血界戦線――三分間前奏曲―― 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
ゼオドラにヘッドホン売りつけてやろう――そう思うがしかし、例え異界の超暇人代表である十三王にしても超危険人物であることには変わりないし、特にゼオドラはヘルサレムズ・ロッドの最深部で発狂しまくってるやつだ。
実際に近づくのは難しい。
あれとコミュニケーションを取る場合、またまた暇人の他の十三王――主に堕落王だが――を媒介にすることが多い。ライブラの一員としてはこういう関わりは大丈夫なのかとか思わなくはないが、この関係はオーディオショップの店主とその客なので、深く突っ込む気はない。
勿論場合によっては殺しに行くことは躊躇いはない。
どっちにしてもチェインが帰ってくるまで半日くらいは暇なわけで、
「フェムト君ー、遊びましょ! ゼオドラに売りつけるヘッドホン持って来たから聞かせる曲決めようぜ!」
「いいよ! 一緒に堕落しよう!」
マジキチスマイルとサムズアップで異界一の暇人が出迎えてくれた。ヘルサレムズ・ロッドのある喫茶店。別に要人やらヤバい連中向けの店ではない。中心部に結構近いから人類をあまり見ない、異界人向けというだけだ。
そこに来て座って、珈琲頼んで叫んだら暇人が現れた。
ほんと暇だなコイツ。
空間転移まで使って態々出てくるあたり頭のおかしい暇人だ。
「ドーモ、フェムトサン。ルードヴィヒデス。オーディオショップ『ベートホーフェン』の店長デス」
「ドーモ、ルードヴィヒサン。フェムトデス。お客デス」
「というわけで俺たちの邂逅には何の問題もない。目の前で問題起こしたら全殺しに全霊を掛けるが」
「知ってたよ! 君いい感じに堕落してるからね! そのまま堕落しきってライブラも止めて王になっちまえよ! 十三王が十四王! 音響王なんてどうだい!?」
「御免ニートはねぇわ」
「わぁマジレス! でも僕は気にしない、だって堕落大好きだからね!」
口を開けて馬鹿笑いする馬鹿である。
「とりあえず『水の戯れ』は鉄板だと思うんだけどさぁ。高音と低音どっちもあって音も多いから絶対アイツ超発狂するぜ……」
「君相手によってはマジドSになるよね」
「三年前に奴が初めて確認された時に最も被害を蒙ったのは俺とチェインだぞ。アイツが悪いわけじゃないが、これくらいの嫌がらせはさせてくれ」
「まぁ面白いからいいけどね!」
「お前のそういう所俺は嫌いじゃないぜ」
一しきり笑ってから珈琲を口に含む。自分で淹れたのとかギルベルトさんのとかよりは幾らかが劣るが、悪くない。自分でいうのもなんだが珈琲と音楽にはうるさいのでヘルサレムズ・ロッドの中でも満足できる店は数少ない。
「君もさぁ、結構愉快犯的な所あるじゃん? 僕みたいに。僕が堕落してる分音楽聞いてる感じだろう?」
「お前と一緒にされるのは非常に忸怩たる思いがあるが聞いてやろう。改めてなんだ」
「君なんで牙狩り続けてるわけ?」
仮面の奥から、視線が送られてくるのを感じる。視線がどういうものなのかは、解らない。この男はそう簡単に自分の思考を読ませるような奴ではない。
だけど、
この男を前にすれば、いつだって同じ音が聞こえる。
世界のあらゆる音を全部しっちゃかめっちゃかに同時に発したような、ノイズなのか音楽なのか解らない混沌。こいつに限った話じゃない十三王なんてのはどいつもこいつもそんなもの。
ルードヴィヒ・マグダレナは人間を容姿や性格ではなく音で判断している。
共感覚というやつでが、他人の精神を俺は音として聞こえてくる。
クラウス・V・ラインヘルツならば鋼鉄のように重厚なパイプオルガンの音だし、レオナルド・ウィッチはゆっくりだったり、偶に止まったりしてしまうけれど、それでも最後は進んでいくハーモニカ。あの糞猿はチャラ付いたアルトサックスの音なのに、紡がれる音色は腹立たしいぐらいに美しい。
その上で堕落王フェムトの音を聞いて俺は面白いと思ってしまう。
そう、面白いのだ。こういう音を出す存在は他にはいない。だからこそライブラの一員でありながらも、一般の関係を挟んででもフェムトと友人でもあるし、十三王を俺は嫌いになれない。
なるほど、愉快犯という言い方は否定できないかもしれない。
「牙狩りとしては君は欠陥持ちだ。あまりにも決定的な欠陥だ。普通は――僕の最も嫌悪する概念であるが――普通ならば君と同じ境遇だったら絶対に牙狩りなんて続けない。なのに、なぜか? いやいや牙狩り云々じゃない。さっき僕が言ったのは冗談でも何でもないんだよ。音響王――アリだと思うがね?」
「……おかしいな。なんで俺は嫌がらせの為に呼んだ友人から世界の均衡守る側から世界かき回す側に勧誘されてるんだ?」
「いーじゃんいーじゃん。堕落しちゃおうぜ」
「断るね」
「そっかー」
普通に断ったら普通に流された。フェムトは自分の分の珈琲に一度口を付けて、
「だから僕は君が好きなんだ!」
笑って言う。
「普通の人間ならば、僕にこんなこと言われて断れずに堕落するだろう! 或はライブラの人間だったら当然のように敵対行動に移るだろう! なのに、君にはそんなそぶりすら見せない! あぁ――君ホント頭おかしいね!」
「お前に言われたくない」
しかしだからこそ、こいつもまた俺と友人関係を築いているのだろう。
