ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――兄さん、僕、ずっと考えてたことがあるんだ
――ああ。きっと、同じこと考えてた



最終話 神への祈り

 

「それでは、新たなるミアハ・ファミリアの門出を祝うとしよう――――乾杯」

『カンパーイ!!』

 

 ミアハ様の号令の元、新『青の薬舗』店内にて、立食パーティーが開催した。新たな店舗の再建と再出発を祝して、身内のメンバーと世話になったファミリアを呼んで宴会を催したのだ。あちこちで杯が進む中、リリがチャンドラに怒鳴り散らす。

 

「って、チャンドラさん! なに、本物の『神酒(ソーマ)』まで開けてるんですか!? 今日は、市場に売り出してる失敗作の一部のみって決めたじゃないですか!」

「んー? 固いことは言うな。酒はこういう楽しい席で飲んでこそだろう」

「駄目です! せめて、隅っこで飲んで下さい! ここにいる新人団員のほとんどが、下級冒険者なんですよ! 彼らにはこの香りだってキツイんですから!!」

「おう、それもそうか。なら端に寄って飲むわ。しかし――」

 

 そこでチャンドラは言葉を切り、目の前の少女を見つめる。

 

「お前はこの香りにも、全く酔わなくなったな」

「……まあ、既にLv.3ですからね。香りや杯一杯くらいなら……」

 

 そう、ここにいるリリは、『Lv.3』。彼女だけではなく、あのオリヴァス戦を経験したエドもナァーザも、ランクアップを迎えることとなった。発展アビリティについては、リリは念願の『錬成』を発現し、ナァーザは『弓兵』、エドは『技師』を得た。試してみたところ、錬成は上手くいくわ、弓が前より狙い通りに飛ぶわ、機械鎧(オートメイル)整備の精度と速度が格段に上がるわ、全員驚くような結果を残した。発展アビリティは偉大である。

 

「ああ……この宴会の出費に、派閥の貯金に、今回の建築材料の購入に……早くもファミリアの財政に暗雲発生です……」

「まあ、頑張れ、『会計』。俺は向こうで飲んでくる」

 

 そう言って、チャンドラはさっさと行ってしまった。彼が手に持って行ってしまった『神酒』の値段を思い、また溜息が出る。団員が増えたことで、初期メンバーだった三人はそれぞれ中核の幹部職に就いていたが、『会計』に就いたのは失敗だったかと思う。

 

「オウ、何沈んでんだ、リリルカ? せっかくの酒なんだ、存分に飲めよ」

「貴方も原因の一つですよ、グリード! 今、蔵から持ってきたお酒も『神酒(ソーマ)』ですね?! ロキ様に売りつけようとしてた商品を、何勝手に飲もうとしてるんですか!」

 

 エドの肉体を借りて酒を楽しみに来ている、グリードが現れた。さっきからコイツがこの身体で新人の女の子に声を掛けるたびに、非常に『イラッ』とくる。なんでとは言わないが。

 

「大体、貴方も対外的には『副団長』なんですから、もっと威厳を持ってください……」

「がはは、威厳か。そんなものはいらねえさ! ここにいる部下どもは、全員俺の所有物(もの)! 威厳なんぞなくっても、誰一人見捨てたりしねえ!!」

 

 ……目の前にいる、グリードとエドは、今回『副団長』に就任した。もっともエドの方しか仕事は行わないが。グリードは滅多に出てこないが、何だかんだで仲間を見捨てる性格でもないので、そこは心配していない。心配は、そこではない。

 

「そっちじゃなくて、いつか貴方は、派閥の予算を私的流用とかしそうで怖いんですよ」

「おお、そっちも俺の所有物(もの)だからな」

「違います!!」

 

 この先、派閥の会計は完全に自分が管理掌握しようと、固く誓うリリだった。

 

「……二人とも、楽しんでる?」

「ふむ、リリよ。開けてしまった『神酒(ソーマ)』は仕方あるまい。しっかりと飲み干してこそというものだ」

「ナァーザ団長、ミアハ様……」

 

 あちこちで新人団員に話しかけ、これからは旧悪を忘れ、同じ主神(かみ)の血を分けた眷族(こども)としてやっていこう、と呼びかけていた団長と主神が戻って来た。これでようやく、いつもの≪ミアハ・ファミリア≫が戻って来たような気がする。

