ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

32 / 64
――大丈夫だ。俺達にゃ『鷹の目』がついてる。


第32話 クエスト×クエスト

 ランクアップの祝賀会を『豊穣の女主人』で行った翌日、ベルが新しい装備の購入に行くと言うので、迷宮探索は休みとなった。それで手持無沙汰となった、エドとリリは…………翌朝早くから、馬車に揺られていた。

 

「目的地は『セオロの密林』だったか? どれくらいで着くんだ?」

「オラリオから街道を東へ進むこと、数時間といったところですね。今日中には余裕を持って往復できるはずです」

 

 なぜこんなところにいるかと言うと、事の発端は昨夜全員が帰宅し、翌日の予定を確認した時の事。翌日店に出す分の回復薬(ポーション)の仕込みが終わっていたナァーザ団長とミアハ様が、そろそろ店に並べたい新商品があるため、その材料の獲得を手伝ってほしいと持ち掛けたのだ。ベルがいないこともあり、ダンジョンに出かける予定も無かった二人は、快く引き受けた。そして今はその薬の材料となる、モンスターの『卵』を求め、その生息地へ移動中というわけだ。

 

「しかし、他のファミリアには無い回復薬(ポーション)の開発か……出来るのか? ナァーザ団長」

「大丈夫……既に材料は半分揃ってる。以前(まえ)に採ってきてもらった蝶の翅がそう」

「『ブルー・パピリオの翅』ですか……あの時は食料庫(パントリー)の壁に同化するみたいに、エドが壁と塹壕を錬成して、バリケードにしましたっけね」

「おぬしの錬金術はつくづく便利だな……」

 

 稀少種(レアモンスター)『ブルー・パピリオ』。戦闘力がほとんど無い代わりに、その鱗粉に仲間モンスターへの『回復効果』を身に着けたモンスター。7階層でそのモンスターが餌を求めて、ダンジョン奥地の『食料庫(パントリー)』にやって来たところを待ち伏せした。翅を傷つけずに倒す必要があったため、大雑把にしか倒せない『焔』や『豪腕』の錬金術とは相性が最悪であり、倒すのは全てベルに任せた。正式な冒険者依頼(クエスト)で無かったとはいえ、報酬を払わない訳にもいかなかったため、その日の魔石などの取り分はほとんどベルへ。こちらが貰ったのは、ドロップした翅すべてにしておいた。

 

「――――む。見えてきたぞ。あれが『セオロの密林』だ」

 

 御者の近くに座っていたミアハ様の言葉に、前を向く。草原が途切れ、山のふもとにうっそうとしたジャングルが広がっている。オラリオの東部に位置する広大な草原を抜けた先に存在する『アルブ山脈』。その麓に広がるのが『セオロの密林』だ。

 

「手筈は、決めた通りでいいんだよな?」

「……私たちは、モンスターの巣穴を見つけて、そこにある『卵』をいただけるだけいただく。その間、エドには悪いけど……」

「『囮』だろ? 分かってるさ、ナァーザ団長」

「気を付けるのだぞ、エド」

 

 今回の作戦において、エドは巣穴へ戻るモンスターを引きつける囮役。そしてその間に『卵』を他の三人が背負ったバックパックに詰めるだけ詰めていく。団長と主神は、エドの身の安全を心配していたが、リリは全く違う心配をしていた。

 

「……エド。まさかとは思いますが、『新兵器』の試し撃ち(・・・・)をここでしようとか思ってませんか?」

「え? 当たり前だろ。いきなり密閉空間のダンジョン内で試し撃ちするほど、度胸ねえぞ」

「…………はあ。まあ、止めたりはしませんが、流れ弾を飛ばさないでくださいね」

 

 エドの『新兵器』をよく知らない主神と団長は、このときの会話がよく分からなかったが、後でこれ以上なく思い知ることとなった。

 

