『ありがとう』
10分程に及ぶスタッフロールの果てに現れたその5文字をもって常若の国、永遠の楽園はこの世界から永遠に失われた。
2041年1月10日23時59分59秒、多くの人々に愛されながらもティルナノグオンラインのサービスは終了したのだ。
ティルナノグオンライン、通称TOは現在のニューロリンカーよりも遥か昔のVRマシン中期前半に生まれたVRMMORPGである。
当時主流だったアルヴヘイムオンラインやガンゲイルオンライン等には遠く及ばないが、この時期氾濫したいわゆる劣化SAO群の中に於いては敵がドロップする素材パーツを伸縮させ自由に組み合わせる事でオリジナルの武器や防具を造れる《フリースミスシステム》や敵への連続ヒット数が多いほど多く、ダメージが大きいほどレア度の高い素材パーツをその場でドロップする《ヒットチャンスシステム》。何の変鉄もないエリアの端などフィールドに隠された不可視ポータルからランダム生成ダンジョンに到達できる《シークレットダンジョンシステム》等の意外とプレイヤーの受けが良かったシステムのおかげもあり「全体的に粗く残念な出来」と評されつつも唯一今日までサービスを存続させていた。
いや、昨日まで……ではあるが。
「終わっちゃた。」
金色の髪を三つ編みに結ったその小さな少女……高柳灯衛はフルダイブから目覚めた布団の中で空気の冷たさも忘れそう呟いた。
最初からわかっていたとはいえ楽しかった……いや、楽しすぎた1ヶ月を惜しみ虚空に浮かぶティルナノグオンラインの起動ボタンを押すがサービス終了を告げるメッセージが無情な現実を突き付けるばかりだった。
オンラインゲームの終焉。
それはハッピーエンドの冒険譚でも誰かの優勝でもなくただただ現実的な稼働終了。
コンシュマーゲームのように強くてニューゲームなどという展開をほのかに期待した者がこの少女以外にいないと誰が笑えるだろうか?
「これからどうしよう……」
小学3年生にしてTO内において所属した大ギルドで《最後の期待の新人》と呼ばれる程、可能な限り廃プレイに適応した灯衛にはもはやオンラインゲームのない生活など考えられないことだった。
故に。彼女はティルナノグオンライン終幕の余韻を振り払い、次なる冒険世界を探すべく行動に移る。
まず特に仲の良かったギルドメンバーの一人『オーラム』が遊んでいるという招待制のゲームを検索してみる。
TOの世界で初めて出会った彼は灯衛と同い年だというのに驚くほど大人び、かつ紳士的であった。ともすれば30代のフリーターというギルドマスターよりも風格を感じさせる程である。
ただ、プレイヤーとしては凡庸で廃プレイには及び腰な中堅処ではあったのだが……。
「…………ない」
眠い目をこすりながら30分程検索ページとにらめっこしていた灯衛だが遂には観念したかのように不機嫌そうに呟く。
彼は確かに招待制の特殊なゲームだからネットで検索しても見つけれない筈だ、と言っていたのだがよもや本当に見つからないとは灯衛はまったく予想していなかった。
「何か手掛かり位あってもいいのに」
そう口を尖らせながらこのニューロリンカー全盛時代に親の趣味というだけでこの家にあり続ける壁掛け時計に目をやると時刻は既に1時になろうとしている。
「ん。もう寝なきゃ」
灯衛はそう言って隣の布団で眠る妹の旭のあどけない寝顔を見やりながら癖っ毛を三つ編みを結う輪ゴムを外すと彼女のフルダイブからの覚醒を感知してわずかに明るくなった室内照明の光量を再び下げる。
ティルナノグオンラインに明け暮れたこの1ヶ月、特に冬休みに入ってからは随分と灯衛の就寝時間は遅くなったがやはり幼い灯衛には睡眠時間の削減は厳しいのが現実だ。
そして重くなった瞼に抗い切れず金髪の小さな少女は深い眠りにつく。
冒険の日々に思いを馳せつつも「今日はゆっくり眠れる」、とまどろみながら……。
翌朝、昼前まで泥のように眠りこけていた灯衛は朝方帰宅し彼女同様に眠っていたまだ酒臭い母、そして兄妹達と共に昼食を摂るとすぐに財布をウェストポーチに入れ小雪の舞う外へ飛び出す。
母があまり美味しくない料理を作っている間に調べていたネットゲームのパッケージ版に付く特典のコラボ衣装がとても可愛らしく一目で気に入ったからだ。
日曜の朝にやっている女児向けアニメのヒロインのように可愛らしいその衣装は18歳未満厳禁の禁断の美少女ゲーム、いわゆるエロゲーが原作の深夜アニメの主人公のものだった。
(こんなに可愛いのになんで子供の見れない夜遅くにやってるんだろ?)
