しかしなかなか以前のペースに戻せないですね。
なんにせよ、お楽しみいただければ幸いです。
境界壁・上空2000m地点。
遥か上空、境界壁から伸びる突起に立つ五つの人影。彼らの内、露出の多い白装束を身に纏った女は混乱に陥った闘技場を見下ろしながら口を開く。
「プレイヤー側で相手になるのは…………”サラマンドラ“のお嬢ちゃんを含めて五人かしらね、ヴェーザー?」
「いや、四人だな。あのカボチャには参加資格がねえ。が、それを圧倒した猫又はヤベエ。事のついでに偽りのラッテンフェンガーも潰しておきてえが…………」
白装束を纏った女の問いかけに答えたのは黒い軍服を着込んだヴェーザーと呼ばれた男だ。二人は片や二の腕程の長さのフルートをバトンのように弄びながら、そしてもう片方はもはや楽器としての体を為していないであろうと言える、身の丈程の巨大な笛をその肩に担いでいる。
「あの猫又はオレがやる。あの女はお前らじゃ荷が重い」
そう言い出したのは長い赤髪をうなじの辺りで括った男だ。先の二人との違いは彼は楽器の類いを所持していないところだろうか。
「そうね。アレの相手はルフ、貴方がして頂戴」
ルフと呼ばれた赤髪の男に同意を示したのは、背後に陶器で形作られた異形の巨兵を従えている白黒の斑模様のワンピースを着た少女だ。
「おう、任せとけ」
鼻を鳴らしながらもしっかりと赤髪の男は答えた。
赤髪の男の言い分に幾分思うところがあるのか少々不機嫌そうな二人だったが、それが事実でもあるためにグッと言葉を飲み込んだ。二人共、果敢である事と無謀である事は違うと理解している為に。
そしてなによりこの男は自分達など歯牙にかける必要もないほどの強者なのだ。気に入らない事も無いではないが、機嫌を損ねて滅ぼされても敵わないのである。
「正直あの猫又には驚かされたけど…………まあ良いわ、ギフトゲームを始めましょう。貴方達は手筈通りにお願い」
「良いぜ、邪魔する奴はどうする?」
「殺して良いよ」
「イエス・マイマスター♪」
少女がそういうと五つの人影は一斉に飛び降りた。
鈴香はジャックと共に舞い落ちる黒い契約書類を眺めながら口を開く。
「さっきの続きだけど、この火龍誕生祭には一つ予言されてた事があるの。内容は『火龍生誕祭にて、魔王襲来の兆しあり』ってね」
「なんと…………しかし白夜叉殿の主催者権限があったはず。奴等はそれの穴を潜り抜けてきたと?」
「そうなるわね。まあ一先ず私と耀は仲間と合流するわ。行くわよ耀」
「うん、行こう」
鈴香はそう言うと耀を引き連れて十六夜や白夜叉の居るバルコニーに跳んでいった。それを見送ったジャックはポツリと呟く。
「やれやれ、若き子供が力を尽くそうというのに私が黙っているわけにもいきませんね」
さしあたって先ずはアーシャと合流しなければと考えたジャックは彼女が出ていった退場口に向かっていった。
一方の鈴香は耀を伴ったままバルコニーに向かって飛んで(跳んで?)いったのだが、降り立つ前に突如吹き荒れた黒い風が二人を襲った。
突然の事であった為に耀はバランスを崩し、吹き飛ばされる。
「わっ!?」
「耀ッ!!」
此処で孤立するのは不味い、そう判断した鈴香の行動は早かった。辺りを見渡せばバルコニーに居た面々も方々に飛ばされているが、今は耀とはぐれないようにするのが先決だと考えた鈴香は体勢を迅速に整えると耀に向かって跳ぶ軌道を変えた。
そして耀を両腕で抱き締めて闘技場のステージまで戻った鈴香は状況の確認に入る。
(十六夜、いえノーネームの皆は私のすぐそば。サラマンドラは観客席か。そして白夜叉は恐らく無力化されたと見ていい)
状況が相手の手のひらの上で推移している事に歯噛みする鈴香。そんな鈴香に耀は声をかけた。
声をかけた理由は至ってシンプルなもので、
「ね、ねえ鈴香、そろそろ離してほしいかな」
