ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか 作:路地裏の作者
――うん、その時は、兄さんも一緒だよ
「中は、そんなに暗くないんだな……」
この世界に来てから一年、初のダンジョン攻略に挑んだエドの最初の感想はそんなことだった。実際ダンジョンの中は日光が届かないはずなのにほんのりと明るい。これは壁全体がそういう材質で出来ているのか……。
「……いや、それだと松明がいらねーほど明るくなる理由にならねーよな。前の世界でもそういう材質もあるにはあったが、予め照射された光によるものだったり、化学反応によるものだし……。『魔法』で皆片付ければいいのかよ? いや、でも…………」
……すぐに仕組みを解明しようとするあたり、彼はどこまでも錬金術師だった。
「にしても、ダンジョンなのに、モンスターが出ねえなぁ………………ん?」
少しばかり拍子抜けな気持ちで、ズン、ズンと歩いていくと、
「ゴブリンか……」
『ギャッハーーッ!』
その見かけどおり知能も低いのか、何の小細工もなく突っ込んできた。穂先を慎重に目標へと向け、一気に突き出す。
『ギイッ?!』
槍は狙い通り身体の中心に突き刺さり、突進の勢いも止まった。その状態のまま位置を変え、相手を壁に押し付けるように貫き、傷口をえぐってやると、相手はその穴から欠片のような魔石を落として、灰へと還った。
(槍は問題なく使えそうだな……)
体術や戦闘術は、ここ一年弓使いのナァーザ先輩に教わっただけだったので、出来る限り敵から間合いをとれる『槍』を
「……お?」
再びの物音に、槍を構える。今度暗闇から現れたのは、二体のゴブリン。先程よりは距離が離れている。
「よし! 次は錬金術の戦闘実験と行くか!」
槍を自分の横に突き刺し、手を打ち鳴らす。パアンッという音を鳴らし、いつも通り地面へと振り下ろした。
地面は、一度
「……………………え?」
その有り得ない事態に、どっと冷や汗が出る。もう一度打ち鳴らし、振り下ろす。少しだけ起き上がった地面は、またもや崩れた。
「オイオイ…………」
『『ギギッ、ギハァーーーッ!』』
「錬金術が、発動しねえ?!」
まるでこちらの異変を感じ取ったかのように突っ込んでくるゴブリンを、横に転がりながら避ける。錬金術が発動しないのは、明らかな異常事態。その事実に気が動転していたのか、槍を突き刺した方とは逆の方向に転がってしまった。距離が開いた槍は、この戦闘中に回収するのは不可能だろう。
(なんだ!? 何が原因だ! こんなこと今まで無かったはずだ!!)
ここ一年、都市内で
「……だったら、錬丹術ならどうだ!?」
五芒星を形作る錬成陣を描いた紙を取り出し、一枚を投げナイフでゴブリン共の足元に縫い留め、もう一枚を地面に置き、両手をついた。
――――瞬間、錬成陣を出口として、辺り一面と地底から、噴き上がるような悍ましい気配を感じた。
「っ、うげえっ――」
たまらずに、喉をせり上がった胃液を吐き出す。ゲホゲホと胃液を吐きながら、再び襲ってきたゴブリンを横へと躱す。
(そういう、コトかよ……)
ごろごろと転がりながら、思考を巡らせる。錬金術と錬丹術の真理を得たエドの思考は、二つの現象から、正答を導き出していた。
「ここは、とんでもない『バケモノ』の
先程感じたとんでもない気配は、ダンジョンと言う場所自体が、『生きている』ことの証だった。その上、錬丹術でなら感じ取れるはずの気脈や地脈の流れも、全て出鱈目に狂っている。これでは錬金術に用いる地殻エネルギーも、まともには流れていないだろう。その上…………
(地面のすげえ深いトコに………………有り得ねえ力を持った、バケモノがいる!)