知ってはいけない大人の事情と大きなお友達の世界に疑問を抱きつつジャンクゲームを漁りによく行く十条駅商店街のゲーム屋に急ぐ灯衛であったがふと、石神井川を渡った先にある小さな神社の前で足を止める。
木々に囲まれ、まだ昼過ぎだというのに薄暗く陰鬱な雰囲気に包まれたそこは管理者がいるかいないかも分からずソーシャルカメラもない為か不良学生達の格好の溜り場となっており小学校でも絶対に近寄らないように言われているのだが今、灯衛の目に映るこの薄暗く辛気臭い城の主は大きく恐ろしい中高生のヤンキー等ではなくどう見ても自分と同じ小学生だった。
彼らは男子3人掛かりで一人だけいる眼鏡の……灯衛もよく知る少女に何か線の様な物……ニューロリンカーの直結ケーブルを突きつけようとしていた。
「?」
状況がわからず灯衛は首をかしげる。直結というのは本来恋人同士や仕事上の内密な話をする場合に行う行為の筈だ。間違っても嫌がる女の子に男子が数人で犯罪臭を漂わせて無理矢理する行為ではない。
(そうだ! GMボタン!)
状況を飲み込めない灯衛が軽く混乱しそんなアホなことを考えている間に子分っぽい少年の内の一人が灯衛に気づき声をあげる。
「おい! 何見てるんだよお前!」
その声と共に他の2人の少年と少女の視線が一斉に灯衛を捉える。
(あーあ、どうしよ……)
内心こんなめんどくさそうなの放っておいて早くゲーム買いに行けば良かったと後悔しつつもその見知った眼鏡の少女を放っておず、灯衛はゆっくりと少年達の方へ歩み寄る。
「灯衛ちゃん、来ちゃダメよ! お帰りなさい!」
少女がそう灯衛に呼び掛けるが子分に乱暴に髪を引っ張られ悔しそうに押し黙る。
「こいつ知ってるぞ。3年の奴だ」
親分格がそう呟くと子分二人も「ああ」と頷く。
今時金髪碧眼の外人の子供が日本の公立小学校に通うなどそう珍しくもないのだが如何せん灯衛は未だに小学1~2年に間違われる程に背が小さく名前も多少読みづらいが完全に日本人のものであり、尚且つ今はワシントン州に住む母方の祖父も結構な有名人だった為に彼女は校内ではそれなりに知られる人物だった。
そして知っていると言われた灯衛もまた眼鏡の少女以外に己の知る人物がいることに気づいていた。
「よく見たら双子山じゃん。あんたら何してるの?」
そう言って子分達……特に目立った特徴はないが双子というだけで校内でもそこそこ有名な山上兄弟の顔を交互に見るが兄弟達は「お前には関係無い」とそっけなく返すばかりだった。
「いけないんだよ。こんなとこで遊んで。高校生の怖い人に見つかっても知らないよ? ショバ代よこせとか言って家まで押し掛けられるんだよ?」
「いっ……?!」
灯衛の勘違い混じりの言葉に子分二人は互いに顔を見合せ呻き声をあげる。
だが、親分格とおぼしき少年の口からは灯衛の予想外も予想外な言葉が飛び出る。
「ふん、くだらん。図体ばかりがでかくなっただけの下等な猿に俺が負けるものか」
その言葉に子分二人は歓声を上げつつ尊敬の眼差しで親分少年を見、少女はかぶりを振りながら小さく「驕りね」と呟く。その光景に灯衛はしばし目を丸くして言葉を発するのも忘れていたがやがて声をあげて笑い出す。
「あっははは! なーに、あんた達? 変な大人ごっこ~!」
突如大声で笑い出す灯衛に今度は少年達の方が目を丸くして呆然と固まると僅かな沈黙の後、少女が恥ずかしそうにはにかむ。
「ふふっ、そうかもね」
子分二人も自身達と普通の小学生との違い、そして隔たりに戸惑うかのように顔を赤くし俯いている。
しかし。親分格の少年だけはまたしても違った。他の3人同様に顔を赤くしてるが彼の表情を見るに明らかにそれは羞恥ではなく憤怒の紅潮だ。
「ふざけるなよクソチビが! ごっこ遊びだと!? お前如き凡庸なエテ公が崇高な選ばれし者である者であるこの俺を笑うなど許さんぞ!」
「なに言ってんのアンタ?」
……………………。
灯衛の間髪入れぬ発言に再びしばしの沈黙と停滞が生じる。
ぽかんと口を開ける少年達の脇をすり抜け灯衛はさき程迄の怯え方とは一転、必死に笑いを堪えてる少女の手を取り促す。
「法子ちゃん、行こ。」
「え? う、うん」
もはや状況に流されるがままな少女……白間法子の手を引いて歩き出す灯衛の前を子分の1人が慌てて立ちはだかろうとするが後ろから親分少年に突き飛ばされ無惨に地面に倒れ伏す。
血走った目で灯衛を睨み付ける少年をもう1人の子分が非難するもその声はもはや彼の耳には届いていそうにない。
特に体格がよいわけでもなく、むしろインドア派と一目でわかるほど華奢な体でありながら獣の如き殺気を放つ少年の尋常なさに灯衛が法子と繋いだ手をほどくと同時に少年は拳を振り上げ灯衛に襲いかかる。
「ゴミ虫の分際でぇ!!」
とっさに法子がほどかれた手を掴み灯衛を引き寄せようとするもその指は空を切る。
灯衛は少年を恐れることなく前に踏み出していたのだ。
加速度的に灯衛と少年の距離は縮まり、会心の間合いを殺された少年が強引に体を捻り拳を灯衛の頭上から撃ち降ろす起動に変えた直後、灯衛は少年の顔めがけ頭から飛び上がる!
