はい、全ては私の不徳の致すところでございます。
スランプ中とはいえ、ペースをなんとか以前くらいに戻したいものです。
それでは第23話、お楽しみいただければと思います。
(しかしやっぱりこれって私が不利なのよねぇ)
鈴香はジャックと幾度となく拳を交えながらそんな事を思う。
というのも、ゲームルールに沿うならばジャックはアーシャのサポートであり、ギフトでもあるのだ。故に勝利条件となっているギフトの破壊をサポートの鈴香が行うわけにはいかないのである。
(とはいえ、なまっちょろい事やって勝てる相手じゃないのよね。黙って時間稼ぎをさせてもくれないでしょうし)
ジャックは隙あらば己を打ち倒そうとしているのがわかる。
たった今も頬を掠めるように拳が通り過ぎた。鈴香は頭を傾けるようにしてかわしたが食らっていたらと思うと背筋に冷や汗が浮かぶ。
しかし内心とは裏腹に鈴香の顔には獰猛な笑みがあった。
(────ただまあ、私の方が不利である事は揺るがない事実だけど、やりようはいくらでもあるわね)
自分の方が不利?
それがどうした。白夜叉の相手をするわけでもあるまいし。
自分は全力を出せない?
だからなんだ。それでも勝てば良いだけの話だろう。
このように、鈴香は引きべき所は弁えているが生憎とこの程度で怯むような生温い気性はしていない。普段は十六夜達を諌める立ち位置である故にその闘争心を抑えているが、この場には自分自身と相対する明確な“敵”のみ。ならば遠慮する必要は何処にもない。
要は
「“神気解放”」
次の瞬間、鈴香はその艶やかな黒髪を輝く銀髪に、その黒い瞳を鮮やかな蒼に変えてその溢れんばかりの力を解放した。
その力を全身に感じたジャックは思わず動きを止める。
「なっ!? まさか神格!? バカな、貴女は妖怪の筈だ!!」
「その通り、私は元の世界では大妖怪に名を連ねる存在。神格もそれが関わってるんじゃないかしらね。まあ、ただ言えるのは────」
「────先程までと同じと思わないでね?」
鈴香がそう言うと、ジャックの目の前から姿が消える。少なくともジャックの目には鈴香を捉える事は出来なかった。
「ヤホッ!?」
「私は此方よ」
一瞬のうちにジャックの背後に回り込んだ鈴香はジャックの頭部に回し蹴りを見舞う。ジャックは辛うじて防ぐが先程とは比べ物にならない威力に息を呑む。
ジャックは何とかその場に踏ん張り、攻撃後の硬直を狙って平手を振るうが既にそこには鈴香は居らず、今度は側面からのボディブローがジャックを襲う。
ボディブローをその身に受けたジャックは吹き飛ばされ、結界の壁面に強かに叩きつけられた。不死の体のお陰で大きなダメージこそ無いものの、ジャックは大いに焦る。
(ヤホホ、これは少々まずい。彼女は速すぎて今の私には追いきれない。私にとって勝利条件が有利に働いているのが救いですが…………)
ジャックとしても先程の回し蹴りを防げたのも殆ど偶然だ。もう一度やれと言われても御免被りたいと思う。
自身が一瞬だけとはいえ、見失うほどの速度を自在に操っている少女は長い時間を生きてきた中でも非常に厄介な部類であるとジャックは思った。
(ここは捨て身で攻撃してでもダメージを与えなければいけませんか…………!)
