ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか 作:路地裏の作者
第20話 再出発
ある気持ちのいい朝、いつもの待ち合わせの噴水の前。少しばかり早めに来たベルは、探索の相棒と言ってもいいエドと、先日エドの所属する≪ミアハ・ファミリア≫に迎えられたサポーターの少女、リリがやって来るのを待っていた。
(――もうリリの問題も片付いたし、これからは少しずつ探索の階層を下に下げて、強くなっていくだけだ!)
現在ベルの胸中にあるのは、未来に対する明るい展望のみ。その未来が必ずやって来ると、一切曇りなく信じていた。
知らず鼻歌など歌いながら、待つことしばし。道の向こう側から、すっかり見慣れた赤いフードコートと、大きなバックパックが見えてきた。
「あ! エド、リリ! 少し遅かったけど、どうし――――――――ん?」
元気いっぱいに出した言葉が、途中で止まった。まず、右を向く。金髪金眼。赤いコート。焔が描かれた錬成陣のある白手袋。いつも通りのエドだ。これはいい。
問題は、左。クリーム色のローブ。ブラウンのサポーターグローブ。大きなバックパック。そこまではいつものリリだ。ここまではいい。
――――リリの目の周りに、パンダのような
「ど、どうしたの、リリ?! ≪ソーマ・ファミリア≫に嫌がらせでもされた!?」
「……あ~~、ベル様~~~。おはよう、ございます…………すー……」
「寝ないで! 立ったまま器用に寝ないでよ!」
肩を掴んで、ガクガクと揺さぶる。ゆらゆらと瞼を上げ、起きているのかかなり怪しいリリが語ったのは、次のような出来事だった。
◇ ◇ ◇
昨日、≪ミアハ・ファミリア≫
「……さて。リリルカ・アーデよ、おぬしは正式に我が眷族としてファミリアの一員となった」
正面に立つのは神ミアハ。このファミリアの主神にして信仰対象。己が使えるべき神だ。
「おぬしは既に、ここにおるナァーザやエドと同じ、我が愛しい『子』だ。私は、眷族は皆愛しい子供だと思っておる。何度もその存在に救われ、助けられ、癒されてきた。これより先は、何か困ったことがあれば、まず私に相談なさい。
その言葉は、彼女にとって福音だった。完全なる無関心だったソーマ様とは違う、信じられる、仕えるべき
「――――はい。ありがとうございます!」
この瞬間、リリルカ・アーデは心身ともに、≪ミアハ・ファミリア≫の一員となった。主神の言葉に続いて、ファミリア一の年長者、ナァーザが続く。
「……これからリリには、これまで通りエドとベルの迷宮探索に、サポーターとして同行してもらう。その上で、休みの日とか暇なときに店を手伝ってほしい。ちなみに、接客の経験は?」
「あ、それならあります。≪ソーマ・ファミリア≫から逃げ出して、街の花屋で働いてたことがありますから」
「そう……それなら大丈夫そう。他には……アイテムの作成や、薬の調合を行ったことはある?」
「あー…………薬それ自体ではないですけど、
「あの
実際に
「……そういうことなら、ウチで店に出している代表的な
「っ、はい! 頑張ります!」
施薬院のファミリアで、店で扱う
……そこまでは。
「じゃあ、とりあえずこっちの
「おお、確かに分厚いですね。だけど頑張ります」
「頑張って覚えろよ、リリ。それ終わったら、今度はオレの『授業』だからな」
「――――ん?」
激励の後にくっついていた言葉は、どういう意味だろうか?