 

「しかし…………やはりあやつ(・・・)は姿を見せておらぬな」

「……はい。部屋にこもりきり」

「チッ、どうにも(やっこ)さんは苦手だ」

「…………」

 

 この祝いの席に呼んでいた神物(じんぶつ)は、今も『青の薬舗』の一角に作った私室から出てこない。あの戦争遊戯(ウォーゲーム)の日から、彼はずっと現実から目を背けている。

 

「……呼びに行ってくるとしよう。お前たちは宴会を楽しむとよい」

「いえ。一緒に行く……」

「俺はパスだ。エドに代わりに行かせるぜ」

「……私も行きます」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そうして着いた二階の奥の部屋。その中で明かりも点けず、寝台(ベッド)の上で膝を抱える神がいた。元≪ソーマ・ファミリア≫主神、ソーマだ。

 

 何故彼が此処にいるかと言うと、彼は基本的に団長のザニスに権力も何もかも掌握されていただけで、闇派閥(イヴィルス)のことも初耳だった。とは言え、元々の原因が彼の団員への無関心だったので、お咎めなしともいかない。危うく天界へ帰されるか、都市外へ永久追放されるかと言ったところだったのだが、ここにいるミアハが、当面の身元引受人になることを申し出たのだ。これによって、ソーマは自身での酒造りを向こう百年禁止され、一年は派閥の再結成も認められないこととなった。

 

「……ソーマよ。降りてこぬか。下では盛大な宴が始まっておるぞ」

「…………」

 

 ミアハの呼びかけにも何も答えない。だが、声を掛けられたのは分かったのか、ゆっくり、ゆっくりと独り言めいた言葉を漏らした。

 

「…………私は……どう、すれば、良かったのだ……?」

 

 なんでこうなってしまったのか。彼の胸に去来するのは、ただ『後悔』だけだった。

 

「最初は……ただの、激励だったのだ……。そのうち、誰もが『神酒(ソーマ)』を求めるようになった……。『神酒(ソーマ)』をくれ、としか言わぬ眷族に、耳を傾けなくなるのは、早かった……」

 

 始まりは、本当に眷族に発破をかけるためだったのだろう。それでも『神酒(ソーマ)』の魔力は、あまりにも強すぎた。

 

「簡単に……『神酒(ソーマ)』に溺れる者たちの言葉は……あまりに軽かった……『神酒(ソーマ)』を飲んだ者たちの声は、届かなかった……」

 

 そのソーマの独白に、沸々と怒りが溜まってきた者がいた。かつてソーマ・ファミリアに所属し、その惨状に誰よりも苦しめられた者――――リリだ。

 

「勝手なこと……言わないでくださいっ……!」

 

 ギリ、と歯ぎしりをし、グリードが蔵から出してしまい、傍らでエドが持ったままだった未開封の『神酒(ソーマ)』をひったくる。蓋を乱暴に開け、そのままラッパ飲みし始めた。

 

「オイ、リリ?!」

「……!?」

 

 エドとソーマが驚愕する中、リリは『神酒(ソーマ)』を全て飲み干し、瓶をテーブルに叩きつけた。いくら杯一杯程度なら酔わない上級冒険者でも、瓶一本の一気飲みともなれば話は別で、もはや神以外は『神酒(ソーマ)』の魔力に抗えない。今にも彼女は多幸感に正気を失うだろう。

 

 ……そのはず、だった。

 

 顔を俯けたリリが、ずかずかと近づき、ソーマの胸倉を掴む。

 

「ソーマ様は……勝手すぎます…………!」

 

 その顔は怒りに染まってはいても、『神酒(ソーマ)』の魔力など微塵も感じさせなかった。

 

「勝手に期待して、勝手に失望して! それで勝手に放り投げたファミリアに! 私がどれだけ苦しんだか、分かってるんですかぁっ!!」

「……!?」

 

 『神酒(ソーマ)』に抗い、ぶつけられる言葉。それは何より、ソーマの胸を打った。

 

