渇望のシグナル   作:安倍和宏

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母と娘

(ちぇっ。喰らっちゃった)

 黒い無貎の面の下でシグナルは小さく舌打ちをした。

 怒りも露わに突如、突撃してきた対戦相手であるオニキス・ビトレイヤーに数発喰らわせたまでは良いものの、わずかにかすめた黒い闘士の反撃の拳にマイナスアビリティ《貧弱》と《不運》の効果が作用してあっさりと逆転されてしまったのだ。

 

(ノーダメで倒せば平気と思ったけど。やっぱ上手くいかないなぁ)

 

 笑いながらこぼし、折れた槍の柄を黒い闘士の脳天に叩き込みつつ頭上を飛び越えたシグナルはそれを捨てて腰に残る3つオプションの内2つを槍に変えて2刀で……いや、2槍で構える。

(あれは《双頭蛇の型》?!)

 右の槍を長く、左の槍を短く持つシグナルを見てアンテナ男ヤマブキ・シンパシーは心の内で小さく呟くも頭を振って否定する。今日び、剣や刀以外の2刀流など珍しくもないからだ。

 しかし。それは紛れもなく彼がかつてプレイしていたシグナルはVRMMORPGティルナノグ・オンラインにおいて、尾がなく体の両端に頭を持つ西洋の下等蛇竜アンフィスバエナをモチーフにした槍術を模した構えなのであった。

 

「せっはっ! せっせっ、はっ!」

 素早い右の槍の連続突きを反時計回りにかわしながら槍の懐に潜り込もうとするオニキスだったがそれは全てシグナルの思惑通り。

「ふはは、甘いわ!」

 PK……フィジカル・ノックなどに傾倒して対戦勘をすっかり鈍らせた黒い闘士はまんまと誘導され、懐に入ったと思瞬間に捻り込むような左の槍の一撃に再び吹っ飛ばされる。

「おぐっ?!」

(うん。見かけ通りパワーがあって、見かけ以上にスピードもあるけど反応と読みが甘いかなー? てゆーか、どっかで聞いた声なような……?)

 身を起こそうとする対戦相手から視線を逸らさぬようにしながらもシグナルはそんなことを考えるが戦うことには不要な疑問と断じ、手に持つ槍の状態を確認する。

 右手に持つガラス細工の槍は既に刃が欠けてヒビが入っているが問題はない。渾身の力で捻り突いた左の槍に至っては穂先が砕け散って柄だけになっていたが、どうせ使い捨ての壊れ物。

殴る分には問題なしと考えつつ少し腰を低めに構える。

 

(くそっ! こいつ想像以上にやるぞ?! ニュービーの分際で生意気だ!)

 そう毒付きながらも右ジャブの牽制からの左ストレートに相当するガラス細工の戦士の槍術を警戒したオニキスは再度左に誘導する右の槍に反発し、強引に逆へ……シグナルの右側面へ躍り出る……が。

「アン・フィスー!」

 シグナルが反時計回りにクルリと身をひるがえしたかと思うと、長く余らせた左の槍の柄の強襲がカウンター気味に腹に突き立てられて黒い闘士の巨体が「くの字」に曲がる。

「ぐぉお?!」

 オニキスにとっては予想外の迎撃に彼の口から渋い音がこぼれ出るがその間にもガラス細工の戦士は再び反時計回りに回転し、ガラ空きになった黒い闘士の顎に右の槍を捻るようにTOのファイナルスキルを打ち込む。……あくまで型だけだが。

「バ・エンドォ!」

 

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」

 

 レベル3の加速破壊者を翻弄するニュービーに観戦者達は沸き上がる。

「にひっ」

 全力の一撃に耐えられず砕けたガラスの槍頭の破片と共に降り注ぐ歓声を受けながらシグナルは漆黒の面の下で破顔する。こんなにも大きな歓声に包まれたのは生まれて初めてだったからだ。

