二日目のアイス・ピラーズ・ブレイクは、午前に三回戦計六試合、午後に決勝リーグ計三試合という予定で組まれている。何かトラブルがあった時にずらせるよう、余裕を持って決められているためだ。
そして、今回そのトラブルが起きた。いや、トラブルではなく快挙というべきだが、女子の方で決勝リーグ出場の三枠を第一高校が独占してしまう形になったのだ。
そうなると、わざわざ試合をして順位をつけなくとも一高が得られる点数は同じになる。機械を動かすのもタダではないため、同率一位にしてはどうかという話が持ち上がったのだ。
……ちなみに、男子の方は三高が二人残っていたりする。初ということでもないが、珍しいのは間違いがない。ただ少し、一高女子の快挙があまりにも凄かっただけだ。
話を戻すと、その間は大会委員の調整のために男子の試合も止められ、さらに女子の方で英美が棄権して深雪と雫の正面対決のみが行われるということになったために、男子の試合はその後に回されることになった。
どうせなら、観客に多くの試合を見てもらいたいということらしい。事故も機材トラブルもなく、順調に進んでいて余裕があったのもあるだろう。
既に決勝リーグの第一試合は終了。
"優勝候補筆頭の将輝"対"スピード・シューティング四位の
現在は破壊された氷柱をどかし、新しい物と入れ替えている途中だ。
「すまん、遅くなった」
「おっ! 一高快進撃の立役者の登場だぜ!」
「よっ!名裏方!」
「……いつになくテンション高いな、二人とも」
その一般用観客席の一角。ここ最近見慣れてきた二科生組+七草姉妹のグループに、女子の氷柱倒しの片付けが終わった達也が合流した。ちなみに雫と深雪はメディカルチェック、ほのかは裏でバトル・ボード決勝の準備だ。
「お疲れ様、達也くん。深雪さんたちの方はどうだった?」
「お疲れ様です会長。そうですね、二人とも体調は良好のようです。少々北山さんのメンタルが傷ついていたようですが、おそらく彼女なら大丈夫だと思いますよ」
「そ。達也くんがそう言うのなら安心ね」
「過度な期待は少し息苦しいのですが……」
「恨むのなら、担当選手が負けなし、トップスリー独占を2回もやっちゃった自分を恨むことね。もちろん選手のみんなの力もあるけど、誰が見ても達也くんの功績も大きいのは否定できないわよ」
「はぁ。覚えておきます」
そう返しながら、達也は席に着くと周囲を見渡す。完全な超満員、あらかじめ席を取って貰って居なかったら自分も立ち見になっただろう。
「凄い人数だな。席取りも大変だったんじゃないか、幹比古?」
「そうでもないよ。人が急に増えたのも、女子の決勝戦から大半が流れてきたからだったから。それまではまだ少し空いてる席もあったんだけどね」
「ま、世紀の一戦だとか言われてるみたいだからね〜。爆裂の一条家と大魔法の春原家の対戦カードなんて、そりゃ研究者からしたら垂涎モノでしょ」
「そうですね。どちらが勝ってもおかしくないです。
達也さんはどう思います? ナギくんは勝てそうですか?」
「……会長たちの前では言いづらいんだが、厳しいだろうな」
美月の問いかけに答えつつ、横目で前列の姉妹の様子を窺うが、特に思うところがあるわけではないようだ。むしろ、そう判断した
「どういうことだい?」
「俺も試合があったから、横目で確認していた程度でそこまで集中して見ていたわけではないんだが……ナギの基本戦法は、低威力の魔法などで時間を稼ぎ、大威力の魔法を叩き込むものだと推測できる。
だが、一条に爆裂を使われては時間を稼ぐことすらできない。アレは一瞬で発動して、一瞬で試合が終わるからな」