つまるところ似たような理由なのだ。
俺はコイツの音が珍しいから。
こいつは俺が普通じゃないから。
だから本来友情なんて生まれるはずがないのに、そこには確かにそれがある。
「てか見る人が見たらこれ裏切りだけど思う所ないの?」
「友達に会うのが裏切りっていうなら俺は二度と友達なんか作らねぇし、友達だって派手に悪いことしたら止めるし、止まらなかったら殺す。いつかの半神の時も見つけたら全殺ししてやるつもりだったしな」
「あれは実に興覚めな結末だった……なんだったんだねあの度し難い普通の少年は」
その度し難い普通の少年が『神々の義眼』保有者としったらこいつは何て言うのだろうか。そのうちもっとすごいタイミングがありそうなのでまだ言わないけど。
「……あれ、おかしいな。俺はゼオドラ相手に愉悦するつもりだったのに何でこんな話してるんだ?」
「さぁ?」
さぁじゃねぇよ小さく首傾げるな可愛くない。
「まぁ暇だからいいんだけどさ」
「ふぅーーーんーーー!」
「………………なんだよ」
意味深な頷きだった。
嫌な予感が凄い出てきたんだけど。
「いやぁ? 別に何でもないよ? 僕は堕落した堕落の妖精だからね! 頷きも堕落させただけだよ」
「うわうさんくせぇ」
なんだかチェインが心配になってきた。
大丈夫かなぁ。
●
そのまま二時間くらいフェムトと駄弁ってから喫茶店を出る。当然ヘッドホンはゼオドラに送り付けたので不備はない。奴が発狂する様が楽しみである。いや常に発狂を繰り返してるんだけれど。全身の感覚が鋭敏過ぎて――過敏過ぎて常に発狂しているし、別の過敏からまた覚醒している世界は想像できない。共感覚のせいで俺も幼いことは苦労したことがなくもないが、それにしたって発狂するほどではなかった。
単車を走らせながらも、周囲の異界人の音は聞こえてくるが、頭がおかしくなることはない。
寧ろ異界人だろうが人間だろうが、それぞれの音があるので、それを聞くのは楽しいと感じるのだ。
愉快犯なのも全く否定できないなこれ。
「牙狩りを続けてる理由ね……」
アイツの質問には結局答えなかったけど、牙狩りを始めた理由には面白みがないし、続けている理由をフェムトに語るのは癪だし、街中に広まりそうなので御免蒙る。ある理由から、俺の牙狩り継続理由は秘匿されているから。
「チェイン大丈夫かなー。うーむ、アイツなら大丈夫だと思うけど……」
チェインは直接的な戦闘力は高くないが、身体能力や五感は並外れているし、『不可視の人狼』としての能力もある。牙狩りや『神々の義眼』保有者と肩を並べて『ライブラ』に所属している以上その強度は尋常ではない。特に『不可視の人狼』の種族能力はどんな状況でも逃亡ができるはずだ。
でも、それでも。
ヘルサレムズ・ロッドでは――世界では――なんでも起こる。
在り得ないなんてことは在り得ない。
だから、心配だし、
「自分の女くらい心配するさ」
少年にはドライなんて言われたが、彼女のことは大切に思っている。というか自分的にドライなんてつもりはないし。いちゃいちゃのラブラブだし。
しかしその愛するチェインは現在遥か遠方で潜入捜査中だ。時間的に、まだ目的地には到着していない頃だろうか。半日程度で帰ってくるだろうから、その時にはいい酒でも開けようかなと思って――
「――」
粘性のある水分と鋭い鉄片をすり合わせたような不快な音。
聴覚に従って視線をずらす。単車を走らせる道、前方にある横断歩道。そこを横切る誰か。
その誰かから音は発生している。
反射的に――アクセルをベタ踏みした。
エンジン音が低く唸り、単車が飛び出して急激にGが掛かる。そのまま行けばその誰かに激突するが一切構わずに加速を続け、誰かと激突しかけ、
――単車がコマ切れになった。
「っと、っと!」
寸前に飛び退いていた俺は中空で体重移動により勢いを散らしながら地面に着地する。同時にコマ切れになった単車が爆発を起こし、道路に衝撃。
そして、誰かは爆発を背にして俺に向き合い、
「はて、気配の類は全て消していたのだがね」
背の高い男だった。黒いコートに身を包んだ青い髪の男。見覚えはない。確かに一見するだけではそこら辺にいる人類だろう。
だけど、音が違うのだ。
先ほど聞いたこの男の音は人類が発する類の音じゃない。
血と、鉄の羽根がこすり合わされながら羽搏き軋むの音。
それを、俺は嫌になるほど知っている。
「――
「左様、敏いな人間よ。まぁそういうわけだ」
どういうわけだふざけんな、なんて応える暇はない。口端を歪めながら頷く黒コートに意識を集中しつつ、ポケットの中のスマホからBB遭遇時の専用短縮ボタンを押すことでライブラに連絡を取る。
これで、大体五分くらい後にはクラウスたちが来てくれるはずだ。
「いきなりで悪いが――殺させてもらうぞ、ルードヴィヒ・マグダレナ」
「ふざけんなフェムトさっきの変な頷きはこれか知っていやがったな!」
どういうわけか俺個人を狙ったBBの襲撃。
それもエルダークラス。
問題は、俺では――エルダー相手には三分しか持たないということだった。
それでも、
「――ベートホーフェン派血響奏、推して参る……!」
行くしか、ない。
街を歩けばBBに当たる。
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