…………まあ良いか。それでは第20話です。
所は境界壁の展望台にあるサウザンドアイズの旧支店。
旧支店に備えられた露天風呂で、一人の少女がその身を清めていた。その理由は今日一日の汚れを落として疲れを癒す、というのもあるがそれだけではない。
露天風呂で身を清めている少女、久遠飛鳥は魑魅魍魎が蔓延る逢魔が時にて巻き込まれた騒動でその体を傷だらけにして旧支店に戻ってきた。その姿を見た割烹着を着込んだ女性店員こと楠葉が、
「お風呂に駆け足!! 今すぐですッ!!」
そう言い放つや否や飛鳥の着ていた衣服を剥ぎ取る様に脱がせ、手ぬぐい一枚と共に風呂場に押し込まれたのである。
「汚れていたのは事実だけど…………あの扱いはちょっと酷いのでは無いかしら」
普段は問題児の一人とはいえ、飛鳥も一端の乙女だ。あの扱いに傷ついたのも無理はない。
飛鳥一つ溜め息をつくとかけ湯を繰り返して身を清めていく。するとみるみるうちに傷が塞がり始めた。どうやら先程の店員の言葉は比喩ではなく文字通りの意味だったらしいと内心で呟いていた。
「流石はサウザンドアイズ、うちの水樹じゃあこんなことは出来ないわねぇ」
「うひゃあ!?」
しかし急に声を掛けられて飛鳥は跳び上がる様に驚いた。誰も居ないと思っていたがどうやら立ち込める湯気で判らなかっただけで既に先客が居たらしい。
「あらあら、驚かせちゃった?」
「…………ええ、出来ればもうしないでほしいわ。東雲さん」
「ふふっ♪ 人を驚かせるのは妖怪の性、それは出来ない相談だわ」
飛鳥にいきなり声を掛けてきた相手、悪戯が成功したとにこやかな笑顔を浮かべている鈴香が居た。しかも鈴香の反応を見る限り驚かせるのを狙ってやったようだ。飛鳥は鈴香に向き直ってせめてもの抗議をぶつけるが、鈴香にとってはどこ吹く風と言わんばかりに聞き流された。
「はあ、もういいわ」
悪びれる素振りすら見せない鈴香に飛鳥は溜め息をついてその身を浴槽に沈めた。
「ん、飛鳥、ちょっとこっち向きなさい」
「何かしら?」
「頬にまだ傷が残ってるから仙術を掛けようと思ってね。すぐに終わるからじっとしてて頂戴」
鈴香は飛鳥の頬に手を伸ばしながらそう言うと飛鳥はスッと目を閉じて鈴香にされるがままに任せた。すると傷があった所から温かく、そして少しくすぐったい様な不思議な感覚を飛鳥は覚えた。
「…………よし、傷痕も残ってない。もう良いわよ」
「……そう、ありがとう東雲さん」
時間にして五分にも満たない僅かな時間だったが、その間何もすることの無かった飛鳥にとって今日の出来事を思い出すには十分な時間だった。
「…………浮かない顔してるわね。何があったの?」
「いいえ、強いて言うなら今しがた貴女に驚かせられた位よ。それ以外には残念ながら心当たりが「無いわけ無いでしょう?」っ…………」
飛鳥は何も無いと言って話を打ち切るつもりだったが鈴香はそれを許さないようだった。誰もが見とれるであろう笑顔でありながら眼差しは至って真剣である以上言い逃れは出来なかった。
「話してみなさいな。話せば気休め程度にはなるかもしれないし、ね?」
「……………分かったわ」
「なるほどね。巻き込まれた騒動で向かって来るネズミにギフトが通じなかったの」
「ええ。今回はレティシアに助けられたのだけどもね」
今日あった騒動の顛末を聞いた鈴香は自分に言い聞かせる様に声に出す。飛鳥もその事を噛み締める様に言う。
「そう、貴女とその精霊が無事で良かったわ。でも落ち込んでいる理由はそれだけじゃないわよね?」
「…………何でもお見通しなのね」
飛鳥は鈴香の鋭い指摘に射竦められる様な気分になるが素直に認めた。
「伊達に永いこと生きてないのよ。で、それは話せそう?」
「ええ。ここまできたら洗いざらい話していっそ楽になった方が良いもの」
所謂開き直りの境地だろうか、飛鳥は躊躇う事無く言葉を紡ぎ始めた。