そう言われて鈴香は自分が未だに耀を抱き締めたままだった事に気づいた。耀は照れているのかうっすらと頬を赤く染めている。
「ん、ごめんなさい。ところで怪我はないかしら?」
「う、うん。鈴香のお陰で大丈夫だよ」
「そっ、それは良かったわ」
鈴香は耀が大事ないと知ると安心したと優しく微笑んだ。微笑みを向けられた耀は頬の赤みを深くするが、
「オイお前ら、百合百合しくイチャついてるところを邪魔するようで悪いが後でやってくれ」
「イ、イチャついてなんかないよ!」
「私としてはそんなつもりじゃなかったんだけどね」
魔王そっちのけで二人だけの世界を作り出してる鈴香と耀に痺れを切らした十六夜はとりあえずこの空気を破壊するかのように声をかけた。
耀は必死に弁解するように珍しく大声を上げ、鈴香は苦笑しながら頬をポリポリと掻いていた。
「まあそこは良いや。黒ウサギ、魔王が現れたって事で良いんだな?」
「はい、その通りです」
黒ウサギは十六夜の問い掛けにそう答えると集まった鈴香以外の全員に緊張が走った。
観客席の群衆も我先にと出口に殺到し、周囲は大混乱となりつつあった。さしもの十六夜も普段の余裕は無いようでつぅっと一筋汗を流していた。
「白夜叉の“主催者権限”が破られた様子は無いんだな?」
「はい。黒ウサギがジャッジマスターを務めている以上、誤魔化しは利きません」
「やはりルールを掻い潜って来たわね。流石は魔王、という事かしら」
鈴香がそう呟くと、全員が苦々しく顔をしかめる。しかしいつまでもそうしているわけにもいかないと思った耀は口を開く。
「どうするの? ここで迎え撃つ?」
「いや、ここは先制攻撃を仕掛ける。が、それだと春日部はともかくお嬢様や御チビが出遅れる事になるからここは役割を分ける」
「それが良いわね。黒ウサギ、貴女はサンドラと合流して。私と十六夜、レティシアの三人は魔王一派を強襲。残りは白夜叉の状況を確認する。こんなところかしらね」
耀の問い掛けに十六夜と鈴香は具体的な指示も交えて戦術プランを纏めていく。
しかしその作戦に不満そうなのは飛鳥だ。飛鳥としてはまたしても敵との主力戦から外され、後方に配置されるのが不満なのだろう。
「不満そうだなお嬢様」
「それはそうよ。また面白い場面を外されたんだもの、不満だらけよ」
「そう言わないの。ゲームマスターである白夜叉の状況確認は必須事項よ。白夜叉がゲームにどう影響するのかも確かめないといけないし────」
「お待ちください」
そう言って現れたのは先程、鈴香と耀と対戦して引き分けたジャックとアーシャだった。
「おおよその話は分かりました。魔王を迎え撃つというのなら我々“ウィル・オ・ウィスプ”も協力しましょう。良いですねアーシャ」
「う、うん。頑張る!」
意図せずして魔王とのゲームに巻き込まれたアーシャは不安に駆られながらも気丈に振る舞う。
「そう。でも無茶はしないようにね? 危なくなったらジャックや私達に任せて逃げたって良いから、貴女は生き残る事を第一に考えなさい」
鈴香はそう言ってアーシャの頭をくしゃりと撫でる。そしてアーシャから視線を外すと黒ウサギに向き直る。
「黒ウサギ、ジャックとアーシャには貴女と一緒にサンドラの元に行ってきて貰おうと思うんだけどそれで良いかしら?」
「YES! ではお二人共、参りましょう!」
その言葉を皮切りに鈴香達は三方向に駆け出した。
十六夜はまず、仙術を用いて周囲の気配探知を始める。全力で走りながらも目を閉じて集中すると三秒程で目を開いた。
「魔王は…………あそこだな」
「へえ?気配探知は上手くなったわね」
「抜かせ。お前はとっくに解ってたんだろ?」
「当然。そう易々と追い抜かれて溜まるもんですか」
ここで何故十六夜が仙術を使っているかのと疑問に思う方も居るだろう。
皆様はフォレス・ガロ戦の際に十六夜が仙術に対して興味を示していた事を覚えているだろうか?
