ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――見るな、ボクを、私を、見るな


第54話 開花のとき

 

「――結局、なんなんだ、アンタは?」

 

 カヌゥの腹に貼り付いている時点でまともじゃないが、一応は会話を試みる。会話できるなら、だが。

 

「私はね、君たち人間の『上位種』だよ。人とモンスターの間に立つ至上の存在だ」

「へえ。そんな存在がいるとは知らなかった。で、そんな存在のアンタは、何でそんな狸の腹に貼り付いているんだ?」

「(エド、エド!!)」

 

 話の途中で、横から袖を引っ張られた。

 

「(なんだよ?)」

「(なに、普通に会話してるんですか?! どう見てもまともじゃない相手ですよ!)」

「(情報収集は基本だろ。弱点とか分かるかも知れないし、話せば案外交渉可能な相手かも知れないしな)」

「(無理に決まってるじゃないですか!)」

 

 まあ、人様の腹にくっ付いてる時点でな。

 

「悪いな、続けてくれ」

 

 その言葉を受け、腹に貼り付いたその男がフン、と鼻を鳴らす。

 

「どうしてこんな姿なのか、だったな。私と言う至上の存在を認めない愚か者どもによって、かつての身体をほとんど失ってしまったのだ。さしもの私も、あの時ばかりは二度目の復活は有り得ぬと思っていた」

「一度目の経験があるだけで驚きだけどな。それで何で蘇ってるんだ?」

「『コレ』だよ」

 

 示すのはその額に埋め込まれた、極彩色の不可思議な魔石。

 

「私が死に、灰となって降り積もった近くに落ちていた、『巨大花(ヴィスクム)』という名前の、ある特殊な花の魔石でね。私と取引をしていた闇派閥(イヴィルス)の生き残りが、崩落を始めたダンジョンの一角から逃げ延びるために、私の死骸である『灰』の山にこれを植え付けたのだよ。何とか復活したはいいが、首から下は全て失ってしまっていた。養分と動かせる手足を手に入れるため、近場のその男の身体を奪い取り、地上に舞い戻っていたという訳さ」

 

 ……今の話の内容だけで気になることがある。つまり、目の前のこの男は、死ぬと『灰』になるのか?モンスターと同じように?そして、それを繋ぎ止めているのが、あの額の魔石。膨大なエネルギーによって繋ぎ止められた、人の形をした存在。気のせいで済まないほど、聞き覚えがあった。

 

「……で、何でこの『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に参加してるんだよ。ここで正体を現した理由はなんだ」

「元々私は、こんな下らんお遊びに興味など無かった。だが、モンスターの地上への密輸に関して闇派閥(イヴィルス)と交渉していた折、一枚噛みたいと言い出したのがザニスだった。何でもモンスターに化けておびき出すことが出来る女がいるとな」

 

 その言葉に、ビクリとリリが身を震わせる。ザニスが彼女を狙っていた理由は、これか。

 

「その女を、芥子粒のような派閥から奪い返す面白い見世物(ショー)があると言うので参加したが……蓋を開けてみれば、そんな塵に蹂躙される烏合の衆。見限って、ザニスにも明かさなかった本来の『目的』を遂げることにしたのだよ」

「…………」

 

 言葉に隠された、嫌な空気を感じ取る。じりじりと足をずらし、目の前の存在から少しずつ距離を置いた。そんな時、半ば崩れた城壁の方から敵冒険者が走り寄って来た。

 

「てめぇらかぁ、ウチの団長を殺しやがったのは!」

「落とし前つけろ、アーデぇ!」

 

 言動から、どうもソーマ・ファミリアの構成員と判断できる。その声を横目に確認したオリヴァスは、にやりと唇を歪ませ、『舌なめずり』をした。

 

「逃げ――――」

 

 言葉の途中で、敵冒険者たちの足元から、大量の植物の根が現れ、ほとんどを串刺しにした。

 

『ぎゃああああああ!?』

 

 絶叫が響き、宙に浮かんだ憐れな獲物がもがき苦しむ。その様をじっくりと楽しんだオリヴァスは、やがてドクンドクンと根を脈打たせ、獲物たちのエキスを吸い始めた。ぱさ、という乾いた音が周り中で響き、貫かれたものたちがミイラとなる。

 

「さて、話の途中だったな?」

 

 オリヴァスは、たった今いくつもの命を奪ったことも一切気にせず語り続ける。……駄目だな、やっぱり相容れねえわ。

 

「元々頃合いを見て、屑どもを私の養分にするつもりだったのだ。かつての失った身体に比べればいささか劣るが――――」

 

 そこで、地面が揺れ始める。あたかも地面の下を何か巨大なナニカが這いずっているかのように。

 

 

これくらい(・・・・・)は可能なのだよ」

 