「ん? だけどナギの魔法って、現代魔法に匹敵する瞬間発動が売りの一つだろ? それ使えばいいじゃねえか」
「レオの言う通り、それを使えれば問題はないんだが……一回戦の様子を見る限りでは、大威力の魔法の即時発動には何らかの制約があるんだろう。でないと
もちろん、即時ではないだけで、一般的な古式魔法と比べたら発動速度は速めだ。もう一人の三高選手相手なら耐えて発動するという戦法も取れるだろう。だが、十師族の直系相手に通用するものじゃない」
そもそも、アイス・ピラーズ・ブレイクにおいて爆裂を扱う将輝に勝てる魔法師がまず居ない。それも高校生ともなると、なんとか十文字が領域干渉で防げるかどうかといったところだ。
「……あれ? 爆裂って水を気体にして爆発させる魔法だったよね? なんで固体の氷まで爆発出来てるの?」
「香澄ちゃん……真夏に、この日差しですよ? 設置されてから試合が始まるまでには表面が溶けてるでしょう……」
「でも、それだけであの大きな氷柱を壊せるのかなぁ?」
「む……そう言われると……どうなんでしょう?」
「可能だろうな。水の体積と気体の体積差は、100℃で約1700倍。仮に0℃としても1300倍になる。表面の僅かな水でも砕くだけなら充分だ。
ついでに言うと、『爆裂』は水だけではなく、体内にある血液や、機械油などの液体全てに掛けられる魔法だ。水だけでいいなら、殺傷性ランクCの発散系『瞬間気化』という魔法がある」
「「そうなんだ(ですか)」」
こういった
その為、身内以外に厳しい——人見知りが激しいとも言う——双子も、素直に達也の言葉に頷きを返していた。
「とにかく、一条に勝つためには、爆裂の発動速度を上回る速さで破壊するか、もしくは破壊させられる前に一条を上回る干渉力の情報強化をかけるしかない。どちらも並大抵どころか、トップクラスの魔法師ですら厳しいことだ。深雪でも出来るかどうか……」
「そりゃ、なんとも言えねぇ話だな。ナギの奴も充分バケモノだけど、十師族って奴はそれ以上か」
『…………』
「ん?どしたよ?」
「あんた……目の前にその十師族がいる状況でよくそれ言えたわね」
「へ? ああ、そうだったな。接しやすいから忘れてたわ。なんかスンマセン」
「褒められてるのかしら、それ?
まあ良いわ。それに、いくらあのクリムゾン・プリンスだとしても、ナギくんがそう簡単に負けると思ったら大間違いよ。きっと、目に物を見せてやるわ」
真由美が、鈴音とともにナギの作戦を立てるのに絡んでいたのは、このグループでは周知の事実だ。断言していないあたりに若干の自信のなさが窺えるが、それでも堂々とした太鼓判。
それを聞き、達也たちも視線を前に移し、ナギの策がどんなものなのかと思いを馳せた。
◇ ◇ ◇
言葉は不要。ただ己の技で戦うのみ。
櫓に上がった二人には、その言葉がよく似合った。
方や、紅いCADを握り、真剣な目で
方や、完全な無手で、
タイプこそ違えど、間違いなく顔立ちが整っている少年二人の登場に会場が湧く。
だが、本人たちはまるで他人事のように、ただ相手と氷柱のみを視界に収めていた。
(……この試合は、一瞬で終わるだろう。俺がそれで充分なのをナギも分かっているだろうし、それの対策をしていないとも思えない。
ナギと俺、どちらが先に魔法を発動できるか。そこだけが、この試合の勝敗を分ける)
お互い火力は充分。速度では将輝に分があるはずだが、ナギの目に諦観はなく、将輝も素直に勝てるとは思っていない。
故に、お互いにお互いを注視していた。
(……?)
だから、将輝がそれに気がついたのも、ある意味当然だったのかもしれない。
(ナギの奴、妙に後ろに立ってるな……なぜだ?)
