えーと、長らくお待たせしました。
稚作『猫又少女も異世界から来るそうですよ?』最新話、投稿です
─────境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、大広間。
宮殿内に集められた“ノーネーム”一同と、その他の参加者達。多数の負傷者と治療に従事する者達の中、十六夜を見つけた黒ウサギとジンは心底心配した様子で駆け寄ってきた。
「ご無事でしたか十六夜さん!」
「俺は問題ねえ。他の連中はどうだ?」
「残念ながら十六夜さん、黒ウサギ、テオさん、リーナさん以外は満身創痍です。飛鳥さんに至っては魔王の手に落ちたそうです…………すみません。僕がしっかりしていれば…………」
無力感を感じているジンは悔しそうに頭を下げる。彼に特段の非があるわけでは無いのだが、責任を感じるか否かは別問題。その顔には悔しさがありありと見て取れた。
レティシアと耀は魔王一派との交戦で疲弊しており、状況は決して良いものではなかった。そして十六夜はふと、魔王一派と相対していた筈の同士の姿が見えない事に気づいた。
「待て御チビ、東雲はどうした。戻ってきてるのか?」
「いえ、見てません。てっきり僕は十六夜さんと一緒に居るのかとばかり…………」
ジンの反応から十六夜の脳裏に最悪の事態がよぎる。しかしそれを理性と屁理屈で強引にねじ伏せた十六夜は事実を確認する為にジンに問い掛ける。
「チッ、レティシアはなんて言ってた?」
「…………すみません。衰弱が激しかったので今は休む事を優先してもらったのでまだ何も」
十六夜の苛立ち混じりの問に申し訳無さそうに答えるジン。その様子から自分に余裕が欠如している事を察した十六夜は声音を幾分整えて話しだす。
「いや、おチビの判断は間違ってねえ。レティシアの回復は俺達にとって重要だし、レティシアの様子からして東雲がくたばったって訳でも無いはずだ。違うか?」
十六夜のその語り方は乱雑に散らばった現状を構成するファクターを丁寧に並べ直すかのようで、ジンも至って神妙な面持ちで聞いている。
「はい、違わない筈です。鈴香さんに万が一の事があったとすれば彼女ならば何よりも優先して僕達に伝えるでしょう」
そしてジンの返答は十六夜にとって得心を齎すに十分なモノで、十六夜としても自身の知るレティシア=ドラクレアならばそうすると確信を持って言えた。
「ああ。俺もレティシアならそうすると考えてる。なら俺達は自分達がすべき事をするだけだ」
「僕達がすべき事、ですか?」
「俺達がしなきゃいけねえ事は極論すればただ一つ、『このゲームに勝つ事』だけだ。だがその為には一人一人が一秒を有効に使って十二分に働かなきゃならねえ。ここまでは分かるな?」
「つまり非常時における行動の取捨選択、この場合においての僕と十六夜さんの役割はメンバーの安否確認ではなく、ゲーム攻略に最大限に貢献する事、ですね?」
「そういう事だ。おチビに聞くが、俺とお前は具体的にどう行動するのがベストだと思う?」
「…………僕達がまずすべき事は、これから執り行われる審判決議にどうにかして食い込む事、だと思います」
「良い答えだ。何よりも避けなきゃいけねえのは経験の乏しいサンドラと頭の固いマンドラが良い様にあしらわれる事だからな。そして相手が頭の切れる魔王だった場合、十中八九そうなる」
魔王に対するワイルドカードとも言える審判決議がプレイヤーにとどめを刺すなんてのは誰が聞いても笑えたものじゃないと、十六夜は内心で呟くと同時に審判決議に食い込む算段をシミュレートし始めた。