 

 やがて地面に罅が入り、目の前で屹立したのは、巨大な花。カヌゥの背中に繋がっていた極彩色の幹は、やがて憐れな男の身体を内側から食い破り、余りに巨大な花を咲かせた。舌のように伸びた花弁に、オリヴァスの顔が浮かんでいる。

 

怪物祭(モンスターフィリア)の時の、食人花じゃねえか!」

 

 大きさは違うし、形も違う。だが、確かに極彩色の体表は同じもの。あるいは、あれの上位種か。

 

「『神の恩恵(ファルナ)』によって肥え太った神の走狗ども……さぞかし良い養分となるだろう!!」

 

 言葉が終わる前に、傍らのリリを抱きかかえて飛び退る。地面からいくつもの根っこと触手が現れ、辺り一面触手と花に喰い尽くされる冒険者の断末魔が響き渡る地獄絵図と化した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「どこへ行くんだ、ベート!」

「決まってんだろ、あの野郎(ヤロウ)をもう一度、地獄に送り返しに行ってくンだよ!」

 

 ロキ・ファミリアでは、部屋から出て行こうとするベートと、それを押し留めようとするリヴェリアが押し問答を繰り返していた。その様子を見て、レフィーヤも落ち着かなかった。オリヴァスの事件には自分も関わり、トドメを刺し切れていなかったと聞き、責任を感じているのだ。

 

「――やめるんだ、二人とも」

 

 そんな周りの騒動を収めたのは、団長のフィンの一言。

 

「どのみち、あの『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が行われている古城までは、どれだけ急いでも半日以上はかかる。今から向かっても、確実に彼が冒険者を虐殺して逃げる時間の方が早い。それを分かった上で、向こうも正体を晒したんだろう」

「けどよ! だったら、あの野郎(ヤロウ)が雑魚に好き放題するのを、黙って見てんのかよッ!」

「その心配ならいらないよ、ベート」

 

 画面の中で見据えるのは、二人の小人族(パルゥム)の後輩。短い間だが、自分にとって確かに『弟子』ともいえる同胞。

 

「僕が鍛えた彼らは――雑魚じゃない」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「こりゃ、もう『戦争遊戯(ウォーゲーム)』どころじゃねえな!」

 

 周囲は四方八方、思い思いの方向に逃げ出す冒険者でいっぱいだ。そして片っ端から地面から新たに生やした根っこやら、食人花やらに捕食されていく。一応敵であるはずのこっちに攻撃してくる奴は、既にいない。

 

「で、どうやって倒すかだよなぁ」

怪物祭(モンスターフィリア)の時は、焔で焼き尽くしたんでしたよね。今回もそれでいいのでは?」

「まあな。ただ、あの余裕が気になるんだよな……」

 

 今もオリヴァスは、周囲の冒険者を自分が捕食者だと言わんばかりの態度で、喰い尽くしていく。ある意味上位種としての慢心ともとれるが……。

 

「まあ、やってみるか。リリ、牽制よろしく」

「分かり、ました!!」

 

 地面を『再構築』し、生やしたトゲでオリヴァスが地面に下ろした『幹』を狙いに行く。表面が相当に固いのか、狙ったトゲが全部折れた。

 

「そぉら、よっと!!」

 

 左手の発火布から生み出した焔で、丸焼きにする。『錬成』アビリティの効果もあって、怪物祭(モンスターフィリア)の時とは比べ物にならない程の火柱が立ち上った。

 

「やりましたかッ?!」

「その台詞は、禁句だぞ!」

 

 台詞のせいかは分からないが、焔の向こうで巨体が蠢くのが分かった。ズシン、と重たげな音を響かせて再び姿を現したのは、毒々しい緑の『粘液』で表面が覆われた巨大花。

 

「くくっ……無駄だ! この身体の元となった『巨大花(ヴィスクム)』は、『千の妖精(サウザンド・エルフ)』の広範囲殲滅火炎魔法にやられたもの! そこから蘇ったこの身体は、難燃性の『粘液』を出す能力がある。そんな焔では燃やすことなど出来はしない!! ハハ、ハーッハッハッハッハ!」

 

 オリヴァスの高笑いが響く。かつての食人花とは比べ物にならない強敵に、エドとリリは戦慄するしかなかった。

 

「ヤベエかもな……」

 




オリヴァスは『第二形態・巨大花モード』に入りました。イメージとしては外伝3巻の見開きの巨大花(ヴィスクム)の下側の花弁にオリヴァスの顔が浮かんでる感じですね。ちなみに前書きの言葉は、人外系ホムンクルスの筆頭、エンヴィーが正体現した時に、その身体から聞こえてきた声です。

レフィーヤのせいで焔耐性まで会得したオリヴァス。どうやって倒すかは次回以降です!

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