ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――そんなスジの通らねえ真理は認めねえ!



第19話 等価交換

 突然の闖入者に、完全に場が停止した。拳で殴り飛ばされたゲドは、完全に白目を向き、意識を飛ばしている。

 

「…………エドさま?」

 

 キラーアントが今なお増え続ける部屋に入ってきたのは、つい数分前に裏切っておいてきてしまった少年。モンスターを集める『血肉(トラップアイテム)』まで使って、敵に囲ませて撒いてきたというのに、どうやってここに来たのか。相棒のベルはどこに行ったのか。疑問が尽きることは無かった。

 

「……あのお人好しが、すぐに追えって言ったんでな。大量に湧いてたオーク共の足と小型の奴を焔で焼き尽くして、錬金術で道作って追っかけたんだよ」

 

 完全に囲まれたベルの脱出にはまだ時間がかかるものの、敵の機動力は削いだから危険もないとエドは言う。そのことに、内心安堵を洩らした。

 

「…………オイオイ、ガキ。何楽しく喋ってやがんだ?」

 

 状況の変化で停止していたカヌゥたちが、武器を持ち、エドにじりじりと近寄る。彼らにしてみれば、今現在リリの持っていた荷物は中の金銭ごと奪い取っており、リリの窃盗の手口を考えれば、自分たちが元締めのように扱われかねない。それゆえに、一番簡単な『口封じ』に出る気だろう。――――本当に、冒険者は度し難い。

 

「……その感じからすると、オレをここから逃がすつもりはない、ってことか?」

「そういうこった。まあ、諦めるんだな?」

 

 見ると、エドの後ろの通路は既にキラーアントがひしめいている。その上で前には三人の同レベルの冒険者。そんな絶望的状況だというのに、彼はいつもと一切変わらず、不敵な笑みを浮かべた。

 

「【ホーエンハイム】!!」

 

 エドが時折唱える魔法名とともに、手甲をはめた両手の拳が地面に振り下ろされた。たちまち地面からトゲがいくつも隆起し、それはまるで波のようにどんどんと部屋の中を突き進み………………ついには、部屋の出入り口を全て(・・)覆ってしまった。

 

「…………あ?」

 

 カヌゥの口から間抜けな声が漏れる。それを完全に放置して、エドは懐から精神力回復薬(マジック・ポーション)を取り出し服用している。恐らく、先程の膨大な錬金術も、予め飲んだポーションによるものだろう。

 

「て、てめえ!? 何考えてやがんだ!! これじゃ誰も部屋から逃げられないじゃねえか!!」

「まあ、そうだな。アンタらも、オレらに構う暇が無くなるだろ?」

 

 そう言いながら、エドが囲んでいた一人に向かっていきなりダッシュを始めた。それに面食らったその男が構えた瞬間、急にブレーキをかけて地面を再び殴りつけた。

 

「オラアッ!」

 

 足場が急激にせり上がり、まるで階段のように登ったエドが、あっさりと男の頭上を飛び越え、リリのすぐ横へと着地した。

 

「まったく、ヒデエ面だな?」

 

 そんなことを言いながら、まるで当たり前のように高価な高等回復薬(ハイポーション)を、リリの口にくわえさせてきた。喉を通る薬液の効果で、肌に残った細かな傷が癒えていく。

 

「…………どうする気ですか?」

 

 試験管一本分の回復薬を飲み干し、ようやく起き上がったリリの口から出たのは、助けてもらった感謝でもなく、装備を奪った謝罪でもなく、ただの確認だった。

 

「この部屋、キラーアントに完全に囲まれてるんですよ? 今だって出口をふさいだトゲの向こうから、キラーアントが中を覗いてるんですよ? こんなの、どうしようもないじゃないですか」

 

 感謝しなければならない。謝罪しなければならない。そんなことは、痛いほど分かっている。だけどそれでも、今も降りかかってくる絶望的な状況に、もう本当に、疲れてしまっていた。

 

「そ、そうだ!」

「よくもやりやがったな!」

「モンスターの前に俺達がテメエを殺してやる!」

 

 リリの言葉に便乗し、カヌゥたち三人が騒ぎ立てる。手に持った武器をエドに向け、自分たちは悪くないと捲し立てる。本当に、諦めてしまった自分と同じくらい、醜かった。

 

「…………へっ。安心しろよ、コイツが助けてくれるさ」

 

