魔法科高校の立派な魔法師   作:YT-3

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第五十八話 いて座の誑落

チチチ、とUSNAでも変わらずにスズメたちは朝を告げる。

ボストンの港に見える水平線の(ふち)からは、暗い闇を晴れやかな蒼穹へ変えんと、暖かな輝きが漏れ出していた。

その恩恵は、この部屋にも等しく降り注ぐ。

カーテンの隙間から舞い込んだ陽光は、部屋を舞う(ホコリ)に反射し、少女の閉じられた目蓋(まぶた)へ薄らと一直線のラインを描いていた。

 

「んんぅ……」

 

ついに水平線から顔を覗かせた恒星は、天地創造の時代から変わらぬ営みを以ってして、より一層光の線を眩いものへと変えていく。

さすがに体が無視できなくなったのだろう。少女は嫌そうに顔を顰めると、いつものように、光から逃げるため寝返りを打とうとした。

 

「む〜……?」

 

しかし、体が動かない。そればかりではなく、妙に肌で風を感じるくせに、不思議と暖かい。

流石にこれはおかしいと、古今東西共通の微睡み(しあわせ)から意識が浮上する。せめてもの抵抗とばかりに小さくあくびをし、ゆるゆると目を開いた。

 

「もぉ、なんなのよ、いった……い?」

 

すぐそこに、顔があった。

それも、少しメイクすれば()()()()()な女の子と言っても通じるような、()()の顔が、目と鼻の先、ほんの数センチの距離に。

 

「————」

 

一瞬で目が覚めた。しかし、今度は極度の混乱で意識が追いつかない。それなのに、体は律儀なまでに現状を送りつけてくる。

 

まず、服が脱がされている。脱げているといったほうが正しいのかもしれないが、彼女の記憶にある限りはキチンと着て寝たはずなので、偶然か意識的かはともかくとして脱がされたと言っても間違いではないだろう。

流石に全裸というわけではないが、パジャマの上がはだけて肩紐がずり落ちたキャミソールが露わになり、ズボンに至ってはなんとか膝に引っかかっているといった様相だ。まだ全裸の方が恥ずかしくないと思えるほど、思春期女子としては異性に絶対に見せられない格好である。

お互いの体勢も悪い。ナギの腕はリーナの肩と腰に回され、リーナの方も胸を押し付けるように抱きついている。お互いの脚は絡まり合い、特にナギの左脚はリーナの両脚とパジャマのズボンが織り成す三角形に通されて……いや、すっぱり言って、リーナの下着に思いっきり触れている。少し身じろぎすれば擦れてしまうだろう。

 

(〜〜〜〜っ?!?!?!)

 

ようやく、羞恥というか怒りというか、とにかくいろんな感情が溢れ出したことで意識が活性化してきた。

そういえば昨日の夜、というか数時間前に、低血圧で起きるのが辛いという悩みを分かち合ったはず。そんな二人が、至近距離で、同じベッドの中で寝ていたのだ。人肌を求め、組んず解れつになってもおかしくない。

 

(ふぅ〜〜〜〜……。落ち着いてリーナ、そうよ落ち着くのよ。ナギは紳士。紳士なんだから、これはきっと事故か何かに違いないわ。偶然なら仕方ない、この程度のことで(わめ)いちゃダメよ。そうよこれは事故なんだから、事後じゃないんだからゆっくりと抜け出してナギが起きる前に身支度しちゃえば何も問題ない。大丈夫よ、ワタシは冷静ワタシは冷静……)

 

その真紅に染まった顔と、ぐるぐると回る視線を見て冷静だと思う人間はいないのだが、本人の認識では違うようだ。

口の中で「冷静に(Be cool.)冷静に(Be cool.)」と呟きながら、ナギを起こさないよう、ゆっくりと——少なくとも本人はそのつもりで——腕の拘束を外し、男の匂いがする(くうかん)からの脱出を図る。

 

