オラリオで主神讃歌を唱えるのは間違っているだろうか 作:白籾
これから、
初めて神ルー様にあって、背中に彼の恩恵を刻んでもらった日。
あの時は、これまでもらったどんな誕生日プレゼントよりも嬉しかったな。いつかは父さんみたいなすごい冒険者になるんだって、毎日ナイフを振りまわして、先輩に無理を言ってサポーターとしてダンジョンに連れて行ってもらったりもした。
ナイフの素振りをしたり、先輩たちの後ろについて行ってサポーターの真似事みたいなことしかやってなかったから、モンスターとは直接戦ったことはない。それに、神ルーの恩恵を受けて3ヶ月しか経っていなかったから、そんなに
それでも、僕の体に刻まれた、あのファミリアの痕跡がなくなってしまうのは、とてもつらくて寂しくて、溢れ出る涙を止められなかった。自分の背中を支えてくれるものがなくなってしまう気がするんだ。
「やっ、やっぱりイヤ、です……」
決心はついたはずなのに、未練で心が揺れてしまう。
僕は、ガネーシャ様とゼータさんの前で、泣きじゃくって
あの日から、僕はただの弱虫に成り下がってしまった。父さんが、母さんが、僕に失望しているような気がして、よけいに涙が出てくる。
みっともなく泣く僕に、ゼータさんが、
「お前の大切なモノって、何だった?」
「……かっ、家族とか、ファミリアの皆と、過ごした時間、です……」
残酷にすら聞こえる、胸を締め付けるような問いに答える。
「俺達は冒険者だ。冒険者ってのは、自分の大切なもんを自分で守れる力がある。やりたいことをやれる力がある。神達のおかげでな」
自分の大切なモノを、自分で守れる力。
それがあったら。
「お前も冒険者だろ?冒険者は、欲張りでいいんだよ。
次からはしっかり守れよ、お前の大切なもん。そのための、恩恵だ」
大切なモノを、守る力。
今の僕にとって大切なモノって?
大切なモノは、誰かの笑顔だ。
やりたいことを、やれる力。
やりたいことって、何だろう?
僕は、人の幸福を守りたい。幸せを、誰かと分かち合いたい。
皆と笑いあっていた、輝いていた
『やりたいことに情熱の全てを注げ!』
父さんの言葉が反響する。
僕は、
傲慢かもしれないけど、僕を救ってくれたガネーシャ様に、このファミリアに、恩返しがしたかった。
───理由は十分だ。
「すみません。もう大丈夫です。お願いします」
「──わかった」
ガネーシャ様が指から垂らした
神様の指が不可思議な模様を描いて、
少しして、
「よく選んだ。しっかり考えて出した答えだ。胸を張って貫け。
お前が紡ぐ【
「……はい!」
「おまえの人生は、後にも
「はいっ!!」
新しい主神、ガネーシャ様の言葉を胸に刻む。ここから、僕はまた始めるんだ。
笑顔が欲しい。僕と、誰かの笑顔が欲しいんだ。
僕、ルフレ・アドルフは、元いた【ルー・ファミリア】から【ガネーシャ・ファミリア】に
「よし、ここだ。」
連れてこられたのは、大きな浴場だった。
カコン、という気の抜けるような音が聞こえたような気がする。
脱衣所の扉の向こう側には、おっきなガネーシャ様かいた。もちろん彫像だけど。
「お前、汚いからな。風呂に入れ」
そういうと、ゼータさんは僕の服を背中の太刀で斬って脱がし、背中を押して中に入れてくれた。
ありがとうございますゼータさんってそんなわけないだろ!?
僕の身長より長い刀身が体にギリギリ触れないところを滑って斬られた、のかな?
「な、何で僕斬られたんですか!?」
「?うーん、汚れてたし、斬った方がいいかなって。本体を斬らなきゃ大丈夫だ」
うーん、僕の頭が悪いのかな?ちょっとこの人の言ってることがよくわかんない。
まあ、いきなり服を全部着られて裸になってました、なんてことをすぐに理解できる人がいるなら是非お目にかかりたいけど。いやそうじゃなくて、なんで斬った方がいいんだよ!
困惑する僕を、ゼータさんは全く気にもとめない。
「全然良くない!なんですか斬った方がいいかなって!この後何着ればいいんですか!?」
「ああ、それなら大丈夫だ。こういうことはよくあるからな、お前くらいのサイズの服もソコに用意してある」
「服がダメになることがよくあるってどういう事ですか!?」
聞き捨てならないことに突っ込む。僕の叫び声が浴室に反響する。
「……………………なぜか、な。よくあるんだよ」
唐突に遠い目をし出したゼータさんは、なんだか現実から逃げているようにも見えた。
それにしても突然すぎて、あんまりな超絶技巧に反応できなかった。
刀身の滑りは見えない早さではなかったからギリギリ見えたけど、何でもないことのようにやれるような早さではないことは確実だった。
「使い方が分からんだろうから、教えてやるよ」
そういうと、ゼータさんもズボンの裾をあげて浴場に入ってきた。
「ここを押すと、お湯が出てくる」
「おぉ…」
【ルー・ファミリア】にいたときはこんな物はなかった。お風呂では、冷たい水を汲んで汗とか泥を流すくらいだったから、こんな物まであるのか、と驚きが隠せない。さすがは
「そんでもってここに立って……ほら、ここだよ」
圧倒される僕をゼータさんが促す。
「!!」
……………………なんて事だ。水がお湯になるだけで、ここまで変わるとは。
風呂は、至福である。そんな言葉を誰かがいっていたな、と思い出した。冷たい水を被ることの何が至福なんだ、かわいそうな人だな、と人を憐れんでいた僕が憐れです。
しばらくえもいわれぬ多幸感に包まれていると
「で、洗い流し終わったら、お湯が張ってあるあそこに入るんだ。そら」
ゼータさんが僕の腰をがしっとつかんで僕を浴槽に投げ入れ!?
