ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――みんながいるから、頑張れる



第44話 立って、歩く足

 

「あれでも動けるのですか……」

 

 リューさんの愚痴は当然のもの。目の前で身体のほとんどを吹き飛ばされた黒いゴライアスが手足を治し、再び戦おうとしているのだから、悪夢でしかない。

 

「信じられない状況ですね……」

 

 そんなところに、サポーターとして街に戻っていたリリが戻って来た。

 

「リリ、街の様子は?」

「周囲のモンスターの迎撃に当たる冒険者へも、街からサポーターのルートが確立しました。そちらのサポーターについては、≪タケミカヅチ・ファミリア≫の千草様を中心に、人員が足りています。私は前衛を担っているリュー様に、コレを届けに」

 

 そう言って、背中の包みから一本の大剣を取り出す。それはどこか骨ばった印象を与える無骨で原始的な剣。ともすれば天然武器(ネイチャーウェポン)にも見えるそれはどこか迫力があり、ここよりも深層で見つかった稀少武器(レアウェポン)であろうと見てとれた。

 

「ありがたいですが……私は大剣を扱えませんし、速度重視の戦いですので……」

 

 彼女が手に持つのは一本の木刀。それを使っての、縦横無尽な攻撃が彼女の持ち味。そうなると大剣は確かに相性が悪い。

 

「リリ、その武器は背中に提げとけ。この後の戦況次第で最前線の前衛に、その武器が必要になる可能性がある」

「……なんとなく、ここに来たら前衛のサポーターをやらされる気がしてました。前衛で必要になる交換用の装備類や、回復薬(ポーション)類も一通りバックパックに詰めてきました。援護とサポートは気にせず、皆さんはドンドン前に出てください」

 

 その言葉と共に、リリは『ファング・バリスタ』を取り出して準備を進める。配置としては、前衛兼囮役がリューさんとアスフィさん。中衛がオレで、サポーターがリリということか。

 

「一番効きそうなのは、胴体に収まってる魔石への攻撃だな。届かねえのか?」

「……無理でしょうね。私たちの武器では、肉が厚すぎます」

「高威力の魔法で肉を削ぐか、もろとも消し飛ばせば可能かも知れません。ですが、さっきと同じ程度の魔法の威力では……」

 

 そう話しているところに、後ろから声がかかる。

 

「――――エド。胴体に魔法を叩き込めばいいんだよね?」

 

 振り返ると、そこにいたのはベル。見るとその右手に、いつかのように光を溜めていた。

 

「先日、小竜(インファント・ドラゴン)の首を消滅させた魔法ですね。ベル様、どういった条件ならあのゴライアスに通じそうですか?」

「このスキルは……溜めれば溜めるほど威力が上がるから……最大の3分溜めれば」

 

 つまり3分後に、ベルの最大威力の魔法攻撃を繰り出すことになる。それで胴体を狙い、あわよくば魔石の破壊を狙う。それが駄目でも、胴体の傷口から魔石を狙える……。方針は決まった。

 

「それじゃ、3分だな! 前衛は任せる!」

「わかりました。リオン、足止めに徹するのですよ!」

「分かっています!」

 

 リューさんとアスフィさんが前衛に立つ中、周囲を確認し近場の高台に陣取る。

 

「こんのォォォッ!」

 

 地面を錬成し、バリスタ、大砲、鎖付き鉄球、ギロチンの刃など、ありとあらゆる武器へと変え、一斉に攻撃させた。それにより、多少は肌に傷もつくが、鬱陶しそうにしているだけで、大きなダメージが入ったようには見えない。

 

「そんなら!」

 

 両手の平の錬成陣を合わせ、近くの岩を掴む。錬成反応とともに出来上がったのは、原始的な手榴弾。それをバリスタの矢に括り付け、飛ばした。爆発で肌は焼けるが、やはり致命傷にはならない。

 

(さっきみたいに、周囲の地面全体に錬成陣を敷くか、『賢者の石』でもなきゃ駄目か……)

