思考が止まる。
体が止まる。
巨大な人型にあるまじき可動性能も、心なき兵器にあるまじき連携も。今目の前で起きた光景に比べたら、瑣末なことだった。
——鬼神兵が、影分身をする。
それも、かつての教え子を彷彿とさせる動きで。
『ありえない』『だが現実に起きてしまっている』『でもありえない』
理解不能な現実に理性が受け入れを拒み、激しく脳内で鬩ぎ合う。ここが戦場であるにも関わらず完全に動きを止める。
——それは相手にとって、これ以上ないぐらいに明白な隙だった。
「ッ!!」
視界の左上、自分が蹴り飛ばされた位置にいる鬼神兵の一体が動いたことで、ナギの意識は急速に再起動し、
「————」
そして、また絶句した。
その鬼神兵は背に手を伸ばし、背負っていた身の丈ほどもある武器の片方を手に取った。
それ自体は何もおかしなことではない。武器を持つ鬼神兵というのは、ナギの前世でも割とポピュラーな存在だ。アレだけの身体性能を持つ鬼神兵に武装を搭載していないなど逆におかしい。
それは、遠距離武器だった。
それもおかしなことではない。鬼神兵の主砲はチャージ時間が必要であるが故、遠距離攻撃用の穴埋めとして武装を用意しておくことぐらいは誰でも思いつく範囲だし、あの天才の超鈴音がその思考に至らないわけがない。
では、何が問題なのか。
それは、構えた武器そのものだった。
「電磁投射砲——ッ!?」
それは、彼が「隊長」と呼び慕っていた、半魔族の教え子のアーティファクト。
それをそのまま鬼神兵サイズまで巨大化した。そう言っても過言ではないほど細部まで似通った長大にすぎる銃を、彼女と同じ動作で、彼女と同じ構えで、流れるようにナギを照準した。
直後。
先に彼が放ったものに匹敵する雷の柱が、彼に向かって放たれた。
「——ッ!」
サイズこそ違うもののそれと戦った経験があったからか、ナギは咄嗟に自分を中心とする障壁の位置を操作し、彼を吞み込み穿とうとする雷撃を上へと逸らす。
そして、その反動を利用して下へと射線から逃れ、そこで理性が気がついた。
(ま、ず——
褐色のスナイパーを模倣する鬼神兵は、ほんの僅かに射軸を上へとずらし、逃げる方向を指定したのだ。ナギは反射的、本能的にそこから逃れるよう行動を起こし、まんまと引っかかってしまった。
今、彼の真下には——
そして予期した通り、地表から70m付近まで弾き飛ばされたナギに待ち受けていたのは、ゴウッと大気を圧縮して迫り来る巨大な拳だった。
ナギはその側面に左腕を当て、何本かの骨と引き換えに横へと逸らす。だがそこで先ほどのカウンター・カウンターが頭を過ぎり、懐へ踏み込むのを躊躇した。
——それが、間違いだった。
「ぐッッ!」
『流れるように』という表現ですら生温い、もはやそうなるのが自然の理であるかのような体捌きで、次々と放たれる巨岩のような拳打。
握り拳だけではなく、平手や鉤爪、果ては脚や胴体すら利用した息を巻くような連撃が、止めどなく繰り出される。
「はぁぁぁぁああああッッ!!」
ナギは必死のそれを決して受け止めようとはせず、全力を以って逸らすことだけに集中する。弾ききれないものは当てどころをズラすか、自ら飛んで威力を軽減する。
一撃を逸らすたびに、数本の骨に罅が入る。それを修繕している合間に次の攻撃が迫り別の場所が砕け、そして回復したと思った瞬間にはその次の攻撃でまた壊される。終わることのない肉体の悲鳴。
それを無視し、彼の経験は一つの真実を告げていた。
たった一息の間に三度は攻め立てる攻撃の密度。そしてその一撃一撃に込められた気力と
「今度はくーふぇさんですかッ!?」
繰り出された左手による拳を体全体で受け流し、その勢いを利用して鬼神兵の側面へと移動する。反撃に移れるような隙ではない。精々が少しの仕切り直しになる程度のメリットを狙ってだ。
だが、その行動によって、ナギは機体側面に書かれた文字列を視認した。おそらく機体の名称を示すであろうそれは、単純にして明白に、ナギの疑問に答えていた。
二一三五式
Type "
"Ability of Ala-Alba"……白き翼の力。その模倣。
鬼神兵とは思えないあの駆動性能も、ありえないほどの判断力と連携性も、全てはこれを実現するための
「! くッ!!」
そして、かつての仲間を模倣する巨神の裏拳から、人理を超えた域の組手が再開された。
◇ ◇ ◇
その光景を、リーナたちは地表から眺めることしかできなかった。
目の前に映る"戦闘"は、リーナたちの知るそれとは次元が違う。音速を超えるのは当たり前、局所的には一撃一撃が戦略級に匹敵するダメージを宿す殴り合い。
戦場が移り、彼女たちがいる付近から大分離れたのにも関わらず、巨大兵器の拳は烈風もかくやという風圧をここまで届けてくる。拳打、分身、雷砲、ビーム。そのどれもが一撃で一個大隊を壊滅させるだろう。
どうやってかそれを捌くナギもナギだが、やはり目を見張るのはあれだけの巨大兵器にも関わらずそれを感じさせない『鬼神兵』の存在だ。直接戦わなくても分かる。アレは、あの三機だけでこの国を滅ぼし得る——
「な、なにが起きてるの——?」
『災禍とはこういうものを指すのだ』。そう全てが告げている光景に、リーナの口から恐怖が漏れる。
だが、誰も答えない。答えられない。隣に立つカノープスも、彼らの行く先、小さく見えている軍病院で時間を止めて見ている者達も。その思いは同じなのだから。
(やはり、中将を置いてくるべきではなかった!)