「っあぐぅ!」
顔のど真ん中に頭突きを貰い、少年が悲痛な声をあげる。
数歩よろけて後ろにある木にもんどりを打って倒れこんだ少年はツンとする鼻を押さえながら怒り狂った眼差しで灯衛を睨み付け、「きぃ……さぁ……まぁあああああああああ!」と、怒声を上げようするが鼻を押さえる掌と唇に付く異質な物に気づき視線を下げる。
「あ、あ! ああああああああっ?!」
鼻から溢れ出る赤いソレを見た少年は先程迄の外見にそぐわぬ声とは打って変わって少し高い子供本来の声で狂乱の響きを奏でた。
「大丈夫か!?」
慌てて駆け寄った子分Aが声をかけるも少年は血に免疫がないのか血を拭おうともせず震えながら掌に滴るソレを凝視し続ける。子分二人が「どうするどうする?」と慌てふためくのを見かねたのか法子は肩に掛けたポーチからポケットティッシュを出すと子分の1人に手渡す。
「はい。コレをあげるから今日はもう帰りなさい」
ティッシュを受け取った子分は俯き一瞬何かを言い掛けるがソレを飲み込み灯衛達に背を向ける。少年の血を拭き取り鼻の中にティッシュを詰める簡単な処置を終えると2人で少年を左右から支えながら立たせて無言のままその場を立ち去るべく歩き出す。
睨み付けるような子分2人の視線をまるで気にしてない様子の灯衛はそっぽ向きながら3人に道を譲る振りをして……足をかけた。
「うわっ!」「えっ!?」
肩を寄せ合い歩く少年達は互いに巻き込むように盛大に折り重なって倒れる。
「まぁ! いけない子!」
思わず声を上げる法子に灯衛は後ろ手に小さくVサインを見せつつ3人の正面に回り込む。
少年達は各々苦悶の声や嗚咽を漏らしながらノソノソと体を起こそうとしている。その姿には先程の『大人ごっこ』の面影はもはや皆目見受けられず、今の彼等は灯衛と同じただの普通の小学生でしかなかった。
その様子を見て灯衛はギルドメンバーに教えられたフルダイブMMOの弊害について思い出す。
(何て言ったっけアレ?)
それは《ドン・キホーテ症候群》と呼ばれるゲーム内における現実世界では絶対に得られない数多の経験による精神だけの突出した熟成と病気にもならない強靭かつ美しい仮想世界の肉体に対する現実の脆弱でメンタルも不安定で成長効率の悪い肉体とのギャップによる事故や弊害をもたらす肉体認識障害のことだった。
ソレを防止するために近年、暴力表現や反社会的体験をもたらすゲームを淘汰し無害な子供向けゲームが推奨される流れになりつつあるのだが今はソレは関係のない話なのである。
「あーあー、血ぃ出ちゃってかわいそー」
そんな事を思い出しつつ白々しい口調でそう言った灯衛は法子に倣うかのようにウェストポーチからポケットティッシュと絆創膏を出し少年達に放りやると次に財布を取り出し、適当につまんだ数枚の紙幣を再び彼等に投げ放つ。
「はい。慰謝料ー」
ヒラヒラと舞い落ちたソレを見て本物のお金だと認識した少年達は痛みも忘れたかのように歓声を上げる。
「うおーっ! 本物のお札じゃん!?」
「げんなま! げんなま!」
「マジかよ?! ……ってアレ?」
拾い上げた紙幣を掲げて疑問の声を上げる親分少年を子分2人が一斉に見つめる。
「半分だけじゃん!?」
「そうよ?」
平然とそう答える灯衛に少年達は「これじゃ使えねーよ!」、と非難の声を上げる。確認すると灯衛の手から放たれたすべてが半分から破かれた一万円札であったのだ。
「大丈夫、銀行に持っていけばちゃんとしたのに交換してくれるから」
灯衛はつい先ほど母に教えて貰ったばかりの知識をさも当然のように言い放つともう彼等に目をくれることなく法子と共に境内から歩き去って行く。
……雪はもう止んでいた。
「本当にごめんなさいね」
公園のベンチに腰掛け側面の大きく凹んだペットボトルのホットお汁粉を飲み満面の笑顔を浮かべる灯衛の隣に腰掛けた法子は一口だけペットボトルのホットミルクティーを飲むと再び謝罪の言葉を告げる。
余談ではあるがお汁粉は運の悪い事に自動販売機から出た時点で既にこうなっていた。そして灯衛にとってこのようなささやかな不運はよくあることでもあった。
法子……白間法子は灯衛の親友である内田高嶺の幼馴染みの4年生で灯衛が小学校入学以来、一緒に遊んだり困ったことがあると助けてくれたりするお姉さん的存在だ。
そして思い返せば彼女もいつからかTOで出会った少年、オーラム同様に同年代の子供達と一線を画す大人びた風格を漂わせていたと灯衛は気づく。
そして直感ではあるが、あの『大人ごっこ』が『ごっこ』ではなかったのではと疑問に抱く。
(3ランク位落ちるけどあの鼻血野郎もそうだ。双子山は全然目立たないからわかんないけど……)
「うんうん。もういいよ。お汁粉おごって貰ったし」
そんなことを考えて上の空で答える灯衛に納得がいかないように法子が訊ねる。
「でもせっかく貰ったお年玉なんでしょう? どうして破れてるのかは解り兼ねるけど……」
「……いや、そーゆーのじゃないんだけどね」
そう言われて現実に引き戻された灯衛は渋い顔して目を逸らす。
あの破れた紙幣は生理的嫌悪感から衝動的に破り捨てたものの、やはり勿体なくなって財布にしまって置いた物なのだが出所に関しては後ろめたい想いがあり口にしたくないのだ。
「? まぁ、誰にでも言えない事はあるものよね。私も助けて貰っておいてそんな野暮な事を聞きたくないわ」
法子はそう言って優しく微笑むと上品そうにミルクティーを口に含む。どうやらあのお金について追及されることはなさそうだと安心した灯衛は逆に疑問に思っていたことを法子に訊ねてみる。
「ねぇ、あそこで何してたの? あいつら法子ちゃんの恋人?」
ブフッ!
