ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――化け物……そう答えておきたいところだが、貴女には本当のことを教えておこう。ヴァン・ホーエンハイムという人の皮を被った――


第21話 錬丹術講座

 

「あ~、疲れたーー……」

「ホントだね。でも、もう10階層は慣れてきたかな?」

「油断は禁物ですよ、ベル様。ダンジョンでは何が起こるか分からないのですから」

 

 お祝いの予算のために、迷宮にこもった夕方。10階層のオークを焔で焼いたり、石の砲弾で貫く簡単なお仕事を済ませ、ベルのアドバイザー、エイナさんへの報告に付き合うことになった。

 

「なんかゴメンね、付き合ってもらっちゃって」

「気にすんな。どの道、リリの改宗(コンバージョン)の件で顔を出しに行くつもりだったしな」

「以前は、エドのアドバイザーも勤めておられたんですよね。どうして担当から外されたのですか?」

「……多分、オレが全くアドバイス聞かなかったせいだな。後、オレ自身リハビリだったから、半年は2階層までしか進むつもりが無かったのも原因だな。下に行くようになったら改めて頼むつもりだったんだが、その辺りでベルと組んで、そっちの担当アドバイザーがエイナさんになって……」

「内容同じだし、あえて頼むことも無くなったということですか」

「そういうこった」

 

 そんなことを話しているうち、ギルドの目の前までやってきた。扉を押し開け、人ごみを縫って進んでいく。

 

「……っと、エイナさんは」

「…………あ」

 

 キョロキョロと目的の人物を探していると、ベルが一点を見つめて動かなくなった。不審に思い、その視線の先を追う。

 

「――――ん? エイナさんと……」

「『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン……?」

 

 意外な組み合わせが、そこにいた。そのことを訝しんでいると、いきなりベルが回れ右をし、全力ダッシュの構えに入る。エドとリリは、瞬間的に目配せし頷きあった。

 

「――――――、?! と、とわぁっ! ギャフ!!」

 

 まず、ベルの方に近かったリリが足払いをかけ、バランスを崩したところに、エドの『右手』のラリアットが決まる。アイコンタクトのみで、完璧なコンビネーション攻撃だった。喰らったベルはなす術もなく、ギルド大広間の床に大の字に横たわることとなった。

 

「「なんで逃げるんだよ(ですか)?」」

「いや、二人とも息、合いすぎだよ!!」

 

 ダメージからなんとかベルは起き上がったが、その頃にはエイナさんも『剣姫』も周りにたどり着いていた。……そこから、エイナさんのお説教が始まったのは言うまでもない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 詳しい事情をエイナさんに聞いてみると、なんでも『剣姫』は先日の10階層での血肉(トラップアイテム)騒動の折、オークに囲まれていたベルを助けてくれたんだそうだ。その際、ベルが落とした緑玉色(エメラルド)のプロテクターを拾い、直接返しにきたとのこと。以前ミノタウロスの騒動に巻き込んでしまった謝罪も兼ねているとか。

 

「――それで、この子が新しい≪ミアハ・ファミリア≫の一員?」

「はい、リリルカ・アーデと言います。よろしくお願いします!」

「ウチ所属で、パーティーではサポーターにつくことになる。ベルの奴も了承済みだ」

 

 ベルの方を『剣姫』に任せ、こっちは違うブースでエイナさんにリリを紹介している。ベルがまた逃げても、あれだけ近ければ『剣姫』がいくらでも対応できるだろうからな。

 

 そうこうしているうちに向こうの会話は終わったらしく、ベルが戻ってきたが、何故か一人だけ手招きしてきた。

 

「(なんだよ?)」

「(あ、あのさ……僕、明日からヴァレンシュタインさんに、戦い方を教わることになって……)」

「は?」

 

 思わずひそひそ話でなく、普通に声が出た。何がどうなって、そうなったやら。だが、まあちょうどいいか。

 