だが、彼女は一つ、重要なことを見落としている。。

そもそも、ナギとリーナが抱きしめ合っていたのは、二人が低血圧なことに理由がある。この状況は、互いの人肌(おんど)を本能的に求めた結果なのだ。

そんなナギが、混乱と羞恥と興奮で血が巡り、体温が上昇した()()()を、そう易々と離す訳がない。

 

「んん……」

 

リーナが離れようとしていることが分かったのか、眠ったままのナギの腕に力がこもり、絶対に離すものかというかのように抱き締めた。

ところで、リーナの目が覚め顔を向きが変わったことにより、ナギとリーナはほんの数センチの距離で真正面から向き合っていた。まだ抜け出そうと動き始めたばかりで、お互いの顔の位置関係は変化していない。

そんな状況で、ナギがリーナを抱き寄せると……導き出せる答えは一つだけである。

 

——唇が、リーナに触れた。

 

「○%×¥☆$〒÷*〜〜〜〜?!?!」

 

喉の奥から、言語として成り立ってない音が溢れ出す。もはやなりふり構ってなど居られず、布団も腕も跳ね上げて飛び起きた。

当然、ナギの目が覚めないはずがなく——

 

「うわっ!? 何があったの!? ってリーナその格好?!」

「!!!?」

 

リーナが視線を落とす。無理やり引き剥がれたときに腕に引っかかったのか、服の方も、具体的にはパジャマの上とキャミソールも引き剥がれていて……双丘の片割れが、隠されることなく露わになっていた。

あられもない格好を直視され、ただでさえ沸騰していた頭から湯気を噴出し——

 

甲高い悲鳴とともに、リーナの右手が振りかぶられた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

コツコツと、三人分の足音が響く。

しかし、その場に流れる空気は最悪だった。

 

「…………」

「…………」

 

沈黙が痛い。双方とも、思っていることは同じだった。

左頬に紅葉を付けたナギももちろん、寝ている間にしでかしてしまったことを謝ったのだが、このような現状になっている以上は罪悪感に苛まれないわけにもいかないだろう。

 

とはいえ、沈黙が発生している原因はリーナにあった。ナギも何度か話しかけようとしているのだが、リーナは赤い顔で俯いたまま一言二言しか返さないのだ。会話が続く筈もない。

理由は大きく分けて二つ。一つは、任務としては推奨されるべき状況のはずなのに、羞恥の念に駆られてしまったこと。どれだけ()()なのかという、自己嫌悪にも似た何かだ。

もう一つは、ナギに対する申し訳なさ。見せつけてしまったのも自分が混乱してしまったのが原因の一つだし、恥ずかしさはあれど嫌悪感はない。それも、唇にされたならともかく、口付けされたのは"(ひたい)"だ、挨拶でもあり得る範囲なのに……。その場の雰囲気というものの恐ろしさを、またとないほど実感している。

 

「……着きました、こちらです」

「「は、ハイッ!」」

 

もう一つの足音の持ち主であるチャールズ・サリバン軍曹——ちなみに彼はスターズから派遣された衛星級(サテライト)、コードネームは『デーモス・セカンド』——に促され、声が重なったことに動転しつつも二人は部屋に入る。軍曹はそのまま扉の外に残った。

 

「……ナギ、朝のことはお互い忘れましょう」

「え、うん分かった。でもどうしたの急に?」

「デー、チャールズ軍曹の顔見たでしょ、凄い厳しい顔してたわ。きっと、それだけワタシたちがピリピリしてたのよ」

 

実際のところは砂糖を吐きそうになるのを堪えていたのだが、そんな事とは露知らず、勘違いしたリーナは「任務に失敗した」と部下に思われない為に切り出したのだ。……実際失敗したのは棚の上にでも置いておく、誰だって周囲の評価はきになるものだ。

ちなみに、ナギの記憶からは既に、「見てしまった」という事実のみ残して(くだん)の光景は消去済みである。こういうとき忘却魔法は重宝する、色々あった前世でも大変役に立ったらしい。

 

