエルを襲う。

 

「――抜かせぇ!」

 

 この程度。

 

 この程度、この程度この程度この程度この程度この程度この程度この程度この程度この程度この程度この程度この程度この程度この程度この程度この程度この程度この程度!!

 

 俺を燕と見間違えたか!?

 

 冗談も大概にしろよ糞餓鬼が!!

 

「自惚れるなよ小僧ぉおおおおおおお!!」

 

 不可避にして必殺の一撃、いや三撃を、コカビエルは避けなかった。避ける素振りも見せなかった。その理由は単純明快、避けるまでもなく迎撃するという手段に出たからだ。

 眩きまでの光力で槍が輝く。極光と見紛う輝きは空間を埋め尽くし、そしてそれを薙いだ。怒りの如く燃え上がらせたコカビエルの槍は空を薙いだだけで、触れた空気を爆破させる。空気中に存在する水分を熱で暴発させ水素爆発を起こしたなどと、そんな小難しい理屈ではない。

 触れれば爆発する、いや爆発しろとコカビエルが念じ、願い、実現させたのだ。あまりにも物理法則を無視した現象だがこれと言って驚くことではない。今の世の中、物理法則に従わないものの方が多い。

 圧縮した空気を破裂させたような破壊力は凄まじく、ノアの三閃はコカビエルに到達する直前で破壊された。真ん中からポッキリと折れた聖剣から萎むように輝きが途絶える。よって、ノアの必殺はコカビエルには届かなかった。技は不発し、重力に従い地に落ちる。

 コカビエルの背後を取った。

 

 これで終わり、ではなかった。 

 

「一瞬六斬――其の翅全て、狩らせてもらう」

 

 彼の者は忠臣を守るために、死した仲間に誇れる為に最強を目指した男。仲間の墓前に最強の二文字を添えるべく修羅と化した男が生み出した奥義、左右二択――初撃はどちらからでも選択可能、攻撃起点を掴ませずして同時に放つ六連撃。

 

 ノアが手にしたるは統合し、砕け散ったはずの『夢幻の聖剣』(エクスカリバー・ナイトメア)。今更驚きもへったくれもないが、奇妙なことにもう片方の手に全く同じ剣をもう一本手にしていた。

 これは『夢幻の聖剣』(エクスカリバー・ナイトメア)の特性である幻術に過ぎないのだが、ノアの場合はその幻術を実体化させている。従来の使い方の数ランク上を行く使い方だ。コカビエルの背後に立ったノアから見れば五対の黒翼はこれから描くであろう剣閃の軌跡。小剣(ショートブレード)程度の大きさの聖剣を逆手に握ればあとはそれをなぞるだけである。

 

 

「 御庭番式小太刀二刀流奥義『回天剣舞・六連』 」

 

 

 見えなかった。わからなかった。この光景を見た誰もが思う感想だろう。

 左右二択にして一瞬六斬、そこまではわかるが起点は真に迫るほどの不透明さ。コカビエルの無防備な背に六連撃が決まると同時、毟られた黒翼と共に二本の『夢幻の聖剣』(エクスカリバー・ナイトメア)は今度こそ砕け散り、銀砂と化して消えた。

 

「がぁあああああああああああぁぁ!!」

 

 ノアの六連撃は羽の根元からダメージを与えた。否、そうなるように斬ったともいうべきか。真の意味で堕天したコカビエルに、宙に浮く力も手段もあるはずが無い。かつて味わったことの無い激痛に絶叫し、空を蹴って放ったノアを追い越して地へと落下を始める。

 だが高さが高さだった。

 ノアの水流による攻撃を警戒して彼我の距離よりも高低を重視していたコカビエルは地上からかなりの高さで飛んでいた。そこから落下するのである、かなりの時間を要する。

 それを黙って見届けるほど、ノアは人間を辞めていない。

 

「一進九撃――これがお前への手向けだ、受け取れ」

 

 彼の者は、時代時代の苦難から弱き人々を守ることを(ことわり)として剣を振ってきた。継承者を『陸の黒船』と称されるほど当時絶大なる力を持つ流派の絶技は剣術の基本である唐竹、袈裟斬り、右薙、右斬上、逆風、左斬上、左薙、逆袈裟、刺突の9つの斬撃を同時に放つという。

 手中にある剣は日本刀だった。無論、本当の名はイリナが所持していた『擬態の聖剣』(エクスカリバー・ミミック)であり、擬態させたに過ぎない。

 だが擬態は擬態でも、騙り続ければいつかは本物になる。それはノア自身にも言えることであるが故に、自身を騙る聖剣『擬態の聖剣』(エクスカリバー・ミミック)との思い入れは浅いものではない。それこそ所有者紫藤イリナの名前を出さなければ未来永劫思い出すことのなかった存在ではあれど、想起した共感の力は計り知れない。

 従って、最大最高の再現度でその技は実現する。

 

 

「 飛天御剣流『九頭龍閃』 」

 

 

 技と聖剣は砕け散り――同時に、ノアの背中から黄金の龍の相貌が宵闇に姿を見せた。

 擡げた鎌首が覗くだけでどれ程の巨躯か想像もつかない、その御身は正に都を守護するに相応しき威光を放ち、広大なる地脈の胎動の如き咆哮を放つ。

 鳴り響く雷鳴の轟き、加えて再現されたる九の頭を持つ龍の如き美技に惹かれて――ではない。

 

「最後はカッコよく決めろよ」

「いっけぇええええええドラゴンショットォオオオオオオオオ!」

 

 昏き夜空に響く声。それはノアの背中にぴったりくっついていた一誠が放つ雄叫びだった。今まで姿がなかったのは、たった今手放し塵に消えた『透明の聖剣』(エクスカリバー・トランスペアレンシー)による存在の隠蔽によるものと思われる。

 巨大なる龍は現実ではない、『赤龍帝(ブーステッド)(・ギア・)鎧』(スケイルメイル)を纏った一誠の構えた両の手から生み出した、龍の形を模った高密度のエネルギーである。

 羽もなく、槍を生み出す力もないコカビエルは無抵抗に龍の咢に呑み込まれた。

 

「ッ…ク、くは、くははははははははははははははははははははははははははははははっ!

 

 俺の負けだ、今回は、今回は俺の負けだ! だがこれが終わりであってたまるか! 貴様らとの闘いは俺の奥底に眠る復讐という名の無限の力を呼び覚ました!

 

 故に! 俺はまた戦争を仕掛けるぞ! だがその前に貴様らとの再戦で討ち果たしてからだ、それがなければ俺は今この時から何一つとして時が進むことはあり得ない!!

 

 覚えていろよ、貴様らが俺を忘れようとした、その時!! 俺は貴様らの前に現れ殺してやる!!

 

 ふははははははは―――必ずだ、必ずだ! 首を洗って待っているがいい!

 

 あーっはっはっはっはっはっははははは!!!!」

 

 

 

 

 




 ※評価を付けて下さる方は今後の文章力向上のためにどの点が悪かったのか理由を添えて教えて下さい
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