ダンジョンに錬金術師がいるのは間違っているだろうか   作:路地裏の作者

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――兄さんも「努力」という代価を払ったからこそ今の兄さんがあるんだ


第9話 酒場での再会

 

 明けて、翌日のことである。

 

「やぁってやりますよぉぉぉぉぉぉ!!」

「………………」

 

 ダンジョン内でテンション上がりすぎて、突撃しまくる白兎(バカ)の姿があった。

 

「おい、少しはこっちにも……」

「ほおぉぉぉぉ!」

「いや、だから……」

「はあぁぁぁ!!」

「………………」

 

 何と言うか楽でいいのだが、こっちにまるで経験値(エクセリア)が入らない。大方、昨日出会った『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインに追いつきたい一心なのだろう、と好意的に解釈する。

 

「こうやって……いつか追いつけたら…………アイズさんと一緒にダンジョン探索したり……食事行ったり……ふふ、ふふふ……」

「……思春期って、怖えなぁ」

 

 そんなことを思うあたり、もしかしたら、前世はそれなりの年齢だったのかもしれない、と考える今日この頃だった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「じゃーなー、ベル」

「うん、それじゃね!」

 

 結局その日は、ほとんどベルが獲物を狩り尽くしてしまい、夕方近くになったところでダンジョンから帰還した。そのまま一度ホームへと帰り、装備から街着に着替えてちょうど帰ってきたミアハ様と合流し、待ち合わせ場所へと向かう。

 

「――しかし何故、ナァーザの奴は、先に出ているので待ち合わせ場所まで来てほしいなどと言ったのだ? ≪青の薬舗≫から、全員そろって向かえばよいであろうに」

「……それが分かんねーから、武神(タケミカヅチ)様と同類扱いされるんですよ」

 

 偶の外食で、女性が先におめかしして出て、待ち合わせる理由なんて一つだろう。超越存在(デウスデア)のくせに、この男神は鈍感すぎだ。≪ミアハ・ファミリア≫に入ってひと月経たずに、オレですら気付いたというのに。

 

 歩くこと十分ほど、待ち合わせ場所にした噴水の前に、普段とは見違えるほどめかしこんだナァーザ先輩がいた。纏っている街着は赤系統、ふわふわした生地をいくつも折り重ねたような構造のスカートと、上着は長袖で手首のところだけに、スカートと同様の飾りがついている。義手を隠すために手袋をはめているが、全体的にかなり気合が入っていることが分かる。

 

「ほお……」

 

 隣にいたミアハ様からも、感嘆の息が漏れる。ここだ。ここからだぞ。女性との待ち合わせでは最初の第一声が重要なんだ!分かってるよな、ミアハ様!

 

「ナァーザよ……」

「…………!」

 

 よし、いけ!

 

「おぬし、そんな高そうな服を持っておったのだな? てっきり全部質に入れてしまったと――――ハガッ!?」

 

 ダメだ、この神。そして、ナァーザ先輩。貴女は、何も悪くない。アホな発言した神の足を踏んづけたのも、何も悪くない。例え、ゴキリ、と聞こえてはいけない音がしたような気がしても、何も悪くないんだ……。

 

「………………行こう」

 

 第三級冒険者の怒気を浴びて、酒場に向かう光景は、まるで決死隊のようだった。

 

 噴水の前からいったんメインストリートに戻り、酒場が乱立する飲食街を目指す。どうも冒険者時代によく利用した狙い目の店があるんだとか。当然価格はリーズナブルで、かつ量と味が良いところである。

 

「……冒険者は、時に行きつけの酒場を作っておくのも大事。そうしたところは、案外他の派閥やダンジョンの異変なんかの情報が、手に入りやすい……」

「下調べの場所か。確かにメシ代で情報が手に入るのは有りだな……」

 

 先輩冒険者として、細かいながら大事な事柄を教えてくれるナァーザ先輩。対して、踏まれた足を引きずりながら、それでもにこやかについてくるミアハ様。拾われてから一年半になるが、今ではもう大事な仲間であり、家族だ。

 

 ナァーザ先輩からおすすめの店を紹介されたり、過激な服装をしたアマゾネスや獣人からミアハ様の視線を首ごと逸らしたりしながら、メインストリートをしばらく進んでいると、目と鼻の先の店から、ドアを蹴り開けるように見覚えのある人物が出てきた。

 

「…………ベル?」

 

 昼間意気揚々と別れたはずの相棒は、目の端に涙を浮かべながら、メインストリートを走り去った。

 

「……ベルは、どうしたの?」

「店で、何かあったのかもしれぬな……」

 

 再び店に視線を戻すと、ウェイトレスと思しき女性が一人と、意外な人物が二人出てきた。

 

「おお、ロキではないか」

「……それに、『剣姫』?」

 

 昨日出会ったアイズ・ヴァレンシュタインと、その主神ロキが揃っていた。なんで、ベルと同じ酒場から?

