しかし夜が明ければ仕事の始まり、憂鬱ですねぇ……
第16話です。
「「「これからよろしく、メイドさん」」」
「え?」
「え?」
「…………え?」
「…………嫌な事思い出した」
ペルセウスとのゲームを終えて本拠に戻ってきて、皆が落ち着いてからレティシアの石化を解くと十六夜、飛鳥、耀の三人がレティシアに向かってそう告げる。
レティシアの石化を解いたまでは良い。だが解いてからの第一声がメイド宣言とはどういう事なのか。ジンと黒ウサギもレティシアと声を揃えて間の抜けた声を上げる。
テオとリーナはこの三人に対して平常運転だなと半ば思考を放棄して、鈴香はゲームの前に白夜叉にこの上なく熱く語られた上に着せられたメイド服を思い出して顔を青くしていた。
ある意味この場にいる全員を置き去りにしてメイド宣言をかました三人を代表して飛鳥が口を開く。
「え? じゃないわよ。だって今回のゲームで活躍したの私達だけだったじゃない。貴方達は本当に着いてきただけだったもの」
「うん、力もたくさん吸われて凄く疲れたし」
「肝心の戦闘をやったのは俺と東雲だろ。所有権は俺達で等分、俺と東雲で四、夫婦が三、お嬢様と春日部で三で話はついた!…………あ、こういうのは御チビにはまだ早いから外したぞ」
あまりにも突拍子も無いことをのたまう三人に対して黒ウサギはどこからツッコミを入れれば良いのか判らなかった。ジンも思考停止しているためにツッコミ役は務まらない。
しかしメイド宣言を受けた本人はというと────
「ふむ、そうだな。今回の件は私も心から感謝している。私自身こうしてこの場に戻ってくる事はないだろうと思っていた位だ。君達が私に家政婦をやれと言うのなら喜んでやろうじゃないか」
────などと言って思いの外乗り気だった。
「レ、レティシア様!?」
「「「あ、なら私(俺)は無しで」」」
尊敬している先輩をメイドにされると焦る黒ウサギをよそに鈴香、テオ、リーナの三人は早速所有権を放棄していたりする。テオとリーナはメイドに興味など持ち合わせておらず、鈴香もメイドにするためにレティシアを救った訳ではないからだ。
しかしそんな事は知ったことではないと飛鳥は嬉々としてメイド服を用意し始める。
「そう、三人共それで良いならそれで良いんじゃない? でも私としては金髪の使用人に憧れていたのだからここは譲れないわね。これからよろしく、レティシア」
「よろしく…………いや、主従なのだからよろしくお願いしますのほうが良いかな?」
「使いやすいのを使えば良いよ」
「そ、そうか…………いや、そうですか? そうでございますか?」
「おいおい、それじゃ黒ウサギだろ」
既に馴染みつつある四人にガックリと肩を落とす黒ウサギ。鈴香達はそんな黒ウサギに何も言わずに憐れみの視線を送っていた。
「なあ鈴香、さっきから気になってたんだが体つきが戻ったって事はもう調子は戻ったのか?」
レティシア本人がメイドをする事を了承し、早速着替えてくると言い残して談話室を後にしてから十分程たった頃レティシアが十六夜達にメイド姿を披露するなか、テオは鈴香に気になっていた事を聞いてみる。
すると鈴香は何でもないかのようにテオに答える。
「ええ、そう言っても差し支えないわ。子供の姿はあの時に一番安定する姿だったんだけど、妖気がおおかた戻ったから以前の姿でも安定するようになったのよ」
「なるほどな、俺は小さい姿もなかなか可愛らしかったと思うけどな」
「勘弁して頂戴。体が小さいと色々と不便なんだから」
鈴香の返事に納得しつつもテオは少しからかうように言う。一方の鈴香はうんざりしたように目尻を下げて言葉を返す。
テオも流石に失言だったと鈴香に謝る。
「それもそうか。悪いな、変な事言って」