「(よかったじゃねえか。それで、一緒にダンジョンに行くのが遅くなるって話か?)」

「(う、うん……ダメかな?)」

「(こっちもリリの勉強に、まとまった時間が欲しかったところだ。何度も徹夜でやらせるのは、効率が悪いからな)」

 

 とりあえず目安として、午前中は互いの訓練や勉強の時間。午後はダンジョン探索となった。以前よりは探索に時間が取れなくなるが、怪物祭(モンスターフィリア)の売り上げで今月の支払いは何とかなるし、少しの間なら大丈夫だ。

 

 その後、この時間の割り当ては、≪ロキ・ファミリア≫が再び遠征に出発し、『剣姫』が訓練できなくなるまでとした。ベルの方は、『剣姫』に明日の都合を何とか聞き、明日改めて会うことにして、舞い上がりながら家路についた。……そう。家路に。

 

「アイツ、お祝いのこと、すっかり忘れてるぞ……」

「……まあ、また今度にしますか」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その日の夜。『青の薬舗』の調合室にて。

 

「そんじゃ、『錬丹術』講座の続きを始めます!」

「おー……」

「ええ、どうぞ」

 

 ミアハ・ファミリア勢ぞろいとなって、『錬丹術』の授業が始まった。主神であるミアハ様は、壁の近くで椅子に腰かけながら、優しげな笑みを浮かべている。

 

「しかし、なんですね。自分より年齢も背も小さい相手に教わるというのは、少しばかり情けなくなりますね」

「リリ、分かるよ……」

「分かんねーでください! それにオレだって、お前より『座高』は高いんだぞ?!」

 

 その言葉を聞いて、リリは少しばかり涙ぐむような顔をしていた。

 

「それはつまり、私より『足が短い』ということでは?」

「――――――…………」

 

 言葉は矢となり、エドの胸に深々と突き刺さった。

 

「ぐ、ぐぅ…………き、気を取り直していくぞ。まずは昨日やったところまでの復習から。リリ、『錬丹術』とはなにか?」

「はい。『錬丹術』や『錬金術』は、万物の流れを操る学問であり、特定の法則にしたがい、構築式を組むことで、様々な事象を発生させることが可能となります」

「そうだ。これらの流れを知るために、錬金術や錬丹術では『はじまり』となる教えがある。それはなにか?」

「『一は全、全は一』ですね」

「そうだ。そして――――……」

 

 その後も、様々な錬金術と錬丹術の中核を成す法則、要点、理論などを教え込んだ。そして、話はダンジョンが与える、錬金術と錬丹術への『制約』の話となった。

 

「ダンジョン内では、錬金術も錬丹術も使えない……!」

「そうだ。正確には使えるんだが、影響を受けて使えるエネルギーが非常に弱くなる」

 

 『ダンジョンは生きている』。それの影響と考えれば納得だが、それではダンジョン内で術を使用するにはどうすればいいのか。

 

「……それならどうするんですか? エドが使う特殊な魔法じゃないと術が使えないんですよね?」

「それも考えてある。ここ半年で新しく作り上げた、この錬成陣を使うんだ」

 

 そうして、取り出された錬成陣は、これまで見たものとは構造そのものが異なるように見えた。

 

「えっと……確か錬成陣の要素は、用途を表す『構築式』と、万物の循環を表す『円』でしたっけ。この陣は……『五芒星』の形をした部分が『構築式』で、それを囲む『円』が循環で……」

 

 そこで、止まる。今見ている錬成陣には、その外側に、更にもう一つ異質な式が加わっていた。

 

「『月』と、『太陽』と…………『太陽を飲み込む獅子』?」

 

 『円』の外側に、その記号がぐるりと書かれ、更に外側にもう一つ『円』が加わっていた。

 

「……なんですか、コレ?」

「その外側の部分はな、オレの魔法で起こっている現象を構築式に組み込むものだ。それがあれば、精神力の消費で錬金術も錬丹術も使えるようになる」

「えっと……具体的に、どんな現象が起こるんですか?」

 

