「ジン坊っちゃーん、新しい方を連れてきましたよー!」
鈴香達が黒ウサギに連れられて歩くこと数十分、彼女らは箱庭の外門の前に来ていた。
そこでジンと呼ばれた少年は黒ウサギが連れて来る新しい同志候補を迎える為に一人の少年が彼女らを待ち続けていた。
「ありがとう黒ウサギ。そちらの女性三人が?」
「はいな。こちらの御四名様が…………」
黒ウサギはカチンと固まる。
「…………あ、あれ? もう一人居ませんでしたっけ? ちょっと目付きが悪くて、口もかなり悪くて、問題児オーラ全開の殿方が」
「…………十六夜なら、"ちょっと世界の果てを見てくるぜ!"言って走っていったよ。あっちの方に」
黒ウサギの疑問に対して耀が簡潔に答える。
「な、なんで止めてくれなかったのですか!?」
「止めてくれるなよって言われたから」
「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」
「だってあの二人が……」
耀は鈴香と飛鳥を見ながら黒ウサギに視線を促す。そこには、
「ふふっ、飛鳥? どうやら私の勝ちみたいね?」
「くっ、まさか黒ウサギがこんなに鈍いなんてっ!」
個人同士で交わされる契約書類を手に、勝ち誇った顔の鈴香と悔しそうに顔をしかめる飛鳥の姿があった。しかも彼女らが行っていたゲームは"黒ウサギが十六夜が居なくなった事に途中で気づくか否か"だったらしい。なんとも根性の据わっている事だ。
「二人共順応が速すぎるのですよぉおおおおおお!?」
あっという間にこの世界に馴染んでいた二人に黒ウサギは堪らず叫び声を上げた。
「なに言ってるの、あんなの気づかない方が可笑しいわよ」
「「うん」」
そんな黒ウサギに対して容赦なく追撃を打ち込む三人。黒ウサギは堪らず前のめりに崩れ落ちた。
「た、大変です! 世界の果てにはギフトゲームの為に野放しにされている幻獣が!」
「幻獣?」
「はい、彼等は強力なギフトを持っているんです! 出くわせばとてもじゃありませんが人間では太刀打ちできません!」
「あら、それは残念。彼はもうゲームオーバー?」
「ゲーム開始前にゲームオーバー? …………斬新?」
「そんなに心配する必要はないわよ」
「呑気な事を言っている場合じゃありません!」
事の重大性を伝えようとするジンに対して、飛鳥と耀は肩をすくめ、鈴香はどこ吹く風と言った様子だった。
「ジン、と言ったかしら? 一つ聞いておきたいのだけど、貴方が、いえ貴方達が呼び寄せた人間は
「……それは」
「私は知ってるわよ? 何時だって人間は超常の存在を倒してきたって」
ジンが鈴香の"私達を見くびるな"という言葉に何も言えないでいると、地に崩れ落ちていた黒ウサギはゆっくりと立ち上がった。
「はあ、ジン坊っちゃん…………申し訳ありませんが御三方の案内をお願いします」
「うん、分かったよ。黒ウサギはどうするの?」
「問題児を捕まえてきます。…………事のついでにこの"箱庭の貴族"と謳われたウサギを馬鹿にした事を後悔させてやるのですよ!」
「一刻程で戻ります! 皆様はどうかゆっくりと箱庭ライフを御堪能くださいませ!」
黒ウサギは怒りのオーラを全身から溢れさせ、艶やかな黒髪を鮮やかな緋色に変えた。そして黒ウサギは外門の脇にあった彫刻を足場に全力で踏み締め、その凄まじい跳躍力を以てあっという間に四人の視界から消えた。
「三人共、あっちの方が面白そうだから私も黒ウサギを追いかけるわ」
鈴香はウインクと共に黒ウサギが走り去った方に向き直って、今まで隠していた猫耳と2つに別れた尻尾を出した。
「それじゃあ、行ってくるわね♪」
鈴香はそう言うと先程の黒ウサギを越える速度で走り去った。
「…………箱庭のウサギは随分と速く跳べるのね、素直に感心するわ。…………というか東雲さんは人間じゃ無かったのね」
「…………猫又? …………初めて見た」
「黒ウサギは"箱庭の貴族"と呼ばれる希少種ですから。余程の事がなければ問題ないでしょう。先程の女性もあれだけ動けるなら心配は必要ないと思いますが……」
