血界戦線――三分間前奏曲―― 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
――ルードヴィヒ・マグダレナは楔でありたい。
そもそも俺が牙狩りになった切っ掛けは幼い頃に両親が血界の眷属に殺されたことだった。といっても、ヘルサレムズ・ロッドでしょっちゅう遭遇するようなエルダークラスではなく、それらからみれば塵屑に等しい強度しかない下位程度の吸血鬼だった。
それでも、両親は殺された。
有名な音楽家の一族の分家ではあったが、しかし化外に対する知識は一切持ち合わせていなかったというのもあるし、例え下位の吸血鬼であろうとも、その強度は人類を大幅に超越している。両親が殺されて、そして俺も殺されかけて。
助かったのはラインヘルツ家の先代当主、クラウスの父に救われたから。
彼に救われて、なんとか生き残って、そして順当に俺は復讐の為に牙狩りを目指した。最も、両親を殺した牙狩りはクラウスの父が滅殺してこの世から消滅していた。だから、仇を討つ相手なんかいなかったけれど、それでも相手のいない復讐を糧にしなければ俺は前を向くことはできなかった。
そこから数年間は肉体改造と共に、武の研鑽に全てを注いだ。
血反吐はきながら牙狩りとして身体を作り替えていき、母方の父親である中国の山奥に仙人みたいな生活をしていた滅法強い――まさかの裸獣汁外衛賤厳と親友だったらしい――爺さんに修行を付けてもらった。牙狩りへの改造も辛かったが、しかし爺さんとの修行はそれすらを上回る地獄巡りと等しい鍛錬の日々。何度死にかけたかも解らないし、実際二桁くらい死んで、その度に爺に蘇生された。
そして、手に入れた武威はそれだけで人類の極地に至たることができた。
だから――血法を使うことができないと知った時は絶望し、膝を折るほかなかった。
化物を殺す為に体を作り変えてきた。
化物を殺す為に武を身に付けてきた。
それなのに、全部無意味だったのだ。
荒れた。
それはもう、荒れまくった。
侵食血液の改造だけで、下位の血界の眷属やらそれ以外の化外に喧嘩売りまくって、死にまくって、それでも極めた武威故に死に損なって。
少なくない人数も殺した。
そんな俺を止めてたのだ――クラウス・V・ラインヘルツだった。
荒れまくっていた俺を、この馬鹿は正面から殴りに来て。
一歩も引かずに俺を打倒した。
その時に、聞いたのだ。
どんな相手でも、例え万の挫折、億の絶望があろうとも。
それでも矜持を曲げず、輝く人間の魂の旋律を。
だから、俺は改心した。改心して、どうしようもない身でできることを考えた。
そして生み出したのがベートホーフェン派血響奏だった。血液を武器として使うことはできないが、侵食の性質は働いているのだ。だから技名を叫んで殴ればいいと思いつくのには時間は掛からなかった。勿論、それは命を縮める行為であり、クラウスや他の仲間やら友人には止められた。
でも、止めなかった。
それしか俺にできることはなかったから。
そのぐらいになると、正直仇討ち云々は薄れていた。元より、相手のいない復讐だった。物理的に成し得ることはできないと解ったし、それ以上に人の輝きを俺は気に入ったから。クラウスやスティーブン、KKたちと肩を並べ、彼らの輝きを守ることができれば満足してしまった。
最も――限界が近いのは解っていた。闘う度に大幅に寿命を縮めて、ヘルサレムズ・ロッドができる前辺りには二十半ばにして俺は折れ掛けていた。
大崩落の直後の混乱では次第に体が付いていかなくなっていたし、出現するエルダークラス相手には三分間した戦えないというさらなる欠点も発覚してしまった以上ルードヴィヒ・マグダレナの牙狩りとして、戦士としての命を終わった。
終ったはずだった。
終りかけて――チェイン・皇と出会った。
出会って、意地を張る理由が出来たのだ。
●
「………………」