「じゃ、そういうことで。今はこっちに集中しましょ」

「うん。ここが……」

「ええ、バイアスロンの世界大会会場ね」

 

視界に広がるコースを前に、監視塔の上から見下ろすナギがポツリと零す。眼下には、広大なコンクリートの平原が広がっていた。

今世紀初頭はハンスコム空軍基地と呼ばれていたここは、魔法の登場による航空戦力の評価の低下によって名称と目的を変え、現在はハンスコム総合魔法基地となっている。

 

「自然が多かった富士とは違って、ここは本当に"コース"って感じだね」

「元滑走路に作ったんだもの。日本のフジとは違って起伏やターンが少なくて直線が多い、スピード重視のコースって言われてるわ」

 

国土の問題もあり、各国によってコースの特徴というものは異なっている。その中でも富士とハンスコムは、それぞれ技術(テクニック)系と馬力(パワー)系の代表格と、評価が真っ向から分かれている。

だからと言って、パワー以外が要求されないというわけではない。むしろ、富士よりも高度な作戦を要求するのがこのコースだ。

 

「まだ設置されてないけど、例年だと射撃ゾーンはあそことあそこ、それとあっちね」

「富士だとカーブの前後だったんだけど、ここは直線の中間にもあるんだよね」

「そうね。スピードを重視してターゲット・ペナルティのリスクを背負うか、それとも安全に行ってスピードを落とすか。ナギはどっちにする予定なの?」

 

ナギは腕を組んで、むむむと唸る。代表監督から聞いてはいたが、実際に見ると中々に決めづらい。

ナギの飛行魔法は圧倒的なスピードを誇り、対して射出系魔法は精密性に欠ける。順当にいけばスピード重視の作戦を取るべきだが、裏を返せば多少のスピードダウンは許容出来るため、悩ましいところだ。

 

「うーん、実際に走ってみないと分からないかな? コースから見たターゲットがどんな感じか、まだ分からないし」

「なるほどね。世界記録を持ってても、油断も慢心もしないってわけ」

「マサキたちに足元を掬われたばかりだからね。持てる限りの力を尽くさないと」

 

ナギとしては"お仕置きが怖い"という意味を含めて言ったのだが、彼の師を知らないリーナは首を捻るばかりである。

そんな彼女の内心を知ってかしらずか、ナギはリーナに顔を向けて、口を開いた。

 

「でも、基地の中なのにこうして下見が出来たのは、リーナが掛け合ってくれたからだよね。本当に感謝してるよ、ありがとう」

「あ……」

 

横目に映った爽やかな笑顔の前に、リーナの顔が一瞬で沸騰する。慌ててそれを隠すように顔を向きを変えて、詰まりながらも捲くし立てた。

 

「だ、だけど、結局走らせては貰えなかったし!そ、それに、ハンスコム基地は競技大会向けで平時の警備は厳しくないから、ワタシじゃなくても大丈夫だったかもしれないし……」

「ボクはリーナで良かったと思ってるんだけどなぁ」

「え……?」

「だって、リーナじゃなかったらこんなにすぐ打ち解けられなかったと思うもん。素直で、恥ずかしがり屋で、可愛くて。こんな友達ができたなら、それで十分じゃない?」

 

ハニートラップは勘弁だけどね。

そう笑う少年の顔にも、セリフにも、一欠片の混じり気は無く。それが本心からの言葉であると、リーナには分かってしまった。

 

「あ……ぅ……」

 

バクンバクンと心臓が早鐘を打ち、カーッと熱が頭の先へと登って行く。 胸を優しく鷲掴みにされたような、甘い脱力感が全身を支配する。

 

気付いてしまった。

知ってしまった。

目の前の異国の少年に、この国の要たる戦略級魔法師として封じてきたはずの"自分(リーナ)"が、どうしようもなか惹かれてしまっていることを。

これが、恋という感情なのだと。

 

