血界戦線――三分間前奏曲―― 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
ヘルサレムズ・ロッド。
かつて
三年前に一夜にして街は崩壊し、異次元と交わってしまった故に
霧けぶる街に蠢く奇怪生物・神秘現象・魔導科学・超常現象、その他エトセトラ。上げていけば切りがないほどに街には混沌が溢れている。
そんな世界の果てみたいな街の均衡を守る為に暗躍する秘密結社『ライブラ』。
これはその構成員の戦いと日常の記憶である。
●
薄暗い寝室に音楽が響いている。
その音は生ではないが、スピーカーやステレオのような機械音声ではない。適度に整頓された部屋の片隅に置かれているアンティークのレコードから発生される音だ。
ボリュームは大きくない。部屋に他の音がほとんどないからちゃんと聞こえる程度の音量だ。流れているのは三百年以上昔に生きた楽聖が生み出した旋律だ。
旋律は湖の月光の波に揺らぐ小舟のように。
音楽を聞き始めた頃から聞いていた曲で、だからこそ自分にとっては子守唄には丁度いい。
基本的に毎夜、寝る際にはその時の気分で音楽を流して寝るのが俺のスタイルだった。
眠りが浅い時は旋律に耳を傾ければいいし、そこから深い眠りにはいるのならばそれもまた良し。夜も随分と更け、今は旋律に耳を傾けながら、半分くらい意識を放棄し、ベッドに包まれていたら
「んー」
「ふがっ」
背中に衝撃来て目を覚ました。
感触は、柔らかい女のものだった。ただ、その柔らかさは厚い布に包まれた――つまりはスーツに包まれたもので、しかしそれを超えるくらいにその女は柔らかかった。
一言でいうと、背に押し付けられたバストは豊満だった。
無理矢理覚醒されたせいでぼんやりした頭を動かし、自分の身体にのしかかっている女に振り返る。
黒い短い髪の女だ。シンプルなダークスーツのまま、碌に着替えずにベッドに倒れ込んでいる女だった。
チェイン・皇。
それが彼女の名前だった。
「……なにしてんだよ」
「んー……」
「んー……じゃなくてだなおい」
体を揺らして、乗っているチェインをずらす。けれど彼女は碌に抵抗もせずに俺の真横に滑り落ちる。薄暗いが、その程度で問題にするほど軟な身体能力ではない。普通に見える彼女の顔は疲労しきって、半分くらい寝ている顔だった。
「あー……そうか、人狼局の仕事だったんだけ。今終わったのか?」
「そう……なの、よ。疲れたわー……」
「お疲れ」
「うん」
「でも、着替えようぜ。荒事恰好のままだろ」
「んー……」
聞いてないな。
ため息を吐きながら、上体を起こし、
「ほれ、せめてジャケットは脱げや」
「脱がしてー……」
「はいはい」
半分くらい既に寝ていて、まともに動かないチェインからジャケットだけは剥ぎ取る。そうすることでブラウスだけになって、豊満なバストがさらに強調される。
眼福眼福。
「ルー」
「あん?」
「――お腹減った」
「……とりあえず起きたらな」
俺――ルードヴィヒ・マグダレナは呆れと共に彼女と眠りについた。
●
「あー……ねっむ。朝は駄目だなぁどうも」
未だに眠りこけたままのチェインをベッドに残して、一人洗面所で歯を磨く。
鏡に映るのは二十七年間見慣れたルードヴィヒ・マグダレナの顔だ。ぼさぼさになった黒い髪に、少し浅黒い肌。父親がフランス系ドイツ人で母親が中国人とハーフのドイツ人だから人種的にごちゃごちゃしているが基本的にはドイツじゃよく見るような顔だ。整っていると他人に言われたことはないが、まぁ別に悪い見てくれではないはずだ。
そうだといいなぁ。
あくびをしつつ洗面所から出て、キッチンに立つ。
朝は弱いが、だからこそ食べないと始まらない。最も、別に手の込んだものは作る気ないし、幾つかの食材に適当に火を通すだけだ。
凝るのは料理ではなくて、
「うーむ……今日もよい香りだ……」
フィルターにごりごりと自分でミルで引いた粉珈琲にお湯を注いでドリップする。
珈琲の香りがダイニングに広がって、意識の覚醒を促していく。鼻から思いっきり吸い込んで、吐きだした所で、
「おはよー……」
「おう、おはよ」
ふらふらした足取りのままに半分くらい寝ぼけながらチェインが寝室から出てくる。