 学校で生意気な上級生を〆た時やTOで活躍した時、母方の祖母の実家の道場で男子を負かした時をももてはやされたがこの快感はそれらと異なるモノだった。

 それは弱者からの羨望でも目上の者達のおだてるような賞賛でもない、対等な戦士達から認められたという「誉れ」。

 ただただ戦って勝利することを目的とし、強さこそ絶対的な価値を持つVR格闘……いや、ブレイン・バーストでは誰もが対等な戦士なのだ。

 

 しかし、それとは逆に顎を打ち上げられて蛙のように腹を見せて無様に転がる加速破壊者の姿に観客からは失笑が沸く。

「ぷ。だっせ、レベル3がレベル1にアオテンされてやんのー」

「ふん! 仕方ないわよ、なにせあの加速破壊者様ですもの!」

 アオテンとはアメリカンフットボールを由来とする尻餅や腹を見せて仰向けにダウンさせられることを言うのだが、VR格闘においては「受け身も取れない雑魚野郎」という揶揄の意味が込められている。

 そしてこれはオニキス・ビトレイヤーのようなヘビー級の近接格闘型にとっては最上級の侮辱を意味する言葉なのだ。

 

「くそっ! くそくそっ、くそあああああああああああっ!」

 

 デュエル・アバターに隠された裏で黒い闘士の顔は恥辱と憤怒で耳までも真っ赤に紅潮する。

(殺す! こいつはだけは絶対に殺す!)

 激しい憎悪の炎を以って必殺の誓いを心に刻み付けたオニキスだったが、その誓いが果たされる兆しは見えない。それ程までに鈍りきったオニキスはシグナルに対して劣っていたのだ。

 

 余談ではあるがアメフトにおいて対戦相手を押したり突き飛ばす事を《バンプ》と呼ぶが、プロレスにおいては受身のことを《バンプ》と呼ぶらしい。まったくの余談である。

 

 

「だらああああああああああああっ!」

 強引に正面から突破を試みたオニキスの巨体が左の槍と短く余らせた右の柄の十字防御にあっさりと受け流される。

 更にたたらを踏む黒い闘士の足を右の槍で素早く払って転ばせたシグナルは置き土産に数発突き入れて余裕綽々で距離を空ける。そして苛立ち、攻めあぐねるオニキスには突きの嵐が見舞われる。時には左の柄で地面を突いて頭上を飛び越えるなどして、上に下にと縦横無尽に乱舞するガラス細工の戦士の姿にカマキリ女コランダム・マンティスは感嘆の息を飲む。

「はぁーっ。おい、ブルーム! あいつマジで何者……」

 

「きゃああああああああっ! すごいわーっ! シグナルかっこいいいいっ!」

 

「「…………」」

 日本刀の本差しと脇差しを振るう二刀流の槍版とも言える型を使う謎の新人の高い技術力に驚愕し興奮する藍のレギオンの面々であったが、それ以上に興奮する母魔女に刹那的に冷静さを取り戻す。そして思う。

「こいつダメだ」……と。

 

 

「クソがぁあああっ! なんなんだっ! 貴様ごときにっ! 卑劣な罠で俺様を陥れた貴様などにいいいいいいっ!」

「? 卑劣な……罠?」

 思わぬ所で着せられた濡れ衣にシグナルは警戒しつつも攻め手を緩めて尋ね掛ける。あくまで緩めるだけであるが……。

「そ、そうだ! あんな半端な万札をよこしやがって! なにが慰謝料だ! お前の言う通りに銀行に持って行ったら親に教師共に警察まで呼ばれて大目玉だ!! ていうか貴様、容赦ないな! 普通、こういう時は手を休めるだろ!?」

 残念ながらこのガラス細工の戦士はお喋り程度で攻め手を止める真似などしないのだ。もしやるとしたならば、それは油断を装ってカウンターを狙う時だけである。

「? あー! あんた、昨日の鼻血君?」

 ここに至りシグナルはようやっと目の前の対戦相手がワイン・ブルームこと白間法子に《討ち入り》や《PK》……フィジカルノックと呼ばれる現実サイドでの脅迫、暴力を行っていた人物であると気付く。