 その疑問に、エドはすぐには答えず、代わりにサンプルを入れるシャーレを持ってきた。

 

「これから、オレの魔法で本来(・・)生成されているものを、分かりやすく取り出す。よく見ててくれ」

 

 そうして、両手を水をすくうような形にすると、魔法の詠唱を始めた。

 

「【一は全、全は一】――――――――【ホーエンハイム】!!」

 

 青い雷光が閃き、やがて魔法が終わる。そうして、エドは両手から水を注ぐように、容器の上に開けた。

 

「……赤い…………チリ(・・)…………?」

 

 手の中からは、赤い粒子状の何かがパラパラと落ちてきた。もっとも本当に量が少なく、数粒と言ったところだったが。

 

「これがエドの魔法で生成するものですか?」

「ああ。そいつが――――――『賢者の石(・・・・)』だ」

「………………………………はい?」

 

 賢者の石。ここ迷宮都市オラリオで有名なのは、『神秘』と『魔導』を極めたとある賢者が生成した不老不死の妙薬。それをこんな簡単に作り上げたのかと思って思考が停止しかけたが、よくよく聞いていくと、全然別物だと判明した。

 

 エドの錬金術で言う『賢者の石』は、『人間の魂を抽出して作る錬成エネルギーの塊』だとのこと。あくまで聞いた話だが、一個の賢者の石を作るために、複数の人間を『材料』にすることもあるとか。『哲学者の石』、『天上の石』、『大エリクシル』など呼び名も大量にあるが、液体・固体に限らず、エネルギーの塊を全てそう呼ぶのだそうだ。

 

「……で、エドの魔法は、『精神力』の消費で『錬成エネルギーの塊』、つまりは『賢者の石』を作り出すのが、本来の形だと?」

「ああ。もっとも人間の『魂』を材料にしているわけじゃないから、所詮はまがい物だけどな。生成量は極端に少ねえし、錬成に一回使えば終わりだ」

「エド。分かっていると思うが――」

「ミアハ様。心配しなくても、本来の『賢者の石』なんか作りませんよ。アレがどれほど恐ろしいものかは、身に染みて分かってます」

 

 ここで先程の改良型錬成陣に話が戻るが、この外側の構築式は、『月』が『精神』、『太陽』が『魂』、そして『太陽を飲み込む獅子』は『賢者の石』を表している。『精神』力を『魂』の一部とし、その一部を『賢者の石』に変えるのがこの錬成陣の効果だ。

 

「直接『賢者の石』に変換するわけじゃないんですね……効率悪くないですか?」

「元々錬金術も錬丹術も、『精神力』から直接エネルギーを貰えるようにはなっていないからな。回りくどくなる分、オレの魔法より2倍くらい『精神力』を消費することになる」

「それでも稀少な『治癒魔法』の代用が出来るだけ、優秀な術ですね……」

 

 何より、本人の資質や運次第で使い手が決まる『治癒魔法』より、ある一定のレベルまで学べば誰でも使える点を考えれば、確かに優秀なのだ。これから先運用の際には、精神疲弊(マインドダウン)に気をかける必要は出てくるが。

 

「それじゃあここからは、実際の錬成に入るぞ。自分で理論を理解し、陣を描き、錬成するんだ。上手くいかなきゃ何度もやり直させるから、覚悟しとけ」

「! 望むところですよ!」

 

 そうして、その日は遅くまで、『青の薬舗』から明かりが消えることは無かった。

 




エドの魔法は、『賢者の石』生成魔法でした!名前が【ホーエンハイム】なのも、彼自身が『賢者の石』だったことに由来しますw

最初にずっと、『錬成エネルギー』としか言わなかったのは、結晶化する端から錬成に使って、全然残さなかったせいもあります。戦闘中にそんな余裕はないからなぁ……

今回の精神力変換の構築式は、クセルクセスの構築式を参考にしています。あそこでは、他に『身体』は『石』を記号として用いるそうです。

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