もしかしたら、年の近い異性が近くにいなかったから、耐性がないだけかもしれない。

もしかしたら、一昨日から色々あって、雰囲気に流されているだけかもしれない。

もしかしたら、異性としてではなく、親しい友人として気を許しているだけかもしれない。

もしかしたら、弱音を吐いたところを慰められて、素を見せられる人として頼っているだけなのかもしれない。

 

——それでも。だけど。

この胸を高鳴らせる甘い思いが、アンジェリーナ・クドウ・シールズの16年の人生の中で、初めて抱いた恋心だった。

 

「リーナ?大丈夫?顔が赤いよ、熱でもあるの?」

「ゔぇ?!」

 

よほど自己に埋没しすぎていたのだろう。気が付けば、こちらの顔を覗き込まれてた。それも額に手を当てるなんていうボディタッチ付きで。

一斉に顔に集まろうとしている熱を感じ取り、これ以上はダメだと飛び下がる。キョトンとしているナギを誤魔化すため、掌で団扇を作ってパタパタと仰いだ。

 

「い、いや〜この部屋ちょっと暑いわよね!そのせいじゃない?!」

「? そうかなぁ?」

「そうよ!きっと、ナギがニホンの湿気に慣れてるだけよ!」

「うーん、そう言われるとそうなのかも?」

 

空調を下げて貰うように頼んでくるよ。そう言い残して、ナギは扉の奥へと消えていった。なんとか上手くいったと、リーナは胸を撫で下ろす。

この想いを悟られるのはマズイ。ナギにではなく——それもそれで羞恥で逃げ出したくなるとは思うが——、USNAの軍人、もっと言えば自分を知っている人間にだ。最悪、『造反の可能性アリ』と判断されかねない。

恋心は自覚した。それに身を委ね、どこまでも追いかけたい気持ちもある。でも自分はUSNAの軍人で、今まで()()()仲間(いのち)の為にも、この国を離れるわけにはいかないのだ。

二律背反(Antinomy)、どちらかを立てればどちらかが立たず。ただ自分の感情ばかりがごちゃ混ぜになってゆく。奇しくもそれは、K・Kが予想した通りの展開だった。

 

「もう、それもこれも全部ナギが悪いのよ。バカ、エッチ、天然たらし……」

 

残り一週間、どうすれば良いのだろう。

リーナは、漠然と(もた)げ始めた不安に、頭を悩ませていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

結局、初恋を自覚した興奮がたった数分で収まるはずもなく。想い人と会ったら会ったで心休まるわけもなく。一日中、自分で分かるぐらいには挙動不審だった。

そのせいで変な子と思われたんじゃないか、とリーナも最初は不安だった。最初の恋がその恋心のせいで失敗したりしたら、トラウマになって一生独身を貫いたかもしれない。

 

「大丈夫だった? 今日、調子悪そうだったけど」

 

とはいえ、そんな心配は杞憂だったようだ。ナギは根っからの紳士であり、挙動不審な様子も体調不良だと勘違いして、逆に心配してくれたぐらいである。

その想いやりがくすぐったくて、リーナは頬を薄らと赤らめて、肩に置かれた手にその身を委ねる。

 

「大丈夫よ。朝からあんなことがあって、ちょっと恥ずかしかっただけだから」

「そう、なら良かった」

「んっ……」

 

するりと滑らせるように手を当てられ、柔らかな抵抗を掻き分けて硬いものが奥に触れた。リーナの口から艶やかな声が漏れる。

それが聞こえているだろうに、ナギの腕は止まらない。壊れ物でも扱うかのように優しく、幾度も幾度も抜いては刺していく。

 

「あ……ん……」

「気持ちいい?」

「も、う……ナギのいじわる……」

 

蕩けた瞳がナギを見上げる。しっとりと濡れた唇がふるふると震え、嫋やかな声が部屋に染み渡る。

その目を見て、その声を聞き。ナギは愛おしそうに頬に手を当てて……

 

 

「はいはい、意地悪ですからちゃんと前向いててね」

 

 