「?! 貴様っ、ブルームから俺様の事を聞いていないのか?!」

 無論、ブレイン・バーストの古参プレイヤーである法子はその旨をきちんと説明していたのだが先日の神社の件でオニキス・ビトレイヤーこと鼻血親分を取るに足らない格下と判断したことに加え、シグナルの持つマイナスアビリティを知って世界の終わりのような顔をする法子を気に掛ける余りすっかり失念していたのだ。

「ん。忘れてた。で、なんで怒られたの?」

「……。お、お前がちゃんと組み合わさる札を寄越さなかったからだろうがあああああああっ!」

 黒い闘士の怒りなど、どこ吹く風。けろりとして尋ねるシグナルにオニキスはことさら大きな声でがなりたてる。

「え? なんで?」

「知るかぁああああああああああああああっ!」

 再び尋ね返す魔女の娘に加速破壊者は気が触れたかと思う程の声を加速世界に響き渡らせる。

 

 昨日。

 灯衛達が去った後に半分に裂かれた紙幣をホクホクと銀行に持って行った鼻血親分一行であったが、正しく組み合わさる紙幣が何点か無いことを不審に思った受付のお姉さんの機転により聞き出された情報により3人の保護者と学校の教頭と担任が召喚。

 しかし。加速の部分を徹底的に隠蔽した3人の言い訳はまったく要領を得ず、結果的に警察までが召喚されるというちょっとした事件へと発展していたのだ。

 そして1人だけ4年生だった上に率先して先頭に立っていた鼻血親分は当然のように首謀者と断ぜられてしまったという訳である。

 

「まぁ、いいけど。あんた、先生に聞かれてもあたしとあの子の名前出さないでよね。言ったらまた鼻血見るからね?」

「誰が言うか! その分こちらでポイントを奪って詫びてもらうわ! 無論、貴様等を泣かせた上でな!」

 詫びや謝罪も何も自業自得とも言える行動の結果なのだが、そんなことを考えつく余地もなく言い放つオニキスに対してシグナルもまた事件の一端を担いながら自分が悪いとは微塵も考えずに責任の全てを眼前の対戦者に押し付けようとしていた。

 仮にどういう方法で灯衛が割り出されようとも男3人掛かりで奪って破かれた上に盗まれたと言えば終わりなのだから。事実はどうあれ、結果は同じ。本人は全く意図していなかったが切り札は最初からこの魔女の娘の手にあったのだ。

「ふーん、生意気ー。じゃあ、今、また…………泣かせちゃうからっ!」

 悪戯っぽく……いや、邪悪な笑みでそう宣言した魔女の娘は2本のもはや槍とは名状しがたい棒を各々の手でクルクルと回しつつ新たなコマンドを立て続けに唱える。

「リング! リチャージ!」

 同時にシグナルの手で回る2本の槍と先程放り捨てられた折れた槍が消え、シグナルの腰に新たなオプションが1つ追加される。

「リボルバー!」

 その2つに増えた腰のオプションを手に取ったシグナルが更なるコマンドを唱えるとヘラ状のそれは刃が2つに分かれ短い柄が45度程曲がり、基部とも言うべき鍔の部分に7発の弾丸を装填可能なリボルバーが生まれる。

「何度見てもショボ……」

 この銃形態の形状が不満なのかガラス細工の戦士が舌打ちしつつ引き金を引くと耳をつんざく銃声と共に黒い闘士が大きく仰け反る。

「な、なにぃっ?!」

 相変わらずダメージは皆無ではあるがオニキス・ビトレイヤーの巨体をよろめかせる威力に当の黒い闘士も観戦者達も騒然とする。

 

「じゅ、銃モー?! 銃もあるのー!?」

「モーモー君のおバカ! ジュエルコートは複合型が基本でしょ?」

 観戦者の中でも一際背の高い3mを超す細身の巨体の顔と股間を白黒のモザイクで覆った変質者に、裾の短いレモン色の巫女装束をまとったF型アバターが冷たい視線を浴びせる。