上品そうな姿勢のまま器用に口からミルクティーの飛沫を解き放った後に法子は何食わぬ顔でポーチから純白のハンカチを取り出し口許を拭うと眉間にシワを寄せゴキブリを拒絶するかのような面持ちで灯衛にきっぱりと告げる。
「断じて違います」
「……ご、ごめんなさい」
先程の激昂した親分少年同様外見からは想像しがたい少女の気迫に圧倒され沈黙した灯衛が(この話題に触れるのはやめよう……と言うかもう帰ろう)と考えていると法子がポツリと呟く。
「同じゲームのね。プレイヤーなのあの子達も」
「私の方が先に始めていたんであの子達が困っていた時はお節介だと思いつつ面倒を見ていたりしたんだけどプレイスタイルが違い過ぎたのね。あの子達は楽に相手をハメてポイントを稼ぐようになっていったの」
胸につかえていた物を吐き出すように言い終えると淋しそうにどこか自虐的に「ふふっ」と笑う。
「それであいつら法子ちゃんにまで討ち入り仕掛けたの!? 許せない!」
法子の話を聞き事のあらましを理解した灯衛が声を荒げて立ち上がる。自身もTOでギルド内外に問わずたくさんの先輩プレイヤーに助けられ面倒を見て貰った立場だ。恩の一つを返すことも許されぬままその世界そのものを失った灯衛にとって感謝すべき恩人に対し恩を仇で返す行為は決して許されものではない。
ちなみに《討ち入り》とはそのティルナノグオンライン等の一部のネットゲームで使われるゲーム外の暴力や権力を行使してゲーム内のアイテムや通貨を強奪したり、行為等を強要することで《リアルハック》や《リアルハラスメント》とも呼ばれている。
「仕方ないわ。誰しも不平等なまま生まれてくるんですもの。リアルでも、ヴァーチャルでも」
「……」
そう言われて灯衛は俯き、口を閉ざす。生まれ持った不平等さは灯衛自身も痛い程知っている。
父親もなく母親も仕事で忙しく家を空けがちな貧しい家庭。
金髪にそばかす、そして決して可愛いとは言いがたい容姿。
男子に喧嘩で負けた事こそないがクラスで一番小さい身体。
どれを取っても灯衛の不満の種でしかない。しかし幼い灯衛にはそれを打開する力はない。それが彼女に更なる不満を与えていた。
「悔しいよね。ゲームでも不公平なんて。ゲームの中くらい逆でも……せめて平等でもいいのに……」
悔しそうに小さく小さく呟く灯衛を法子は優しく抱き寄せると耳元で小さく尋ねる。
「灯衛ちゃんはゲーム好き?」
不意の問い掛けに灯衛は一瞬戸惑うが迷い無く首を縦に振る。
「うん! 今日もね、ほんとはゲーム買いに来たの。昨日まで1ヶ月だけだけどティルナノグオンラインってゲームやってたんだけど終わっちゃったからギルドの友達がやってる他のオンラインゲーム買いにいくとこだったの」
沈んだ表情から一転、屈託無く語る灯衛だったが法子の言葉に再び一転して渋い顔をする。
「そうなの……あら? じゃあさっきのお金って……」
「あ。……い、いや。いいのいいの!」
めんどくさそうに言い放ち横を向くと不自然にズズーと既に空になったお汁粉を飲む灯衛に法子はくすりと笑うと以前から胸に秘めていた事を……先刻、灯衛が鼻血親分に頭突きをきめた瞬間に確信を得た想いを告げる。
「じゃあ、そのゲームの代わりに私のやってるゲーム……やってみない?」
「うん、やる!」
突然の申し出であったが灯衛は直感的にそう答えていた。
「うふふ、即断即決ね」
「うん。法子ちゃんのこと護ってあげる!」
灯衛の言葉に法子は一瞬ポカンと口を空け笑いだす。
「うふふ、頼もしいわね。でも大丈夫よ。私、こう見えてゲーム内では結構強い方なのよ?」
法子はそうちょっと誇らしげに語る……が。
「だと思った。だからあいつらリアルハックしたんだもんね。だからね。リアルではあたしが護ってあげるの」
笑顔でそう言われ法子はしばし瞳を閉じると大きく息を吐き、再び目を開けると「これは怒らせてしまったのでは?」と不安そうにする灯衛に微笑みかける。
「そうね。じゃあ私はゲームの中で灯衛ちゃんが強くなるまで護ってあげなくちゃね」
そう言って微笑むと灯衛も笑って返し二人はしばし肩を寄せ、笑いあっていた。
「じゃあ、まずコレを付けましょう」
法子はそう言うと肩掛けポーチから1本のコード……ニューロリンカー用の直結ケーブルを取り出し自分と灯衛のニューロリンカーを繋ぎ合わせる。
『直結ケーブルがないとできないゲームなの?』
即座に思考発声に切り替えて尋ねかける灯衛に法子は小さく「さすがね」と感心した後、自身も思考発声で答える。
『そうじゃないけど。あると便利なのは確かね』
