オラリオで主神讃歌を唱えるのは間違っているだろうか   作:白籾

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捨てられ子猫に救済を

 ひらけたスペースに、金属のぶつかり合う音が響く。

 

「──そうだ、今のは良い打ち込みだったぞ!」

「うぎゃっ!?」

 

 ゴータスさんの剣に短刀を打ち込んだら、腕を捕まれて投げ飛ばされた。

 今のは会心の一撃だったのに……。素振りで何度も繰り返してきた型で振り切った短刀は、今までで一番いいといえるような完璧さで入っていったのに、軽くあしらわれてしまい、そのまま上に上がってしまった腕を捕まれたのだ。

 しょうがないという面もある。ゴータスさんはLv.2の上級冒険者だ。【ルー・ファミリア】の規格外、Lv.5の父さんを除けば、団員全員がLv.2以下であるから、ゴータスさんは立派な主力メンバーだ。

 そんな彼に楽に一撃を加えられる訳ではないのはわかってる。でも、今のはすごく惜しかった気もした。

 

「今の一撃は良かったなぁ。さすがは兄貴の息子だ。今までで一番良かったんじゃないか?」

「ホントですか!?僕もそんな気がしてたんです!」

「ああ、いい振りだったぞ。上手く体重が乗った切り込みだった」

「えへへ、ありがとうございます!」

 

 誉められちゃった。へ、えへ、えへへ。

 

「少し休憩しようか」

「はい!」

 

 僕はゴータスさんについていって、ホームに植えられた木の木陰に寝転ぶゴータスさんの横に座る。

 

「そう言えばルフレ、【ステイタス】はどうなった?」

「え?あ!そうなんですよ!昨日ルー様に更新してもらったら、器用の熟練度がすごく上がってたんです!」

 

 僕は昨晩の【ステイタス】更新の結果をゴータスさんに伝えた。

 

 

 ルフレ・アドルフ

 

力:I 96→H 142 敏捷:I 99→H 163 器用:I 85→H 149 耐久:I 63→I 98 魔力:I 0

 

《魔法》【】

《スキル》【】

 

 

「ホントだな。素振りの効果がようやく出てきたな!」

「はい!」

 

 1ヶ月ぶりの更新だったから、たくさん伸びていた。ダンジョンに潜ればもっと伸びるだろうな、と思う。

 

「まだ魔法は発現してませんでした……本をたくさん読んだのに」

「そんなに簡単にゃあ使えねぇよ。おやっさんがすごいだけだ」

 

 僕の父さんは、前衛で戦いながら魔法を撃つ魔法剣士だ。父さんに、僕も魔法が使いたい、と言ったら、

 

「本を読め!そしたら魔法が使えるぞ!」

 

とアドバイスをくれたんだ。………………まさか、あの父さんが読書できたなんて。

 僕はこの三ヶ月間、冒険者になろうと必死で努力してきた。朝は日が昇る前から走って体力をつけ、日が沈むまで素振りを繰り返したし、苦手な本も結構読んだ。

 なんだか、最近はしっかり自分の努力が身になってきている気がするし、もうすぐ【ステイタス】評価がGに届く。ルー様は、過保護なのか評価がオールGにならないとダンジョンには潜ってはいけないっておっしゃるから、そこが目標だ。

 

「自分のやりたいことに情熱の全てを注げ!」

 

 と、父さんはいつも僕に言ってくれる。とても父さんらしい言葉だ。

 僕は、ダンジョンに潜って、早く皆と冒険がしたい。モンスターとの死闘をくぐり抜け、大歓声の中凱旋してきた父さんの勇姿が 目の奥に焼き付いて離れない。

 いつかは父さんと肩を並べて一緒に戦うんだ!