 

 『紅蓮』の錬金術は威力はあるが、如何せん爆発という副次的な効果でダメージを与えることもあって、扱いが難しい錬金術でもあった。18階層の床を『丸ごと』爆発物にでも変えれば黒ゴライアスも消し飛ぶだろうが、そこまでするとこっちも危ない。ただでさえさっきの大規模錬成で、床全体への影響が心配なのだ。床が丸ごと抜け落ちて19階層に落ちることになれば、死傷者が出るし、一番危ないのはミアハ様やヘスティア様だ。『恩恵』が無い以上、間違いなく死ぬ。

 

「エド!」

 

 後ろからリリが駆け寄って来た。その右手には、『分解』の錬成陣を纏っている。

 

「何とか、私を近づけられませんか? 私なら腕の一本くらい持って行けるはずです」

「……『分解』でか。そうなると、アイツの反撃を防ぐ必要があるな」

 

 黒ゴライアスをもう一度見て、ぐるぐるとリューさんを追い回す様子を確認し、一つ思いつく。

 

「……分かった。試してみるぞ。オレの近くから離れんな」

 

 そう言って、両手に発火布を付ける。そして、地面を一気に錬成し、二人分の足場を一気に黒ゴライアスの近くまでアーチのように伸ばした。

 

『オァ!?』

 

 さすがにこっちに気付いた黒ゴライアスが、『咆哮(ハウル)』を放つために口を開く。それでも、こちらの方が早かった。

 

 パチン、と両手の指を打ち鳴らす音とともに、黒ゴライアスの眼球と舌の根が焼き尽くされた。

 

「眼球の水分が蒸発する苦しみは、とんでもないらしいからな! 狙いも付けられねえだろ!」

「後は任せてください!」

 

 頭を掻き毟るように悶える黒ゴライアスへ、石の柱が迫り、闇雲に伸ばされた左手首を、リリの右手が『分解』した。

 

「やりました!」

「よし、このまま離れるぞ! 約束の3分だ!」

 

 上空から地上を見ると、ベルが溜まりきった光を右手に湛えたまま、狙いをつけるように伸ばしていた。黒ゴライアスも、何かを感じ取ったかのように、一瞬動きを止める。

 

「【ファイアボ――】」

 

 ベルの魔法は、聞こえなかった。

 

『オォアアアアア!!』

 

 突如黒ゴライアスが残った右手を地面に叩きつけ、めくれ上がった岩盤を投げつけたのだ。

 

「――――!!」

 

 その岩盤が衝突し、光を伴った焔雷は明後日の方向へと飛んでいった。舞い上がった土煙で、ベルの姿は全く見えない。

 

「ベル!」

 

 咄嗟にエドは足場の方向をベルがいた辺りへと向けた。しかし、それは地上へ降りるのに大きなロス。未だ空中にある二人に、黒ゴライアスが再生した眼球を、ギョロリ(・・・・)と向けた。

 

 次の瞬間、目の前に突然生じた壁が、ゴライアスの『掌』だと気付いたときには、もう間に合わなかった。たった、一歩。リリを押しのけ、その壁に向かうのが精一杯だった。

 

「退いてやがれ、エド、リリルカ!!」

 

 『人間』の反応速度を押しのけ、グリードが『人造人間(ホムンクルス)』の反応速度で、両腕をぎりぎりで硬化し、前に翳して『盾』とした。

 

「ぐあッ……!!」

「きゃあ!?」

 

 二人そろって隕石のように飛ばされ、森の木に何度も叩きつけられ、やがてどちらも意識を失った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ナァーザ・エリスイスは、ダンジョンに来て何度目かも分からない後悔を抱えていた。自分は、元冒険者。自分だってかつてはこのダンジョンの中で戦っていたのだ。

 

 それなのに今の自分は、街の中で、サポーターの手伝い。それも本職に比べ、圧倒的に遅い。さっきまで街を駆け巡っていたリリに比べれば、自分は役に立っていないと嫌でも感じてしまった。