『ふーん。それでどんなゲームなの?』
灯衛の疑問に法子は『それはインストールに成功してからのお楽しみ』とだけ答えると右手は人差し指と中指の2本を、左手は人差し指と中指、薬指、小指の4本を立てて灯衛に見せる。
『灯衛ちゃん。まず貴方には教えて欲しいことが2つ。守って欲しい約束が4つあるわ』
なんだろう?と、首をかしげる灯衛に法子はそのまま言葉を続ける。
『灯衛ちゃんはそのオンラインゲームのお友達にこんな風に直結ケーブルでインストールするゲームを教えて貰ったことはあるかしら?』
『んーん。ないよ?』
灯衛のあっさりとした返事とは裏腹に法子は胸に手をあてて深く安堵したように『そう。よかった』と呟く。
ますます首をかしげる灯衛に法子は中指を折り人差し指だけを立たせた右手を注視させる。
『では次に。貴方がニューロリンカーを付け始めたのはいつからか判るかしら?』
かしげた首を反対側にカックリと傾けて灯衛は困った質問だと思った。物心付いた時には既にニューロリンカーを付けていた彼女にはそれ以前の記憶を探る手段はない。
知る手段があるとすればそれは当時を知る人物に聞くしかないのだが……。
『お母さんに聞かないとわかんないよぉ』
『なら大丈夫そうね』
意外な事に法子は安心したように頷いて返す。当然灯衛は頭の上に『?』を浮かばせるのだがコレには理由がある。
生まれてから物心が付く最初の七五三、もしくは幼稚園への入園迄の2~3歳の間には各家庭のローカルルールを除けばプレゼントを贈られるようなイベントがあるとすればそれは誕生日だけなのだ。
ならば3歳以前の記憶に残らぬ時期にニューロリンカーほどの大きなプレゼントが親やその親族友人から贈られるならば1~3歳の誕生日よりも出産時の方が遥かに可能性が高いというわけだ。
『?』
さっぱりわからないという風の灯衛をよそに法子は言葉を続ける。
『大丈夫よ。私の知り合いの中でも高確率で有名な判別法だから。じゃあ次は4つのお約束ね』
……と、右手を下げ左手を少し前にかざすし『まず初めに』と言って一拍置き、灯衛も約束事と聞いて少し緊張した面持ちでそれを見守る。
『このゲームのことを他言しないこと』
そう言って小指を折り曲げると一旦下げた右手を上げ『え、どうして言っちゃダメな……』と口を開く灯衛を制し言葉を続ける。
『このゲームはね、こうやってコピーインストールできる回数が1回しかないの』
『へぇー』
法子の言葉は非常に重要な発言だったのだがオンラインゲーム暦1ヶ月、プレイタイトル数2本目の灯衛はその重要性がわからず淡白な返事を示すのみだった。
『そして遊ぶにも適性が必要なの。1つは反射能力……これは灯衛ちゃんなら問題ない筈よ。2つ目が生まれて間もない頃からニューロリンカーを装着している事……お母さんに聞かなくちゃわからない位小さい頃からならこれも問題ない筈ね』
そう言われ灯衛はよく分からないながらも『そっか』と頷く。
『そしてこの条件は絶対でどちらかでも満たしていない場合、インストールは絶対に成功しないの。だから絶対に喋っちゃダメ。このゲームのコピー試行回数たったの1回。それも成功しても失敗しても1回だけ。ひょっとしたらとか、とりあえずだなんて安直な考えで使い潰して良いものではないの』
『……』
真剣な目で語り掛ける法子に灯衛は『1回』の重みを感じ、しばし押し黙る。
『……高嶺ちゃんやシャオリーや優子はそのゲームできないの?』
沈黙を破り問う灯衛の言葉に法子は不安に満ちた泣きそうな顔で頷き答える。
『高嶺ちゃんと優子ちゃんがニューロリンカーを付けたのは幼稚園に入ってからだし沙織ちゃんは小学校に入ってから……残念だけど灯衛ちゃんのお友達でコピーが成功する可能性があるのは南ちゃんだけね』
『……。……そっか』
この時、灯衛は友人と言うよりは高嶺の友達の1人である相馬南のことを思い出したものの「別にどうでもイイ」という顔をしていたのだが目を伏せていた法子がそれに気付くことはなかった。
『どうする、灯衛ちゃん? やっぱりやめる?』
『え? なんで?』
法子の口から出るちょっと予想外な言葉に灯衛は目を丸くして尋ね返すが当の法子も灯衛の言葉は比較的想定外だったらしく戸惑いつつも喜びを隠せない顔で尋ねる。
『だって高嶺ちゃん達お友達と一緒にこのゲームをできないのよ? お友達にこのゲームの事を隠し続けなきゃいけないのよ?』
言われて灯衛は「あー」とほうけた顔を浮かべた後、気にした様子も無く法子に笑いかける。
『大丈夫だよ。高嶺ちゃんはゲームやんないし、うちは貧乏だからシャオリーや優子達ともやってるゲーム違うから』