 

「なんや、ミアハやないか。外に呑みに来るやなんて、少しは店の景気よくなったんかいな?」

「ははははは。相変わらず閑古鳥が鳴いておるわ」

 

 ミアハ様が神ロキと喋っていると、『剣姫』がこっちに近づいてきた。

 

「……確か。昨日の子の、仲間だよね」

「ん? 昨日の子って、白髪赤眼のヒューマンか? それなら確かにオレのパーティーだけど?」

「………………」

 

 そこで彼女は一度言葉を切り、少しの逡巡の後、呟いた。

 

「…………ごめんなさい」

「……あ?」

 

 いきなり謝られたので詳しく話を聞いてみると、何でもさっき酔っ払った『凶狼(ヴァナルガンド)』ベート・ローガが、昨日のベルの醜態を引き合いに出して酒の席の笑いの種にしたとのこと。その後にベルが酒場を飛び出したので、『剣姫』はそのとき初めて本人の目の前で笑いものにしたと気づき、慌てて追いかけたのだそうだ。

 

「……タイミング悪いなぁ。本人、同じ酒場におったんか」

「ロキ……酒の上のこととはいえ、あまり関心せんぞ」

「わかっとるわ。ベートには注意しとく。けど、謝ったりは出来んで? 曲がりなりにもウチは≪ロキ・ファミリア≫やからな」

 

 まあ、都市最強ファミリアの一角としての体裁があるからな。

 

「…………」

「あー、もう、沈まんで、アイズたん! あんのアホ狼のことなんぞ忘れて、ウチと飲みなおそうやー!」

「……ベルのことは、こっちでフォローしとく。少なくとも謝ろうとしてくれたアンタが、気にすんなよ」

 

 そうして見るからにしょげかえった『剣姫』を、押し返すように店に戻した時だった。

 

「あ゛ぁ!? テメェは、トマト野郎と一緒にいた『チビモグラ』!」

 

 ……どんなネーミングセンスだ。昨日同様キレそうになったけど、こっちを罵ってくるベート・ローガは、今現在蓑虫のように簀巻きになっている。とてつもなくシュールな光景に、毒気が抜かれた。

 

「……オレは、モグラになった覚えは無え。それに背丈は、種族の特徴だ」

「るせえ! どんな手品か知らねえが、いきなり人を下層に落としやがって! 今度は俺がテメェを下に埋めてやる!」

 

 そう言って、うにょうにょと、ロープでグルグル巻きにされた身体を、うねらせるようにこっちへ向かってきた。横からかかっている「やめやー、ベート」という主神の制止も聞こえていないようだ。

 

「なんでそこまでして、突っかかってくんだよ」

「決まってンだろォが! テメェが雑魚で、糞の役にも立たねぇ『チビ小人族(パルゥム)』だからだ!!」

 

 ――――その言葉を言った途端、酒場の空気が凍り、代わりにテーブル席のある一点から怒気が噴き上がった。

 

「………………小人族(パルゥム)は、役立たずだって言いてえのか?」

「ああ、そォだ! 力も弱けりゃ、エルフほど魔法に優れてもいねえ! ダンジョンの中じゃ、野垂れ死ぬだけの種族だ! だから、役に立たねえって言ってンだよ!!」

 

 その言葉の瞬間、彼の肩がポン、と叩かれた。

 

 

「――――――――ベート?」

 

 

 叩いた人物は、Lv.6、第一級冒険者、≪ロキ・ファミリア≫団長、フィン・ディムナ。最強の『小人族(パルゥム)』だ。

 

「君の見解は、よくわかったよ、ベート」

「私は分かりませんよ、団長! 団長まで巻き込んで貶すなんて、この馬鹿狼ッ! 今から皮剥いで、明日の朝ごはんにしてやりましょう!」

 

 団長にご執心という噂を聞く『怒蛇(ヨルムガンド)』ティオネ・ヒリュテまで出てきた。

 

 ……出来ればベルの分まで、直接ぶん殴ってやりたかったんだがな。どんどん笑みを深めていく彼を見ると、もしかしたら自分の分は残らないように思えてくる。

 

「いや、同胞に迷惑をかけて、すまなかったね? 彼の『しつけ』はこちらで良くやっておくから、今日のところは退いてくれないか?」

「…………ああ」

 

 正直、笑顔に迫力がありすぎて頷くしかなかった。そのまま彼の笑顔も、ベートの悲鳴も、見えない・聞こえないふりをして、急いで店を出て外で待っていたミアハ様たちのところへと戻った。

 

「……どうする気なのだ?」

「オレは、ベルを追います。何だかんだでパーティーですから」

「……気を付けてね」

 

 ナァーザ先輩の言葉にうなずき、視線を向ける。その方角は、ベルの向かった先。弱くて嫌な自分を変えられる場所。強くなることのできる場所。都市の地下に眠る場所。

 

 迷宮(ダンジョン)

 




ベートご臨終……いや、死んでませんよ?

多分彼は、弱すぎる奴、覚悟が無い奴は、ダンジョンに来るなと言いたいんだとは思うんですよ……ただ、酒に飲まれてはいけません。

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