言葉とは裏腹に心配そうな表情を浮かべるジンに飛鳥はそう、とだけ返すとジンに向き直った。
「そうね。ところでエスコートは貴方がしてくださるのかしら?」
「あ、はい、黒ウサギの所属しているコミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩者ですがよろしくお願いします。お二人の名前を聞いても?」
「久遠飛鳥よ。よろしく頼むわね。それでそこの猫を抱えているのが」
「春日部耀」
年若くともさすがはコミュニティのリーダーと言った所か、礼儀正しい挨拶をするジン。それに倣って飛鳥と耀は一礼と共に挨拶した。
「さあ、それじゃあ箱庭に入りましょう。先ずはそうね、軽くお茶でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」
一方、十六夜を探して森の中を走り続ける黒ウサギはというと……
「あーもう! 一体何処まで行っちゃったんですかあの問題児様は!?」
黒ウサギが十六夜を探し初めて既に半刻、しかし過ぎていく時間とは裏腹に黒ウサギは十六夜を見つけられないでいた。
『良かったら私が案内しましょうか? 兎のお嬢さん』
そんななか、茂みから艶やかな青白い胴体と額に角を持つ馬、ユニコーンが声を掛けてきた。
「こ、これはまたユニコーンとは珍しいお方が! "一本角"のコミュニティは南側では御座いませんか?」
『それはこちらのセリフです、とだけ言っておきましょう。貴女が探す少年はトリトニスの大滝に居ますよ。どうやら水神の眷属にゲームを挑んだようですし』
「うわお」
黒ウサギは悪い予想が当たってしまったとガックリと膝を折った。水神の眷属と言えば龍や蛇神、よりによって何故そんな相手にゲームを吹っ掛けるのか、と。
「黒ウサギー!」
そこに先程外門で別れた筈の鈴香がやって来た。
「す、鈴香さん!? どうして此処に!?」
「いやーこっちの方が面白そうだったから……と、こんにちは綺麗なお馬さん」
『こんにちは、猫又のお嬢さん。貴女も兎のお嬢さんの同志でしょうか?』
「まあ、そんなところね」
「お、面白そう、面白そうって…………くぅっ…………皆フリーダム過ぎるのですよ……どうしてこんな問題児様ばかり……」
とうとう泣きが入ってしまった黒ウサギ、しかし次の瞬間、地鳴りが森全体に響き渡り、彼方には巨大な水柱が立ち上っていた。
「ほらほら、泣いてる暇なんて無いわよ黒ウサギ」
「……はい、行きましょうか」
『……君達をあの場まで案内しようかと思ったが、どうやら私では足を引っ張りそうだ。乙女達を危地にやるのは気が進まないがね』
ユニコーンは苦笑すると引き下がった。
「お気持ちはありがたく頂くのですよ」
「心配してくれてありがとう、綺麗なお馬さん」
『気をつけて、探し人にもよろしく』
黒ウサギと鈴香は頷くとトリトニスの大滝を目指して駆け出した。
「確かこの辺の筈…………」
「ん? 黒ウサギに東雲か? どうしたんだお前ら、特に東雲」
「ああ、私人間じゃないから」
十六夜の呑気な声が聴こえる。どうやら水神の眷属に喧嘩を売ってなお無事だったらしい。……が、黒ウサギに彼の無事を喜ぶ感情など無く、あるのは天を突く程の怒りである。
「もう、一体何処まで来ているんですか!?」
「世界の果てまで来てるんですよ、っとそんなカリカリすんなよ」
「心配はしてなかったけど無事で良かったわ。ふふっ、水も滴る良い男ってやつかしらね?」
「からかうなよ。いやはや、水難の相でもあんのかね」
十六夜も湖に落ちた時より濡れている事以外には特に傷も無いようだ。鈴香は安堵すると共に軽口を叩いてみせる。
「しかし良い脚だなお前ら。遊んでいたとはいえ、こんな短時間で追いつかれるとは思わなかった」
「むっ、当然です! 黒ウサギは箱庭の貴族と謳われる優秀な貴種です。その黒ウサギが……」
(黒ウサギが半刻以上追いつけなかった? しかもよくよく考えれば、外門から黒ウサギを追いかけて来た鈴香さんも私に追いつきました。考えにくいですが黒ウサギ以上の速度で追いかけて来た?)