「でも1個の強化外装で銃も剣も槍も……なんて、そういないぜ?」

「う、確かにそうかもだけど……」

 周囲の声にレモン色のアバターの消え入りそうな言葉を遮るように変質者が身を震わせて叫ぶ。

「モー! どっちでもいいよ! オニキス君をやっつけてくれるならどっちでモー!」

 

 しかし、ドロップアウトしたとはいえ生粋の近接型として多くの遠隔型と対峙してきたオニキスにとって着弾の衝撃は大きいもののダメージなど無いも同然の銃撃など恐れるに値しないモノだった。

(4……5……6……7……)

「リロード!」

 防御に徹し、2発ワンセットで飛来する弾丸が7回放たれた後に聞こえる魔女の娘の声に黒い闘士はニヤリと笑う。

(バカが! 普通は左右で撃ち分けるだろうが! 槍を使ったままの方がまだ勝機があったのにな!)

 音声コマンドでクイックリロードが可能とはいえ装填数は1桁台の中距離射撃武器、しかもご丁寧に2丁同時に撃ってくる相手などパワーと耐久力に自身のある彼にとってカモでしかないからだ。

「おい、チビ! 同時に討つな! 狙われるぞ?!」

(ちっ! 黙ってろよ、魔神!)

 コランダムの助言にオニキスは肝を冷やすが再び火を噴くガラス細工の銃からは変わらず2発のガラスの弾丸が同時に放たれる。

(ふははは! 所詮は素人よ!)

 それをガードの上から喰らい、よろめく振りをしながらもゆっくり前に進み出るオニキスは心の内で口の両端を大きく吊り上げていた。

 4セット……5セット……。そして6セット目の2発の弾丸が守りを固める両の腕を振るわせると同時に黒い闘士はガード体勢のままシグナルに向けて一気に駆け出す。

 直後に放たれた最後の7セット目の双弾を防ぎ勝利を確信したオニキスはシグナルにベアハッグを極めるべく両手を大きく広げる。

「うおらああああっ!」

 2人の体格差を考えたならば迅速に相手の攻め手を制し、拘束しながらも一方的に攻撃できるこの攻撃は最善手の1つだったと言えるだろう。

 ……しかし。

 

「ぐあっ!?」

 

 突如、バイザーの奥に隠された右目……アイレンズを貫くような痛みにオニキスがよろめくとまたもシグナルが綺麗に足を払い、巨体を地面と抱擁させる。

「な、なんだ? これは……針?」

 震える手でアイレンズに刺さるソレを引き抜いたオニキスは右半分がノイズ混じりにダークアウトした視界に映る、細く透明で恐ろしく鋭利なそれを呆然と眺める。

「あ、ごめごめ。一瞬でも牽制できればいいと思ったんだけど目に入るとは思わなかったんだ。ま、ゲームだし平気だよね?」

 事も無げに告げる言葉にオニキスが振り向くとシグナルはいつの間にか手首にはめられた腕輪から彼の手にあるのと同じガラス細工の針を突き出して見せる。

「暗器……だと……?!」

「にひっ」

 得意げに笑う魔女の娘が見せるリングはもう片方の手にも装着されていた。それは先刻までシグナルが操っていた槍が「リング」というコマンドと共に形を変えた姿。

 2本の槍は消えたのではなく、2丁拳銃を囮に騙し討ちをする暗器として……もとい、2丁拳銃を補佐するサブウェポンとして密やかに両の手首にまとわされていたのだ。

「まんまと嵌められたのか? この俺が、ニュービーに?!」

「言ったでしょ? 泣かせるって! リロード!」

 冷ややかな笑い声と共に再びガラス細工の弾丸を込めたシグナルは軽やかなステップで膝を付く黒い闘士と間を開ける。

 

 そして……盛大に転ぶ。

 

