ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――どうせここで皆死ぬんだ。冥土の土産に、いいもの見せてやるよ



第24話 窮地

 戦端を開いたのは、エドの錬金術だった。

 

「……【ホーエンハイム】」

 

 詠唱の完了とともに、手甲(ガントレット)に包まれた両拳を地面へと叩き落す。衝突点から幾筋もの青い雷光が駆け抜けた。

 

「う――――おぉおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 咆哮とともに地面が隆起し、ライガーファングとバグベアーへと多くのトゲが殺到する。その様子はまさに圧倒的。上層の並みのモンスターならば一撃で葬れるだけの威力があった。

 

 だがそれも、ブルブルと二体が身体を振るうと砂糖細工のように崩れ落ちた。

 

(……前の時もそうだったが、コイツ等は生まれた階層によって、力だけじゃなく、耐久力も違いすぎる。多分、金属の含有率のせいだな)

 

 このダンジョン内で生まれるモンスターは、その身体に超硬金属(アダマンタイト)と呼ばれる金属を内包する。そのため時折残す角や骨、はたまた皮膚などの素材は、地上で取れる他の素材とは比べ物にならないほど高性能な装備となる。当然怪物を生み出す土中にもこの金属は含まれているが、採掘可能な鉱石は下層や深層に限られる。つまり、下へ行くほどこの金属は含有率が高くなり、地上に近づくほど少なくなるのだ。

 

 以前、ミノタウロスに攻撃が通じなかったことから、改めてダンジョンについて調べたところ、錬成の材料だった地面の硬度が、彼らの皮膚を貫けなかったのが原因だったと分かった。そしてその硬度の著しい差異の原因として上がったのが、金属の含有率だったのだ。

 

「――だったら!!」

 

 手甲(ガントレット)を外し、発火布へと付け替える。指先から焔を走らせ、牽制する攻撃に切り替えた。迫る焔に、ライガーファングが一歩前へと出た。

 

『――――――ァッ!!』

 

 通路に響き渡る大音声とともに、焔が一瞬で霧散した。

 

「『咆哮(ハウル)』で、焔をかき消しやがった…………?」

 

 本来冒険者を威嚇するのが精々の『咆哮(ハウル)』で、およそ有り得ない現象。目の前のライガーファングが、通常のものとは一味も二味も違う証左だった。

 

「――――――う……?」

 

 後ろで気絶していたリリが、身じろぎする音がした。無事意識を取り戻してくれたことに、僅かに安堵する。

 

「――よー、リリ。起きて早速で悪いが、焔も物理攻撃も効かない相手に、打開策思いつかないか?」

 

 いつも通りの軽口を言いながら、背中の槍を構える。現状、錬金術では手詰まり。通じる可能性のあるのは、もう肉弾戦だけだった。視線を横に流しても、ベルは必死になってミノタウロスの攻撃を凌ぎ、ただ死なないようにもがいているような状態。絶体絶命とはまさにこのことだった。

 

「とにかく、なんとか隙を見て、逃げ出すしか――」

「――エド!!」

 

 言葉の途中で叫んだリリに、視線を今まで合わせていたライガーファングから、後ろのバグベアーへと移す。そいつは地面から突き出ていた折れたトゲへと近づき、確かににやりと笑った(・・・・・・・)

 

 そして、その折れたトゲを、周囲の地面ごと爪で殴り飛ばしてきた。

 

「なッ…………!」

「きゃあ!?」

 

 咄嗟にリリの手を取り、飛ばされてきた地面の塊から必死になって逃げる。直撃は避けたが、砕けた破片が身体中を強かに打った。

 

「! エド、前!」

「!」

 

 飛来する岩に意識を奪われた瞬間に、それ(・・)は忍び寄っていた。その動きは、やはり野生のそれ。俊敏なライガーファングは、こちらの意識の間隙を縫い――――……

 

 

 ――――その爪で、右側の(はらわた)を、半ば抉って行った。

 

 

「げっ、ブゥッ!!」

「エドぉっ!!?」

 

 その傷の余りの痛みと、焼けつくような熱さに、喉奥から駆け上がった胃液と血液を吐き出した。後ろに庇っていたリリに怪我こそなかったが、状況は最悪。自分が倒れれば、サポーターの彼女は為す術なく、目の前の大虎に喰われるだろう。

 

「ぐ、ぐぐ……………………ぐお゛お゛お゛おおおぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 震えながら合わせた両手を、地面へと叩き落す。その瞬間地面に大穴が空き、目の前のライガーファングは階下へと落ちていった。

 

「エド、エド?! しっかりしてください、気をしっかり持って!!」

「だ、い゛、丈夫…………じゃ、ねえ゛な、こりゃぁ…………」

 

 体勢を変えようと、四苦八苦していると、階下に落ちたはずのライガーファングの姿が見えた。そいつはなんと空中でトンボを切り、荒く崩れた壁面に貼り付くと、まるで慣れた道のように壁面を登り始めたのだ。離れていたため大穴から免れたバグベアーも、のっしのっしと穴を回り込むために歩いてくる。

 

 ポーチから、非常用の高等回復薬(ハイポーション)精神力回復薬(マジック・ポーション)を取り出して、血液ごと口に流し込み、残りの高等回復薬(ハイポーション)は全て傷にかける。それでも、治らない。内臓が一部完全に欠損し、手持ちの高等回復薬(ハイポーション)では足りないのだ。

 

(……どうする? 状況は最悪だ。傷が治らねえと逃げられねえし戦えねえが、高等回復薬(ハイポーション)じゃ足りねえ。錬金術でも錬丹術でも、欠損した内臓を治すには『代価』が――――、っ!!)