「ちょ!?」
ドボンッ
浴槽の底にお尻から突っ込む。ごちっと当たってすごくいたかった痛かった。
「……ブハッ!な、何するんですかいきなり!」
お湯から顔を出して息を吸い、抗議する。
「どうだ?気持ちいいだろ?」
はっ、そう言われてみると、さっきのより全身を包むお湯がもたらしてくれる幸せがなんだか増していて足を延ばしてみると全身を柔らかくほぐしてくれる感じで何日も凝り固まっていた体が心地よさに包まれてあー何も考えられなくなりそうだこのままここであぁー………………
「しばらくしたらでろよ。のぼせるから。気をつけないと死ぬぞ?」
……はっ!?いま一瞬意識が飛んでいた。
危ない危ない。あのまま溺れてしまうところだった。幸せと危険が隣り合わせだなんて、お風呂ってまるでお酒みたいだな。飲んだことないけど。
「久しぶりに体をきれいにする気分はどうだ?
ちょっと待ってろって言ったのにお前がどっかに行っちまうから、探すのに何日もかかっちまったんだぜ?まあ、ソコで嫌なもん清めて来い。
この後で俺達のパーティの新規顔合わせやるからな。もちろんお前はうちのに入るんだ」
はあ、と僕は生返事をした。
僕とゼータさんは今、ゼータさんのパーティに割り当てられた部屋に向かってホームの中を歩いている。
何でも、
ガネーシャ様は自ら率先して
「人数が多いファミリアは、冒険者に必要なもんを先輩に教えてもらえるのがいいところだよな」
と語るゼータさんは勝手知ったる館の中をずんずんと進んでいく。
やはり、
「あ、ゼータさん」
ホーム三階の廊下で、ゼータさんに声をかけてきた人がいた。
……あ、この間迷子になった時に助けてくれたクレアさんだ。
「よ、クレア。今きたとこ?」
「そうですよ。あ、ルフレ君も!」
彼女が僕に気づいて話しかけてきてくれた。
「うちのファミリアに入ったんだね~」
「はい、今日からお世話になることになりました。よろしくお願いします」
この間のお礼も含めて、僕はぺこりとお辞儀をした。
「そんな堅苦しくしなくてもいいって~」
クレアさんはほんわかとそう言うと、
「あ、じゃあ私と同じパーティかな?」
「ああ、うちのパーティだ」
とゼータさんが答える。
「そっか~。じゃあ改めてよろしく、だね!」
そうか、クレアさんも同じパーティなんだ。
「はい、よろしくお願いします」
そのまま3人で少し歩き、たどり着いた部屋の扉を開けると────
「先輩、お疲れ様です」
「ん?うげっ、しっ、師匠!?何で!?ギルドにファミリアの勢力調整だかなんだかに行ってるんじゃなかったのかよ!?」
こないだの門番の、ピンク色の髪の毛のヒューマンの女性──モルーニェさんといったか──が、まるで来ることが分かっていたかのようにゼータさんに声をかける。
ちなみに、僕とクレアさんの2人はスルーだった。なんか既視感があって、涙が出てきそうだな。
その隣では、何かの本を読んでいた豪さんと言う人がそれを隠してから、慌ててこちらをみる。この人もこの間の門番さんだ。ついでに言うと、助けてくれなかった人だ。
モルーニェさんはゼータさんの至近距離に来ていたけど、豪さんは部屋の中央にある大きな丸いテーブルの椅子の一つに座っていた。
「なんだ、
「ほう?覚悟はいいな豪?」
おどけた調子のゼータさんの言葉に反応したモルーニェさんは、唐突に危ない光をその目に宿した。
「ちょっ、ちょっとまてっ!何で師匠じゃなくてあんたがキレんだよ!?」
豪さんが椅子から立ち上がって慌ててモルーニェさんと話す。
「先輩に対する不敬罪、万死に値するわ……」
豪さんの説得にモルーニェさんが耳を傾けることはなかった。
「ま、まて!?違うんだヤンデレ!話せばわがっ!?」
「……問答無用」
モルーニェさんが、冷静に豪さんの鳩尾にストレートの拳を叩き込む。
ドスッ、という音がして、豪さんは呻き声を上げながら床に崩れ落ちた。
「うぅ……おま、自分が【ランクアップ】したの忘れたの?死んじゃうよ?俺」
「そうか、それはよかった。なら早くくたばるといい。」
「おいぃぃぃ!?くそっ、これだからヤンデレは困、グフッ」
苦しげな表情で意味不明な抗議をする豪さんに、モルーニェさんは全く意を介さず、涼しげな無表情のままもう一回拳を叩き込んだ。豪さんはどうやらかわいそうな人らしい。
グシャッ、て言う音がした。
「……………ぐ、とうとう俺を殺しに掛かって来やがったか。だが、お前の思い通りにはさせん」
「何を言うか豪、私がやっているのは調教だといつも言っている」
「初耳だけれど!?ウギャァやめて下さいスミマセンスミマセンッッ」
豪さんがまたガシッガシッ、と暴行を加えられながら絶叫を上げる。
なんか、涙目で蹴られ続ける豪さんの姿は、こちらの涙を誘ってきた。
「お前たち、夜の晩餐会を食堂でやるのを忘れんなよ?ガネーシャが大切な話するから」
ゼータさんが呆れがで言う。
えーめんdメッチャタノシミアハハハハハ、俺の現状をスルーすんなや!?などの声が上がる中、僕はまたあの素晴らしい