 オラリオに来てから、繰り返し抱いてきた決意を胸に、

 

「ゴータスさん、お願いします!」

 

 冒険者になるための鍛錬に戻った。

 

 

 

 

 そうやって、平和な日々を過ごしていたある日。

 都市二大最強派閥である【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】による、ここオラリオに拠点をおく冒険者達全員の悲願。

 古代3大モンスターの討伐、その最後。

 【隻眼の黒竜】討伐。

 それに、【ゼウス・ファミリア】に【ルー・ファミリア】からの協力者として同行した父さんが、死んでしまったことを知った。

 

 

「何で……?」

 

 父さんの死を聞いて、今まで目指していた目標が唐突に奪われたショックで、目の前が真っ暗になる感じがした。

 もう、あの人の声は聞こえないのだろうか。

 僕の中の英雄には、もう会えないのか。

 快活で大胆なあの人とは、話すことができないのか。

 「行ってくる」の一言とともに出て行った、あのたくましい背中が、瞼の裏から消えてしまうような気がして。

 ショックで頭が動かない。

 ファミリアのみんなに、頭でっかちとバカにされるだけの僕の頭は、とても役立たずだ。

 

 

 

 

 

 ───悪いことは、だいたい続いてやってくるもんだ。

 誰の言葉だっただろうか。

 

 

「─────美の女神(フレイヤ)のとこの襲撃だ!」

「くそったれが!っがぁっ…………」

  

 ホームの周りから、【ルー・ファミリア】のメンバーの叫び声が響く。

 

「何だ………………?」

 

 父さんの死があまりに突然で受け入れられず、ふさぎ込んでいた僕の耳に入った音に驚き、外を見ると

 

 ───たくさんの冒険者達が戦っていた。

 手に武器を持っている者の中には、見間違えようもなく、僕たちの【ファミリア】のメンバーがいた。

 ホームのあちこちから火の手が上がっている。

 

「んなっ!?」

 

 なにが起こっているの?!

 

 母さんはどこ?

 

 助けなきゃ!

 

 混乱する頭のままで、愛用の短刀を持って部屋を飛び出し、僕達のホームの外へ。

 

 と、

 

「…あら?どこかで見た顔ね?」

 

 大きな剣を人に突き立てていたアマゾネスの女性が僕の進行方向に立っていた。

 その顔に見覚えがあった僕は驚きに目を見開く。

 

「……え?カシュウ、さん…?」

「あら、もしかしてこないだの猫人(キャットピープル)の坊や?ふふっ、ここの子供だったのね。ごめんなさいね?」

 

 …………………その剣に背中を貫かれていたのは、ゴータスさんだった。

 ゴータスさんは、ピクリとも動かず、大量の血を流し続けている。

 この間まで、頼れるその背中のあとについて行っていたのに………

 

「な、何でこんなこと…」

「ちよっとね、私たちの神様がやろうとしていることを邪魔しようとするから、お灸をすえにきたの」

「な、なんで?僕達のファミリアは悪いことなんてしてないじゃん!」

「なに言っているの?私達の女神(フレイヤ様)がそう命じたの。それに従うのは当然でしょう?だって……

 あの方の神意は絶対なんだからっ!!」

 

 彼女は、何かにとり憑かれたように突然叫び出すと、

 

「お前も死ねぇ!」

 

 と剣をふるってきた。

 豹変した彼女のふるう凶刃から僕は慌てて逃げ出す。

 が、

 

「うふふ、逃さないわ……」

 

 一瞬で回り込まれ、退路を絶たれる。これが、彼女ら上級冒険者と、僕たち下級冒険者の、埋められない差。

 彼女はそのまま剣を振るってきた。

 僕にはなにもできず、目にも留まらぬ速さで振られた剣に斬られ──────

 

 

スパン

 

「やっぱりお前か」

「…え?」

 

 痛くない?斬られてない?

 目を開けると、そこには、

 

「俺ら【ガネーシャ・ファミリア】は中立だ。故に表立って一緒に戦ってやることはできないんだ。すまん。

 だが、お前らを秘密で助けてやることくらいはできる。このファミリアには色々恩ももあるしな。

 あと、個人的には【フレイヤ・ファミリア】は嫌いなんだ」

 

 僕を斬ろうと迫っていたカシュウさんの首を跳ね飛ばした、ゼータさんが立っていた。 

 

「助けに来てやったぞ、ルフレ」

「っ、ぜ、ゼータざん″!!」

 

 いつぞやの時と同じ血塗れだったのに頼もしく見える彼が助けに来てくれて、僕が助かったことが嬉しくて、僕は泣きながら歓声をあげて、彼に抱きついた。

 

 