カノープスは自らを叱咤する。
彼は、おそらく魔法師側で唯一、この次元の戦闘のことを知っていた人物だ。いくら負傷していて自力で動けなくとも、いくら上官として命令されたとしても、彼の口からなにかしらの説明があることで、もしかしたら少しでも状況が好転していたかもしれないのに——
(——いや、それは驕りか。USNA軍最強の部隊、そんなものはこれを前にしては何の意味も成さないというのにな)
あの領域の戦闘に自分たちが首を突っ込んだところで、中将の言うように無駄死にが良いところだ。最悪、いや高確率で、今ギリギリで命を繋いでいるであろう少年の足を引っ張るだけになりかねない。
力不足を突きつけられ、また、この国の存亡を他国の未成年に託すということに、これ以上ない自己嫌悪を覚える。
だが、もはや彼だけがあの超兵器に対する最後の希望なのだ。核をぶつけようとも焔の中から悠然と歩いてくる光景しか浮かばないあの絶望に食らいつけているという時点で、彼にしか出来ないであろう領域なのだ。
今、自分たちに出来ることは、速やかにこの場を離れ、かの少年が周囲を気にせず全力で戦える環境を作り上げること。それ以外にない——
「——ベン。CADを貸してください」
だというのに。
隣を走る娘のと同世代の上官は、いつの間にかその瞳に覚悟の光を宿し、あの絶望に立ち向かうと宣言した。
「ワタシは今、汎用型しか持ってない。特化型、いえその照準補助装置だけで良い。それを使わないと動き回るあの兵器を狙えない」
「無理です!いくら総隊長であろうとも、あれには勝てません!」
「やってみなければ分からないわ。この国に関係ないナギが、あそこまで奮闘しているのよ。この基地にいる部下達のため、そして後ろに背負うボストンの住民、USNAの全国民のために、ワタシも戦わなくてはいけない」
「リーナッ!!」
上官であるとか、今は違うとか。そんなことは頭から抜け落ちていた。ただ、自ら死地へ突っ込むと言うに等しいその少女の発言に、彼女を守る者として怒声を上げる。
だがしかし、それでも少女の心は揺れない。決して曲げぬという覚悟を持ったまま、暴風渦巻く被害地を共に駆け抜けるカノープスへ瞳を向け続ける。
「お願い、ベン」
「……策はあるのですか?」
意地の悪い質問だと思った。あの、災害の塊のような兵器に勝つ策などない。それは、起動前に幾度も攻撃したカノープスが、一番よく分かっていることだった。
「あるわ」
だが、少女は安心させるように笑った。
策はあると。決して無謀な突撃をしようとしてるわけじゃないと。
「っ!?本当ですか!?」
「でも、そのためにはナギの力が必要になる。それに、そのナギをサポートする為に多くの魔法師の力が必要なの。だから……」
リーナが視線を前に向ける。
そこには、ようやく全貌が見えるようになってきた、一つの建造物があった。
「スターズの、今ある限りの全戦力を使う」
◇ ◇ ◇
「はぁぁぁあああッッ!!!」
既に何百という回数を重ねた組手は、未だナギの不利で膠着していた。
ナギは相手の動きを読める。この動きのモデルは彼の拳法の師であり、おそらく彼の教え子の中で最も彼と戦っている相手だ。体が、魂がその細かな動きの癖を覚えている。
だがしかし、これから相手がする攻撃が分かったところで、攻守逆転出来るかと言われると無理だと答えるしかない。威力も攻撃範囲も彼女から桁違いに上がっているこの相手では、どうしようもないほど防戦一方、いや、避戦一方の対処をするしかないのだ。
「ッ!
