とりあえず第8話です。
「生憎と店は閉めてしまったのでな、私の私室で勘弁してくれ」
鈴香達が白夜叉に連れられ店内を進み、通されたのは個室と呼ぶには少々広い和室だった。
そして上座に腰を下ろした白夜叉はおもむろに口を開いた。
「もう一度自己紹介をしておこうかの。初めましてだ、異世界の少年少女。私は四桁の外門、三三四五外門に本拠を構えている"サウザンドアイズ"幹部の白夜叉だ。そこの黒ウサギとは少々縁があってな、コミュニティが崩壊した後もちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女だと認識しておいてくれ」
「はいはい、大変お世話になっておりますよ本当に」
世話になっているという割に随分と投げやりな言葉で受け流す黒ウサギ。感謝する気持ちを相殺して余りあるほどに苦労してきたのだろうか。鈴香は白夜叉を見つめながらそんな事を考えていた。…………まあ、鈴香も先程の白夜叉を見ている為にそこまで想像と違わないのではないかと思っているが。
そんな中、耀が小首を傾げて白夜叉に問う。
「その"外門"って何?」
「箱庭の階層を示す外壁にある門の事だの。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達が住んでおるのだよ」
白夜叉の説明と共に黒ウサギが描く箱庭の図を見た彼等は思い思いに口を開いた。
「…………超巨大タマネギ?」
「いえ、超巨大バウムクーヘンではないかしら?」
「そうだな、どちらかと言えばバウムクーヘンだな」
「中心部にいくにつれて高くなってるから私は規模を大きくした観音寺城かと思ったわ。…………ところでたまねぎ、というのもなんだけど、ばうむくーへんとは何かしら?」
「安心しろ、後で教えてやるから」
数多の修羅神仏が住まう箱庭をタマネギだのバウムクーヘンだのと、なんともまあ随分と見も蓋もない感想である。黒ウサギもガクリと肩を落としていた。
「ふむ、おんしは他の三人より呼ばれた時代に開きがあるようだの。おんしにも分かりやすく説明すると七桁の外門というのは観音寺城の麓に当たるな。更に言えば此処は東西南北の四つの区画の内の東側にあたり、そして外門のすぐ外は"世界の果て"と向かい合う場所になる。あそこにはコミュニティに所属こそしていないが強力なギフトを持つ者達が棲んでおるのだよ。…………その水樹の持ち主などな」
白夜叉は黒ウサギが抱えている水樹に目を向けながらそう言った。
「して、一体誰が、どのようなゲームで勝った? 知恵比べか? それとも勇気を試したのか?」
「いえいえ、誰も試練は受けてませんよ。この水樹は十六夜さんがここに来る前に蛇神様を素手で叩きのめして手に入れた物なのですよ」
蛇神を直接打倒した。これは流石に予想していなかった白夜叉は驚きの声を上げた。
「なんと!? ゲームをクリアしたのではなく直接的に打倒したとな!? ではその小僧は神格持ちの神童か?」
「いえ、恐らく違うかと。神格持ちなら一目見ればわかるでしょうし」
「まあ、それもそうだの。しかしにわかには信じがたい事ではあるな。本来、神格を打倒し得るのは同じ神格持ちか、互いのパワーバランスによほどの差が無ければあり得んと言っても良いのだがな」
ヘビと人間ではドングリの背比べなのだが、と白夜叉は持っていた扇子を口元に当てながら呟いた。
「ところで白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いなのですか?」
「うん? 知り合いも何もあやつに神格を与えたのは私だ。もう数百年も前の事だがの」
小さな胸を張り、呵々と笑う白夜叉。しかしそれを聞いた十六夜達は獰猛に眼を光らせた。