そして十六夜はペルセウス戦後、鈴香から仙術を師事していたのである。十六夜の仙術の適正は平均的な水準を大きく超えるほどで、ペルセウス戦から一ヶ月余りの僅かな時間で基本的な気配探知と龍脈からの気力の補充を体得していた。仙術の師の鈴香をして、
「まだまだ荒削りで鍛練は必要だけどこの習熟速度は規格外と言っても過言じゃない」
と言わしめるほどである。
「いや、仙術というのは凄いな。鈴香、私にも教えてもらえないだろうか」
レティシアも半ば本気の声音で言うほどだから、仙術の万能性が際立っていると言えるかもしれない。
一方の鈴香は何とも言えない表情を浮かべながら口を開く。
「いや、教えるのは構わないんだけど場所が、ね」
「場所っていつもみたいにトリトニスの大瀧を使えば…………って、そうかレティシアは無理か」
十六夜はいつもの感覚で続けようとしてレティシアが吸血鬼である事を思い出した。それは日光の影響でレティシアは箱庭の天幕の外側では活動が大きく制限されるのが理由である。
ちなみにこれは余談だが、トリトニスの大瀧を修行場に使う為にとある蛇神が再びとっちめられるなんて事もあったがそれに関してはいずれ語る事としよう。
「ノーネームの敷地内ではいけないのか?」
「土地の活力が戻っているならともかく、今のままじゃ無理ね。死んだ土地じゃ気を集める事は出来ないの」
「ふむ、それなら早くノーネームを復興せねばな!」
レティシアはそう言うと蝙蝠を彷彿とさせる翼を大きく広げて飛び立った。
「レティシアに遅れるのはまずい。東雲、お前はレティシアと一緒にデカイのと小さいのを頼んだ!」
「はいはい、任せなさいな!」
鈴香と十六夜はお互いに声を掛け合うと足元を踏み砕くほどの力で跳躍する。そしてそのまま文字通りの意味で一足で魔王一派に迫っていった。
「何ッ!?」
「ヴェーザー!!」
魔王一派を奇襲するために空中に躍り出た三人で最も早く懐に潜り込んだのは第三宇宙速度を超える速さで跳んできた十六夜だ。十六夜は黒い軍服の男をその勢いのまま境界壁に叩きつけた。
叩きつけられた男は境界壁に半ば陥没しており、その余波で境界壁には蜘蛛の巣状に大きくひび割れが出来る。
「き、貴様ッ!?」
「よう、魔王様。俺にも一曲恵んでくれよ」
十六夜はヤハハと豪快に笑いながら境界壁を力任せに踏み抜いて駆け上がる。
軍服の男は顔面を岩壁に押しつけられたまま十六夜に引き摺り回されるがやられっぱなしでいる筈もない。
「このッ、舐めるな!」
男は棍と見紛う程の笛を振るうと、周囲に不気味な風切り音が響く。
すると十六夜の足元が生き物のように蠢き、十六夜の足に絡みついて動きを止めると男はその隙に十六夜の手から逃れた。
男は引き摺られて口内を切ったのかペッと血混じりの唾を吐き捨てる。
「まさか先手を取られるとはな。やってくれたな糞ガキ」
「お気に召したか? よく俺は『意外性に富んだ男の子』って言われててな、良くも悪くも期待を裏切る事に定評があるんだ」
片やヤハハと笑いながら、もう一方は憎々しげに睨み付けながら言葉を交わす。そんな二人を後目に陶器で出来た巨兵と斑模様のワンピースを着た少女はそのまま落下していく。
そんななか、共に降りていかなかった白装束の女は崖に掴まって男に向かって声を張り上げる。
「ヴェーザー! 早く片付けなさいな!」
「ああ? ならお前の笛の音で捕まえりゃ良いだろうが。そっちの方が早いだろ」
女はチッと舌打ちするとフルートを唇にあてる。