最悪白夜叉の名前を傘にすれば何とかなりそうではあるがそれはサラマンドラとしてはあまり面白いものでは無いだろう。これはあくまで階層支配者である『サラマンドラ』に売られた喧嘩であって、対魔王コミュニティの『ノーネーム』に売られた喧嘩ではないのだから。
ともすると、自分達にとってのベストな結果は『ゲームにおいて主体となって動くサラマンドラ』を的確にアシストしつつ、敵の主力を『その場に招かれた対魔王コミュニティであるノーネーム』が撃滅することと言える。
(だがそれは今となっちゃ二の次三の次だ。まずはゲームをどうにかしなけりゃこの先の未来すら成り立たねえ)
そう考えを巡らせる十六夜にとって鈴香の安否が知れない事よりも気掛かりな事があった。
(東雲はノーネームでも間違いなく一級の戦力だ。
白夜叉が健在であればどうにでもなったのだろうが、鈴香を上回る力量を持つ者は自陣営には殆ど居ない。
「チッ、何はともあれまずは審判決議だ。サラマンドラの所へ行くぞ御チビ」
「は、はい!」
今のままでは埒が明かないと十六夜は悪態をつくと踵を返す。まずは状況を精査せねばどうしようもないと考えての事だった。
しかし獣人の男が十六夜とジンに向かって声を掛けてきた事で、十六夜とジンの足は止まる。
「おいアンタ達。酷い怪我をした猫又の女を保護しているんだが、アンタ達の同士か?」
そして告げられた言葉に十六夜の眉がピクリと動く。十六夜はもしやと思いつつ真剣な面持ちで獣人の男に聞き返す。
「オッサン。特徴を教えてくれ」
「腰に届かないくらいに伸ばされた黒髪に白地の浴衣。心当たりはあるか?」
告げられる特徴は彼等がよく知る特徴そのもの。もしかすると先程の憂慮は無用となるかもしれないと、そう思った十六夜の返事は速かった。
「うちの同士かもしれない。案内を頼む」
「そうですか。その方が僕達の同士なら良いんですが…………」
「大きなコミュニティには一通り聞いた後だ、おそらくアンタ達の同士だろうよ……っと、此処だ」
「戻ってきた時、随分と酷い怪我を負っていたからサラマンドラに申し立てて一室借り受けて治療を行っていた。今は信頼出来る御方に様子を見てもらっている」
リゼルと名乗った先程の獣人は、足速に歩を進めながら十六夜とジンに説明を行う。そして歩くこと数分程度だろうか、宮殿の奥まった通路の一室の前に連れてこられた。
「長老。いるか?」
扉の前でノック2回。リゼルは部屋の中の同士に声を掛けた。
『…………粗方の治療は終わった。入るがよい』
中から返ってきたのは一度聞いたら忘れない様な威厳を孕んだ声。十六夜は声だけで只者ではないと感じ取り、ジンは無意識に体を震わせた。
そんな内心を知ってか知らずか。開かれた扉の先には樹齢千年に匹敵する巨樹の如き存在感を放つ一人の老人がベッドの傍らの椅子に腰掛けていた。
「リゼルよ。その童達がこの娘二人の同胞か?」
「いや、猫又の方に心当たりがあるというので一旦連れてきたんだ。この状況だから嘘って事も無いと思う」
「左様か。して童達よ、この傷を負った娘は其方等の同胞か否か」
その言葉と共に僅かに開かれた皺の寄った瞼から覗く青い瞳が十六夜とジンを射竦める。ジンがその静かなる威圧感に体を震わせるのを感じつつ、十六夜はベッドの中で寝息を立てる者に視線を向けた。
「…………間違いない、この猫又の女は俺達の同士だ。隣の女はうちが懇意にしてるサウザンドアイズの店員だな」
「ふむ……では儂は暫し休息を取る故、其方等でこの娘共を見ておくがよい。目を覚ました時はそこのリゼルを使いとして儂を呼べ」
ではな。と一つ言うとゆっくりとしつつも確かな足取りで部屋を後にする老人。その姿を見送った十六夜はあの老人をよく知るであろう青年に声を掛ける。
「…………おい、あの爺さんは一体何者だ?」