後ろから回した手で顔を正面に向けさせ、さらりとした金髪に櫛を通した。もちろん、髪を()くためである。

 

「いちおう手入れはしてるみたいだけど、ちゃんと寝る前に()かさないと。これじゃあ癖が付いちゃうよ?」

「もう。分かってはいるんだけど、いつもお風呂から出たらすぐ寝ちゃうのよ」

「疲れてるのかもしれないけどさ、せっかく綺麗な髪なんだから。一生の宝物だよ、大切にしなきゃ」

「……なんか手慣れててむかつく」

 

実際師匠(マスター)で手慣れてるからね、と笑いながら髪を流す。その動きは実に女の子の喜ぶポイントを熟知していて、その台詞が嘘ではないことをこれ以上ないぐらいに示していた。

それに少しリーナはむっとして、直後に頬を緩める。今はそんなナギを独占しているのだから、そのぐらい大目に見てもいい、と。恋する乙女は、複雑だが単純なのである。

 

「ナギのお師匠様ってどんな人?」

「んー、厳しいこともあるけど、基本的には優しい人だよ。ちょっと捻くれてて分かりづらいけどね。あ、あとすっごい見栄っ張り」

「ふ〜ん……」

 

任務に着くにあたりリーナに渡された報告書には、ナギには師に当たる人物がいたことはなかったはずだ。まだ若小の頃に両親を亡くし、その後は実質的に十師族の『七草』に引き取られているが、扱う魔法や戦闘方法はそのどちらの色も薄く、魔法は失伝していたものを独力で復興させ、体術は独学で習得したのではないかという注釈がつけられていたはず。

つまり、ナギに師がいるということは、まだUSNA軍が掴んでいない情報である。しかし、ナギが教えたということは、それ自体はそれほど重要なものでもないのだろう。その(たぶん)女に嫉妬と対抗心を燃やしつつ、後で報告しようと心に留める。

 

「よしできた!完璧!」

 

そんな考えを知ってか知らずか、ナギはやり遂げた表情で手鏡を差し出してくる。そこに映り込んでいた自分の髪は絡まることなく綺麗に流れ落ち、いつもより二割増しで輝いているようだった。

 

「ありがとナギ。ワタシがやるといつもテキトーになっちゃうから、助かっちゃった」

「どういたしまして」

 

割と真面目に、今のリーナは今までの人生の中で幸せの絶頂にいた。こんな何気ない、普通の恋人や夫婦のような得難い会話が愛おしくて、頬から力が抜けて緩みそうになる。

そして、その(いただき)は、正確にはまだ頂点ではない。その先には、まだまだ上へと続く道がある。

 

「ナギ、お願いがあるんだけど」

「なに?」

「その、一緒に寝てくれない?」

「……え?」

 

昨日のハニートラップを思い出したのだろう。ナギの顔に、わずかに黒い影が落ちる。

しかし、リーナにそんなつもりはない。少なくとも今は、周囲の期待がどうであれ、純粋に彼女自身の気持ちで動いているつもりだ。

 

「あ、いやヘンな意味じゃなくてね! その、ワタシ思ったんだけど、やっぱり一緒のベッドで寝てる限り、今朝みたいなことになると思うのよ」

「えーと、ならボクはどっか別の場所で寝——」

「それはダメよ! ナギはお客様なんだから、そんなことしたら国際問題になるわ!」

 

表向きの理由も立てているとはいえ、ラブホテルに異性と泊まらせている時点でグレーゾーンなのだ。これに加えて日本の代表選手であるナギに負担をかけるような行為をしたら、USNAは国際的に集中攻撃を浴びかねない。それは、いつ戦争が再発してもおかしくない今の社会情勢では危険な綱渡りになってしまう。

 

「でも、ワタシがベッド以外で寝るのは、ナギが許さないでしょ?」

「当たり前だよ。リーナは女の子なんだから、ベッドから降りるとしたら男のボクであるべきだ」

「つまり、話は平行線で、どっちの意見も通すならベッドで寝るしかない。でもそれじゃあ、きっとまた今朝にみたいなことになる。それはナギも嫌でしょ?」

 