そして、ついにどう足掻いても捌き切れない、直撃コースの拳打が来た。
だが、彼も一方的にやられることを良しとするわけがない。その拳に千を優に越す雷の矢を乗せ、真正面から向かい討つ。
「雷華崩拳ッッ!!」
『崩拳』
型は互いに同一。そしてそこから放たれた拳撃は、互いにその絶大なる威力を証明せんと唸りを上げる。
——威力は全くの互角。
どちらも相手の拳を押し戻すことなく止まり、直後、拳と拳の間で圧縮されたエネルギーが、双方へと牙を剥いた。
『————』
「ッッ!!」
模倣する鬼神は無言。その威力に多少腕を後ろに持って行かれつつも、その巨体を巧みに利用してその場に踏みとどまる。
対するナギは息を詰まらせる。敵に対し圧倒的に矮小すぎる肉体は、同じエネルギーを受けたにもかかわらずそれを殺しきることなく後ろへと弾き飛ばされる。
しかし、それが彼の狙いだった。
このままでは埒があかない。そもそも彼女達を相手にするのですら
ゆえに彼は、状況を打開するためその真価を発揮しようとし——
「
——視界の隅で構える『それ』に気がついた。
まるで大砲のような巨大さだが、鬼神兵のサイズにしてみればそれは『
となると、該当者は一人。その中でも特に集中が必要で、特に厄介な攻撃といえば——
(ゆーなさんの魔法禁止弾ッ!!)
ナギがそれに思い至ったと同時、銃口から巨大な砲弾が放たれ、直後、無数の光弾へと分裂した。それらは余すことなく、全てがナギの方へと進路を変える。
アレはまずい。一発でも食らえば5分は魔法が使えなくなる。しかも妨害方式が『外部との魔力のやり取り禁止』なため、魔物としてのパワーや再生能力も一時的に制限され、ただの人間と同じになる。
では避ける? それも悪手だ。あの禁止弾、恐ろしいほどに追尾性能が高い。例え雷化したとしても、どこまでも追ってくるそれを振り切りつつ三体の鬼神兵を相手にするのは、いくらなんでも集中力を使いすぎて消耗が激しすぎる——
「くっ!
ならば、全て撃ち落とすしかない。既にほとんど解放されつつあった二つの極大魔法のうち、急遽片側を迎撃へと転用する。
ぶつかり合う雷と光弾。無数の衝突音と破裂音は重なり合い、一つの衝撃波となってナギのバランスを崩した。
「ぐぅッ、
だが。これは好機。
古菲を模した鬼神兵は、体勢こそ立て直しているものの距離が離れた。明石祐奈を模した方も、さすがに魔法禁止弾という特殊な攻撃の連発は出来ないのか、照準を解いて銃口を降ろしている。
この千載一遇のチャンスを物にすべく、ナギはそのままの体勢で残り二発の切り札のうち、片方を解放し——
「っ!! 違う!?」
そこで気がついた。敵は三体いるのだと。
(あと一体!龍宮隊長を真似していたのはどこに——)
素早く視線を巡らす。前後上下左右、どこにもいない。
だが、得体の知れない警告音が頭の中で鳴り響く。
その時、拳銃を構えていた鬼神兵が、横へと飛びのいた。
そしてナギは目撃する。
その背後、
それは、彼が初めて交わした仮契約だった。
あの時は、お互い血が繋がっているなど思いもせず、ただクラスメイトを傷つける吸血鬼を止めるために、口づけを交わした。
京都では、攫われた親友を助けるために、魔払いの力で奮戦し。
同じ師の元で修行し。
世界の変革を目論むクラスメイトを止めるため、共に時間を飛び越えた。
そして、魔法世界。
自分の彼女の血が深く関わるそこで、いきなりテロで離れ離れになり、修行の果てに再会し、気が付かぬうちに攫われた。
そして、囚われた彼女を救いだし、世界の滅亡を止めるため、あの決戦の墓場へ、皆の力を合わせて踏み込んだ。
語り始めればキリがない。
思い出せばとめどなく溢れる。
愛した伴侶ではないけれど。それでも彼女は愛した"家族"だった。
だから、たとえ模造品といえど。彼がそれを見間違うことはなかった。
「ハマノ、ツルギ——」
『——
交わされるはずのない言葉が響き、
・今日の星座②
ペガスス座は秋の夜空に輝く比較的明るい星で構成された星座で、その中でも明るい方からα星、β星、γ星、そして元々はペガスス座のδ星だったアンドロメダ座α星の四つを結ぶと綺麗な四辺形になり、『秋の大四辺形』として知られています。ただ注意して欲しいのは、「ペガサス座」は誤りで、正しくはラテン語読みの「ペガスス座」です。
ペガサスは白い体に白い翼を持つ伝説上の生物で、ペルセウスがメドゥーサの首を切り落とした時に流れた血から産まれました。そこから飛び立ったペガサスは後に勇者ベレオポーンの愛馬となり、怪物キマイラ退治などに大きく貢献します。
しかしベレオポーンは増長し、神の仲間入りを果たすべくペガサスに乗って天を目指します。怒ったゼウスは駆けてくるペガサスに
増長した勇者を地へと落とす。それを乗り切れるかどうかが、"勇者"と"英雄"の分かれ目なのかもしれません。
命と重傷の大安売り、これが不死者の戦い方。
果たしてナギは無事なのか? そしてリーナの秘策とは?
次回!vs3-A鬼神兵、決着(予定)——!!