それでは第7話です。
「サウザンドアイズか、確かにギフトの鑑定はしておいた方が良いかもね。分かったよ黒ウサギ。それじゃあ僕は先にコミュニティに帰って皆と水路と貯水湖の整備をしておくから」
「はいな。よろしくお願いしますね、ジン坊っちゃん」
ジンがそう言うのにも理由がある。というのも現在のノーネームは水樹の様な水を操る、又は生み出すギフトが無いために以前使用していた水路や貯水湖は荒れ放題なのである。その為、再び使用するためには整備、清掃が必要なのだ。
「ジン、ちょっと待ちなさい」
ジンはそう言うと踵を返してコミュニティに戻ろうとするが、そこで鈴香が待ったをかけた。
「? なんでしょうか?」
「コレ、持っていきなさい」
そう言って手渡されたのは一本の扇子だった。ジンは鈴香の意図を図りかねていると、鈴香は手渡した扇子の説明を始めた。
「それは以前鴉天狗から貰った物よ。私達が居ない間にガルドが何もしないとは限らないから念のために持っておきなさいな」
ジンは手渡された扇子から感じる力に顔をひきつらせた。何せ持っているだけで圧倒的な存在感を放っているのだ。落ち着いてなどいられる筈もなかった。
「こ、こんなもの僕には扱えませんよ!」
だから無理だ、と泣き言を言うジンだったが、鈴香はジンの頭をクシャリと撫でながら、優しく嗜めた。
「まあ獣人位ならそのまま振るって吹き飛ばしてしまいなさい。大丈夫、貴方なら出来るわ」
「は、はあ……」
「ああでも、扱いには気をつけなさいね? 使い方を間違えると周囲が根こそぎ吹き飛ぶわよ」
「ええ!?」
しかし勇気づけておきながらさらっと恐ろしい忠告をジンにする辺り、鈴香もなかなか良い性格をしている。
そしてそのままジンに鴉天狗の扇子を押し付k、ゲフンゲフン、もとい預けて鈴香達は黒ウサギに連れられ、サウザンドアイズを目指して歩いていった。
…………ジンと別れる時、後ろから何か叫ぶ声が聞こえてきた気がするがするがまあ、そんな事は些細な事だろう。
「桜の木…………ではないわよね? 花弁の形が違うし、何より真夏にもなって咲き続けている訳がないもの」
「いや、まだ初夏になったばかりだろ。気合いの入った桜が残っててもおかしくないんじゃねえか?」
「…………今は秋だったと思うけど」
「「「ん?」」」
「…………ああ、やっぱりね」
「皆さんは異なる世界から召喚されているのですよ。時間軸以外にも歴史や文化、生態系にも違いがある筈ですよ」
鈴香は抱いていた疑問が一つ片付いた気分だった。それは鈴香にとって十六夜達が今まで見たことがない服装をしている、という点だ。
まあ、原因は非常に単純なもので、鈴香は他の皆とは呼び出された時代が違いすぎるだけなのだが。何せ、彼女のいた時代は寛永6年、西暦に直せば1630年と、呼び出された他の三人の内、もっとも古い時代から来た飛鳥と比べても実に300年以上の差があるのだ。その為、
「へえ? パラレルワールドってやつか?」
「近いですね。正確には立体交差並行世界論と言うのですが、今から説明すると一日二日では説明しきれませんのでまたの機会ということで」
「ぱ、ぱられる? りったいこうさ……んん? な、何を言ってるかよく分からないわね……」
科学等には縁の無い鈴香には理解出来ない話が出てくると何も分からないという事態に陥る事になる。
「…………黒ウサギ、コミュニティに勉強を教える為の教材はあるか?」
「イ、YES、コミュニティにはそれなりに大きな書庫があるので教材には困らない筈です」
「そうか、なら良い。……流石にこの手の話が一切分からないのは問題だからな。しかしどこから教えたもんかね。……いっそ小学生レベルからやった方が良いか?」
どうやら十六夜は話についていけていない鈴香に少々危機感を覚えたようだった。
ちなみに数日後、鈴香が勉強漬けでグロッキーになるのはまあ別のお話、という奴だ。
そんな話をしていると黒ウサギは振り返る。どうやら目的の店にたどり着いたらしい。
店の前には女性店員が店仕舞いをしていたが黒ウサギは何とか待ったを、
「まっ」