櫓の上といえど、少し歩けるぐらいのスペースはある。ナギはその後ろギリギリ、フィールドから一番遠い位置に立っていた。
通常、選手が立つのは櫓の中心か、少し前寄りだ。ギリギリに立てばそれだけ下に気が散るし、かといって後ろ側に立てば氷柱が見えづらくなる。
それを無視して、わざわざギリギリに立つ理由となると……
(踏み込み、もしくは助走が必要な技を使う……それしかない)
これまでの試合の例に漏れず、ナギの服装は今回も変わっている。その見た目から判断すれば、近接戦闘寄りの動きをするための格好と言われた方がしっくりくるだろう。
だが、アイス・ピラーズ・ブレイクのルールでは、選手が櫓から降りることは禁止されている。近接戦闘など出来ないのだが……
(……いや、それは三回戦も同じこと。ナギの服装はマインドリセットの一環のはず。格好や装備が直接戦法に関わると思うのは、ナギの思うツボだ)
必要なのは、いかに速く発動するか、いかに惑わされずに平静さを保てるかの二つだけ。
注意をしておくに越したことはないが、それで自分のやることを見失っては本末転倒だ。
(……アナウンスが入った。開始まであと少し……勝つぞ)
静まりかえる会場。張り詰める空気の先に、認めざるをえない強敵。
(3……)
調子は良い。CADの方も、愛用の物と比べると劣ってはいるが悪くはない。
(2……)
対戦相手は、この状況でも好戦的な笑みを絶やさない。ならば、相手にとって不適はない。
(1……)
さあ。開戦の時だ。
「ゼロッ!!」
サスペンド状態のCADを起動し、氷柱に銃口を向けて照準する。この間、0.5秒。
クィックドロウで有名な森崎家なら0.3秒もかからないだろうが、一般的な魔法師ではこれでもかなりの速さだ。
——対するナギは、抱きかかえるように腕を前で交差し、こちらへ背を向けていた。
「エターナルッ……」
引き金を引き、起動式が展開される。ここで0.3秒、計0.8秒。
大会基準のCADでは標準よりも速めだが、達也なら0.1秒は縮められる。将輝愛用のCADでも同じだろう。
普段なら気にしないほどのそれが、今は歯噛みするほどに長く感じられる。
——ナギは、左手を前に右手を振りかぶる格好、右手を前に指を立て輝くような笑顔と、流れるようにポーズをとる。
「ネギッ……」
ひどく遅く感じた時間を経て、遂に爆裂の魔法式が完成する。将輝は、躊躇わずにそれを投射した。
——一瞬のタメを経て、ナギは大の字に体を広げると、全身から
「砕け散れッ!!!」
「フィーバーッ!!!」
開始の合図から、両方のエリアで大爆発が起きるまで、僅か1.1秒。
夏の風に吹かれ、巻き起こった粉塵が晴れた先には、当然の如く破壊され尽くした氷の破片。
ここに、将来永らく破られることのない、伝説的な記録が誕生した。
◇ ◇ ◇
『…………………………………………………………………………………………………………………』
「…………………………………………………………………………………………………………………」
呆然と、という状況を問われたとしたなら、今の映像を見せれば100%分かるだろうというぐらいには、時が止まった会場。
遠くで蝉の声が響き、さして大きくないその音しか耳に入らないほどに、完璧な静寂が会場全体を包み込んでいた。
「…………………………………………………………………………………………………………………何ですか、アレ?」
将輝を含む誰もが口をポカンと開け、もしくはヒクヒクと唇の端をひくつかせて固まる中、一番最初に再起動を果たしたのは達也だった。
まだ友人たちは口を開けて、完全に
どこか意識の端のあたりで、それも無理はないだろう、と達也は他人事のように考える。今回のアレ——断じて魔法だとは言いたくない——は、それだけの衝撃をもたらしたということだ。
「うーん、分かんない。ナギくんには一応聞いたけど、何を言ってるのかサッパリ」
「……何をどうやったら、全身から光線を放てるんですか?」
「気合い、だそうよ」
「……何故、あの爆発で氷柱のみが倒れ、地面には
「それも気合い、みたいね」
「……あのポーズの意味は?」
「必殺技ならキメポーズの一つや二つあるでしょう、って」
「……何か叫んでいたようですが?」
「必殺技なら叫ばずにはいられないだろう、って」
「……
「そういう技名だから、って言ってたわね」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………」
とりあえず、達也は思考を放棄した。 現象的には極太の『フォノン・メーザー』のようなナニカなのだろうが、何がどうなってるのかは知らない方がいいと言う直感に従い、これに関してはこれ以上触れないことに決めた。
なので、とりあえず気になったもう一つの質問をして、場の空気を少しでも変えようと無駄な試みをしてみる。……それで変わるとは到底思えない状態だが、それでも、一応だ。
「ところで、ほぼ同時に破壊されたわけですが、この場合勝敗はどうなるんですか?」
「ルール上はVTR判定になるわね。本当なら完全に破壊が終了したタイミングで決着になるんだけど、この場合は閃光で見えなくなってるだろうから破壊が始まったタイミングかな?