「へえ? ならお前はあのヘビより強いのか?」
「おうとも、私は東側の"階層支配者"だ。東側の四桁以下のコミュニティでは並ぶ者無き最強の主催者なのだからな」
「あらそうなの…………なら貴女のゲームをクリア出来れば私達のコミュニティが東側で最強ということになるのかしら?」
「無論、そうなるの」
「あ、貴方達?」
「み、皆さん? 一体何を?」
十六夜達の雰囲気の変化を感じ取った鈴香と黒ウサギは彼等に声を掛けるが、彼等はまるで聞こえていないようだった。
「ソイツは景気が良いな。探す手間が省けた」
三人は闘争心に満ちた視線を白夜叉に送る。白夜叉も三人の意図に気づいてカラカラと笑った。笑いながらも眼は好戦的に細められているが。しかし随分と楽しそうな雰囲気の四人とは対照的に鈴香は冷や汗が止まらなかった。
「いやはや、抜け目の無い童達だ。依頼を持ち掛けておきながら私にギフトゲームを挑むと?」
鈴香は目の前の事態に、ああ、理解できないというのは残酷だ、とぼんやりと考えていた。ぶっちゃけ現実逃避である。目の前の少女は己の魂を縛りつけてなお、これ程の力を持っているというのに。
だがこのまま現実逃避している訳にもいかない状況だ。鈴香は必死な表情で十六夜達を止める。
「貴方達、馬鹿なことはやめなさい」
「おいおい、何だよ怖じ気づいたのか?」
「そういう事を言ってるんじゃないのッ!!」
「分からないの!? 目の前にいるのは「そこまでだ、娘」っ、ごめんなさい」
「あまり要らんことはしゃべらん方が良いぞ? だがまあ、おんしはなかなか見る目があるようだの。安心せい、こやつらを取って食ったりはせんよ」
流石に本人から釘を刺されては鈴香は何も言えない。ただただ、白夜叉の言うことを信じる事しか出来ないのだった。
「ふむ、しかし取って食わんとは言ったが何もせんのはつまらんし、こやつらも治まりがつかんだろうしの。さてさてどうしたものか……」
「あら、東雲さんはああ言ってるけど別に遠慮しなくていいのよ?」
「飛鳥!!」
鈴香は自分の忠告を聞いてなお、喧嘩腰を崩さない飛鳥に叫ぶ様に声を掛ける。
「おうおう、随分と高飛車だの御令嬢。それに見たところ他の二人も同様か。いやはや、人の忠告は聞くものだぞ? だがまあ、そこまで言うのなら戦っても構わんのだが、」
「おんしらが望むのは"挑戦"か、それとも"決闘"か?」
白夜叉が懐から向かい合う双女神が刻まれたカードを取り出してそう問い掛けた瞬間、
世界が割れた。
光が包み込み、彼女達の視界は既に意味を為さない。
様々な情景が彼女達の脳裏を駆け巡る。
知らない場所が頭に浮かんでは消えて、消えては浮かんでいく。
そして白夜叉によって誘われた先は一面に広がる雪原に凍る湖畔、そして水平に太陽が廻る世界だった。
「…………なっ!?」
彼女達はその一瞬の奇跡とも呼べる業に息を呑み、絶句した。
唖然と立ち竦む四人に対して、白夜叉は壮絶な笑みを浮かべながら彼女達に問い掛けた。
「さてと、おんし達に今一度名乗り直し、問おうかの。私は"白き夜の魔王"太陽と白夜の星霊、白夜叉。おんしらが望むのは試練への"挑戦"か? それとも対等なる"決闘"か?」
「水平に廻る太陽に果てしなく広がる雪原。なるほど、この土地はオマエの存在をそのまま表してるって事か」
「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。世界を薄明に照らし続ける沈むこと無き太陽。私そのものを見事に表現した良いゲーム盤であろう?」
「これ程の莫大な土地がただのゲーム盤ですって?」