「…………ねえ東雲さん、私は今とても幸せなの。少し無口だけど可愛い友人や、皮肉を言い合える悪友と呼べる人に、厳しくて、でも優しく私達を支えてくれる姉の様な人。他にも沢山の人に出会えたこの箱庭の世界に来る事が出来て良かったわ」
「……………………」
「でもね、それは私に宿るギフトがあったからこそ。黒ウサギ達の“コミュニティを救ってほしい”という悲願があってこそ、私は此処に居られるの」
「……………………」
「しかし私のギフトが使い物にならないのであれば、私の存在意義はこのコミュニティから消える。黒ウサギもきっと─────」
「……………………飛鳥、貴女は黒ウサギの事を分かってないわ」
「…………え?」
飛鳥の抱いていた気持ちを黙って聞いていた鈴香はゆっくりと口を開く。
「飛鳥、黒ウサギは確かに出会ったばかりの時はコミュニティの新戦力として貴女も含めて私達に期待していたのかもしれない。けどあの子はね─────」
「飛鳥さん! お怪我の程は大丈夫でございますか!?」
先程来た飛鳥の様に手ぬぐい片手に生まれたままの姿で飛鳥に駆け寄ってきた黒ウサギ。しかし彼女は────
「待て待て黒ウサギ!! 家主より先に入浴とはどういう了見だいぃぃぃいやっふぉぉぉおおおい!!」
「きゃああああああああああ!?」
背後から凄まじい速度で強襲してきた同じく生まれたままの姿の白夜叉によって組み着かれ、華麗に極められたトリプルアクセルを披露しながら浴槽に向かって吹き飛んでいった。
「ギフトなんて有ろうが無かろうが、役に立とうが立つまいがに関係無く同士を、家族を見捨てたりはしないわ。まあ、あんなふうに大事なところで締まらないのもあの子らしいけどね」
「それに貴女のギフトはまだまだ発展途上なんだからこれからどんどん力をつければ良いのよ」
鈴香はそう締め括ると浴槽に頭から突き刺さったまま、ゴボゴボと何か言っている黒ウサギを一息に引っこ抜いた。
「────そうでしょう?」
鈴香は浴槽から引っこ抜いた黒ウサギを片手で持ちながら飛鳥に向かってウインクを飛ばす。飛鳥もほんの一瞬、きょとんとするがすぐに何時もの不敵で高飛車な表情に変わる。
「…………そうね。ええ、その通りだわ。今は弱くても良い。たとえ不様に負けて地に伏してしまっても、泥を食んで雨水を啜っても、力をつけて、勝つべき時に、負けられない戦いに勝てればそれで良い。簡単な事じゃない」
「ふふっ♪ それでこそ久遠飛鳥よ」
先程とはうってかわって迷いを捨てた飛鳥の表情を見て、鈴香は満足そうに微笑んだ。
「き、傷は大丈夫でございますか!? 細菌による感染症などは!? 乙女の肌に傷痕などは残ってませんか!? 本当に大丈夫ですか!? 我慢する必要は無いのですよ!?」
「落ち着きなさい」
「フギャア!?」
鈴香は黒ウサギの頭頂部にチョップを打ち下ろしながらたしなめる。ゴスゥッ!!と鈍い音が周囲に響くと黒ウサギは意外と強力だったチョップの威力に間抜けな声を上げて蹲った。
「し、心配し過ぎよ黒ウサギ。湯殿に浸かったらすぐに治っていったし、少し残ったものも東雲さんが治してくれたわ」
黒ウサギの悪意の無い執拗なまでの触診から解放された飛鳥は両腕で自分の体を抱き締める様にしながら黒ウサギから離れる。
その際に飛鳥の年齢の割に発育の良い胸が自身の体と両腕の間で形を変えるが、その様を食い入る様に見ていた白夜叉はゆっくりと口を開いて───
「ふむふむ飛鳥の体は筋肉も大分発達してきて尚且つ少女の体から良い意味で丸みを帯びてきた女の体に変化しつつある絶妙なバランスを保っておる上にしかも体型が変わりやすい時期であるにも関わらず乳房から腰回りそして脚部の括れは芸術的な曲線美を描いておりその手で触れて揉みほぐせばその柔肌が大きな抵抗も無く形を変えるのは必然的であり
スコォーンッ!!
