ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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立って歩け
前へ進め
あんたには立派な足がついてるじゃないか――



第3話 ミアハ・ファミリア

 

 深い深いまどろみから、その少年は覚醒(めざ)めた。

 

「……っ、ぐ――――――――」

 

 身体が、とてつもなく重い。喉がカラカラに渇く。まるでベッドに縛り付けられているような圧を、身体中に感じていた。

 

「おや、起きたかね?」

「っ、あ?」

 

 身体にかかる圧に、全身全霊で逆らいながら首だけを横に向けると、そこに端麗な顔立ちの青年がいた。身に纏う灰色の法衣(ローブ)、群青色の髪を伸ばし、にこやかな顔立ち、だけどその整い過ぎた顔立ちは、ともすれば、人間では為しえぬもののようにも感じた。

 

「おぬしは、森の中で血まみれで倒れており、かれこれ一週間眠っておったのだ。何か飲むかね? 食事であればもう少し待ってもらいたいが」

「ぅ、ぐ、ぁ、い゛、一週、間?」

 

 その言葉に思わず寝台(ベッド)から飛び起きようとすると、バランスが上手く取れず、ベッドの上でゴロゴロと転がってしまった。

 

「――――――あ」

 

 支えとなるべき右腕と両脚が無いことに気付き、そこでようやくあの『扉』での記憶が引き出された。

 

「………………夢じゃなかった、か」

 

 不思議と、喚きたくなるような衝動には駆られなかった。ただ、そこにあったものを思い、空虚な感覚を味わい、涙だけが流れた。

 そうして少しの間、只々静かに涙していると、不意に横から声がかかった。

 

「…………落ち着いたかね?」

 

 その言葉に、見ず知らずの人の前で涙してしまったことに気づき、急に気恥ずかしくなってしまった。左手の握り拳で涙を拭い去り、改めて男性に向き直った。

 

「見苦しいところを見せて、すいませんでした……」

「いやいや。何も見苦しいことなどない。それよりも、こうして起きられた以上、何があったのか聞かせて貰えぬかな?」

 

 その質問に、思わず詰まる。自身の身に起きたことは、およそ自分でも信じられない事柄だ。恐らく言ったところで、信じる者などいないだろう。しかし、瀕死の重傷を負っていたであろう自分を、安全な場所まで運び、手当までしてくれた相手に嘘は言いたくない。どうするか……と迷っていると、目の前の男性から思いがけないことを言われた。

 

「案ずることは無い、思うままを言いなさい。およそ人の子に信じられぬ事柄であろうと、私は信じよう。私も人の子とは違う存在なのだから」

「――え?」

「…………その身体、人の子の間に産まれたにしては、いささか不自然なのだ。何処かの『神』による被造物なのか、とも思ったのだが。話してもらえぬか?」

 

 言葉の端々に、およそ有り得ない言葉が混じっていたが、目の前の男性の真摯な姿勢と、何よりも、すべてを包むような圧倒的な存在感を感じ、遂には自分の身に何が起きたのかを全て話していた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――――成程な。魂の洗浄前に横槍を入れた、『真理』を名乗る存在か」

 

 普通であれば信じる者などいない与太話。だというのに、目の前の男性はその話を頭から信じていた。それと言うのも、目の前の存在も、同じくらい常識外の存在だった。

 

「オレも、驚いてますよ。まさか貴方が――いえ、貴方様が、正真正銘の『神』だなんて」

「ふむ、無理に敬語を使う必要もないぞ。見ての通り、下界ではボロ家暮らしのしがない神にすぎんのだから」

「えっと……」

 

 目の前の人物――神物(じんぶつ)は、何を隠そう『神様』。それも自称でもなんでもなく、かつては天界に存在したが、下界へと降臨された神の内の一柱(ひとり)なのだそうだ。おかげで自分の現状もおおよそのことが分かってきた。

 

 この世界は、かつての前世で物語に出てきた様々な怪物や、神や精霊といった高次の存在も存在しており、住民もまた違う。所謂亜人(デミ・ヒューマン)と呼ばれる種族も存在し、人間(ヒューマン)とも共存している。そして、この身体も純粋な人間のものではないということだった。

 

「『小人族(パルゥム)』……か……」

「うむ。一般的な亜人(デミ・ヒューマン)人間(ヒューマン)に比べると、子供程度の背丈までしか成長しない種族だ。そのため筋力などは劣るが、視覚等の感覚器官や敏捷性には優れておる。後は、『魔法』を自然と発現することも多い種族だ」

「『魔法』とか、普通にあるんだな……」

 

 新たな常識外に、精神がガリガリと削られる音がしたが、それを無理やり脇へと追いやる。この身体は『小人族(パルゥム)』と呼ばれるこの世界特有の種族のもので、大体13歳前後のもの。種族が変わった理由として考えられるのは、肉体の再構築の時点で、材料となった前の肉体が損傷しており、不足したつじつま合わせでは無いだろうかとのことだった。肉体年齢も下がっているし、これじゃ若返りに近い。――――それに。

