ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――――小っさい、言うなーーッ!!


第10話 背中合わせ

 

 迷宮都市オラリオ、地下迷宮(ダンジョン)6階層。

 

「――――ッ!」

 

 裂ぱくの気合とともに、襲い掛かる怪物(モンスター)を討ち倒す少年がいた。服装は普段着、ナイフは護身用の一本のみ。回復薬(ポーション)も持たず、およそ一般冒険者から見れば正気を疑う格好だった。

 

(……馬鹿だった)

 

 ――それでも。

 

(……僕は、馬鹿だった!)

 

 ――正気を疑われようとも。

 

(……僕は、何もかもしなければ駄目だった!!)

 

 ――彼には退けない理由があった。

 

 きっかけは、ほんの些細な憧れ。けれど彼は、そこに行きたいと思った。たどり着きたいと思ってしまった。そして。

 

 ……まだ、何もしていない自分に気付いた。

 

(また、いつか会って、どうする?! 話しかける? 笑いかける? 食事に誘う? それとも――――『また』助けられる?)

 

()い、訳っ、ないだろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 気合一閃。目の前に群がっていた6階層の怪物、ウォーシャドウが真っ二つに別れた。

 

 そうとも。それで良い訳がない。憧れの人に、女の子に、助けられるばかりで良い訳がない。仲間を守って。女の子を救って。自分を賭けて。そうして、願いを貫く。

 

「それが…………一番格好のいい英雄(おのこ)だ……!」

 

 思い出した。自分の原点(はじまり)憧憬(あこがれ)。自分にとっての始まりは、何時も大きく暖かな背中で、自分を守ってくれていた、祖父だった。子供の頃、生まれ育った狭い(せかい)では、祖父こそが『英雄』だった。

 

 だから。

 

「英雄に、なるんだッ……!!」

 

 あの背中に、追いつくために。彼女のいる場所(ところ)に、辿り着くために。だから、少しでも。今は、少しでも多く――!

 

『『キィィイイイイィィィ!!』』

 

 自分の右前方から二体、ウォーシャドウが迫ってくる。左の攻撃をかわし、右に一閃。続けざまに、左の片手を斬り飛ばし、もう片方の攻撃を受け、鍔迫り合う。

 

『『『キィッ! キィィィィ!!』』』

 

 動きが止まったのがいけなかったのか、後ろからさらに三体。そちらに顔を向け、衝撃に備え、歯を食いしばった時だった。

 

「だぁらっしゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 そのウォーシャドウのさらに後方から小さな影が飛び込んできて、勢いそのまま右端の奴を殴り飛ばし、他の二体まで地面に転がしてしまった。一連の映像を網膜に焼き付け、そこでようやく人影の正体を知った。

 

「……ふう」

「エド!?」

 

 自分とダンジョン探索のパーティーを組んでいるエドが、夜中の人気のないダンジョンにいた。

 

「こんなところで何してるのさ、エド!」

「あー。さっきの酒場で何があったか聞いてな。お前追っかけて来たんだよ」

「っ……」

 

 つまりは連れ戻しにきたということだ。こんな夜中に、装備もなしに、しかも入ったこともなかった新たな階層への無謀な攻略を止めに。それは、正しい。ああ、どこまでも理屈の上では、正しい判断だった。

 

 だけど。

 

「帰って! 僕はまだここで強くならなきゃいけないんだ!」

 

 意地が。なけなしの矜持(プライド)が。帰ることを全力で拒否していた。

 

 それを聞いたエドは、しかし不敵に笑った(・・・・・・)

 

「――――ちょうどいい。オレも強くなりたいと思ってたんだ。付き合え」

 

 そう言って、こっちに背中を預けてきた。

 

「……エド。僕を、連れ戻しにきたんじゃないの?」

「はあ? 連れ戻す? オレは諸般の事情で強くなりたいと思ってたら、たまたま(・・・・)お前がダンジョンに行くのが見えたから、便乗しただけだ」

 

 そう言って拳を縦に構え、敵を見据える。見ると、エドの格好は、今の自分よりひどかった。恐らくは街着の類だったはずのシャツもズボンもあちこち破けており、裂け目からは、鋼の手足が見え隠れしていた。妙に平行に揃った傷も見えるのは、モンスターの爪の攻撃をろくに避けもせずに突っ込んだからだろうか?何より、彼は自分と違い護身用の装備一つ持っていない。

 

「なんで……強くなりたいのさ?」

「ん? それはなぁ……」

 

 そこで彼は一度言葉を切り、高らかに言い放った。

 

「あンの、クソ狼に! 一撃喰らわせるためだああああああぁぁぁッ!!」

 

 …………ものすごい、個人的な事情だった。

 

「……そりゃまた、なんで?」

「あぁっ! それはあのクソ狼が、三回も、三回も…………………………『身長(・・)』のこと口にしやがったんだぞ!? だったら当然、三回は地獄見せなきゃならねえだろうがぁっ!!」

 

 私怨だった。しかもすごく些細な理由だった。何と言うか、あまりの小ささに――もちろん身長のことではない――、逆に毒気を抜かれた。大体『身長』と言って、『小さい』と言えない辺りが、ものすごく小さい。

 

「けどな、今のオレじゃ地獄見せるのは無理だ! 今回は向こうの団長に譲ったけど! 今度はオレの手で地獄を見せるために! 強くならなきゃいけねえんだよ!!」

 

 ……自分よりずっと頭が良くて、計算高いのに。こういうところは、何だかなあ、と思ってしまう。

 

「…………あはは、じゃあこの獲物、半分こね」

「おう、任せとけ!!」

「でも、大丈夫? 装備持ってきてないんでしょ?」

「へっ、錬金術師を舐めんなよ!」

 

 そう言ったエドが小声で詠唱を始めると、起き上がった後様子見をしていたウォーシャドウたちが、一斉に襲ってきた。

 

「【ホーエンハイム】!!」

 

 詠唱の完了とともに、パァンッ、と両手を胸の前で合わせる。何時も見る青い雷光は、機械鎧(オートメイル)の二の腕までを取り巻いた。

 

「うらぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 掛け声とともに、半円を描くように右腕を繰り出す。軌跡の上にいたウォーシャドウが灰へと還り降り積もる中、ぎらり、と光を湛えるのは、まるで刃のように鋭くなった右腕の機械鎧(オートメイル)

 

「っし、まず三体! ベル、今からどっちが多く倒せるか競争な?」

「えぇっ、今のもカウント?! ずるいよ、エド!」

「勝負とは、非情なんだよ! よぉし、さらに追加だ!」

「ああ、もう! 負けないよ!!」

 

 二人で奏でる戦闘の二重奏は、夜が白むまで続けられた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そうして、一晩徹夜で狩り続け、ふらふら、フラフラと危なげな足取りで、二人そろってそれぞれのホームを目指していた。

 

「……ねえ、エド?」

「……なんだよ?」

「僕達、強くなれるかなぁ……?」

「……当たり前だろ」

 

 それは、二人が本当の意味で、冒険を始めた朝だった。

 




ダンジョン徹夜狩り、終了!
ネトゲ廃人なら徹夜は当たり前ですが、現実でやったら判断力低下でぽっくり逝きそうな行為ですよねw装備無かったため、手袋の出番はまだです。

明日の投稿なんですが、仕事が入っており、しかも残業が予想されるため、一日休ませていただきます。次は多分、日曜24時です

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