本来の術者でないためか、術を発動しようとするまで感じ取れなかったが、ダンジョン全体よりも、さらに大きく危険な力を秘めた生命が、地底深くに確かに存在した。ダンジョン全体へも悪影響を及ぼすほどに。
「術はまともに発動しねえ……まるで『お父さま』だな、クソッ」
発動してもエネルギーが絶対的に足りないのか、強度がまるで無く、すぐに崩れるのでは使い物にならない。その上武器まで失った。絶望はじりじりとすぐそこまで這い上がっていた。
『ギャハ、ギャハ、ギャハ!』
『ギィィィィイ、イイイイ!』
目の前のモンスターが浮かべる、明らかな笑い声。それにただでさえ追いつめられた精神を削られ、ギシリ、と奥歯を軋ませた。
「――――ふざけんな」
迫りくる怪物、絶望的な状況。それでも、それを跳ね除けるために、エドの口は自然と言葉を紡いでいた。
「自分が誰なのかも、分からず――どんな人間だったかも分からず……」
口から出るのは、自分が抱いていた想い。秘めていても、決して揺らがなかった本当の『目的』。
「何より! 錬金術を、死んでも求めた理由も思い出せねえで! こんなところで死ねるかよぉッ!!」
その叫びとともに、心に燈火が宿り、頭の中に一つの『詠唱』が浮かんだ。
「――――――【一は全、全は一】!」
詠唱とともに、手を胸の前で合わせる。手の周りに、わずかに青い火花が奔った。
「【ホーエンハイム】!!」
両手を地面に付けた瞬間、エドの中から何かが
『『ギャヒィィィィッ!!』』
でたらめに伸びた地面のトゲに、たちまち迫っていたゴブリンは串刺しとなり、その身体を灰へと変じさせた。
「っ、はあっ、はぁっ、はっ…………」
今のは、間違いなく『魔法』だった。しかし、起こった現象は『錬金術』。エネルギーの阻害で発動しなかったはずの錬金術が、問題なく発動していた。詠唱とともに起こった脱力感、エネルギーが不足していた筈の錬成、そして起こった錬金術の現象を考え合わせ、思い至る。
「『魔力』を、錬成エネルギーに変換する魔法…………」
先程打ち合わせた手の平を見つめる。そこには今は何も握られておらず、これから何を掴めるのかも分かりはしなかった。けれど。
「………………コイツで行けるとこまで行って――――必ず『自分』を取り戻してやる……!」
これが、始まり。失くしてしまった自分を求める錬金術師は、ようやくその一歩目を踏み出したのだった。
◇ ◇ ◇
――それから半年後。
「…………は? ミアハ様の知り合いのファミリアと、パーティーを組んでほしい?」
ある朝の食卓。唐突にファミリアの主神たるミアハ様から、そんなことを頼まれた。
「うむ。最近、
「それで自分にレクチャーして欲しいと……」
「それ、賛成。エドもそろそろ下の階層に行くし、ソロじゃなくなるのは良い……」
ナァーザ先輩は即座に賛成したが、実際自分にとってもメリットが多い。あれから半年経って2階層以降に降りる時期だし、後ろの心配をしなくていいのは有り難い。
「分かりました、ミアハ様。それでその眷属は、何て名前なんです?」
「ふむ…………」
……それより少し後、オラリオで知らぬ者などいなくなる名前を、ミアハ様は口にした。
「――――――ベル・クラネル、と言うそうだ」
初の戦闘回、そしてダンジョンでの初錬成でした。
この作品のルールとして、『ダンジョン内では錬金術・錬丹術が阻害される』という設定がしてあります。これには理由があり、ダンまち原作で、『天界で『神の力』全開で使えた神様たちが、ダンジョンに手出しできてない(蓋をしただけ)』、『ダンジョン内では神の加護や干渉が効かない(『神の恩恵』は例外)』、『地下深くにいた隻眼の竜は、神でも退治できていない(冒険者頼み)』、『ダンジョン自体生きている』等々の描写があったためです。
そんな環境では、錬成エネルギーも届かないのでは?と考えたためです。『お父さま』の腹の中で錬成するようなものですねwちなみに地上は、普通に神様達も闊歩してますし、エネルギーも届くことにしてあります。
今回エドが覚えた魔法について。ダンまち世界の魔法って、本人の願望や欲求が強く反映されるんですよね。リリのシンダー・エラ然り、ヴェルフのウィル・オ・ウィスプ然り。エドに必要なのは、単に錬成するためのエネルギーなので、この形になりましたw
前書きは原作エドとアルの決意。今回主人公の決意が明らかになるので使ってみましたw
ここまでで第一章終了。少し休んで第二章に入ります。