『……そう……なの?』
『うん。幼稚園の時はシャオリーがリンカーなかったからダイブするゲームはあんまりしなかったし、小学校に入ってからシャオリーもリンカー付けたけどうちじゃ買って貰えない普通のゲームを優子とやってるもん。あたしが誰かと一緒にゲームするのは旭とムッたんのゲームするくらいかなー?』
足をプラプラと揺らしながらそう言って灯衛は笑う。
ちなみに《ムッたん》とは幼児向け教育番組の人気キャラクターで灯衛が妹と遊ぶ《ムッたんと遊ぼうシリーズ》は無料であるが故に内容は少々残念がムッたん自身の人気もあって多くの子供達に愛されているシリーズだ。
『そうなの。じゃあ、たくさんのお友達と一緒に遊ぶゲームはティルナノグオンラインが初めてだったのね』
『うん!』
安堵の中に僅かに慈愛を含んだ笑みで語り掛ける法子に灯衛は屈託のない笑顔で頷く。
『じゃあ私、そのゲームのことは誰にも言わないでおくね。高嶺ちゃん達にも、お母さんや旭にも』
『そうしてちょうだい。絶対に手に入らない物の自慢をされるのも嫌だし、絶対に与えられないのに欲しいとねだられても困るものね』
『うん……!』
今度は神妙にうんうんと頷く灯衛に法子は先刻の少年達を例に上げて『ああいうのを相手にするのも疲れるし面白くないものね』と笑い、次の約束に話を移す。
『2つ目は諦めないこと。さっきも言ったけどゲームだからって皆平等とは限らないわ。でも最後まで不公平なままではない筈だから……えっと……』
そこまで言って言葉に詰まった法子はしばし空を仰ぐと灯衛の両手を握り力強く大きく天啓のように舞い降りた言葉を言い放つ。
「楽しみましょう!」
明らかに勢いでごまかした感じだがあっさりごまかされた灯衛もまた「うん!」と答える。
その後、乗りきったという感じで少し顔を赤らめながら法子は彼女にだけ見えるコンソールを操作しだす。
『さてと。じゃあ次なんだけどとりあえずここでインストールをしましょうか。残りの約束はインストール成功後とゲーム開始時に残しておくわ』
そう言うと法子は手元のフォルダから1つのファイルをドラッグしホウキ星のように小さな星をキラキラ撒き散らすエフェクト付きで灯衛の手元にスローする。
流星のようなファイルに『わぁ!』と感嘆の声を上げながら受け取った灯衛は躊躇すること無くインストール開始する。
『うふふ、本当にためらいがないわね』
灯衛はそう笑う法子の声が聞こえた様子もなくただ二人の間にある虚空を……眼前に広がるチリチリと燃え上がる炎を魅入られた様に見つめ続けていた。そして法子も灯衛の様子を祈るかのように見つめる。
やがて。
長いとも短いともとれる時間の果てに灯衛が小さな期待と歓喜が折り混ざった声を上げる。
『ブレインバースト!』
『おめでとう灯衛ちゃん。今日から貴方も私達と同じ加速世界の住人よ』
法子はそう言いながら灯衛の手を握るとそっと飴を握らせる。『ありがとう』とささやかなお祝いを嬉しそうに口に放り込んだ灯衛が進行ゲージに目をやるとインストール量はもう半分手前程度。期待に胸踊らせながら灯衛は法子に待ちきれないという感じでこの後の予定を伺う。
『ねぇねぇ、コレ終わったらどうするの? 早速ここでフルダイブする?』
……が。
「あ……」
なにかとても、とても大事なことを思い出した様子で声を上げる法子に一抹の不安を……いや、嫌な予感全開で灯衛が『どうしたの?』と尋ねると法子は灯衛の両肩をガシッと掴むとうなだれたように頭を下げ申し訳なさそうに声を絞り出す。
『ごめんなさい灯衛ちゃん。インストールが終わってもサーバーの準備とかがあって明日までは遊べないの!』
「ええーっ?!」
落胆。絶望。そんな気持ちの入り乱れた情けない声を上げる灯衛の前に不意に文字が浮かび上がる。
『ウェルカムトゥアクセラレイテッドワールド』
『ウェルカムじゃないよぉ……』
法子になだめられながらそう言った灯衛はがっくりと肩を落とした。
その後。
日が傾く頃まで法子とおしゃべりしてた灯衛は帰宅後、兄と妹と3人だけの夕食を終えて居間で兄妹達とテレビを見ている間も灯衛の心ここに在らずという感じでいた。ほんの数時間前にインストールしたTOの友人オーラムが教えてくれたあのゲーム同様にネットで検索してもまったく詳細のわからない謎のゲーム《ブレインバースト》への期待と想像。そして別れ際に法子が言った3つ目の約束……。
今夜はネットにグローバル接続してはいけない。しかしニューロリンカーを外してもいけない。
(どういうことだろう?)