「あの御方は我等のコミュニティ『三宝庵』の代表だ。名前に関しては同士でも幹部以上でなければ知る事を許されていない」
「では、あの方は何とお呼びすれば…………」
「そうだな、あの御方の本名を俺も聞かされてないから明かしたくとも明かせないんだが、皆はあの御方を『長老』と呼んで慕ってる。アンタ達もあの御方を呼ぶ時はそう呼んだら良い」
時は夕暮れ。仄かに残る西日も夜の帳に追いやられ、その身を地平の彼方へと沈ませる逢魔が時。サラマンドラの本陣営が抱える宮殿の庭園部にて、鈴香と楠葉の治療を行っていた老人が佇んでいた。
「――――沈まぬ太陽が陰りを見せ、秩序の担い手の喉元に黒き風が纏わりつくか」
風が吹き抜け周囲の草木がザザッと音を立てて揺れる中、老人は厳かな声音で呟きを漏らす。
「此度の遊戯。首魁を討つのは幼き頭目か。または名もなき勇者か。或いは黒き風が全てを飲み込むか」
空を見上げながら呟かれた言葉は凪の海の様に静やかでいて、何人たりともその感情は読み取れぬと言えた。そんな中、老人は自身の背後に寄ってきた人物に声を掛ける。
「…………リゼルよ。娘は目を覚ましたか」
「ああ。ついさっき目を覚ましたよ。今は別の同士が側に付いてる」
老人は自身を呼びにやって来たリゼルを一瞥すらしないままに歩き出す。行き先は先程まで治療を施していた鈴香達の部屋。
「左様か。ならば儂も戻るとしよう」
「だからもう大丈夫だって言ってるじゃない!」
「私が縛れる程に弱ってるのにどの口が言うんですか。馬鹿も休み休み言ってください」
「全くだ。これ以上ゴネるのならもう一回寝かしつけるぞ?」
なんだこれは。どういう状況なのだ。
猫又の女が目を覚ましたのを確認して、『長老』を迎えに行って戻ってくるまでに二十分も掛からなかった筈だ。だというのに何故寝台ごと何処から出したのかも知れない鎖で雁字搦めにされているのか。隣の男もそんな鉄柱を持ち出して一体どうする気なのか。
リゼルの内心を余所に、鈴香達の恩人である老人が鈴香に声を掛け…………
「ふむ。目覚めたと言うから見に来たが、気力は既に充分といったところか」
「あら、貴方は…………うぎぃっ!?」
「だがやはり身体の方は正直なものよな。あちこちが悲鳴を上げておるわ」
…………鎖の上から容赦無く腹の辺りを小突きあげた。
鈴香の喉からは当然のように悲痛な呻き声が上がり、それを見ていた面々は盛大に頬を引き攣らせたのはまあ、仕方のない事だと言えるだろう。
「その様な有様では戦いに出た所で無用に屍を晒すだけであろう。二度は云わぬが、命が惜しくば三日三晩は養生しておく事だ。往くぞリゼルよ」
「わかった。それじゃあな」
鈴香に対し静やかに、されど言い訳を許さない様に厳しい声音で言いつけた老人は、それだけ言うとリゼルを伴って部屋を後にする。
「そういう訳だから今はじっとしててくれ。俺もリーナもお前を縛ったりなんてしたくないんだ」
「テオの言う通りです。今は貴女が起きていても出来る事はないんですから。ね?」
「…………分かったわよ」
テオとリーナがノーネームに加わって早くも一ヶ月が経とうとする今、ノーネームの保護者夫婦とも言える二人を前に、鈴香は大人しく寝付くしかなかったのである。
「……………それはそうと鎖は解いてくれないの?」
「リーナ。寝付いたら解いてやれ」
「わかりました。あ、狸寝入りは無駄だと先に忠告しておきますね」
こんなやり取りがあったのはまあ、余談である。
読んでいただきありがとうございます。
後、長らくお待たせしている間にも評価等をいただき、大変嬉しく、そして励みになりました。
これからも細々とではありますがよろしくお願い致します。