「……ソーマ様はこれから、新人団員に酒の醸造を教えてもらいます。ミアハ様やナァーザ団長の『製薬技術』と、ソーマ様の『醸造』、そしてエドの『錬金術』と『錬丹術』……。新人たちに技術を継承していって、私たちも新人の彼らも、いつかそれぞれの幸せを掴めるように……。それに協力することが、私が貴方に与える『罰』です」

「………………」

 

 呆然としたまま、ソーマは目の前の少女を見つめる。眩しかった。目の前の少女の在り方が。

 

「最後に…………ほんの少しだけ、『感謝』、しておきます。ソーマ様のファミリアがあったおかげで……父と母は出会って……私が産まれて……そして……………………私は……心底惚れられる男性(ひと)に…………出会、え…………」

 

 そこまで言って、リリは気絶した。後ろに勢いよく倒れた彼女を、エドが支える。

 

「こんな返事……アリかよ………………」

 

 はあ、と溜息を吐きながら、リリを横抱きにし、エドはそのまま退室した。ベッドに寝かしつけるために、ナァーザもそれに続く。部屋に残ったのは、ミアハとソーマのみ。

 

「……ミア、ハ?」

「……なんだ?」

「……あの子は…………『罰』、とは……」

 

 その言葉に、ミアハは一つだけ溜息を吐き、しっかりとソーマの瞳を見据えた。

 

「あの子の名は、リリルカ・アーデ。物心ついたころからそなたの派閥(ファミリア)におり、つい一か月程前、私のファミリアに移り、ようやく幸せを掴もうとしている子だ」

「…………!?」

 

 ソーマは、目を瞠る。彼女が自分の派閥にいたことなど、まるで記憶に無かったからだ。

 

「――地上の子供たちに、もう一度目を向けて見よ。彼らは、不変である我らでは考えられぬほど、可能性(きせき)に満ちておるぞ」

 

 そう言って、ミアハもまた部屋を去った。

 

 ――こののち、≪ミアハ・ファミリア≫では酒も取り扱うことになるが、それは一時的なものであった。数年後、そこから独立する形で新生≪ソーマ・ファミリア≫が発足し、都市だけでなく世界に名を轟かせる『酒造』の派閥(ファミリア)が生まれることとなる。そこでは『神酒(ソーマ)』に勝るとも劣らないと、酒好きのロキに言わしめた『銘酒』が生まれ、また『戦う杜氏(とうじ)』という詳細不明な役職まで生まれた。

 そして新たな派閥では、初代団長に選ばれたドワーフが「最後まで残って正解だった。これで後輩たちの美味い酒を、生涯飲める」という言葉を残したり、眷族(こども)たちに酒造りを教えながら、照れたように笑う主神の姿が見られたと言う。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ミアハが追いついた時、エドとナァーザは、まだ廊下にいた。

 

「どうしたのだ、お前たち?」

「…………」

「いや、それが……」

 

 二人そろって、口ごもる。もっとも原因は明らかだった。

 

()こ行くんれすか、エド~? 早く、下に行って飲み直しましょう~~?」

 

 気絶から戻ったリリが、全然部屋に戻ろうとしてくれないのだ。かと言ってこのべろんべろんに酔っ払った状態の彼女を宴会に出すのも気が引ける。

 

「……まあ、部屋に入らぬのでは、下に連れて行くしかあるまい。酔い覚ましに果実水でも飲ませておいて、しばらくすれば酔いも冷めよう」

「……そうしますか」

 

 暴れるリリを改めて抱き直し、階下へ下りる階段の方へと歩を進める。階段は人を横抱きにするには狭く、リリの静かな息遣いが感じられるほどに密着した。

 

「…………エド」

 

 そんな中、静かにリリが呟いた。

 

「起きたのか、リリ?」

「……………………」

 

 だが、その呼びかけに、リリは答えない。空耳だったか?と思い始めた時、本当に小さな声が、耳に届いた。

 

「さっきの答え…………お酒の勢いでも、本気ですから」

「…………?!」

 

 慌てて目を向けるが、リリは静かに寝息を立てている。エドはどうにも混乱しながら、階段を下り、辿り着いた会場の扉を開けた。

 