「んにゃっ?!」

「シグナル?!」

 身体能力と反射神経には定評のある悪童高柳灯衛だ、ドジっ子キャラのようにこんな何もない所でつまづいた訳ではない。

 《不幸》と《貧弱》の2つの呪いのマイナスアビリティのコンボにより狙い澄ましたようなタイミングで右足のヒールが折れてしまったのだ。

「おいいいいいいいっ! なにやってんだチビいいいいっ!」

「!? バカがっ! 調子に乗るからだ!」

 それを見て弾けるように駆け出したオニキスは素早くシグナルの首根っこを掴むとそのまま朽ち果てた商店街のビルの壁に全力で投げつけ、崩れ落ちるガラス細工の戦士に跳び蹴りで追い打ちをかける。

「っぐ……!」

「シグナル?! しっかり! しっかり!!」

「玉装持ちのコンパウンドだからっていい気になるなよ?! ジュエルカラーでもない癖によおおおおおおおおおっ!」

 ブルームの声も虚しく。鬱憤を爆発させ、罵り、乱暴に蹴りつけるオニキスの攻撃の前にガラス細工の戦士の背中のバインダーは砕け散り、見る間に減ったライフは早くも残り3割を切っていた。

 

 オニキス・ビトレイヤーは……黒い蛮族は爆発した。

 冠名に玉石の名を持ちながらノーマルカラーとして、しかも強化外装を持たぬ近接格闘型であることをコンパウンド……複合型の多い玉装持ちの者と比較され続けて積もり積もっていた鬱憤を爆発させた。

「くはははっ! なんだ貴様? 脆い! 脆い脆い!! 弱過ぎるぞ貴様あああああああああああああああああああああああっ!」

「こ……のぉ……! 髪を引っ張らないでよ、bugfucker(皮っ被りの粗チン野郎が)!」

 脱出を試みるシグナルだが三つ編みを手綱のように抑えられ身動きがとれない。

 一番のコンプレックスであるブロンドの髪を無造作に扱われることは灯衛にとって最も許し難い行為であったがそれはダークグレイのヘアパーツを持つグレイ・シグナルとなっても同じである。しかし、幾ら激昂して暴れても忌まわしい黒瑪瑙の手を振りほどくことはできない。

「くはははははっ! 無駄だ無駄だ! 貴様は絶対に許さんぞ! ブルーム共々ポイントを全て絞り尽くしてから校門前で土下座するまで追いつめてやるわ!」

 

「Motherfucker(糞レイプ野郎めっ)! 馬鹿じゃないの!? その前にあたしがあんた達を全裸にひん剥いてケツの穴によく振ったコーラをブチ込んでやるわよ!!」

 

「?!」

 爆る鬱憤から出た己の調子付いたセリフに対し、天へ突き立てた中指と共に返されたドン引きするような報復案にオニキスが気勢を削がれた直後。戦場に魔女の声が響く。

「もうやめて、オニキス! ポイントなら私のを上げるわ! だから、だから私のシグナルにまで酷いことをするのはやめて!!」

「! ……ほう」

 ブルームの言葉に黒い蛮族は満足げな声を漏らす。

「良い心懸けだ。だが、俺様がこいつにされたことを考えたらポイントだけでは済まされんぞ?」

「…………何がお望み?」

 憎らしげな眼差しを向けるブルームにオニキスは興奮したように下卑た笑いで答える。

「くくく、土下座しろ。ここでじゃない。この対戦が終わった直後に今いるフードコートで! お前の子の望み通り丸裸になってな!」

「Fuck(殺す)! Fuckyou(絶対殺す)!! お前、ふざけんなよ?! Fuckin'hell(地獄に堕ちるまで殺すぞ、コラ)!」

 既に火が付いたように暴れていた魔女の娘が更に爆発したように闇雲に暴れて下品なスラングをまくし立てる中、黒い蛮族からブルームをかばうように金色の影が舞い降りる。

 アンテナ男こと、ヤマブキ・シンパシーだ。

「待て! そんな真似は許さないぞ!」

 