「待った無しですお客様。うちは時間外営業はやってません」
掛けることすら出来なかった。流石は超大手の商業コミュニティ、押し入る客の対応にも隙がない。
「何て商売っ気の無い店なのかしら」
「ま、全くです! 閉店の五分前に客を閉め出すなんて!」
「文句があるならどうぞ他所へ。貴女方は今後の出入りを禁じます、出禁です」
「出禁!? これだけで出禁とかお客様を舐めすぎで御座いますよ!?」
「……はぁ」
あまりに下らないやり取りに鈴香は思わず溜め息を吐いた。元々無理を言ってるのはこちらだというのにコイツは何を言ってるんだ、と鈴香は思わずには居れなかった。
「……黒ウサギ」
「そもそも……ん? 鈴香さん、どうかしまし「バッチィィィィンッ!!」フギャア!?」
どうかしましたか、と続けようとする黒ウサギを鈴香は妖気で強化したデコピンで沈めた。ちなみに妖気で強化したデコピンは先程打ち込んだものより遥かに強力である。黒ウサギは鈴香のデコピンの破格とも言える威力に悶絶していて、十六夜達も無意識に額を手で隠す辺り食らった方は相当痛く、見ている方は痛そうだったのだろう。
鈴香はそんな黒ウサギ達を無視して女性店員に向き直った。ちなみに先程のデコピンは女性店員もドン引きだった。
「……ふぅ、ごめんなさい、うちの連れが随分と失礼したわね。私の方でもよく言って聞かせておくから出禁は勘弁してくれないかしら」
鈴香は頭を下げながらそう言うと黒ウサギは驚きのあまり叫び声を上げた。
「鈴香さん!?」
「黙りなさい、これ以上状況を悪くする気?」
「…………どうやら貴女は自分の立場を理解しているようですね。良いでしょう、今回は貴女に免じて出禁は取り消しましょう」
「……感謝するわ。さあ、帰るわよ皆」
「えっ、で、でも……」
「黒ウサギ?」
「うっ……」
それでもなお引き下がらない黒ウサギを鈴香は睨み付ける事で黙らせた。
「…………はい、それでは失礼しま「いぃぃぃやっほぉぉぉぉ! 久しぶりだな黒ウサギィィィィ!」きゃあぁぁぁぁぁ」
黒ウサギは失礼します、と続けようとするが店の中から爆走してきた着物風の服を着た白い髪の少女にフライングボディーアタック、もとい抱きつかれて空中四回転半ひねりを極めて街道の向こうの浅い水路に吹き飛ばされた。
「おい店員、この店にはドッキリサービスがあるのか? なら俺も別バージョンで是非」
「ありません」
「なんなら有料でも」
「やりません」
「……プッ、あははははっ♪ あ、貴方達、真面目な顔して何言ってんの?」
割とマジなやり取りをする十六夜と女性店員に堪えきれずに大爆笑する鈴香。 一方の黒ウサギはというと、
「し、白夜叉様!? どうして貴女がこんな下層に!?」
「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろうに!フフ、フホホフホホ! やっぱり黒ウサギの触り心地は違うのう。ほれ、ここが良いかここが良いか!」
フライングボディーアタックをかましてきた少女に組み付かれていた。少女は黒ウサギの胸に顔をスリスリと擦り付け、大変ご満悦の様子だ。
「し、白夜叉様! ちょ、ちょっと離れてください!」
黒ウサギは真っ赤になりながら白夜叉と呼ばれた少女を無理矢理引き剥がし、頭を掴んで店に向かって投げつけた。
くるくるくるくると縦回転しながら飛んでくる少女を十六夜は、
「てい」
「ゴバァ!?」
鈴香に向かって蹴り飛ばした。しかし見た目だけとはいえ飛んでくる幼女を蹴り飛ばすとは十六夜も随分と容赦がない。
「よっ、と」
そして鈴香は哀れにも十六夜に蹴り飛ばされた少女を胸で受け止めた。
「おいおい、普通に受け止めたら面白く無いだろ」
「こんな小さな女の子をどうかするほど鬼じゃないわよ。貴女、怪我はないかしら?」
鈴香は白夜叉に対して無事であるかの確認をするのだが、
「ほう、こやつも黒ウサギに負けず劣らず良い体をしておるの!」
鈴香の胸にスリスリと顔を擦り付けるばかりでこれっぽっちも聞いてなかった。
スリスリスリスリスリスリスリスリ
これには流石の鈴香もプチッ♪っときて、
