ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか 作:路地裏の作者
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あんたには立派な足がついてるじゃないか――
深い深いまどろみから、その少年は
「……っ、ぐ――――――――」
身体が、とてつもなく重い。喉がカラカラに渇く。まるでベッドに縛り付けられているような圧を、身体中に感じていた。
「おや、起きたかね?」
「っ、あ?」
身体にかかる圧に、全身全霊で逆らいながら首だけを横に向けると、そこに端麗な顔立ちの青年がいた。身に纏う灰色の
「おぬしは、森の中で血まみれで倒れており、かれこれ一週間眠っておったのだ。何か飲むかね? 食事であればもう少し待ってもらいたいが」
「ぅ、ぐ、ぁ、い゛、一週、間?」
その言葉に思わず
「――――――あ」
支えとなるべき右腕と両脚が無いことに気付き、そこでようやくあの『扉』での記憶が引き出された。
「………………夢じゃなかった、か」
不思議と、喚きたくなるような衝動には駆られなかった。ただ、そこにあったものを思い、空虚な感覚を味わい、涙だけが流れた。
そうして少しの間、只々静かに涙していると、不意に横から声がかかった。
「…………落ち着いたかね?」
その言葉に、見ず知らずの人の前で涙してしまったことに気づき、急に気恥ずかしくなってしまった。左手の握り拳で涙を拭い去り、改めて男性に向き直った。
「見苦しいところを見せて、すいませんでした……」
「いやいや。何も見苦しいことなどない。それよりも、こうして起きられた以上、何があったのか聞かせて貰えぬかな?」
その質問に、思わず詰まる。自身の身に起きたことは、およそ自分でも信じられない事柄だ。恐らく言ったところで、信じる者などいないだろう。しかし、瀕死の重傷を負っていたであろう自分を、安全な場所まで運び、手当までしてくれた相手に嘘は言いたくない。どうするか……と迷っていると、目の前の男性から思いがけないことを言われた。
「案ずることは無い、思うままを言いなさい。およそ人の子に信じられぬ事柄であろうと、私は信じよう。私も人の子とは違う存在なのだから」
「――え?」
「…………その身体、人の子の間に産まれたにしては、いささか不自然なのだ。何処かの『神』による被造物なのか、とも思ったのだが。話してもらえぬか?」
言葉の端々に、およそ有り得ない言葉が混じっていたが、目の前の男性の真摯な姿勢と、何よりも、すべてを包むような圧倒的な存在感を感じ、遂には自分の身に何が起きたのかを全て話していた。
◇ ◇ ◇
「――――成程な。魂の洗浄前に横槍を入れた、『真理』を名乗る存在か」
普通であれば信じる者などいない与太話。だというのに、目の前の男性はその話を頭から信じていた。それと言うのも、目の前の存在も、同じくらい常識外の存在だった。
「オレも、驚いてますよ。まさか貴方が――いえ、貴方様が、正真正銘の『神』だなんて」
「ふむ、無理に敬語を使う必要もないぞ。見ての通り、下界ではボロ家暮らしのしがない神にすぎんのだから」
「えっと……」
目の前の人物――
この世界は、かつての前世で物語に出てきた様々な怪物や、神や精霊といった高次の存在も存在しており、住民もまた違う。所謂
「『
「うむ。一般的な
「『魔法』とか、普通にあるんだな……」
新たな常識外に、精神がガリガリと削られる音がしたが、それを無理やり脇へと追いやる。この身体は『
(まさか、何もかも忘れてしまうとはなあ……)
目が覚めたとき、自分は以前の名前を思い出すことが出来なかった。それどころかどんな家族構成だったか、どこでどんなふうに暮らしていたかも思い出せない。分かるのは、かつての自分が憧れていたという『鋼の錬金術師』の知識と
「『真理』なる存在に心当たりはないが……。まあ、何にせよ、今は身体を休めることだ。食事や治療は私が提供し――」
「…………ミアハ様?」
そこに入ってきたのは、どこか眠たそうに半目を開けた犬耳の少女だった。右腕が長袖、左腕が半袖と、奇妙にアンバランスな服装をしている。
「ミアハ様、その子、起きたんですね……」
「ああ、ナァーザよ。お前の作った
「そうですか……」
そう言って隣に座り込んだ少女は、どこか茫洋とした印象で、どうにも内心がつかみづらい感じだった。
「……それで、貴方はどこの『ファミリア』? 連絡がつくようなら、治療費をお願いしたい……」
「………………」
困った。この質問には心底困った。先程ミアハ様から『ファミリア』というものの概要も聞いているが、身体を再構築されたに過ぎない自分には、この世界の知り合いなどいるわけがない。当然瀕死の重傷を治療してもらったので、治療費は何が何でも支払いたいが、無職かつ身元不明の自分には支払う当てなどない。答えようもなく、言葉に詰まっていると。
「いや、ナァーザ。この者は何処の『ファミリア』にも属しておらぬ、いわば流れ者なのだ。当然支払う当てもないようだし、今回は請求することも――」
「――――ミアハ様?」
彼女の発言で、気温が一気に下がった気がした。
「ウチは施薬院のファミリア。対価をもらうのは当然……」
「しかしだな、金銭を所持しておらぬのだぞ?」
「……そうやって、皆に良い顔して
「いや、そんなことは無い。配るときには『今後ともご贔屓に』と言って回っておる」
「…………それで
そんな感じで、犬耳の少女が延々と目の前の神様への愚痴を暴露していったが、ある程度のところで、提案を出させてもらった。
「――――あ、あのよ、良ければこの『ファミリア』で働かせてもらえないか?」
その言葉に、延々と言い合っていた二人が虚をつかれたように止まる。
「……いや、しかしだな」
「そもそも、その手足で働けるの……?」
まあ、右腕も両脚も根元から無くなっているからな。
「それは、まあ、大丈夫だ。材料さえあれば、義手も義足も自分で作ることが出来る。時間はかかるけど、動けるようになり次第、働いて返すさ」
この世界にも義手や義足は存在するかも知れないが、そうしたものは専門技術で高価になりやすい。自分で
「しかし、これほどの怪我人を働かせるというのも……」
「ミアハ様は甘すぎる。私は賛成……」
何とか女性の方の賛成は、得ることが出来た。その後話し合い、金銭の請求をどうするかは、手足の作製と治療の目途が立ってからとなった。
「そうとなれば、もう後少しで夕餉だ。その手足で食事も不便であろう? ナァーザ、ここに彼の食事を――――あ」
そこまで言ったところで、不意にミアハ様が止まった。どうかしたのだろうか?
「いや、お主の名前を決めていなかった。前の名前を忘れているとしても名前は必要であろう?」
「あ。それなら、名乗りたい名前があるんだ。いいか?」
金髪金眼、人よりも小柄な体躯。その外見があまりに似通っていたから、自然と浮かんできた名前があった。けれど、自分は『彼』ではない。あくまで似ているだけで違うモノ。だからそうした意味を込めて、その名前を口にした。
「オレは――――――『エド・エルリック』。これからは、そう名乗る」
似て非なる存在。それゆえの『エド・エルリック』命名回でした。
彼をミアハ・ファミリアと接触させたのは、他の登場人物で助けてくれそうな存在がいなかったため。あそこなら、薬作成のため都市外へのフィールド・ワークもあるだろうし、治療もしてくれそうだからです。
次回は、少し時間が飛びます。延々とリハビリを書くわけにもいきませんので……