「然り。して、おんしらの返答は如何に? "挑戦"であるならば手慰み程度に遊んでやる。そこの娘におんしらを取って食いはせんと言ったからな。───だがしかし、"決闘"を望むのなら話は別だ。魔王の名において誇りを賭け、命の限りを尽くして闘おうではないか」
「……………………っ」
飛鳥と耀、そして己の力に自信を持つ十六夜さえ、白夜叉の問い掛けに即答できずにいた。
圧倒的な力の差を見せつけられ、如何なる小細工をしようと勝ち目など万に一つもありはしない。それほどまでに目の前の少女とは存在の格が違っていた。
それでもなお、彼等が即答できずにいるのはひとえに大きすぎるプライドの為だった。
静寂が辺りを支配するなか、諦めを含んだ笑みを浮かべる十六夜がゆっくりと手を挙げた。
「参った。降参だ白夜叉」
「ふむ、それは決闘ではなく試練を選ぶということかの?」
「ああ、これだけのゲーム盤を用意出来るんだ。アンタには資格がある。今回は黙って試されてやるよ、魔王様」
苦笑を浮かべながら吐き捨てる様に言う十六夜を白夜叉は愉快愉快と高らかに笑い飛ばした。
「この期に及んでなおプライドは捨てんか。しかし"試されてやる"とはなんとも可愛らしい意地の張り方だの。くっ、ははははははっ」
一頻り笑った白夜叉は笑いを噛み殺しながら他の二人にも問う。
「くくっ、して、他の童達も同様かの?」
「…………ええ、私も試されてあげるわ」
「右に同じ」
一連の流れを冷や冷やしながら見ていた黒ウサギはウサ耳をへにょらせながら一息ついていた。黒ウサギと鈴香は何事もなく終わったことに胸を撫で下ろした。
「も、もう! お互いにもう少し相手を選んでください! 階層支配者に喧嘩を売る新人に、新人の売った喧嘩を買う階層支配者なんて笑い話にもなりません! 大体白夜叉様が魔王だったのはもう何千年も前の話じゃないですか!」
「何? じゃあなんだ、オマエは元・魔王ってやつなのか?」
「さてさて、どうだったかの?」
ケラケラと笑う白夜叉にガクリと肩を落とす黒ウサギと三人。
そして状況が落ち着いたのを見計らって鈴香が三人に声を掛けた。
「…………貴方達、ちょっと良いかしら」
「? どうしたの東雲さん」
飛鳥が聞き返してくるが、鈴香は何も答えずに三人に近づく。そして目の前まで近づくと、
バッチィィィィィィィン!! バッチィィィィィィィン!!
飛鳥と耀の額を半ば吹き飛ばすつもりでデコピンを打ち込んだ。無論、妖気で強化してあるものを。
「「~~~~~~~~っ!?」」
あまりの痛みに声にならない声を挙げる二人をよそに鈴香は十六夜に視線を向け、彼の額にもデコピンを打ち込もうとするが、
「ハッ、甘え!」
十六夜は仰け反る事で鈴香のデコピンをかわした。
しかし鈴香の攻撃はまだ終わっていなかった。鈴香はデコピンをかわされて伸びきった腕をそのまま下に持っていき十六夜の胸ぐらを掴むと思いっきり引っ張り、十六夜の鳩尾に妖気で強化した膝蹴りを叩き込んだ。
人体における急所である鳩尾に対して膝蹴りを打ち込むとは鈴香もなかなかにえげつなかった。はっきり言って素直にデコピンを食らった方がマシである。
というのも、一般人が膝蹴りを鳩尾などの急所に食らうと下手をすれば内臓が破裂し、死に至る事がある程に膝蹴りを急所に打ち込むというのは危険なのだ。その上、ただでさえ強力な膝蹴りを妖気で強化してあるのだ、並外れた身体能力を持つ十六夜とてただではすまない。
「ぐっ、ゲホッ……テ、テメエ、何しやがる!!」
急所に膝蹴りを叩き込まれたのには流石に十六夜も堪えたのか膝をついて咳き込み、怒鳴り付けた。
十六夜は鈴香を睨み付け、飛鳥と耀も額を押さえながら鈴香に恨めしそうな視線を送る。
「分からないの? 私はただ聞き分けの無い子供に仕置きをしただけよ」