「……誰だお前は?」

 

 格好良く登場したにも関わらず最低なリアクションで迎えられたシンパシーは一瞬ギャラリーに戻ろうかと考えるが思い留まり、地団太を踏んで逆ギレする。非常に情けないがこれでも《ザコンガーV》等と呼ばれる最弱ランキングに名を連ね、《最弱のオリジネーター》と蔑まれる彼にとって精一杯の勇気なのだ。

「ぐっ……! だ、誰だっていいだろ!? 僕はヤマブキ・シンパシー! その魔女の娘の友達だ!」

 ヤケクソ気味に名乗りを上げたシンパシーはギャラリー制限に阻まれ近寄れない10m向こうのシグナルに語りかける。

「シグナルちゃん、分かるかい? 僕だよ? オーラムだよ?」

「え?! ほんと? 本当にオーラム君なの!?」

 思わぬ再会にシグナルは信じられないといった様子でシンパシーを仰ぎ見るが、その声は確かに永遠に失われし常若の国の友オラームのものだった。

「そうだよ! シグナルちゃん、僕はティルナノグと一緒でブレイン・バーストでも頼りにならない奴だと思う。でも! 僕は君を守りたい! なんと言われようと僕は君の兄貴分なんだから!」

「ヤマザキ君、どういう……」

 突然のことに頭の追い付かないブルームの問い掛ける声を遮るように彼女達の周りに4つの影が舞い降りる。

 

「やれやれ、よもやヤマザキ君に先を越されるとはな」

「ケケケ。ボヤくなよ。珍しく粋なこと抜かしたザコ・ゴールドに免じてよ?」

「ええ。でも、ヒーロー役にはちょっと頼りないですわね」

 それは、北区と板橋区に豊島区を治める藍のレギオンの盟主インディゴ・アウルとその幹部であるコランダム・マンティスにミルキー・レミッション。そして藍のレギオンに並ぶ新宿区を治める青のレギオンの盟主最大の宿敵にして好敵手とされる銀髪の剣士である。

「ふふふ、そうだな。……という訳だ、加速破壊者よ。ワイン・ブルームは我々の大事な友であり家族だ。そしてその子であるグレイ・シグナルも当然、我らのファミリーとなる。この2人に仇なすならば加速世界最強のレギオンと呼ばれる我ら《ポラリス》を敵に回すということを肝に銘じておいて貰おう」

 藍の盟主の言葉にビルの上で動向を見守っていたギャラリー達も沸き上がる。

 

 補足しておくと加速破壊者とは大仰な名を語ってはいるがその実、一般対戦で勝てなくなった為に討ち入り等の卑劣な手段を以てしかポイントを稼ぐことができなくなったドロップアウト組である。

 彼らは『加速世界の常識とルールを破壊する』を合い言葉に《BBブレイカーズ》というレギオンとは異なる形無き群れとネットワークを築き、このブレイン・バーストの世界をドブネズミのように跋扈しているのだ。

 

「ぬう……っ」

 畏怖の対象とでも言うべき軍団とその盟主を前に冷静さを取り戻し……いや、明らかに怯えた様子を見せる黒い蛮族に対して銀髪の剣士がシンパシーの隣に歩み出て告げる。

「もう少し考えてから発言した方が良かったですね、オニキス・ビトレイヤー。魔女の子とはいえ、新人のデビュー戦に何故これほど観客がいるか疑問に思わなかったのですか? この場にいる全員が貴方の狙っているのです。藍のレギオンの賞金首たる貴方をね!」

「な?! なんだぶぉっ!?」

 銀髪の剣士の言葉に衝撃を受け、頭上の殺気立つギャラリーに顔を向けようとしたオニキスを下から物理的な衝撃が襲う。

 怒りに任せてガムシャラに暴れていたがシンパシー達の登場で冷静さを取り戻したシグナルが自分の髪を抑えるオニキスの手を逆に支えとして打ち上げるようにドロップキックをお見舞いしたのだ。