スコォーンッ!!
スパァーンッ!!
───セクハラ発言をかましてきた。
実に一秒に満たない程の短時間に繰り広げられた白夜叉のセクハラ発言に飛鳥と黒ウサギの投擲した風呂桶が白夜叉の顔面を直撃し、鈴香は後頭部を直接しばいて白夜叉を沈めた。
しかも先程のセクハラ発言、実に一秒にも満たない短時間に発せられたものである。これには並のエロ親父もドン引きであろう事は想像に難くない。
「…………え? 何? 白夜叉ってこんな人だったの?」
「ええ、まあその通りでございますね。凄い方なのは事実なのですが、その絶大な力に反比例する程の残念さを誇るのですよ」
「こんなのが最強のフロアマスターなんて世も末よ。箱庭の滅亡は思いの外近いかもしれないわね」
三人は白夜叉を見下ろしながら風呂場であるにも関わらず辺りが凍り付く程の、文字通り氷点下の視線を向ける。
「はあ…………もう上がるわ」
飛鳥は鈴香と黒ウサギにそう言うと湯殿を出ようとするが、脱衣場に何者かの気配を感じた。そして脱衣場から耀とレティシア、とんがり帽子の小さな精霊が入ってきた。
「あすか!」
小さな足を忙しなく動かして駆け寄ってきた精霊は飛鳥によじ登ってくる。そのくすぐったさに耐えながら飛鳥は耀達に問い掛ける。
「うん」
「なに、たまには良いだろうと思ってな。折角集まったのだから皆で裸の付き合いも兼ねて今日の出来事や明日の予定を話し合っておくのも悪くはないと思ったのだ。ふむ、飛鳥はもう出るのか?」
「いいえ、そういう事なら私も少しだけ付き合うわ」
飛鳥はレティシアにそう言うと湯殿に戻っていった。
「おお、こいつは良い眺めだ。そう思わないか御チビ様?」
「はい?」
湯浴みを終えて浴場から出てきた鈴香達を見て、十六夜はそう言葉を漏らした。
「黒ウサギやお嬢様もだが何より東雲の薄い布地に包まれた豊かに育った扇情的な胸部やうっすらと上気したその肌は否が応にもその視線を集めると共にレティシアや春日部の相対的にスレンダーでありながら健康的なその体は余分な水滴を朝露を弾く若草のようでいてかといって決して骨張っている訳ではなく慎ましいが故の妖艶な魅力が
スパァーンッ!!
スパァーンッ!!
既視勘溢れるツッコミが再び唸りを上げる。
先程とは違う点は鈴香が真っ赤になっており頬を掻くだけでツッコミには参加していなかった位だろうか。
「ああもう此処は変態ばっかりじゃない!!」
「白夜叉様も十六夜さんも皆お馬鹿様ですッ!!」
「ま、まあ落ち着け二人共」
十六夜のセクハラ発言に荒ぶる飛鳥と黒ウサギをレティシアは慌ててたしなめる。とはいえセクハラの耐性がそこまで無いにも関わらずダシにされた二人に対して同情しない事も無いが故に強くは止める事は出来ないようだったが。
そんななか、鈴香の傍に白夜叉が愉快そうに笑みを浮かべながらやって来た。
「ふふ、男に見られて頬を朱に染めるどころか顔を真っ赤に茹であげるとはな。くくっ、少々意外ではあるがおんしも随分と可愛らしい真似をするではないか」
「あー、うん、何でかしら? 以前なら大して気にも留めなかった筈なのにね」
「何を白々しい。分かっておるのだろう? おんしはあやつを「白夜叉」」
あくまで気づいていないという鈴香に白夜叉はニヤニヤとした笑みを浮かべながら話し続けるが、鈴香は白夜叉の話を途中で遮った。
「少し…………下世話だわ」
「…………ふむ、それもそうだの。すまん、忘れてくれ」
白夜叉は鈴香の顔を見て、失言だったと思ったのかそれ以上は何も言わなかった。
「…………それくらい分かってない筈無いじゃない。でも私は…………」
読んでいただきありがとうございます。