しかし考えたところで判る筈もなく、考えるのをやめてテレビに目をやったのだがさっぱり頭に入ってこないので仕方なくゲームでも……とティルナノグオンラインの起動ボタンを押すがネットに接続できない上、そもそもTOは昨日でサービス終了していた事実を思い出し「あああああああっ!」と呻いてうずくまる。
(そうだった! もうTOで遊べないんだった! 今日はいろんな事があったけど、だからってそんな大事なことも忘れてるなんてあたしのバカバカーっ!)
そんなことを考えながら灯衛はただただテレビの画面を眺め続けていた。瞳に涙をたたえていることも、兄妹がテレビそっちのけで自分の様子を心配そうに窺っていることも気付かずに。
やがて夜も更け眠りに付いた灯衛は奇妙な夢をいや、異様な悪夢を見る。
(誰か! 誰かいませんか?!)
夢の中で灯衛は叫んでいた。そして戦っていた。
大きな者達と小さな者達の前に立ち塞がり1人孤独に戦っていた。
小さな者達の投げる鋭利なつぶてをその小さな体に受けながら迫り来る大きな者に立ち向かっていた灯衛だったが所詮は多勢に無勢。大きな者の1人に人形の様に掴み上げられ、ゴミを扱うが如く投げ捨てられ、灯衛の左腕はガラクタみたいにあっけなく壊れる。
崩れ落ちて尚、投げ放たれるつぶてに耐えながら起き上がる灯衛の視線の先には4人の少女の姿があった。
灯衛の妹である旭に親友である幼馴染みの高嶺、そして親友という名の悪友である沙織と優子達4人の姿である。
4人の頭上にも小さき者達の放つつぶては降り注ぎ、大きな者達もじわじわと迫り行く。
(やめろぉ!)
駆け出し、大きな者の1人に全力で体当たりをする灯衛だったがまたすぐに他の大きな者に捕まえられると再び地面に投げつけられる。
今度は右足が砕けた。
(くそっ! くそぉっ!)
壊れた脚の残骸を手近な大きな者に投げつけ、残った手足で転がるようにもっとも4人に……旭に近い大きな者にすがり付こうとするが灯衛の体はまるで前に進まない。ハッとなって背後を顧みると先程突き飛ばした大きな者がニヤリと顔を歪ませて灯衛の残された脚を踏みつけているではないか。
灯衛は脚を引き抜こうと必死にもがくが努力も虚しく、彼女の左足は大きな者によって踏み抜かれて砕け散ってしまう。
(う、ぐっ……。たすけ……て。誰か! 誰か助けて!)
両足を失い、絶望に……己の無力さに打ちひしがれながら少女は助けを求める声を上げる。
しかし、その声に応える者は誰もいない。
灯衛の視線の先にいる……いつの間にかいた大人達は皆、灯衛の声など聞こえていないかの様に彼女に背を向けて立ち尽くしている。
灯衛の母。遠くアメリカに住む祖父母。会った記憶さえない顔も知らぬ父親。学校の先生に隣に住む優しいお姉ちゃんとおばちゃん、母の店で働く人達にオカマのよっちゃん。そして、旭の実父と実姉夫婦。
(ぐすっ…………なんで……)
瞳に涙を湛えながらも灯衛は地べたを這いずり大きな者達の後を追う。
少女は知っていたのだ。彼らが絶対に当てになる存在ではない事を。
しかし、それは決して灯衛の身の回りの大人が無能で冷酷という訳ではない。
小さい者達や大きい者達はあの大人達の目の届かぬ所で灯衛達を傷付けにやってくる姑息な者や卑劣な者、臆病な者。そして用心深く冷徹な者達の群れなのだ。
小さな者達ならば灯衛でも打ち倒せるし、そうしてきた。だが大きな者達を前にしてはいかな灯衛でもまるで無力でしかなかった。故に彼女はいつも当てにできぬ大人に助けを求め、彼らが現れるまでの時間を稼ぐ事だけが貧弱な自身にできる唯一の抵抗だったのだ。
……しかし。それも今、潰えた。
戦うべく、前に進むべく酷使され続けた右腕が限界を向かえて砕け散ったのだ。
(あっ……あぁっ!)