 会話をしながら森の奥へ進むことしばらく。灌木を抜けた先に自然のものではない大きな窪地が見つかった。

 

「……エド。お願い」

「オウ、了解」

 

 ナァーザの促しに、エドだけが前に出て、窪地から少し離れたところで背中のバックパックの口を開ける。たちまちその中からモンスターを引き寄せる血肉(トラップアイテム)の異臭が立ち込め、木々をへし折りながら巨大な影が姿を現した。

 

『グルルルル……』

 

 その姿は、正しく恐竜。名前は『ブラッドサウルス』。本来はダンジョン30階層以降に生息する強力な大型級モンスター。もっとも古代に地上へ進出した後、同種交配を繰り返した結果、体内の力の源である魔石がほとんどなく、力も上層モンスターのレベルまで落ちてしまったモンスターだ。

 

「オラ、こっちだ、こっち!!」

『『グルォォーーーッ!』』

 

 やって来たブラッドサウルスを挑発し、錬金術で足場を作ったりして派手に逃げていく。その間他の三者は、せっせと卵を集めていた。そして、全員のバックパックがほとんどいっぱいになった頃、ナァーザが肩にかけていた長弓(ロングボウ)を持ち、矢をゆっくりと番え始めた。

 

「すぅ――――、ふぅ――――」

 

 一度大きく深呼吸し、気を落ち着かせる。彼女は以前まで、Lv.2の上級冒険者だったが、中層に進出した頃、モンスターに全身を燃やされ、その上四肢を全て生きたまま喰われるという凄惨な目にあった。左手と両脚については何とか元に戻すことが出来たが、完全に喰い尽くされた右腕は元には戻らず、≪ディアンケヒト・ファミリア≫が作り上げた、『銀の腕(アガートラム)』と呼ばれる法外な値段の義手で生活している。それ以来、モンスターに正対すると、どうしてもその時の恐怖が蘇り、戦うことが出来なくなってしまったのだ。

 

 だが、今この場にいる彼女に、そんなことは起こらない。モンスターから逃げ回っているエドは、ちらちらと彼女の位置を確認し、万が一にも彼女の方にモンスターが行かないように逃げている。主神のミアハ様も、彼女のこともエドのことも心配し、早く済ませようとバックパックにテキパキと卵を詰める。最後にリリは、こちらも卵を詰めているが、その間も周囲に気を配り、不意な方向からモンスターが現れないよう注意している。

 

(なんか……嬉しいな……)

 

 ほんのわずか、口を綻ばせると、ナァーザはエドに襲い掛かるブラッドサウルスを撃ち貫くため、矢を力強く放った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 卵の回収が終わり、帰りの馬車の中。

 

「色々大変だったなー」

「そうですね。ナァーザ団長の弓、お見事でした」

「……大したことない。トドメはエドのとんでもない兵器だったし」

「まったくだな。――エドよ。あの兵器は、くれぐれも取り扱いに気を付けるのだぞ?」

「分かってますよ、ミアハ様」

 

 彼らから離れた森の奥。首から上が根こそぎ(・・・・)消し飛んだブラッドサウルスの死骸が横たわっていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 明けること翌日。いつもの待ち合わせ場所の噴水前に、見慣れたベルと、見たことのない赤毛で着流しを着た人間(ヒューマン)がいた。怪訝に思いながらも声を掛ける。

 

「オッス、ベル。そっちの人は誰だ?」

「おはようございます、ベル様」

「おはよう、二人とも! この人はヴェルフさんって言って、一昨日話してた新しいパーティーのメンバーだよ!」

「「は?」」

 

 一切合切、何も聞いていない。仮にもパーティーを組んでいる以上、新しくメンバーを増やすなら、先に相談すべきじゃないか?というようなことを、二人がかりで主張したところ。

 

「ごめんなさい…………」

 

 そこには立ち直れない程に沈み切った兎の姿が。

 