 変わらず不敵に笑うエドが見せてくるのは、手甲に刻まれた錬成陣。以前に見た焔の錬成陣とはまた違った錬成陣。

 

「戦いの中なのに、他人(ヒト)の死に涙を流せる、どこまでも優しい錬金術師がなァ!」

 

 言葉とともに、再び地面に拳を突き立てる。すると目の前に、節のような切れ目のある大きな石の柱が聳え立った。

 

「オラオラオラァッ!!」

 

 エドが柱を殴りつけるたび、切れ目の部分で切り離され、巨大な石塊が吹き飛んだ。石塊は空中で姿を変え、大きな石の拳へと変わり、カヌゥたちへと降り注ぐ。

 

「「「どわぁぁぁぁぁッ?!!」」」

 

 圧倒的な質量と数に押しつぶされたカヌゥたちは、あっさりと意識を失った。

 

「これぞ、とある名家に代々伝わる『芸術的、錬・金・術!!』…………ってな」

 

 ……どんなムチャクチャな錬金術だ。もうすべてがおかしくて、あきれ返っていたところに、声がかかる。

 

「リリ、気絶した奴らを回収して、一か所に集めて縛り上げといてくれ。コイツらに死なれると困るんだ。その間オレはモンスターを倒しとくからよ」

「……それ位なら構いませんが、一体何をされる気ですか?」

「んー? そうだなあ……」

 

 キラーアントの掘削で、いよいよヒビが入り始めた出口のトゲを見ながら、エドは少しばかり邪悪な笑みを浮かべた。

 

「………………『脅迫』?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 それから数時間後、≪ソーマ・ファミリア≫のホームに他派閥からの来客が訪れていた。

 

「本日は忙しいところを悪かったな。ソーマ・ファミリアの団長さん?」

「……ソーマ・ファミリア団長、ザニス・ルストラだ。それで、いい加減に名乗ってもらえるかな? ――――そちらの『主神』殿もな」

「≪ミアハ・ファミリア≫所属、エド・エルリック。そしてこちらはウチの主神であるミアハ様だ」

「ふむ。よろしく頼む」

 

 ザニスの体面に座っているのは、エドとミアハ様。そしてミアハ様のさらに向こうに、あのゲドの姿があった。

 

「それで……今回は、我が派閥の構成員が不祥事をしでかしたと聞いたのだが?」

 

 ザニスが言葉とともに視線を向ける。テーブルの横には縛り上げられたカヌゥ達三人の姿と――――同じく縛られたリリの姿があった。

 

「ああ。実はここにいるカヌゥ・ベルウェイって奴は、他派閥相手の装備の窃盗を繰り返していてな。主な実行犯として、そこのリリルカ・アーデをサポーターとしてパーティーに紛れ込ませ、金品を盗ませたうえで、後で利益をふんだくるって方法を取ってたらしい」

「ほぉ……しかし証拠はあるのかね?」

「今回コイツらは、『現行犯』でとっ捕まった。その上、以前同じ手口で被害に遭った、そこのゲドって奴も証言してくれるそうだ。なあ、そうだよな?」

「あ? ――ああ」

 

 ゲドは一瞬肩をびくつかせたが、特に何も言うことは無く、素直にうなずいた。その反応にザニスは一瞬渋面を作ったが、それを表面上は出さず、あくまでにこやかな雰囲気で聞いてきた。

 

「…………それで? 我が派閥の恥部をギルドへ報告もせず、こんな深夜にわざわざ伝えに来たというのは、どういった『見返り』を期待してなのかね?」

 

 雰囲気は確かににこやか。しかし客を迎えた応接室の外側では、武装した構成員が慌ただしく動いている。そんな殺伐とした空気を分かっていながら、エドはあくまで不敵に返した。

 

「そっちのゲドが求めているのは、被害に遭った装備の弁償。オレとミアハ様が求めているのは、『実行犯』リリルカ・アーデの『改宗(コンバージョン)』だ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――――終わったの!?」

 

 ソーマ・ファミリアのホームから少し離れた通りで、待っていたベルの奴が駆け寄ってくる。ベルの問い掛けには黙ったまま、右手の親指をグッと上げてやる。

 

「……ッ、良かった! これでリリは自由なんだね!」

「ああ。既にギルド前に仲間が待機してる、って言ってやったからな。もしオレらに危害を加えて定時連絡が出来なかったら、即座にギルドにバレるぞって脅してやったぜ」

「……実際、ナァーザの奴をギルド前に待機させておったしな。あやつらもさすがに、ギルドを敵に回してまで事を荒立てるつもりはなかった」

 