ジャックは鈴香の猛攻を凌ぎながら乾坤一擲の一撃を決める瞬間を密やかに狙うのだった。
一方の鈴香はと言うと、
(やっぱりただの物理攻撃は効果が薄い、か。あーもう不死の体って本当に面倒くさい……)
不死身の相手など今まで戦った事のない鈴香は理不尽とも言える頑丈さに辟易としていた。
今でこそジャックを圧倒的な速度をもって翻弄する事が出来ているが、それも永遠に続ける事などできる筈もない。鈴香はいっそあれを打ち込むしかないのかなーと考える程度には参っていた。
鈴香は不死の体をなんとかする術があるような事をいっているが実際、不死の相手でも有効打や致命傷を与えられない訳ではないのだ。
が、それは些か加減が難しく、打ち込んだらうっかり死にましたなんて言うのは色々と宜しくない。
ただまあ、黙って負けるのも華がないし趣味でもないので使う事を決心する鈴香。まーなんとかなるだろうと自分に言い聞かせると密やかに周囲から大地の気を集める。
(まあ、このままいけばジャックは不死の体に任せた捨て身で攻撃してくる筈)
実際、鈴香の考察は的を射ていた。
ジャックは鈴香にやられたままでいればそれこそ鈴香の望む形での時間稼ぎをさせる事になるし、何よりアーシャでは耀に対して勝ち目が薄いと言わざるを得ない。たとえ先んじているとしても勝つのは容易とは言いがたいのである。必勝を期すなら鈴香を倒して耀に対して妨害を行う必要があり、この場を迅速に脱する事が必須とされるのだ。
(つまりその捨て身の攻撃の為に“わざと”私の攻撃を食らう必要がある。そこで勝負を掛けましょうか)
鈴香は高速機動を継続させながら戦術プランを纏める。
最後の問題は上手く加減出来るか否かだが、そこはぶっちゃけ賭けである。まあ幸いな事にジャックの霊格は非常に高いようなので、そこまで分の悪い賭けにはならない事だろうか。
(とりあえず正面以外から牽制を三回打ち込んで、真正面からジャックにとってチャンスとなる一撃を放つ。これでいきましょう)
鈴香はそう考えを纏めると真後ろからジャックの頭部に踵落としを放つ。
しかしジャックの掌にギリギリで弾かれた。
一発目。
追撃を避ける為にすぐさま身を翻して再び高速跳躍を連続で行う。そして数度の高速跳躍の後に真横から回し蹴りを見打ち込む。
ジャックは体を逸らして鈴香の回し蹴りをかすらせるようにして凌ぐ。
二発目。
速さはそのまま、今度は最短距離でジャックの背後に回り込む。そして強烈な踏み込みと共にタックルを見舞う。
今度はジャックは反応出来ずにタックルを食らい、体勢を崩した。
三発目。
(次が本命の一撃! さあジャック! 貴方はどうする!)
高速機動を止めてジャックの目の前に姿を現した鈴香は腕を弓の弦を引き絞るように構え、足元を踏み抜く程の踏み込みと共に渾身のストレートを繰り出した。
(ここだッ!!)
意識を研ぎ澄まし、千載一遇のチャンスを狙っていたジャックは巡ってきた一瞬を捉え、今度は吹き飛ばされないように体に力を込める。
ズドォン!!
おおよそ女性の細腕から放たれた拳とは思えない、まさに砲弾の着弾音と見紛う程の拳がジャックの懐に叩き込まれた。
音からも判るように並大抵の者なら即死してもおかしくはない。ジャックはその威力に不死ではなく生身の体で受けていたらと思うと背筋が凍る思いだった。
(くぅっ、これほどの力を持ちながら所属しているのが七桁のノーネームなどと、悪い冗談ならどんなに良いか。だがしかし!)
ジャックは鈴香に対して畏敬の念を抱きながら、自身の体にめり込む鈴香の腕を掴む。
「…………ようやく、捕まえましたよお嬢さん 」
カボチャ頭にストレートの余波のせいかピシリと大きく亀裂が入る。しかしカボチャ頭にあしらわれた目からは怪しげな光が灯っていて、この機を逃すまいとしているのが伝わってくる。
だがしかし、
「ねえジャック、気づいてるかしら…………貴方が私を捕まえたって事は逆に私も貴方を捕まえてるって事でもあるのよ?」
ジャックに腕を掴まれた鈴香は慌てる事なく、不敵な笑みを浮かべて笑う。ジャックはその様子に自分が嵌められた事を悟り、すぐさま離れようとするが時既に遅く、鈴香は逆の拳を握り込んでいた。
「歯ぁ食い縛りなさいジャック、これは“死ぬほど”痛いわよ?」
鈴香は思わず見とれる程の笑顔と共に淡い光を灯した拳を突き出した。
「うっ!? ぐあああああああああっ!?」
パシッという音を立てて拳が命中すると、ジャックはもがき苦しむように絶叫を上げる。
先程のストレートに比べれば速さこそ出ているものの踏み込みも甘く威力など乗っていない筈のパンチ、ただそれだけの筈なのにそれを受けたジャックは全身を、いやもっと根源的な部分を引き裂かれるような強烈な痛みを感じていた。
「加減は成功、かしらね」
タネを明かせば鈴香が放った拳は肉体にダメージを与える通常の打撃ではなく、仙術を用いた生命力や精神力、そして魂そのものにダメージを与える攻撃である。如何に不死の体を持っていても不死なのはあくまで肉体のみで、精神や魂までは決して不死ではない。
鈴香の狙いは見事に的中し、ジャックに対して極めて強力な一撃を食らわせたのである。
(ぐぅっ…………今のは一体なんだ…………!?)