 

 それでも、怖いのだ。今も森から聞こえてくるモンスターの唸りが、叫びが、自分の足から前へ進む力を奪うのだ。そうして、それを感じるたびに、後悔ばかりが募るのだ。

 

『オァ!?』

 

 遠くの方で、あの黒いゴライアスの叫びが聞こえた。そちらに視線を向けると、エドとリリが一緒の足場に乗り、ゴライアスの顔面と左手に痛打を与えるのが見えた。

 

 心が、震えた。

 

 あの二人は、自分の後輩なのに、あんなに巨大な相手に怯みもせずに向かって行ってるんだ。なのに、自分は――とナァーザが再び後悔に襲われそうになった時、空中にいた二人を、ゴライアスの攻撃が捉えるのが見えた。

 

「……………………ッ!」

 

 空中を飛ばされ、森へと落ちる二人。それを弓使いとして優れた視力で確認した時、彼女は形振り構わず駆け出していた。

 

(私……何を怖がってたんだろう……)

 

 さっきまでの自分は、確かにモンスターが怖かった。それは今も変わらない。けれどあの二人が森へと落ちていく時、気付いた。

 

(……私は! あの二人が死んでしまうことの方が怖かった!)

 

 そう思ったからこそ、ここまで来た。モンスターを見ると足が竦む?だからなんだ。あの二人と二度と会えなくなることに比べたら、何程の事があるものか!

 

 そうして、森の中を疾走する中、当たり前のように目の前にモンスターが立ち塞がる。バグベアー一体と、その後ろにヘルハウンド二体。それを見て、竦み、止まりそうになった脚を、矢を持った手で殴りつけた。

 

「……どいて!」

 

 叫びながら先制で矢を一射。見事右側にいたヘルハウンドの額を貫いた。

 

 続いて襲い掛かって来たのは、バグベアー。かなりの威力を誇る爪の打ち下ろしを、かいくぐるように躱す。絶命したヘルハウンドの横にたどり着いたところで、もう一体のヘルハウンドから火炎が襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

 とっさに、ヘルハウンドの死骸を盾にして炎を凌ぐ。炎もまた、彼女にとっては忌むべき対象。なのに、今の彼女にとっては、ただ目の前を塞ぐ障害でしかなかった。伏射の姿勢を取り、炎の中に揺れる一際巨大な熊の影に狙いを定めた。やがて、炎が途切れた。

 

「そこッ!」

 

 炎の幕の向こうにいたバグベアーの魔石を、正確に射抜く。途端に灰となって崩れる巨体の横を、最後のヘルハウンドが駆け抜けた。

 

『グルォォォォォ!』

「ぐぅっ……!」

 

 弓を盾にしたが、ヘルハウンドはナァーザの上に伸し掛かってきた。余りに近すぎ、弓を引くことが出来ない。

 

『グル、ガァッ!!』

 

 目の前でモンスターが顎を、牙を、がちがちと噛み鳴らしている。確かに恐ろしい光景だ。けど、今の自分はあの子たちの『団長』なんだ。

 

「もう二度と、食べられるワケにいかない……!」

 

 弓を咥えた牙を、そのまま上へとずらし、胸の魔石を露わにする。空いた右手で矢を引き出し、鏃を構えた。

 

「……ああッ!」

『ガ…………?!』

 

 鏃が魔石を砕き、伸し掛かっていたヘルハウンドも、身体を灰と為す。その様子を眺めながら、灰を掻き分け、再び立ち上がった。

 

「……待ってて。今、助けに行く」

 

 ≪ミアハ・ファミリア≫団長、ナァーザ・エリスイス。再び立ち上がった彼女の足は、もう立ち止まることはない。

 




ナァーザ団長、復活!彼女は中層で燃やされて手足を食べられたと言っていたので、下手人ぽいヘルハウンドとの戦闘になりました。『弓使い』で『薬師』の彼女の恐ろしさが次回以降明らかに。

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