一瞬迷ったようだが、コクリと頷いた。大方、「自分よりリーナの方が嫌なんじゃないのかな」とでも考えたのだろう。この若い紳士の考えることはなんとなく分かってきた。

 

「だったら、発想の転換よ。初めから密着して寝ちゃえば、起きた時に動転してビンタすることもない……はず」

「断言できないんだ……」

 

だが、言っていること自体は理に適っているはずだ。お互いの羞恥心や理性さえ問題なければ、これが一番幸せな解答……もちろん、個人的な感情としても。

そう思って、リーナは上目遣いにナギの目を覗き込んだ。

 

「ワタシはそれがいいと思ってるんだけど……やっぱりナギはダメ? 一度色仕掛けしてきたワタシは信用できない?」

「そんなことはないんだけど……う〜〜ん」

 

腕を組んで悩むナギを見て、ハッとリーナは笑みを浮かべる。「いいことを思いついた」と、その表情が雄弁に語っていた。

 

「……お尻と胸を揉むぐらいなら黙認するわよ?」

「しないよそんなことっ?!」

「え……、()()()、こと……?」

「あ、いやリーナは十分魅力的だとは思うんだけど、それとこれとは話が別というか、その、えっと……!」

 

傷ついたようなリーナを前に、わたわたと慌てるナギ。

その姿が、今までの落ち着いた紳士のような態度と打って変わり、まるで背伸びした子供のように見えて。リーナは堪えきれずに吹き出した。

 

「ぷっ、あはははっ!冗談よ冗談、信じてるって言ったでしょ?」

「……もう。はぁ、分かったよ。OK、一緒に寝よう」

 

毒気を抜かれたという顔で、ナギは降参のポーズをとる。

それにリーナは笑みを浮かべて、ベッドの中央に腰掛けた。ナギもその後に続き、リーナの隣へと腰を下ろす。

 

「おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」

 

互いに背を向けるように横になり、掛け布団を被る。

20cmも離れていないところから聞こえる吐息が心地よくて、リーナの目が段々と閉じられてゆく。

そう言えば、一昨日も今朝も、色々あってあまり眠れてなかったっけ。そう認識した瞬間、体にどっと疲れが押し寄せてきた。

 

(ああ、あったかい……なんか、安心するわね……。誰かと一緒に寝たのなんて、いつ以来、だろ……)

 

落ちゆく意識の中、リーナの唇が小さく動く。声にならない声が、吐息とともに静かに空気に溶けた。

 

 

 

願わくば、明日は今日よりもっと良い日になりますように。

 

誰もがそう願いながら、また今日も一日が終わっていった——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(「は、はっくしょん!!」)




今日の星座。

いて座は星座占いなどに用いられる黄道十二星座の12番目で、半人半馬のケンタウロスが弓を引く姿で知られています。その矢はさそり座の心臓(アンタレス)に向けられており、蠍が暴れ出した時に仕留められるようにという話があります。
このケンタウロスはただのケンタウロスではなく、ヘラクレスやアキレウス、アスクピレオスなどのギリシャ神話屈指の英雄たちを育て上げた大賢者『ケイローン』だとされています。彼は弟子であるヘラクレスの誤射によりヒュドラの毒矢を当てられ、苦しんだ末にプロテメウスに不死の力を譲り死去しました。兄弟であるゼウスはその死を惜しみ、天に呼んだことで星座になったという逸話があります。
狩猟の女神アルテミスに習ったケイローンの弓は正確であり、野蛮なことも多いケンタウロス族の中で例外的に、ありとあらゆる叡智にも優れていたと言われています。数多の少女のハートを射抜き、その智によって最強の仲間入りを果たしたネギと似ていると思いませんか?


※注意※
タイトルの【誑落】ですが、こんな単語はありません。
「女(たら)しが恋に落とす」を大幅に略しただけです。間違えて使わないようご注意ください。
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