 

(まさか、何もかも忘れてしまうとはなあ……)

 

 目が覚めたとき、自分は以前の名前を思い出すことが出来なかった。それどころかどんな家族構成だったか、どこでどんなふうに暮らしていたかも思い出せない。分かるのは、かつての自分が憧れていたという『鋼の錬金術師』の知識と(ことわり)、そして前の世界の文明や歴史などの知識方面の記憶だけだ。

 

「『真理』なる存在に心当たりはないが……。まあ、何にせよ、今は身体を休めることだ。食事や治療は私が提供し――」

「…………ミアハ様?」

 

 そこに入ってきたのは、どこか眠たそうに半目を開けた犬耳の少女だった。右腕が長袖、左腕が半袖と、奇妙にアンバランスな服装をしている。

 

「ミアハ様、その子、起きたんですね……」

「ああ、ナァーザよ。お前の作った高等回復薬(ハイ・ポーション)がよく効いたようだ」

「そうですか……」

 

 そう言って隣に座り込んだ少女は、どこか茫洋とした印象で、どうにも内心がつかみづらい感じだった。

 

「……それで、貴方はどこの『ファミリア』? 連絡がつくようなら、治療費をお願いしたい……」

「………………」

 

 困った。この質問には心底困った。先程ミアハ様から『ファミリア』というものの概要も聞いているが、身体を再構築されたに過ぎない自分には、この世界の知り合いなどいるわけがない。当然瀕死の重傷を治療してもらったので、治療費は何が何でも支払いたいが、無職かつ身元不明の自分には支払う当てなどない。答えようもなく、言葉に詰まっていると。

 

「いや、ナァーザ。この者は何処の『ファミリア』にも属しておらぬ、いわば流れ者なのだ。当然支払う当てもないようだし、今回は請求することも――」

「――――ミアハ様?」

 

 彼女の発言で、気温が一気に下がった気がした。

 

「ウチは施薬院のファミリア。対価をもらうのは当然……」

「しかしだな、金銭を所持しておらぬのだぞ?」

「……そうやって、皆に良い顔して回復薬(ポーション)を配りまくるから、ウチは貧乏……」

「いや、そんなことは無い。配るときには『今後ともご贔屓に』と言って回っておる」

「…………それでお客(リピーター)が来たことがない……」

 

 そんな感じで、犬耳の少女が延々と目の前の神様への愚痴を暴露していったが、ある程度のところで、提案を出させてもらった。

 

「――――あ、あのよ、良ければこの『ファミリア』で働かせてもらえないか?」

 

 その言葉に、延々と言い合っていた二人が虚をつかれたように止まる。

 

「……いや、しかしだな」

「そもそも、その手足で働けるの……?」

 

 まあ、右腕も両脚も根元から無くなっているからな。

 

「それは、まあ、大丈夫だ。材料さえあれば、義手も義足も自分で作ることが出来る。時間はかかるけど、動けるようになり次第、働いて返すさ」

 

 この世界にも義手や義足は存在するかも知れないが、そうしたものは専門技術で高価になりやすい。自分で機械鎧(オートメイル)を作った方が、はるかに安上がりだろう。

 

「しかし、これほどの怪我人を働かせるというのも……」

「ミアハ様は甘すぎる。私は賛成……」

 

 何とか女性の方の賛成は、得ることが出来た。その後話し合い、金銭の請求をどうするかは、手足の作製と治療の目途が立ってからとなった。

 

「そうとなれば、もう後少しで夕餉だ。その手足で食事も不便であろう? ナァーザ、ここに彼の食事を――――あ」

 

 そこまで言ったところで、不意にミアハ様が止まった。どうかしたのだろうか?

 

「いや、お主の名前を決めていなかった。前の名前を忘れているとしても名前は必要であろう?」

「あ。それなら、名乗りたい名前があるんだ。いいか?」

 

 金髪金眼、人よりも小柄な体躯。その外見があまりに似通っていたから、自然と浮かんできた名前があった。けれど、自分は『彼』ではない。あくまで似ているだけで違うモノ。だからそうした意味を込めて、その名前を口にした。

 

「オレは――――――『エド・エルリック』。これからは、そう名乗る」

 




似て非なる存在。それゆえの『エド・エルリック』命名回でした。
彼をミアハ・ファミリアと接触させたのは、他の登場人物で助けてくれそうな存在がいなかったため。あそこなら、薬作成のため都市外へのフィールド・ワークもあるだろうし、治療もしてくれそうだからです。

次回は、少し時間が飛びます。延々とリハビリを書くわけにもいきませんので……

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