先程受けた一撃のダメージがじわじわと思考力を削いでいくなか、ジャックは気を抜けば倒れ込みそうになる体を必死に奮い立たせながら先程の一撃について思案していた。
ジャックは先の一撃で悟っていた。
あの攻撃は、いや目の前の少女は自分を滅ぼし得ると。
「がはっ…………いやはや、死を幻視したのはいつぶりでしょうか」
鈴香に対する警戒レベルを限界まで引き上げるジャック。ランタンから炎を召喚出来ればまた違う展開もあったのだろうが、鈴香の手によって既に破壊されている為にそうはならない。
「猫又のお嬢さん、先程の攻撃の種明かしをしていただいてもよろしいですか?」
「…………まあ知ったからといって対策が取れる訳でもないか。良いわ、教えてあげる。さっきのアレは仙術よ」
「仙術ですか…………ならばアレは生命エネルギーを使って精神や魂、果ては霊格にすらダメージを与える攻撃というわけですね」
「流石、理解が早いわね」
(実に厄介ですね。相性もこの上無く悪いようですし、素直に時間稼ぎをされましょうか)
自分では彼女には勝てないと思うと同時に主催者権限が使えればなどと益体もなく考え、すぐに頭から消した。
目の前の相手には己の持つゲームは使う事は出来ないと彼女の目を見れば直ぐに判ったからだ。
「…………手詰まりですね。私は此処でのんびりする他無いようだ」
ジャックはそう言うと近くの樹の根に寄りかかった。鈴香ももうこれ以上戦う事は無いだろうと警戒レベルを引き下げた。
「ゲームが終わるまで後少し。耀、後は貴女次第よ」
その後間もなくして、終了のコールがされた。結果は、
『春日部耀、アーシャ=イグニファトゥス両者同着! 第一ゲームは引き分けです!』
鈴香とジャックとしては少々意外なものとなった。二人は同時に苦笑を漏らした。
「これは予想外、かしらね」
「ヤホホ、いやいや全くです」
揃って頬を掻きながらそう漏らす鈴香とジャックだが二人揃って歯切れが悪くなるのも無理はない。ゴールにいち早くたどり着くゲームは引き分ける事の方が少ないのだ。
「まあでも耀も頑張った事だし、しっかりと労わないとね」
「はい。アーシャも勝つことは出来ませんでしたが良い経験になったでしょう」
二人は先程までの剣呑な雰囲気を霧散させて穏やかに談笑していると何とも煮えきらない表情を浮かべた耀とアーシャが戻ってきた。
「ごめんジャックさん。助けてもらったのに勝てなかったよ…………」
「ヤホホ、私も彼女には良いようにやられてしまいました。それでも勝てなかった事を悔やむなら再戦の時に雪辱を晴らしなさい。それにまだ第一ゲームが終わったばかり、まだまだしょぼくれるには早いですよアーシャ」
「耀、あそこからよく引き分けにまで持ち込んだわね。よく頑張ったわ」
「…………でもそれは鈴香はジャックを完璧に抑えてくれたからだよ。私一人じゃ…………」
「負けなかったんだから上出来よ。それに私は以前言ったわよね、貴女より強い人なんて沢山居るんだって。それでも悔しいのなら力をつけなさい」
鈴香とジャックはお互いのパートナーに発破や労いの言葉をかけるが、双方勝つことが出来なかった事を悔やんでいるようだった。
「おいオマエ! 名前はなんて言うの? 出身外門は?」
「春日部耀。二一○五三八○外門、ジン=ラッセルのノーネームに所属してる」
「そうかよ。私は六七八九○○外門出身のアーシャ=イグニファトゥス! 次は私が勝つから覚えてろよ!」
「私も負けるつもりはない。次こそは勝ってみせる…………!」
アーシャは耀の啖呵を背に受けながらも振り返る事なく闘技場から去っていく。ジャックも鈴香との談笑を切り上げてアーシャに続くようだ。
「それではお嬢さん方、私もこれにて失礼します。此度のゲームは素晴らしいものでしたよ」
「ありがとうジャック。私も良い準備運動が出来たわ」
鈴香の言った事に不可解な物があったのを聞き逃せなかったジャックは足を止めて聞き返す。
「…………準備運動? それは一体…………」
「それはね────! チッ、やはり予言は外れなかったか」
鈴香はジャックの問いかけに答えようとするが言葉の途中で境界壁に目を向けると痛烈な面持ちで舌打ちと共に一人ごちる。ジャックも鈴香につられて同じ方向に視線を向けると黒い契約書類がばら撒かれていた。
「!? 魔王だと!?」
観客の誰かが異変を感じ取り、声の限りを以て叫んだ。
「ま、魔王が…………魔王が現れたぞォォォォォォォォ!!」
『ギフトゲーム名“The PIED PIPER of HAMELIN”
・プレイヤー一覧
・現時点で三九九九九九九外門・四○○○○○○外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者及び主催者の全コミュニティ。
・プレイヤー側ホスト指定ゲームマスター
・太陽の運行者・星霊 白夜叉。
・ホストマスター側 勝利条件
・全プレイヤーの屈伏及び殺害。
・プレイヤー側 勝利条件
一、ゲームマスターを打倒。
二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
“グリムグリモワール・ハーメルン”印』
密やかに忍び寄ってきた魔王が叫喚の叫びのなか今、襲いかかるのだった。
それでは読んでいただきありがとうございます。