「気にしてないわ。貴方達は子供を喪ったばかりなんだから。それじゃあ私もレティシアの所に行くわね。貴方はどうする?」
「いや、俺はここにいるよ」
「そっ、分かったわ」
鈴香はそう言うとレティシアの元に歩いていく。テオはその後ろ姿を眺めながら誰にも聞こえないように呟いた。
「……………………やれやれ、全部お見通しってやつか。敵わないな」
────レティシアがメイドと化してから、もといペルセウスとのゲームから三日後の夜、子供達を含めたノーネーム一同は貯水地付近に集まっていた。その数、一二九人と一匹という数だけ見ればなかなかの規模だった。
「えーそれでは!新たな同士を迎えたノーネームの歓迎会を始めます!」
黒ウサギの音頭を受けて子供達から歓声が上がる。辺りに用意された長机にはささやかな料理もあり、それも子供達にとって場を盛り上げるのに一役買っているようだった。
楽しそうな子供達を眺めながら少し離れた場所に居た十六夜、飛鳥、耀の三人はこういうのもなかなか悪くないと思いながら口を開く。
「こういうのもたまには悪くないわね。だけど屋外でやる意味ってあったのかしら?」
「あ、それは私も思った」
「そこはあれだろ、献身的な箱庭の貴族サマの精一杯のサプライズってやつじゃねえか?」
「…………そうかもしれないわね。まったく、無理しなくても良いのに…………馬鹿な子ね」
「そうだね」
十六夜の言葉にコミュニティの状況を知る飛鳥は苦笑しながらついつい悪態をついてしまう。
耀も飛鳥につられてどこか苦笑気味だ。
「お嬢様に春日部、俺はあっちの方に行ってるから何かあれば知らせてくれ」
「分かったわ」
「うん」
十六夜は二人にそう告げると喧騒の届かない所に移動する。理由としては騒がしい所に居ると静かな場所が恋しくなった、というところだ。
十六夜は地面に腰を下ろして星々を映し出す天幕を眺める。そうしていると黒ウサギが全員に聞こえる程の大きな声で注目を促す。皆が何事かと黒ウサギに目を向ける。
「それでは皆さん! 注目してください!」
黒ウサギは皆の視線が自分に向いたのを感じると再び大きく声を上げる。
「ただいまより、本日のメインイベントが始まります! 皆さん、箱庭の天幕にご注目ください!」
黒ウサギの促すままに全員が天幕を見上げる。すると、とある星が一条の光となって流れた。
見上げていた誰かから声が漏れる。
そして夜空を流れる星の光はどんどん流れていき、流星群となって見る者を魅了する。その幻想的な光景に誰もが歓声を上げ、その光景を目に焼き付けていた。黒ウサギは十六夜達や子供達に聞かせる様に語る。
「この流星群を起こしたのは他でもありません。我々の新たな同士である異世界から招かれた四人と、その四人によって加わった二人がこの流星群のきっかけを作ったのです」
黒ウサギの説明を受けて十六夜達は驚きの声を上げるが黒ウサギは構わずに話を続ける。
「箱庭の世界は天動説のように全てのルールが此処、箱庭の都市を中心に回っております。先日、新たな同士が打ち勝ったコミュニティ“ペルセウス”は此度の敗北を受けて“サウザンドアイズ”を追放されたのです。そして“ペルセウス”はあの星々から旗を降ろす事になったのです」
「なっ…………あの星空から星座を無くすというの…………!?」
飛鳥の呟きに答える者はいない。
「今夜の流星群はサウザンドアイズからノーネームへのコミュニティ再出発に対する祝福も兼ねています。星に願いを掛けるのも良し、皆で鑑賞するも良し、今日はいっぱい騒ぎましょう♪」
場の雰囲気は最高潮に達し、飲み物を手に思い思いに楽しむ子供達。その様子を鈴香は微笑ましそうに眺めていた。
「ふふっ、どうだ? 君も楽しんでいるか?」
「レティシア……ええ、楽しんでるわ」