 ゼータさんは僕を片脇に抱えると、少し離れた路地裏の物陰に

 

「ここで待ってろ」

 

 と言って僕を置いて、

 

「さすがに【フレイヤ・ファミリア】相手じゃ恐ろしいが、来ててもLv.4のようだし、あの化け物(オッタル)は来てないし、……【天使】の奴もいない、な。うち(ガネーシャ・ファミリア)だってバレなきゃ大丈夫だよな。多分………いや、無理か。……………皆殺しならいけるか?よし、方針変更だ」

 

 そう物騒なことをつぶやいて、そのまま僕達のファミリアのホームの屋根に飛び移っていき、白い仮面の顔を変えて、

 

「じゃ、ヤりますか」

 

 ゼータさんは、僕達のホームの中で行われてる戦いに身を投じていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 |都市最強派閥《【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】》と親交があり、古代モンスター討伐にも参加していた【ルー・ファミリア】。

 僕達のファミリアは、隻眼の黒竜討伐で主力団員が全滅してしまった【ゼウス・ファミリア】に敵対する、今の都市最強派閥(【フレイヤ・ファミリア】)の主神フレイヤと、【ロキ・ファミリア】によるゼウス・ヘラ両神都市外追放の目論見の障害と判断され、ありもしない罪を着せられて襲撃され、壊滅した。

 

 僕達の主神だったルー様は、ゼータさんの助け虚しく天界に送還されてしまった。そして。

 

 

「………すまない。間に合わなかった」

「そんな………嘘でしょ……?母さんっ……」

 

 僕の母さんは、戦いに巻き込まれて死んでしまい、先輩たちも誰一人として生き残りがいなかった。

 部屋中が血で赤く染まり僕達以外の誰もいなくなってしまったホームで、家族も仲間も全て失ってしまった僕は崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い所で目を覚ました。

 動き始めたばかりのぼんやりした頭で混乱しながら考える。

 落ち着いて考えてみよう。

 

 

 ────ここは、何処だろう?

 

 ここは、どこかの路地裏だ。ひどいニオイがする。

 

 ────どうしてこんなところに? 

 

 知らないところへふらっと来てしまうなんて、父さんみたいじゃないか。

 

「……っ」

 

 そこで、父さんがもう死んでしまったことを思い出した。

 

 父さんはもう帰ってこないよ。

 

 そう、悲しそうに言った母さんの顔が思い出されて────

 

 背中を切り裂かれて、真っ赤に染まった母さんを思い出した。

 

 ……そうだ、母さんも、死んでしまったんだ。

 

 涙があとからあとへとめどなく流れていく。

 

 ─────────何でこんな目に遭う?

 

 今まで、母さんと2人で暮らしてきた。

 もといた村の皆だって優しかったし、暖かかった。

 

 ここに来てからは、自慢の父さんとも一緒に暮らしてきたし、【ルー・ファミリア】の皆とも仲良くなれていた。

 

 それなのに、皆、僕をおいて死んでいってしまった。

 先輩たちが必死で神ルー様を守って戦っていた中で、僕は、ただ一人だけ生き残ってしまった。

 

 ─────────辛い、苦しいよ、嫌だよ、無理だ、どうして?一人になんてなりたくない。

 

 【ファミリア】の皆が遠ざかっていく。

 

 

 父さんの大きな背中が、母さんの優しい笑顔が遠ざかっていく。

 

 暖かく、柔らかい、家族との記憶が、真っ赤に染まっていくようで……

 

 みんなが、僕の手の届かないところにいってしまう……

 

 

 イヤだ、待って、一人にしないでよ、おいていかないでよ!!

 

 

 また、暗闇に意識が飲まれていった。

 朝が来て、日が巡り、夜になり。

 そんな変化にも気づかずにいた。 

 

 

「やっと見つけたっ……て、おいおい、おまえ大丈夫そうじゃねぇな。むしろやばそうだ」

 

 

 誰かの声が聞こえて、突然背負われ、そのまま連れて行かれる。

 いったいどこへ?