目が覚めて見えたのは白い天井だった。覚えがあるそれは、ライブラ御用達の病院で、よく運び込まれる場所だ。全身に鈍い痛みがあり、左腕の妙な感触は輸血によるものだろう。闘う度に大量失血するから、輸血には慣れたものだ。俺専用の輸血ストックもあるほど。
「――あぁ……」
部屋の中は暗い。夜だろうか。まだ輸血が終わっていたのか、気絶からの回復したてだからか、頭はぼんやりとして動かない。
だから、出てきた言葉は無意識のものだった。
「――チェイン」
「――ん」
気づけば、腕の中に彼女がいた。
最初からいたけど、気づかなかったというわけではない。本当に、突然、ずっといたかのように現れたのだ。
それが意味することは一つだ。
「……まーた、消えるまで薄めたのかよ」
「ルーこそまた死にかけたんだ」
不可視の人狼――それは重さや匂い、気配、あらゆる事象――果ては因果律すら希釈する種族であり、個人の才覚の差はあれど薄めれば薄めるほど他者から感知されなくなることができる。
そして才覚を見ればチェインは特級だ。
不可視の人狼としての種族に於いてもこれ以上ないほどの麒麟児と言える。彼女はあらゆる存在、機器から察知されず、運命や概念からも逃れることができるほどだ。
勿論、代償はある。
存在を薄め過ぎて、元に戻れなくなるのだ。
誰にも認識できなくなって――誰にも忘れられてしまう。
それが不可視の人狼の宿命だ。
故に人狼たちには符牒が存在する。
何があっても、絶対に帰ってこれる、現世への楔が。
ルードヴィヒ・マグダレナはチェイン・皇の楔である。
俺こそが、彼女の符牒に他ならない。
「全く……アンタがそんな戦い方してるんだから、私もオチオチ消えてらんないわ」
「だから俺が命張ってるんじゃねぇか」
苦笑する。
アンタは危なっかしすぎて消えられない――彼女はそう言いながら笑っていた。
そしてそれが彼女の符牒になった。勿論、意図的になったわけではない。出逢ってから、少しして、いつの間にかそうなっていたとも笑っていた。
そしてそれは俺が意地を張る理由だ。
少なくとも俺がこうして意地を張っていれば、それだけで彼女を世界に留まらせることができる。
惚れた女の為に命を懸ける――男として、これ以上のものはないだろう。
「んで? 今回は何があったんだ?」
「またゼオドラよゼオドラ。アイツのせいで大変だったわ。あとベルベット。あの糞女今更になって出てきやがった」
「マジかよ。あー……なるほどどうせあのブラッドブリードもお前関係だったんだろうなぁ……タイミングがバッチしすぎるし」
考えるに、チェインの符牒のことを知っている奴があのブラッドブリードに依頼でもしたのだろう。あの連中が何を考えているかは解らない。闘技場を開いているのもいるのだ、傭兵をやっている奴がいてもおかしくない。そう考えるとつじつまも合う。
全く、どこで何があるか解らない世の中だ。
まぁいつも通りなんだけど。
「……疲れた」
「疲れたねぇ」
いつも通りであるが、しかし疲れるには変わらない。
でも、その疲れを癒す一番の薬は腕の中にある。
とくん、とくん、とくん――。
彼女の心臓の音色。
十三王の混沌の音は聞いていて楽しい。
ライブラの魂の旋律は聞いていて誇らしい。
そして彼女の心音は――胸に染みる。
絶望して、立ち上がっても、それでも全く傷ついていないわけじゃないのだ。俺はそこまで絶対的な強さは無い。あの時のトラウマは忘れていないし、死に行くだけの戦い方に対する恐怖だってある。
事実、彼女と会う直前に俺は膝を折りかけていたのだから。
だからこそ、ボロボロになっていた俺の心に彼女の心音は染みた。
静かで、けれど暖かくて――どうしようもなく、なによりも聞き惚れたのだ。
「この素晴らしくもくそったれた世界の中で――とりあえずは寝るか」
「うん、そうしよう。起きたら、お酒飲もう」
「俺は酒嫌いだ……珈琲でいい」
「何でもいいよ」
「いいのか」
「うん」
腕の中で彼女は小さく頷き、笑って、
「――一緒なら、いいよ」
完結!!!!
出会いはそのうち書くかもしれない。