そう言った鈴香の目には感情が一切感じられなかった。
「ちょ、ちょっと鈴香さん!?」
「黒ウサギ、貴女は黙ってなさい」
鈴香はいざこざを止めようと割って入ってくる黒ウサギに殺気をぶつけて黙らせる。
「貴方達、今回無事だったのは運が良かったからだっていうの分かってる? 一歩間違えていれば此処にいる皆が死んでいたのよ?」
「……………………っ」
鈴香の言葉に顔を背ける十六夜達。実際に白夜叉の匙加減一つで全員が死んでいた事も充分あり得たというのを理解出来ないほど彼等も愚かではない。それ故、彼等は鈴香に対して何も言えないのだった。
「私はちゃんと止めたわよね? でも十六夜、貴方は言うに事欠いて私に怖じ気づいたかなんて言ったわね? 当然じゃない、白夜叉は私なんて
「喧嘩を売るなとは言わないけれど少なくとも相手は見極めなさい。貴方達より強い連中なんてそれこそキリがない程居るんだから。……さて、何か言いたいことはある?」
「…………いや、今回は俺らが全面的に悪かった。……すまなかったな」
「…………そうね、ごめんなさい」
「…………ごめん」
流石に軽率だったと思ったのか素直に謝る十六夜達。願わくばこの一件を糧にしてほしいものだと鈴香は考えていた。
「…………私は貴方達みたいなまだまだ若い子達が無意味に命を散らせるのなんて見たくないのよ。それだけは分かってね」
そう言った鈴香の顔には深い悲しみが浮かんでいた。
鈴香の頭に思い起こされるのは戦で名を挙げるといって戦場に赴き、そしてそのまま帰ってこなかった若い子供達。そのなかには山から下りた際に、仲良くなった子供もいた。
戦に次いで更に戦と、戦を繰り返す度に命が塵芥の如く散っていき、消えていく。なんとも嫌な時代だったと鈴香は思う。
(ふむ、こやつなら黒ウサギ達を良い方向に成長させてやれるのかも知れんの)
十六夜達を想って怒る鈴香を見て白夜叉は鈴香にただ漠然と考えていた。
「さて、おんしらに対するゲームなのだが、」
皆が落ち着いたのを見計らって白夜叉が口を開く。内容は十六夜達が受けるゲームについてだ。そして白夜叉がその内容に触れようとしたとき、彼方にある山脈から甲高い鳴き声が聴こえてきた。
「何? 今の鳴き声。初めて聞いた」
「ふむ、あやつか。おんしら
白夜叉は鳴き声が聴こえてきた方向に手招きをする。すると鷲の翼と獅子の下半身を持つ獣、グリフォンが彼女達の元に現れた。
「グリフォン!? 嘘、本物!?」
「如何にも。あやつこそ、鳥の王にして獣の王。力・知恵・勇気を兼ね備えたギフトゲームを象徴する獣だ。おんしら三人にはこのグリフォンとゲームをしてもらおうかの。そうだな、こやつの背に跨がり湖畔を舞う事が出来ればクリア、というのにしようか」
『ギフトゲーム名 "鷲獅子の手綱"
・プレイヤー一覧
・逆廻十六夜
・久遠飛鳥
・春日部耀
・クリア条件 グリフォンの背に跨がり、湖畔を舞う。
・クリア方法 グリフォンに“力” “知恵” “勇気”のいずれかでグリフォンに認められる。
・敗北条件 降参及び、プレイヤーが上記の条件を満たせなくなった場合。
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
“サウザンドアイズ” 印』
「あの、白夜叉? 私の名前が無いんだけど」
鈴香は嫌な予感を感じながら白夜叉に問いかけるが、白夜叉はニヤリと笑って、
「焦るな焦るな。おんしには別のゲームを宛がってやるのでな。楽しみにしておけ」
鈴香にとって碌でもない事を言い出したのだった。
「勘弁してよ…………」
自分が白夜叉に目をつけられた事を悟った鈴香は溜め息と共にそう呟いたのだった。
読んでいただきありがとうございます。