 

 

 

「おい、ルフレ。この神が俺らの主神・ガネーシャだ。」

 

 何日もの間、街の隅の路地裏で、ぼんやりとしていたらしい僕の元に、ゼータさんがきて、いつの間にか、ゼータさんの【ファミリア】のホームに連れてこられていた。

 

 そんで、僕の前にいらっしゃるのが彼の所属するファミリアの主神、ガネーシャ様らしい。本物に会うのは初めてだけど、全然興味が湧かない。

 どうでもいいな。

 

「──人の子、ルフレよ」

 

 ガネーシャ様に声をかけられる。

 

「血のつながった家族も、家族(ファミリア)も一度に失ってしまった。そうだな?」

 

 ……そうですね。

 僕は無言でうなずいた。

 

「家族を失う事の苦しみはとても辛いものだ。長い間【ファミリア】の主神としてやってきた俺には分かる。痛いほどにな。」

 

 そうですか。

 

「だが、その苦しみを自らの内に抱え込んだままであるのは間違っている」

 

 なんで?

 

「その苦しみを誰かにぶつけるのも間違っている」

 

 その言葉を、頭が拒絶する。

 

 しょうがないじゃないか。

 

 辛い。苦しい。

 何で僕だけがこんな目に遭うんだ?なんで僕だけ生き残ってしまったんだ?

 

「では、どうすればいい?」

 

 視界が暗くなっていく。

 また、深い悲しみと憎しみの底に沈んでいくのがわかる。

 僕の夢は、どこに消えていってしまったんだろう。

 僕の大切なモノを返してくれよ。

 

「俺が教えてやろう」

 

 何を?今更だ。何もかもなくなっちゃったんだ。

 

家族(ファミリア)と共有しろ」

 

 家族(ファミリア)

 僕のファミリアはもうない。皆死んでしまった。キャットピープルは、皆家族が一番大切なんだ。なんでそれをいまさらに求めさせる?もう、いないんだよ。

 

「俺達の家族(ファミリア)になれ!」

 

 ──!!

 その言葉にはっとさせられた。

 

 

「辛いことも、楽しいことも、悲しみも、喜びも、皆で分かち合い、感じあうのだ」

 

 まるで乾ききった大地に降り注ぐ雨のように、(ガネーシャ)の言葉が頭に心地よく染みていく。

 

「家族を失ってしまった今のおまえに、乗り換えろというのは酷な話だろうな。だが、お前の家族だった者らはお前がそこで停滞すする事を、過去に執着することを望まないだろう!」

 

 (ガネーシャ)の言葉は優しく、人の子らへの慈愛を含み、けれど決して甘やかししない。

 

「足踏みをするな!前へ足を1歩ふみだせ!」

 

 (ガネーシャ)の言葉は、力強い、確かな神の威厳をもっていて、その一つ一つに心を打たれた。

 そこに、真摯に僕を想ってくれているという確信が持てるからなのだろうか。

 

 ひざまずいた状態から顔を上げて、ボサボサの髪の間から、目の前の神をここにきて初めて見る。そこには逞しい体に、何らかの動物を象った勇ましい朱色の仮面をつけた神がいた。

 

「我らの【ファミリア】に来るがいい、愛しい人の子よ。

 俺は人の子が笑っているところを見るのが好きだ。

 人の子が幸福に包まれている事を感じるのが好きだ。

 人の子が自分の中に秘めていた可能性を開花させ、栄光と勝利を手にする瞬間が大好きだ!

 涙で塗れた顔を拭え。前に進め、上をめざせ、俺を見ろ!

 その手が憎しみの(やいば)を握る手であってはならない。

 誰かを幸せにできる慈愛を施す手に変えろ。

 笑え!俺が、俺の名において命じる!」

 

 堂々と言い切るその神が持つのは、人の幸せを願う愛。

 すごい。難しい言葉じゃないのに、ありふれたその言葉が胸を熱くしてくれる。

 

「───俺は、ガネーシャだ!!」

 

 

 涙が止まらない。

 悲しくて哀しくて、流し続けて枯れたのかと思っていた僕の涙が、また流れていく。

 悲しくて泣いてるんじゃなかった。これは、喜びのなみだだ。

 

 頭の中に巣くっていた悪感情が、その力強く、自信に満ち溢れた声によって一気に押し流されていく。

 

「はいっ………!」

 

 

 僕は、神の崇高さを知って、その偉大さに包まれていた。

 

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