「……はあ、普通に元気そうね。なら…………いい加減離れなさい、な!」
鈴香は黒ウサギの様に彼女の頭を掴んで水路に向かって投げつけた。
そして投げた先には服を絞りながら水路から上がってきた黒ウサギがいて、
「うう…………まさか私までダイブすることになるな「黒ウサギ、危ないわよ?」へ? きゃあ!?」
そのまま仲良く水路に再ダイブすることになった。
飛鳥と耀は混沌とした状況の中、ただ唖然と成り行きを見守っていた。…………自分に被害が来ないことを祈りながら。
「ええと、貴女はこの店の人?」
飛鳥は状況が落ち着いた頃を見計らって白夜叉に声を掛けた。
「おお、そうだとも。この"サウザンドアイズ"の幹部様の白夜叉様だよ御令嬢。仕事の依頼ならおんしのその年齢の割に発育のいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ。それとそこの小僧! 初対面の美少女を蹴り飛ばすとは何様だ!」
「十六夜様だぜ。以後よろしく、和装ロリ」
「全く、そこの黒ウサギ並みに良い体をした娘を見習わんか。娘、おんしのこともなかなか気に入ったのでな、何かあったら色々と都合をつけてやらんでもないぞ? 無論その素晴らしい胸を心行くまで触らせて貰うがの」
「オーナー、それでは売り上げが伸びません。ボスが怒ります」
さらっとセクハラをかます白夜叉に何処までも冷静な声で女性店員が釘を刺す。
しかし言葉では冷静に振る舞ってはいるが心なしかげんなりとしている女性店員の心情を察した鈴香は女性店員の側に寄って声を掛けた。
「…………苦労してるのね店員さん」
「…………分かっていただけますか」
その言い方だと今までも相当苦労したのだろう。女性店員の割とマジな雰囲気が全てを物語っていた。
「状況が落ち着いたら話位なら聞くわよ?」
「…………はい、お願いします」
女性店員はうっすらと目の端に光るものを浮かべていた。
「ふふん、お前達が黒ウサギの新しい同士だな? そして異世界の人間が私の所に来たということは…………遂に黒ウサギが私のペットに」
「なりません! どういう起承転結があったらそうなるのですか!」
「むう、残念だの。まあいい、話があるなら店内で聞こう」
ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギを白夜叉は飄々とした雰囲気で受け流す。こういう所も長い時間を生きてきた事を窺わせる。
「よろしいのですか? 彼等は旗を持たない"ノーネーム"の筈、規定では」
「"ノーネーム"だと分かっていながら名を訪ねる性悪店員に対する詫びだ。身元は私が保証するし、ボスに睨まれても責任は私が取る。良いから入れてやれ」
上司である白夜叉にそう言われれば何も言えない女性店員は、むっ、と拗ねる様な顔をする。彼女はあくまで規則に則って対応しただけなのに性悪扱いされるのは面白くは無いのだろう。
鈴香達は彼女に睨まれながら店内に入っていった。
「ああ、ねえ店員さん」
しかし最後に暖簾をくぐった鈴香が女性店員に声を掛けた。
「……なんでしょう?」
「言いそびれていたんだけど、その着物とっても綺麗ね。貴女によく似合ってるわ」
「……そうですか。貴女の浴衣もなかなか似合ってますよ」
「「…………ふふっ♪」」
どうやら二人の間にいつの間にか友情が生まれたらしい。
「貴女とは仲良くやっていけそうね。これからも仲良くしてくれると嬉しいわ」
「私もそう思います。こちらこそ、とだけ言っておきましょうか」
「東雲さーん! なにやってるのー?」
鈴香と女性店員がそんな話をしていると奥から飛鳥が声を掛けてきた。
「っと、今行くわ! ……それじゃあ私も入らせてもらうわね」
「どうぞ。オーナーはあんなのですがなるべく失礼の無いように」
「そっ、分かったわ。それじゃあね」
そう言うと鈴香も十六夜達を追いかけて奥へ進んでいった。
「「あっ、彼女の名前聞いてなかった(ですね)わね」」
ほぼ同時にそんな事を呟いていたのはここだけの話だ。
読んでいただきありがとうございます。