「あの、『授業』って?」
「あー。お前これから、オレやベルと一緒に迷宮探索に行くだろ?」
「ええ……」
「正直、お前のサポーターの腕前は見事なもんだ。そこはオレもすげえと思う」
「はあ」
「ただ、これから先、さらに下層へ潜ることを考えたら、パーティーの中で、リリに担ってほしい役目がある。それに関する授業を行っていって、中層に行く辺りで本格的に任せてえんだ」
「……話は、分かりました。それで、私がやる役目とは?」
そこでエドは一度言葉を切り、にやり、と相変わらずの笑みを浮かべて告げた。
「――――『
その言葉に、少しばかり思考が停止し、再起動までに十秒くらいかかった。
「……はい?」
「だから、『
「いや、確かにそうですけど! 『
「問題ねえよ。『錬金術』で治療するんだから」
その言葉に、ピタリと動きまで停止した。
「……つまり、『錬金術』を私に教えると?」
「正確には、そこから別れて医療に特化した、『錬丹術』という術だな。医療系錬金術も混ぜるけど」
「『錬丹術』……」
「医療特化だから、施薬院のウチでは役立つことも多い。刀創傷や貫通傷なんかも治せる。修行が終われば、いっぱしの『錬丹術師』だ」
「…………」
ここで一旦思考する。エドの使う錬金術はどれも見たことがない程奇想天外で、他の魔法とは一線を画する性能を持っていた。この先、サポーターを一生涯続けていくにしろ、途中で薬師に鞍替えするにせよ、そうした特殊な技能は覚えておいて損はないだろう。
「……分かりました。でも、エドの錬金術って、覚えるのにどのくらいかかるんですか?」
「ん? 全般的に一人前にするには、年単位でかかるだろうが……今回はすぐ使う技術限定で、促成栽培で育てるつもりだからな。数か月くらいだろ」
「結構な長丁場ですね。それでナァーザさんの教示が終わったら、今日すぐにでも授業を始めるってことですね」
「そうなる。ちなみに今日覚える内容は、コレな」
そう言って、エドがテーブルに置いたのは、今回使うテキスト代わりの研究ノート…………が、普段使っているバックパックと同じくらいの高さまで、うず高く積み重なっていた。
「…………………………………………へ?」
とりあえず、目の前の『山』が、今日やる分だとは信じたくなかった。
「大本となる錬金術の基礎概論だろ。治療のための生物基礎知識だろ。医学的見地に基づく人体構造に、構成物質理解のための化学知識に……」
「あの……それ全部、今日やるんですか?」
こちらの質問に、ただただ悪魔の笑みを浮かべるエドを見て、『錬丹術』の授業を了解した数分前の自分を殴りつけたくなった。
◇ ◇ ◇
「それから、ナァーザ『団長』の調合の授業が終わったら、錬金術・生物・医学・化学の基礎知識を延々と覚えて、覚えた内容を復習するために試験を受けて、合格点出すまで反復して……合格した時には、夜が明けてました」
「うわあ………………って、ナァーザ『団長』? ナァーザさん、『団長』になったの?」
ベルの言葉に、二人して頷く。
「構成員も三人になりましたし、派閥の代表者を決めておいた方がいい、と進言したんです」
「ナァーザ先輩は、一番の年長者で、『青の薬舗』の店長だからな。本人は渋ってたが、賛成多数で押し切った」
ちなみに本人は、『派閥の没落の原因を作った自分は、団長に相応しくない』と主張し続けていたが、ミアハ様含めて、『構成員がほとんどいなくなった派閥を支え続けたのはナァーザさんだ』と主張して団長に就任させた。
「それでなくとも、私たちは将来的には『遠征』に出て、ホームを長期間空ける可能性もありますからね。団長職は、出来る限りホームに残れる人が望ましいです」
「まあ団長は、ギルドへの繋ぎやら、他の商業系ファミリアとの交渉やら、『顔』としての役割が大きいからな。ナァーザ先輩以上の適任はいないだろ」
「そっか……うん、そうだね。あ! ねえ、エド! 今日の稼ぎで、リリの改宗と、ナァーザさんの団長就任祝いしない?」
そう言って、ベルはまるで自分のことのように喜ぶ。現実主義者のエドは、そうしたベルの純朴な一面を、少しばかり羨ましく思った。
「まあ、いいぞ。ホレ、リリ。今日の飲み代のため、しっかり起きてくれ」
「原因作ったのは、貴方でしょうが、『エド』。そっちこそ、しっかり稼いでください」
「あれ? リリって、エドを様付けしなくなったの?」
「ベル様は他派閥で雇用主みたいなものですが、エドは同じ派閥の同僚で、しかも年下ですからね。敬語使う理由も無くなったんですよ」
そんな言葉に、ベルは少しばかりエドとリリの関係が羨ましくなる。エドもリリも大切な仲間だと思っているが、リリの喋り方には少しだけ壁を感じていたのだ。
「別にその方が、気兼ねなくていいからな。けど、リリ。オレは一応お前の錬丹術の師匠で、派閥の先輩だから敬わなきゃいけないんじゃねえか?」
「…………ハッ。年下のチビッコをですか?」
「「………………」」
それから数分後、どこまでも明るく暗さを感じさせない、男女の快活な口喧嘩が、
というわけで、リリに新ジョブ、『見習い店員』、『見習い薬師』、『見習い錬丹術師』が付きました。魔改造が進むなあ……アニメでやってましたが、『血肉』作れるなら、回復薬も作れそうなんですよね。レシピがあればw
リリがダンジョン内で、錬丹術や錬金術使う方法ですけど、少し特殊な方法を使います。それに関連して、エドの魔法の『本来』の能力も明かそうと思っています。
次回は『錬丹術』授業風景。上に書いたダンジョン対策や魔法についてもやっていきますw