そんな鈴香の傍らにやって来たのはレティシアである。レティシアも場の雰囲気に当てられたのかどこか上機嫌なようだった。レティシアは鈴香の返事に満足そうに頷くと高級感溢れるワインを入れたバスケットを取り出し、鈴香にワイングラスを一つ差し出した。
「これは私のとっておきの一本なんだ。是非とも君に飲んでもらいたいんだが酒は大丈夫か?」
「あー、私はあんまり酒は飲まないのよ」
「そ、そうか…………苦手であるなら無理にとは言わないさ、うん」
「あ、あはは…………」
鈴香はやんわりと断ろうとするが、自分の返事にレティシアが目に見えて気を落とした為にとてつもなく罪悪感を感じてしまっていた。
「普段は飲まないんだけど…………まあ、たまには良いかも知れないわね。だからそんな顔しないの」
子供好きの鈴香に見た目だけなら年端もいかない少女であるレティシアのしょぼくれ顔が堪えられる筈もなく、下手な言い訳と共に折れる事になった。
「そ、そうか! なら向こうでゆっくりと飲もう!!」
一方のレティシアはさっきまでの落胆が嘘のように満面の笑みを浮かべて喜んでいた。まるで少女のように喜ぶレティシアに鈴香は思わず苦笑が漏れる。
鈴香はレティシアに促されるままに静かな場所に移動し、腰を落ち着ける。
レティシアはワインのコルクを馴れた手つきで抜くとワインの持つ芳醇な香りが二人を包んだ。レティシアはその香りに顔を綻ばせつつ、ワインをグラスに注ぐ。鈴香はレティシアからワインの注がれたグラスを受け取るとその一目で上質な物であると察する。
ちなみに勘違いをされていると思うが、鈴香は酒が嫌いな訳ではない。むしろ好物であるとさえ言える。
(酷い事にならないように少しだけ少しだけ…………)
まあなんだ、一言で言うと酔うと記憶が飛ぶのだ。しかもそういう時に限って色々とやらかす為に意図的に避けている、という訳である。
「さあ、乾杯といこうか」
「え、ええ、それじゃあ」
「「乾杯」」
少しだけ少しだけと言いつつも、結局飲み始めて数分後に鈴香は記憶を飛ばす事となった。
「…………アルゴルの星が食変光星じゃないところまでは解ったんだがな。まさかこの星空の全てが箱庭の為だけに作られてるとは思わなかったぜ…………」
箱庭を包み込む天幕に浮かび上がる星空を眺める十六夜は、先程までペルセウス座が輝いていた場所を感慨深く眺めながらそっと呟いた。
まだまだ自分には想像もつかない事が此処には、箱庭にはあると思うと知らず知らずに高揚感を覚える十六夜。
だが今はこの感動を目一杯感じようと目を細めていると、活気に溢れる声が十六夜に掛けられる。
「ふっふーん、驚きました?」
「やられた、と思ってる。この世界に来てから馬鹿げたものを見てきたと思ってたが、どうやらまだまだだったみたいだ。まだまだ退屈はしなさそうだ」
やれやれと両手を広げる十六夜はそれに、と続ける。
「俺達にとって良い目標が出来たぞ」
「目標、ですか?」
唐突に告げられた“良い目標”というのに黒ウサギもなんだろうかと十六夜に聞き返す。
「この星空に俺達の旗を掲げる、だ。………どうだ、良い目標だろ?」
黒ウサギはきょとんとするが、途端に満開の花も霞むような笑顔を浮かべる。
「この星空に私達の旗を掲げる…………とても良い目標だと思います」
「だろ?」
「はい♪」
今、自分が抱いた目標を達成するには長く険しい道になるだろう。十六夜はそう思いながら視線を星空に戻す。
そこに、
「にゃはは♪ こんな所に居たんだね十六夜~♪」
普段の態度からは想像がつかないようなハイテンションで十六夜に抱き着く鈴香が居た。誰だコイツは? と、これには十六夜も黒ウサギも思考停止に陥った。
「…………東雲、だよな? 一体どうし…………」
一体どうした、と言いかける十六夜は鈴香から匂ってくるアルコールの香りに鈴香がどういう状態なのかを把握すると頭を抱えたくなった。