「Fuck(死ね)! fcuk(死ね)! fuckoff(死に失せろ!」

 そして口汚く黒い蛮族を罵りつつブルームとオーラムの元へ駆け寄ろうとするがブルームを残し、逃げ水のように断続的にワープしながら遠ざかる友人達に情けない声を上げる。

「ブルームちゃん! オーラム君……って、あれ? なんでみんな離れてっちゃうの?」

 シグナルは慌てて彼等を追おうとするがブルームがそれを抱き止める。

「シグナル、大丈夫? 痛くない?」

「う、うん! へーきへーき♪」

 魔女に労わるように優しく抱きしめられたガラス細工の娘は少しむづかゆそうに笑って答える。

「あのね? 対戦中は私達のように親子関係にあるバーストリンカーを除いて観戦者は対戦者には近寄れないことになっているの。距離は……そう、10メートルよ」

「あ、そうだったんだ!」

「ええ、ごめんなさいね。私ったら肝心事を全然教えないままだったわ」

 そう笑い合いながら2人は視線を1人佇む黒い蛮族に向ける。オニキスは己の身に刺さる周囲の視線に萎縮しながらも魔女の親子を憎らしげに睨みつけていた。

 そんな哀れな加速破壊者からブルームへ視線を戻し、シグナルが不思議そうに問い掛ける。

 

「ねぇ、ブルームちゃん? ブレイン・バーストって終わっちゃうの?」

 

「へ? ええっ?! そ、そんな訳ないじゃない!? どうしたの急に?」

 返すブルームにシグナルは体毎首を傾げて問い返す。

「だって、オーラム君やギルドのみんなは課金アイテムとかレア物くれたり親切にしてくれるのはTOが終わるからだって言ってたよ? 他のゲームを始めても同じように色々貰えると思ってもいけないし、何かくださいとか手伝って貰うだけとか乞食や寄生行為をしちゃいけないって教えてくれたよ? なのに、どうしてブルームちゃんはあんなんまでしてあたしを守ってくれるの?」

 シグナルの話を静かに聞き終えたブルームは小さく頭を振るうと子供を諭す親のように娘に目線を合わせて優しく語らい掛ける。

「違うわシグナル。ブレイン・バーストは終わらないわ。だからこそ、だからこそ私は貴女を守りたい。共に歩んでいきたいの。万里の道を……遙かな時を……そう、この無限の世界で……!」

「…………」

 無言のままガラス細工の娘は母の言葉を受け止める。

 そして、続くようにして旧友ヤマブキ・シンパシーが声を張り上げる。

「そうだよ、シグナルちゃん! 終わらないからこそ! ずっと続くからこそ、みんな君と一緒に遊びたいんだ! 僕だって、また君と会えてすっごく嬉しいんだよ!!」

 

「…………」

 

 ブルームとシンパシー、2人の言葉にシグナルはしばし沈黙するがやがて2人の顔を見回しながら大きく頷く。

「うん! わかった! ブレイン・バーストは無くならない。だからあたしは正々堂々と、諦めずに、楽しんで戦っていいんだね!?」

 そしてその時、彼女の体に大きな変化が現れる。

 

 それは輝き。

 

 半円の仮面は緑……信号機のような青い輝きが灯り、手足と携えた武器の透明なガラス部分は白昼色に煌めき。手足と武器に刻まれた黒い溝には淡い瞬きが現れては消え、また現れては消えて現れる。

 そして最も印象深いのが漆黒に染められた無貎の面に顔が、顔が映し出されたのだ。

 旧世代のディスプレイに表示されたような我が子の笑顔に魔女は戸惑いつつも優しく微笑み返す。

「……ええ、そうよシグナル。そして貴女の親たる私が貴女を必ず護るわ」

「じゃあ、あたしも護るよ! ブルームちゃんを……ううん!」

 母の言葉に満面の笑みを浮かべた娘は瞳に力強い眼差しを映して高らかに宣言する。

 

「ママは……あたしが衛る!」

 

 

 

 

 

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