黒ウサギ達、月の兎は箱庭の世界の創始者の眷属である。当然、身に宿した力も大きく、並の修羅神仏では手が出せない程だ。
「で、でもまあ十六夜さんが無事で良かったです。水神のゲームに挑んだと聞いて肝を冷やしましたよ」
「黒ウサギ、水神ってあれの事じゃない?」
鈴香が指差した先には川面にうっすらと白いナニかが浮いていた。
『まだ…………まだ試練は終わってないぞ小僧ッ!』
「蛇神…………ってなんでこんなに怒り心頭なんですか十六夜さん!?」
「いやな? なんか『試練を選べ』とか愉快な事を言い出したからよ、俺を試せるかどうか試させてもらったのさ。まあぶっちゃけそこまで強く無かったが」
『付け上がるな人間! 蛇神たる我が力、この程度だと思うなッ!』
蛇神は咆哮を上げ、逆巻く風と共に水を立ち上らせる。風の力を以て高められた水流は人間の体など容易く砕けるだろう。
「十六夜さん、下がって!」
「下がるのはテメエだ黒ウサギ。これは俺が売って、コイツが買った喧嘩だ。無粋な真似をするんじゃねえよ」
『見上げた心意気だな。ならばこの一撃を凌げれば貴様の勝ちを認めてやる』
蛇神は渦巻く水流を自身の周りに漂わせ、いかにも試す者と言った言葉を吐く。
「バカが、決闘は勝者を決めて終わるんじゃなく、敗者を決めて終わるんだよ」
『ふん!…………その戯言が貴様の最期だ!』
その言葉と共に十六夜に向けて放たれる逆巻く水柱。水柱は内に秘めた圧倒的な破壊力を以て十六夜を打ち砕こうと迫ってくる。周囲の木々をねじ切りながら迫ってくる水柱を十六夜は、
「はっ、しゃらくせえッ!!」
腕の一振りで薙ぎ払った。
「嘘!?」
『馬鹿な!?』
「へえ?」
彼女らが驚くのも無理はない。放たれた水柱は自然の暴力、正に天災に等しい威力を持っていたのだ。それを腕の一振りで薙ぎ払ったとあれば、彼は人知を越えた力をその身に宿している事に他ならない。
「ん?」
そんななか、驚きの余り蛇神の制御から離れた水柱が鈴香の元に向かっていった。
「鈴香さん!?」
黒ウサギは突然の事態に叫ぶことしか出来ない。
「ふふっ、心配要らないわよ黒ウサギ」
鈴香はそんな事態にも慌てる事無く、異空間から愛用の刀を取りだした。
「……スゥ……ふっ!」
そして刃に妖気を纏わせ、そのまま一息に刀を振り下ろした。
結果、水柱はど真ん中から両断され飛沫となって散っていった。
「へえ? なかなかやるなアイツ。……それとお前、なに他のやつまで巻き込んでんだよ」
十六夜はひとしきり感心すると蛇神に向き直り、蛇神の胸元に飛び込んで蹴りを見舞った。
そして蛇神の体は空高くに打ち上げられてそのまま川に落ちた。その衝撃で氾濫した川の水を今度は三人共仲良く被る。
「クソ、今日は本当によく濡れるな。おい黒ウサギ、クリーニング代は出るんだよな?」
「ああもう、また濡れた……お風呂入りたいわね」
十六夜と鈴香は不愉快そうにそう呟くが、今の黒ウサギに彼等の言葉は届いてはいなかった。
そんな彼女の頭には彼等を召喚するギフトを与えた主催者の言葉を思い出していた。
曰く、
彼等は間違いなく、人類史上最高クラスのギフト保持者である、と。
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