「オイコラ!! コイツに酒飲ませたの誰だ!!」
十六夜がこのなんとも面倒くさい酔っ払いを作り上げたのは誰だと叫ぶように声を上げる。そこに正直に名乗り出たのは、
「す、すまない。彼女に酒を勧めたのは私だ、主殿」
今回の騒動の中心とも言えるレティシアだ。
「レティシア! テメェ、どういう事か説明しやがれ!」
「い、いや、そのだな? 今回皆には世話になったと思って、まずは彼女に私の秘蔵のワインを振る舞ったのだが彼女が二杯目に口をつけた途端にこうなって…………」
「そんな事はどうでも良いんだよ! コイツをどうするつもりだ!?」
説明しろと言っていたにも関わらずどうでも良いと切り捨てに掛かる辺り、十六夜も大いに混乱しているようだった。黒ウサギもあわあわと混乱しているようで役に立ちそうもない。
「にゃははは♪ ん~十六夜~♪」
いつの間にか背後から正面に回り込んでいた鈴香は十六夜の胴回りに抱き着いていた。鈴香の胸が十六夜の胸板に押し潰されるがそれを素直に楽しむ余裕は今の十六夜には無い。
「ったく、俺の気も知らねえでご機嫌だなオイ…………って、痛ててててててて!?」
十六夜は自分になんとも幸せそうに抱き着く鈴香に悪態をつくが、突然鈴香が抱き締める力を強めた為に十六夜は悲鳴を上げる。酔った状態では加減が効く筈もなく、おもいっきり肋骨の辺りを締め付けられた十六夜はこれは堪らないともがく。
「お、おい、鈴香!はやく主殿を離せ!」
「いやっ!」
レティシアの説得も虚しく、更に抱き締める力を強める鈴香。十六夜は既に悲鳴を上げる事すら出来ない。
「いやって、このままでは主殿が死んでしまうぞ!?」
「いやっ!! 十六夜は私のものなの!!」
鈴香は駄々をこねるように喚き続ける。そこに騒ぎを聞き付けた飛鳥と耀がやって来た。
「ちょっと何の騒ぎなの? 向こうまで聴こえてきたわよ?」
「うん、せっかくの流星群が台無しだよ」
事情を聞こうとする飛鳥達だったがここで鈴香は更に爆弾発言ならぬ、爆弾行動をかます。
「十六夜はレティシアにも黒ウサギにも…………誰にも、誰にも渡さないんだから!!──────んっ」
「「「「は?」」」」
なんと鈴香はほとんど意識の無い十六夜の頬を両手で押さえると自分の唇を重ねたのだった。黒ウサギやレティシアを始めとした集まってきた面々は鈴香の大胆極まりない行動に唖然とする。唯一満足そうなのはやりきった感でいっぱいの鈴香ただ一人だけだった。
「「「「ええええええええええええ!!!?」」」」
「まったく、貴女達は何を騒いでるんですか。『祈り唄“禊”』」
そんな中、呆れ顔でやって来たリーナは状況を一瞬で把握すると鈴香に向かって沈静の唄を聴かせる。
La♪と歌声が響くと興奮状態だった鈴香は落ち着きを取り戻す。しかし鈴香はリラックスした事で一気に酔いが回ったのかすやすやと寝息を立て始めた。
「…………鈴香さんにお酒は飲ませてはいけないですね」
「…………いや、こんな事になるとは思わなかったんだ」
遠い目をしながらポツリと呟く黒ウサギにいたたまれなくなってそっと視線を逸らしながら言い訳をするレティシア。
「あの東雲さんが酔っていたとはいえあんな大胆な事をするなんてね」
「うん、ちょっとびっくりした」
飛鳥はこれをネタに今度からかってやろうと思いながら幸せそうに眠る鈴香に目を向けて、耀はそんな飛鳥の心積もりに気づかないまま、相づちを打っていた。
ちなみに鈴香と十六夜が翌日に詳しい事情を聞いて悶えまくっていたのは別のお話、というやつである。
これで一巻の内容が終わったわけですが設定とかって上げた方が良いですかね?
そんな疑問を感じているグリアノスでした。
それでは、読んでいただきありがとうございました。