「あー、すまん。言いすぎた……」

「そ、そうですね、ベル様。流石に言いすぎました」

「あー、その、なんだ。俺が無理に頼んだんだ。悪かったな」

 

 そこで話に入ってきたのは、その場にいたヴェルフという男。とりあえず、どういう経緯でこうなったのか確かめておかなきゃならない。

 

「……とりあえず今日はアンタも交えて探索に行こう。道すがら、どうしてこうなったのか話してくれるか」

「おう、いいぜ」

「はあ……あ、そうだ、ベル様。少し今お持ちのポーション用ポーチを取っていただけますか?」

 

 リリの言葉に、ベルが腰のポーチを外して寄越してくる。ソレをリリが受け取り、代わりにベルの腰に真新しい革製のポーション用ポーチを取り付けた。

 

「え? これって?」

「ウチの団長から、中層進出のお祝いです。中身は今までの回復薬(ポーション)と、≪ミアハ・ファミリア≫が開発した新型の回復薬(ポーション)が入ってます」

「新型の回復薬(ポーション)?!」

 

 ベルが中身を確認し、取り出したのは、今までにない濃紺(・・)回復薬(ポーション)。体力と精神力(マインド)を同時に回復させる『二属性回復薬(デュアルポーション)』。未だ他の施薬院では作成不能であり、昨日の『卵』採取で完成した新商品だ。

 

「それでな、ベル。代わりと言っても何だが、今までお前が購入した分で、まだ使っていない分は、リリに全部戻してやってくれるか? そろそろ、中身の成分の劣化が心配なんだと」

「ポーチに入れた分で本数が足りないようでしたら、改めて新しく調合した奴をお渡ししますから」

「い、いいよ、いいよ! 残ってるのなんて、ポーチ以外だとこっちのホルスターに入ってた二本だけだから。むしろ多いくらいだし!」

 

 そう言ってベルが、ホルスターに分けていた回復薬(ポーション)精神力回復薬(マジック・ポーション)を手渡してきた。それをバックパックにしまったリリの近くにさりげなく近寄り、額を寄せる。

 

「(うまくいきましたね、エド。ベル様、気付いてないようです)」

「(ああ。流石に中層まで『薄味』回復薬(ポーション)持ってって、死なれたら寝覚めが悪いしな)」

 

 ……さて、今の一連のポーション用ポーチの交換。実はナァーザ団長がベルに渡していた『薄味』回復薬(ポーション)の回収のためだったりする。一体どんなポーションかと言うと、ポーション原液を水で倍に薄めて、調味料で味付けする――――単純な水増し(・・・)ポーションである。駆け出しで右も左も分からないベル……体のいいカモ(・・)だったので、団長直々にぼったくっていた。

 

 それでも今では、ポーション購入のお得意さまだし、派閥の後輩と一緒に中層へ行くパーティーメンバーなので、万が一が無いように、バレないうちに回収しておくように言われたのだ。ちなみに新しいポーション用ポーチは、ベル本人は気付いていないが今までのお詫びの慰謝料代わりだったりする。

 

「さて! とりあえずベルの新装備と、オレの新しい機械鎧(オートメイル)の慣らしに行くか!」

「今日の予定は11階層ですが、そちらの方は大丈夫ですか?」

「おう、任せとけ!」

「よし、それじゃ行こっか!」

 

 新たなメンバー、新たな装備を得て、一同はダンジョンへと足を進めた。

 




『クエスト×クエスト』終了。何故かこの話、二次創作で取り込んでる人少ないんですよねw少なくとも、お気に入りにしてる奴では見たことない。

この話を読んだ人は、ナァーザさんの原作との微妙な変化に気づくと思います。原作では「全部自分のせいだ」と自己嫌悪の嵐でしたが、周囲を、信じて支えてくれる後輩と敬愛する主神に囲まれてるせいで、この作品ではそこまでではありません。この変化、後々のフラグになりますw

そして、ベル君は、やっぱりぼったくられてましたww

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。