現実とは残酷である。四肢を失い、もはや何の力も残されていない灯衛にさえ小さな者達はつぶてを投げる事を止めないのだ。
飛来する悪意にさえ抗う術を失った灯衛の心は折れ、ただただ迫り来る大きな者達に怯える4人の少女を見詰めていた。
(ごめんね、旭。……バイバイ)
そう呟くとガラクタの様に横たわる少女はこの後の結末を拒むかのようにギュッと涙に溢れる目を瞑る。
……………………。
…………。
だが、許せなかった。
高柳灯衛はそれを許せなかったのだ。
大事な者を諦める自分自身を!
(うわあああああああああああああああああああああああああああああっ!!)
灯衛は吠えた。瞳に光を灯し、獣の如き雄叫びを。
その声を聞き大きな者達がクルリと振り返る。
(そうよ、来なさいよ! あたしは生きている限りあんた達の邪魔をするわ! あたしはあんた達みたいな卑怯者を絶対に許さないわ!!)
もはや立ち上がる事もできぬ姿で灯衛は衛りたいと願った。
これが己の為だの、誰かの為だ等と思いはしない。それが正義なのか過ちなのかもわかりはしない。ただ、力無き者や数に劣る者達が害を撒く者や群れるだけの者達に理不尽に駆逐される事実に抗いたいのだ。
大きな者達が歩み寄る。弱き者へ止めを刺すべく一歩、また一歩と。
それを見据えて灯衛は笑みをこぼす。
獲物を狩る野獣の如き輝きを瞳に宿し、踵骨腱に……いや、隙あらば喉元に喰らい付いてやると笑う!
「それが貴方の選んだ道ね」
不意に目を開くと灯衛の前には一生懸命声を掛けてくる兄、そして半ベソかいた妹がいた。
「おねちゃん。だいじょ……んむ?」
目を醒ました灯衛は妹がそう言い終えぬうちに彼女を強く抱き締めると声を上げて泣いた。
悲しいのか苦しいのか、それとも嬉しいのか憎いのかもわからないがとにかく声を張り上げて泣いていた。
やがて旭も釣られて泣きだし、オロオロしていた兄が更にオロオロする光景は数分後、兄から知らせを受けた母が飛んで帰ってくるまで続いた。
30分後。灯衛は先程の涙が嘘だったかのようにケロっとしていた。
あの悪夢の内容もさっぱり忘れ、まるであの夢を見たこと自体が夢であったかのような感覚であった。
故に普段誰かを泣かすことはあっても泣くことはない灯衛を心配する母と普段の仕返しとばかりにからかってくる兄には照れ臭く笑って返すしかできなかった。
その後、朝食を採りいつも通り適当に冬休みの宿題をして兄妹と共にアニメを見た灯衛は「遊びに行く」と告げて寒空の下、昨日の公園に向かう。
約束よりも30分ほど早かったが悪夢を忘れ朝食を食べていた時から灯衛の頭の中は《ブレインバースト》への期待で満たされており一秒でも早く法子と会ってゲームをしたいという衝動に抗えなかったのだ。
「あ!」
公園に着くと同時に灯衛の口から歓喜の声がこぼれる。
昨日のベンチには既に法子が座っており、灯衛に手を振っているのだ。
「法子ちゃんおはよー! はやいねー?」
白い息を弾ませ駆け寄る灯衛に法子も笑顔と白い息で応える。
「うふふ、おはよう灯衛ちゃん。灯衛ちゃんに会いたくてちょっと早く着いちゃったの」
「あたしも! あたしも法子ちゃんと早く会いたかった! それで一緒にゲームしたかった!」
溢れんばかりの笑顔で返す灯衛に法子はくすりと笑って応える。
「嬉しいわ」
そう言って灯衛を隣に腰掛けさせた法子はポーチから取り出したチョコ菓子を灯衛に勧めつつ一緒に出した直結ケーブルを己のニューロリンカーに接続する。
「灯衛ちゃん。まずは私に2秒ほど時間をちょうだい」
そう促されるまま法子から直結ケーブルを受け取りニューロリンカーに繋ぐとあらかじめ用意していたのか法子からメモが送られてくる。
『スリーカウントの後に「―――」と唱えて』
そこに記された言葉を見て灯衛は心臓が止まるような衝撃を受ける。
それは紛れもなくかのティルナノグオンラインでオーラムに教えられた言葉だったからだ。
オンラインゲームにまだ疎い灯衛はよくある流行りの単語を使った似たような名前のゲームとしか思っていなかったのだが実はそれこそが謎のゲーム《ブレインバースト》の鍵、起動コマンドだったのだ。
(……そういうことだったんだね、オーラム君)
しばし瞳を閉じ、彼との思い出に想いを馳せると意を決して法子に了解の意思を伝える。
法子も頷いて応えるとカウントを開始する。
『3・2・1……』
(あたしもそこに行くよ。また会えるよ)
彼への想いと期待を胸に灯衛は法子と共に魔法の言葉を紡ぐ。
「バーストリンク!」