そしてフルートから旋律が紡がれると、観客席で犇めき合っていた群衆は途端に動きを止めた。
紡がれた旋律は溢れる騒音をものともせずに一帯を支配していく。群衆達は不協和音と化した音色を聴き、一人また一人と膝を着いていく。
「なるほど、これが魔笛の音色か。っていう事はその女が本命の“
魔笛の音色に対して驚きというより感心した様子の十六夜には効果が無いようで、観客席の群衆がバタバタと倒れていくなか涼しい顔をしていた。
「こ、こいつ、私の笛の音が効いてないの!?」
これには白装束の女が驚愕と共に顔をヒクつかせるのも無理からぬと言えるのかもしれない。
しかし更に白装束の女は驚く事となる。と言うのも、La♪という歌声と共に観客席の群衆に及ぼしていた魔笛の効果が相殺されだしたからである。歌声の主は言うまでもなくリーナだ。
「効果は上々、流石はうちの歌姫様だ」
相手の先手を悉く潰せている状況に十六夜の顔にも不敵な笑みが浮かぶ。
「ラッテン、お前は先に降りて歌い手を潰してこい。今のままだとお前は何も出来ねえ。マスターの事は…………ルフの野郎に任せておけば大丈夫だろうしな」
「くっ…………分かったわヴェーザー、そこの坊やはあなたに任せるわ」
ラッテンと呼ばれた女は忌々しげに顔を歪めるとそのまま飛び降りて行った。
ヴェーザーは十六夜がラッテンの先行を阻むのではないかと目を光らせていたが、当の十六夜はラッテンの事を眼中に入れてすらなかった。そしてラッテンは誰にも妨害されることなくリーナの元へ向かった。
「…………解せねえな。何故見逃した?」
十六夜の対応があまりにも予想外だったヴェーザーは探りを入れるように問いかける。
「別に? お前を倒してからゆっくり追えば良いだろ、
ヴェーザーの顔が先程に続いて再び驚愕に歪む。十六夜はその反応に確信を得たようで顔に浮かべていた獰猛な笑みを深める。
「その反応は当たりっぽいな。しかし“
「…………チッ、ただの無鉄砲な糞ガキかと思ったら随分と頭が回るじゃねえか」
「そうか?」
「おう。まあルールがルールだからな。見所もあるし一応聞いておくが「悪いが断る」早ええなオイ! つーかせめて最後まで聞いてから言えよ!」
「生憎と分かりきった問答に付き合う趣味はねえのさ。と言うかだ、あんま幻滅させるなよ魔王様。ゲームはまだ始まったばっかりだってのにいきなり降伏を求められるなんて興醒めも良いとこだ。こちとら魔王会いたさに異世界から来てるんだぜ?」
「…………ほう? そいつは失礼したな坊主」
ヴェーザーは十六夜の口上を聞いて考えを変えたのか、飛びきり獰猛な笑みを浮かべて棍のような笛を大きく振るう。
甲高い風切り音と共に岩壁を大きく変動させて平面の足場を作り出したヴェーザーはそこに降り立つと戦闘態勢を取る。
「テメエの期待に応える意味で一つ誤りを正しておく。俺は魔王じゃねえ、ただの木っ端悪魔さ。俺達の魔王様は先に降りて行った三人の内の誰かってわけだ」
「チッ、じゃあ俺は外れって事か」
「外れ、か…………まあその通りだが安心しな。退屈はさせねえからよ」
ヴェーザーは外れという言葉を反芻した後、不敵な笑みを深めて棍のような笛を構えた。
「それにだ。良いゲームには良い前座が付き物なんだよ。まっ、坊主じゃ多少役不足感が否めねえけどな」
「ハッ、言ってくれるじゃねえか。良いぜ存分に付き合ってやるよ」
上空1000m地点で睨み合っていた十六夜とヴェーザーは全く同じタイミングで走りだし、拳と笛を以てぶつかり合うのだった。
それでは読んでいただきありがとうございます。