 

 そこまで考えて、気付く。自分にはまだ、『禁忌』の手段が残されていることに。その血にまみれた両手に、それはまだ残っているということに。

 

「……リリ」

「エド、今は喋るより傷を治してください! 錬丹術かなにかで――」

「今からオレは゛、……っ、『人体錬成』を、行う」

 

 その言葉に、傷口を抑えようと、周囲に散らばっていた布きれをかき集めていたリリの手が、一瞬止まった。

 

「…………え?」

「こ゛の……ゲフッ! 傷は、もう錬金術でも錬丹術でも治らない。傷口が深すぎるし、内臓を治すには゛代価が足りない」

「それで何で『人体錬成』を?! それは禁忌だって言ってたじゃないですか!」

「オ゛レの『魂』を『賢、者の石』に見立て、健康な内臓へ錬成……最悪゛、他の場所を持っていかれる(・・・・・・・)か、寿命を削るかで済む…………」

「………………」

 

 その言葉に、リリは唇をかむ。分かっているのだ。高等回復薬(ハイポーション)でエドの傷口が治らないのは、傷が深すぎるから。これを治すには、恐らく万能薬(エリクサー)が必要だろう。だが、そんなものはここにはなく、目の前の二体の猛獣からは逃れられない。手段は、ほかにないのだ。

 

「……分かりました。けど、絶対に死なないでくださいね」

「わが、ってるさ……」

 

 そのままエドは両手を上へと持ち上げる。震える手。これから自分が行うこと、失敗した場合の危険性(リスク)が、募る。

 

 けれど、隣で不安そうにしながらも、自分を信じる強い瞳に、震えはいつの間にか止まっていた。

 

「ッ!!」

 

 パアンッ、と両手を音高く合わせ、自分の脇腹へと振り下ろす。意識は、かつて見た場所へと飛ばされる感覚を味わった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そこは、白一色の空間だった。

 

 扉から投げ出されたエドは、目の前に佇む、『右手』と『両脚』だけが生身の、その存在と出会った。

 

『――久しぶり』

 

 まるで旧知の友人に出会ったような軽い口調。その口調へのイラつきを無視し、こちらの要件だけを告げる。

 

「脇腹の傷を、『人体錬成』で治しに来た! 代価は――――」

『いらないよ、そんなの』

 

 代価を告げようとした時、目の前の『真理』から告げられた事柄に、思わず言葉が止まった。

 

「………………は? なに…………?」

『だから、いらないって。傷を治す? そんなのさぁ…………』

 

 言葉を途中で切り、『真理』が『右手』で指さす。エドを通り抜け、背後(・・)を。

 

そいつ(・・・)に頼みなよ』

 

 振り返った先、『扉』の向こうに、巨大な顔が覗いていた。

 

 

『――――――とっとと戻ってきな。ションベンガキ』

 

 

「お前は――――――!!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 閃光が、奔った。光源となったのは、先程まで腹に負った傷で地に伏せっていたエド。その傷口から、迸るかのように、『紅い雷光』が漏れ出ていた。そして、明らかに重傷だった腹の傷は、まるで巻き戻すかのように、その痕を消していった。

 

「………………エド?」

 

 その光景の異常さに気付いたのは、リリ一人のみ。曲がりなりにも錬丹術の教えを受けてきたからこそ、その現象の有り得なさに気づく。知らない。あんなものは知らない。あんな『紅い』錬成光なんか知らない。あんな、等価交換を無視した錬成なんて知らない……!

 

 だけど、目の前のエドは、答えない。こちらの呼びかけに答えず、ただ一度天を仰いだ。

 

「――――――くっ。がっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」

 

 呵呵大笑。その聞いたことも無い笑い方に、リリの背筋がざわついた。

 

「はっはっ…………あー、ようやく外に出られたぜ」

 

 ――――……違う。これは、違う。

 

「ちぃと尺は(みじけ)えが、まあ、中々いい身体だ」

 

 エドが、こんな風に喋るはずがない。こんな風であるはずがない。

 

引っ張って(・・・・・)きてくれて、感謝するぜ、ガキ」

 

 目の前の存在は、『エド・エルリック』じゃない!

 

「――――――誰ですか、あなた」

 

 絞り出すようにそれを口に出来たのは、自分でも意外だった。それくらい目の前の出来事は衝撃的だったから。

 

 こちらの疑問に対して、目の前のエドの顔をした誰かは、ただ口元をクッと上げた。

 

 

「――――――――……()は、『グリード』」

 

 

 笑みを浮かべた顔で、その髪を一度『左手』でかき上げる。その手の甲に刻まれているのは、ウロボロスの刻印。

 

 

「『強欲』の、グリードだ!!」

 

 

 其れは、全てを欲する、飽くなき欲望。大罪を象徴する者は、長き流転の果て、欲望渦巻く迷宮(ダンジョン)へと降り立った。

 




ようやく出せたハガレン唯一の原作キャラ、『グリード』!どうやってダンまちに来たかは、次回やります。
彼が来たおかげで、作者が当初から考えていた、『鋼の錬金術師のどの世界も知っているファンである』というオリ主の『切り札』も出せます。この『切り札』、原作ハガレンとは少し違う発想なのでw

※nasyen様のご意見により、感想の一部を活動報告に移しました。

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