「あ、戻って来たー! どこ行ってたんだい、ナァーザ君、エド君、リリ君! 皆の宴なのに、ボクらだけじゃどうしようもないじゃないか!!」

「って、エド。リリは大丈夫? 具合悪いなら無理しないほうが……」

「なんだ、リリスケ寝ちまったのか? 折角美味いツマミを買って来たのに」

「あ、エド殿。こちら千草と一緒に作りました、お祝いの膳です。よろしければ酒の席の箸休めにでも」

 

 そこにいたのは、遅れて到着した≪ヘスティア・ファミリア≫の面々。どうやら招待状を贈った他派閥の客人も全員到着したようだ。

 

「ミアハよ。今日はお招きいただき感謝するぞ! これからも薬や道具では何かと世話になるかも知れんが、どうか末永くよろしく頼む」

「招待、お礼申し上げます。さて、エド、少し飲み比べでもどうだ?」

「……ど、どうも。み、(みこと)ちゃんが持ってる御膳は、お、美味しいと思うので、食べてみてください……」

 

 こちらは≪タケミカヅチ・ファミリア≫。ちなみに桜花がその手に持った極東の清酒二本に、早くもチャンドラさんが群がっている。

 

「結構な大所帯になったなあ、ミアハんとこも……まあ、こっちもよろしく頼むわ」

「ところでロキ、ファミリアの為替を持ち出して、一体何を買う気だい?」

「……ロキは、お酒好き」

 

 こっちは≪ロキ・ファミリア≫。真の『神酒(ソーマ)』が出るかも、と匂わせたら、二つ返事で参加に了承した。

 

「おう、()っとるぞ」

 

 ≪ゴブニュ・ファミリア≫の皆さん。今回の再建でも多大な迷惑をかけた。

 

「いやあ、めでたい! 俺も王国(ラキア)でしか取れない食べ物を持ってきたから、混ぜておくれよ!」

「それ、隊商(キャラバン)に渡す予定の商品じゃありませんでしたか……?」

 

 最後に≪ヘルメス・ファミリア≫。招待状出していないのに、どうやって来たんだ?

 

 リリを壁際の席に座らせ、周りを見回して口元を緩める。

 

(――――なあ、エド)

(グリードか)

(お前にとっちゃ、こいつ等も『仲間(かぞく)』か?)

(…………へっ)

 

 すぐには答えず、一つだけ息を吐く。

 

 

「――当ったり前だろ」

 

 

 その答えに、ほんのわずか、リリの口元も緩んだ気がした。

 

「そんじゃ、ここらでかくし芸といくか!!」

「おー! えーやん、やってみい!」

「ほほう、楽しみだな」

 

 エドの提案に、既に酔っ払ったロキやタケミカヅチがやんやの喝采を送る。エドが向かったのは入口近くのテーブル。観客を正面にし、『錬金術』を発動するため、両手を身体の前に出す。

 

「――やはり、似ておるな」

「ん? 何がや、タケミカヅチ?」

「いや、あの動作がだ。極東限定なのだが、身体の前で柏手(かしわで)を打つ動作が――」

 

 パアンッ!と音高く、両手が合わさった。

 

 

「――――まるで、神に祈るかのようだ」

 

 

 錬成の光は、今日もエドを照らし出していた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 こうして何処までも家族を求めた彼の物語は、ひとまず終わった。とは言え、語られないからと言って、彼の人生が終わるわけではない。彼はこれからも歩み続け、幾多の痛みを伴う教訓を、犠牲を伴う獲得を得ることになるだろう。

 

 しかし、彼は必ずそれを乗り越え、自分のものとする。そのために前を向く。立って歩く。いつか、何にも代えがたい『鋼』のような心を手に入れるために――!

 




これにて、終了……!およそ二か月ほどでしたが、皆さんお世話になりました!

リリの告白は、ソーマとの決別と絡めました。杯一杯じゃ酔わないので、瓶一本飲ませることに。そして、ソーマはある意味原作以上のハッピーエンドです。

後、最後のタケミカヅチ様の台詞。実は、ハガレンとダンまちを絡めた決め手は、原作中のリンのこの台詞なんですよねw

最後に皆さん、多くの感想、まことにありがとうございました!機会があれば、番外にて!
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