「ごはん……」
「はいはい、今出すから珈琲でも飲んでろ」
「アルコールいれ……」
「いれない」
朝から飲むものじゃあない。
デフォルメした狼のデザインのマグカップにブラックのまま珈琲を注いで、テーブルについたチェインに出してから、朝食を並べる。ライ麦パン、ほうれんそうのオムレツ、クラッカーとレバーのカナッペ、ヴァイスブルストとブルートブルストにザワークラフト。
「今日は……なんだったけ、予定」
「昼からライブラんとこで待機だろ?」
「あー、そうだった。てか私ギルベルトさんから花瓶買ってきてって言われてるんだよねー。ルーはどーすんの?」
「オフィス行くまでは――店にいるよ」
『ミュージック&アンティーク ベートホーフェン』。
それが俺が
ヘルサレムズ・ロッドの街の片隅にある小さな店にはレコードやCDが壁一面に並んでいて、ショーケースにはアンティークのレコード機器や最新式のヘッドホンとかが置かれている。
二階建ての店の上側は俺とチェインの住居スペースで、一階部分が店のスペースだ。朝食を終えてから一階に降りる。階段のすぐ脇にカウンターがあり、そのから店は長方形に伸びている。
カウンターの裏側に段ボールを幾つか並べて、珈琲を片手に整理を始める。
今日発売で店に並べるものと新しく入荷したものだ。
「えーと、新入荷はジャズ多いな……うわ、なんだこの水着着た触手が入り乱れた絵は……日本か。あいつら未来に生きてんな……」
触手生えた人じゃなくて、ガチで触手だけなんだけど。
別に音楽のジャンルに貴賤はないと思うが、これはマジどうなんだろう。基本的にクラシックメインのレコードとCDばかりの店なので微妙に他のに合わないのは間違いないだろう。
誰か買ってくれねぇかな。
「ルー、これで最後よ。すっごい厳重に包装されてるけどなにこれ」
「裏のオークションで落としたアンティークのヘッドホンだよ。ドイツ製のハイエンド品の最初期版。ちなみに五千万ドル。今度ゼオドラに売りつけてやるんだ……」
「やめたげなさいよ」
チェインからゼオドラ行き確定の段ボール箱をカウンターに仕舞い、新入荷商品を並べる準備をする。
「おっ、来たな」
「うん? 誰?」
「少年君」
言葉と共に客用の扉が開き、ベルが鳴る。
店に入ってきたのはぼさぼさの頭に糸目、首にゴーグルをかけた少年だった。
『神々の義眼保有者』レオナルド・ウォッチ。
「やぁ少年、待ってたぜ」
「やっ」
「おいーす、どうもルーさん、チェインさん。相変わらず珈琲臭い店っすね」
「あぁ、文句あるか? いいだろ、超香しいじゃねぇか」
「まー血生臭いよりはましですけどね。僕にも一杯くださいよ」
「うちは珈琲屋じゃないんだが……」
しかし常連には一杯出すことも多いし、相手によっては専用のマグカップも置いてあるからクラシックカフェとしてもやっていけるのでは……?
そんなことを思いつつも少年君の分の珈琲を淹れる。地味にこの糸目のマグカップも置いてあったりするのだ。
「予約してたやつなら今から並べようとしてたからついでに手伝えよ。ここで買ってからライブラオフィスだろ? ついでにチェインと一緒に雑貨屋行くからついて来いよ」
「あ、いいっすねー。この前ザップさんが家に来てグラスの類全部割ってったんで新しいの欲しかったんすよ」
「あの塵糞銀猿はやっぱり死ぬべきだな」
「全くね」
「ツェッドさんと違ってマジで仲悪いなこの人たちは。あ、これですか? ……うわなにこの触手パッケ」
「未来に生きてるよなぁ……」
「日本人すか……」
絶句しながら新しいものは新商品コーナーに並べて、追加分はそれぞれの場所に品出しをする。普段は俺か、俺と非番のツェインでやるが今日はレオがいる分比較的早くスムーズに進んだ。
「あ、これ前にホワイトが気に入ってたやつだ」
「おうおう、買ってけ買ってけ。うちの売り上げに貢献しろ」
「そういうこと言われると買う気失せるんすけど」
「馬鹿な」
「はいはいちゃんと働け男ども」
●
「よーし、終わった――店じまいすっか」
「冷静に考えるとこれ店始める前にやることじゃないんすか?」
「馬っ鹿、俺は朝早く置きたくないから自分の店なんかやってるんだぜ。そんなことしてたら朝早くから仕事しないといけないだろ」