 この迷宮都市オラリオでファミリアを続けていくには、ギルドのサポートはどうしても必要になる。闇派閥(イヴィルス)になり果てる度胸でもなければ、絶対にこっちの申し出を受けなければならないってわけだ。

 

「でも、大丈夫なの? あのゲドって人が、実際に装備を盗んだリリに文句を付けてくるかも……」

「ゲドの奴には証言の手間賃として、リリが持ってた魔剣も渡してある。装備の弁償に加えて高価な魔剣だ。こっちの不利になるようなことはしねえさ。むしろ懸念なのは、≪ソーマ・ファミリア≫が≪ミアハ・ファミリア(ウチ)≫に攻め込んでこねえか、ってことだけだ」

「その点は恐らく大丈夫であろう。リリについては、名目上『賠償金代わりのタダ働き』として『改宗(コンバージョン)』を行わせた。あの団長めが漏らした、『安いものだ』という言葉には、全く嘘が無かったのでな」

 

 ミアハ様を連れて行ったのは、このため。『神に嘘はつけない』という性質を利用して、相手の言葉の裏をある程度読み取って対応するためだった。

 

「胸糞悪い話だが、向こうに危険を冒してもリリを取り戻したい事情でも出来なけりゃ、わざわざ取り戻そうとは思わねえよ」

「そっか……良かったぁ」

 

 エドの言葉に、安堵するベル。しかし、本来喜ぶべきリリは、ここまで一言も喋っていない。その背中に刻まれた恩恵(ファルナ)は、既にミアハ・ファミリアのものへと変わっているというのに、一言も発していないのだ。そうしてベルと別れ、ギルド前で待っていたナァーザと合流した時、ようやく口を開いた。

 

 

「………………なんでですか?」

 

 

 彼女が最初に述べたのは、やはり感謝でも謝罪でもなかった。

 

「なんでリリを助けたんですか?」

「……」

「同情ですか? それとも何か不埒な目的ですか?」

「…………」

「それとも、アレですか? 自分は強いから、助けるくらい簡単だと、ひけらかすためですか!?」

「………………」

「みんな、貴方みたいに強くあれるわけじゃありません! 弱い奴はどこまで行ったって弱いんです!!」

「……………………」

「折角『生まれ変われる』機会をメチャクチャにして、それで満足なんですかぁっ!!」

 

 そこまで言い切った時、正面で黙って聞いていたエドの雰囲気が変わった。そのまま徐に近づいてくると――

 

 ――――いつかのように拳骨を、落とした。

 

「フザケんなッ!!」

 

 拳の痛さに蹲っていると、あの時と変わらず、少年は理論を積み上げる。

 

「お前、まだ不幸の分、幸せになってねえだろがッ!!」

「っ、は?」

「だから、お前は『不幸』と『幸福』の量が等しくなってねえって言ってんだ!」

「いや、そんなの、綺麗に等しくなるわけが――」

「黙れ。こちとら『錬金術師』だ。『等価交換』が成り立たねえのは見過ごせねえ」

「………………」

 

 つまり、なんだ。目の前の少年は、リリの『不幸』と『幸福』が等しくないから助けただけだと?そこまで聞いたら――別に同情だとか、特別な感情だとかじゃない、と知ったら――沸々と怒りが湧いてきた。怒りのままに少年の顔に平手を飛ばし、捲し立てる。

 

「フザケてるのはそっちじゃないですか! 何ですか、その理由!」

「うっせえ! オレにとっては重要なんだよ!」

「ちょっとは甘い理由期待した、私がバカみたいじゃないですか! この錬金術バカ!」

「なんだと、この豆粒女!」

「そっちの方が背が低い癖に、豆とはなんですか! チビッコ!」

「チビって言うなあぁぁぁぁっ!」

 

 そんな光景を目にし、ミアハとナァーザは少しだけ苦笑した。

 

「楽しくなりそうではないか?」

「……にぎやかになりそう」

 

 リリルカ・アーデ、≪ミアハ・ファミリア≫入団。

 




リリ救済。そして既に改宗完了……。

『せっかく生き残れたなら、その分幸福にならなければ嘘だ』Fateでやってた凛の言葉です。エドの行動理念はこれにしました。等価交換に煩いのでw

さて、次の四章ですが、予定ではハガレンキャラが一人登場します。この人物のためだけにクロスオーバータグ入れてました。

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