それでも同時だったなら、その時は両者引き分け。例えば同率一位になったら、25ポイントと15ポイントを平均して20ポイントずつになるわね」
「そうですか」
「「「「「「…………何(ですか・だ)あの魔法?!」」」」」」
ようやく再起動を果たしたのか、友人たちが唐突に叫びをあげる。見渡してみると、チラホラと動き始めた観客の間で困惑の騒めきが広がっていた。
「これは、また……随分大変になりそうですね。特に研究者は」
「本人にもよく分かってない魔法みたいだしね〜。解析は大変でしょうね」
「少なくとも殺傷性ランクB、普通に考えればランクAの戦術級と判定されそうですが」
「それがね、アレってダメージを与えるモノをある程度調節できるらしいのよ。直撃してもちょっとした爆発程度のダメージにすることも出来るみたいよ」
「……なんというか、もう完全に別の魔法系統だと割り切った方が、いえ、そもそも魔法だと思わないで別のナニカだと考えたほうがいいですね。現代魔法と同じ理屈で語ろうとしても、どこかで躓く気がしてきました」
「気が合うわね、私もよ」
「「…………はぁ……」」
重い溜息を吐く二人。とりあえず、今日の話題の四割は持って行っただろう。残り六割も、三割は達也の偉業(二回目)、二割は深雪の魔法力(+美貌)、一割は雫のCAD同時操作、と見事に一高だけになるだろうが。
「あっ、画面が変わったわね」
「ようやくですか。大会委員も固まってたんでしょうか?」
「それも仕方がないけどね」
「違いありません」
VTRは、0.8秒地点から開始されたようだった。
少しの間は変化がなかったが、下の表示が0.2進んだところで
しかし、次の瞬間に左上で爆発的な光が発生し、ビーム状のまま
爆裂が、氷柱表面の水を気化させようと
光線が、そのエネルギーを以ってして氷柱を打ち砕こうと距離を詰める。
そして。最初に氷柱に罅を入れたのは——
僅か3フレーム、時間にして100万分の3秒の差で、将輝の爆裂だった。
勝者の表示が映し出される前に、ドッと湧き上がる会場。
一撃だけとはいえ互いに圧倒的な魔法を見せた両選手に、鳴り止むことない拍手が響いた。
「あはは、負けちゃったか……。よっ、と」
表示が切り替わった画面を見て、ナギは一つ苦笑いをする。いい加減邪魔になったのか、視界の上半分を隠すバンダナを外し、そのままポケットにしまった。
そして、一足飛びで将輝の櫓へ飛び移ると、無言で右手を差し出す。
「……ふ」
一瞬何事かと構えていた将輝だったが、伸ばされた腕を見て一つ笑うと、その手を取った。
「優勝おめでとう、将輝くん。だけど、モノリス・コードではボクたちが勝つよ?」
「ああ、全力で来い。こちらも出し惜しみなしの全力で、返り討ちにしてやる」
一つの競技が終わろうと、彼らの直接対決の場はまだ残っている。
彼らはまだライバルで、いくら個人的に仲が良かろうと、競技会場で馴れ合うのはあまりよろしくない。
だけど、今この場だけは、互いの健闘を
互いに全力を出しきり、認め合うこともまた、一つの青春の形なのだから。