「うわ大人としてどうなのこの人」
「ヘルサレムズ・ロッドじゃマシだぜマシ」
真面目なこと言うとライブラ待機じゃなかったらちゃんと店は開けているのだ。世界の均衡を守る為の仕事だから許されないわけがないので平気平気。
お気に入りのヘッドホンを首から下げ、手首部分の金具尽きオープンフィンガーグローブを嵌めてれば外出の準備は完了だ。
「行こうか、チェイン。どこの雑貨店行くんだ?」
「あー……決めてないのよね。適当に気になった所フラフラ行く」
「ヤ・ヴォール、そういうことだ。付き合えよ少年」
「うぃーす、飯どうします?」
「適当にハンバーガーでも食えばいいんじゃね?」
「あ、私久々にドムドム食べたいな」
昼飯を相談しながら店を出る。
出ればそこはヘルサレムズ・ロッドの大通りだ。いつものように人間と異界人となんかよく解らない連中が道を練り歩いている。奇々怪々、混沌極まった光景だが、三年前から見慣れた光景だ。
視界の片隅で殴り合ったり殺し合ったりしている連中が、五組くらいいるけどまぁこれも普通だ。
「――あ」
「はい?」
店を出て、歩道に出て―立ち止まって。
――空から巨大なロボットが落ちてきた。
「――――ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?」
「うるせーぞ少年」
目前に空から落下してきたのは全長二十メートルくらいの、両手に刀身十五メートルくらいの大剣を持った巨大な半人半馬型のロボット。ケンタウルスでも模しているのだろうか。大通りのコンクリートを爆砕させ、車が大量に潰れて、数十人がトマトみたいな染みになる。
「ちょ、な、なんだこれぇ!?」
「あー、見たことない奴だなこれ。どっかのモグリの科学者が作った戦闘スーツか? へー、強そうだね」
感想を素直に言ったところでチェインのポケットから携帯が鳴った。
「はい。あぁ、パトリック?……あぁ、それなら今目の前に。えぇ、えぇ……了解」
「あんだって?」
「ヴァルハラ・ダイナミクスって会社の大規模戦闘用ロボだって。強奪されたらしいけど、その強奪した奴が適当に弄って現在暴走中」
「馬鹿な話だなおい」
呆れて物も言えない。
しかしヘルサレムズ・ロッド的には結構普通だ。
別に放置してもいいんだけど、
「壊していいのか」
「パトリックが気にくわないからぶっ壊せって。あと部品の回収も」
「強かだなー」
「あのー、喋ってる場合ですか?」
「おお」
ケンタウルスロボは現在進行系で暴れまわってる。とりあえず通りの車はほとんど消えて三桁くらい死んでいるはずだ。ここくらいまでは日常だけど、
「店壊されるわけにはいかねぇぁ。チェイン、下がってろ。少年は適当に」
「りょーかい」
「俺の扱い酷過ぎないっすかね!?」
まぁ彼もそこそこ修羅場潜って来ていて、突っ込みながらもそそくさと店の中に隠れる。俺が守ろうとしているのがそこなのだから確かにこの場では店内が一番安全だ。
「さて」
両手の拳を強く握り込み――金具部分に内蔵されたブレード細工が起動し、手首の血管を切り裂く。大量の血が放出され、オープンフィンガーグローブの布に染み込み、指先から二の腕までを鮮血に染めていく。
そうすれば――戦闘準備は完了だった。
「ベートホーフェン派血響奏――推して参る」
名乗りと共に瞬発、跳躍。超高性能であろう感覚素子をぶっちぎって、コンマ1秒も必要とせずに大通りの真ん中で暴走しまくっているケンタウルスの胸部へ飛び出す。
右手を思い切り振りかぶって、
【ベートホーフェン派血響奏――
鮮血を纏った拳を叩き込み――風穴を開ける。
周囲にまき散らされる膨大な衝撃波と共に爆砕されたパーツが周囲の建物に飛散して大惨事だが、自分の店には一切被害はないように調整して殴ったので。問題はない。
微妙に部品の中に赤いものがあるのは吹き飛ばした胸部に碌に操作できずに奪った馬鹿が入っていたのだろう。まぁこれでミンチ以下になったからケンタウルスも行動停止は確実だ。
しかしてこの数分程度で何人死んだのか考えて笑う。
「ヘルサレムズ・ロッドは今日も地獄だな!」
リストカットして血どばぁ系主人公です
メイン小説やスレやらの息抜き&最近小説さぼってたリハビリに。