清掃作業が終わったあと、昼頃にユーゴのいるフラワーショップに桐生が訪れた。
バイトとしてきたわけでも客としてきたわけでもない。その日は店自体が休みでその日を使ってユーゴに駒王町を案内をしようというわけだ。
「ユーゴさーん、準備できてるー?早く行くわよー」
「おう、すまねえな。待たせちまって」
店の奥からユーゴが私服姿で現れる。赤をベースとした不良のような姿だ。
初めて会う人ならビビるかもしれないが桐生は何度かその恰好を見ているので慣れているようだった。
「ふつうは男が女の子を待ってなきゃならないけどね、ユーゴさんはあんまりこの街に詳しくないから」
「だから今日案内してくれんだろ?さっさと行こうぜ。まずはどこに行くんだ」
「………」
「んあ?どした、急に黙って」
「私の服装には感想はないわけ?」
桐生が突然黙った理由はこれだ。桐生はいつも制服姿で店に来るためユーゴは桐生の私服姿を見慣れている訳ではない。
しかし、ファッションセンスについて特に気にしていないユーゴは感想を聞かれても「別に」といったよ素で答える。
「服?ああ、いつもと違うな」
「………それだけ?」
「服なんて着れりゃなんだっていいだろ」
「はぁ、ユーゴさんに聞いたあたしがバカだったわ………」
ユーゴの興味なさそうな答えにあきれてしまう桐生であった。
そのあきれた姿にユーゴは文句を言う。
「ファッションなんて聞かれても分かんねぇよ」
「そうみたいね。まあいいわ、別に普段着だし。行きましょう」
「最初はどこに行くんだ?」
「そうね、無難に商店街から近い駅かしら。一応、町の主要施設だし知っといた方がイイでしょ」
そうやって始まった二人の散策。店長はその後姿を面白そうに眺めていた。
そして、はじめにやってきたのは交通の要である駅だ。
そこまで大きくはないが、駅の中にはファストフード店やコンビニがある。
日曜日であるため、高校生グループやカップル、家族連れなどたくさんの人々が駅に入ったり出たりしている。
「人がいっぱいいるな。」
「まあ、日曜だしね。ここから乗り継ぎすれば大きな街に行けるわ。」
「ふーん、今んとこ使う機会はなさそうだな」
「それよりも!そろそろお昼にしましょ。何か食べたいものとかある?」
「特にねえな、桐生に任せた」
「じゃ、この辺においしいうどん屋があるからそこにしましょ」
駅のすぐ近くにあったうどん屋に入る。
中は家族連れや老夫婦、日曜にも仕事をしているのであろうサラリーマンなどがうどんを食べていた。
厨房では店員が大きな声でオーダーを通したり、出来上がったうどんにトッピングをしたりと忙しそうに動いていた。
「いらっしゃいませー」
「丁度、あそこの座敷が空いてるわね」
「うまそうな匂いだな」
「出汁の香りね。水持ってくるから先に座ってて」
そう言いながら桐生はセルフの給水器のほうへ歩いていった。
ユーゴは四人掛けの座敷席に座って一息ついた後、早速注文しようとメニューを手に取った。
水を持ってきて席についた桐生にメニューを見せながらユーゴは尋ねる。
「おすすめはあるか?」
「全部乗せ」
「なんだそりゃ?」
「ここってさ。うどんとトッピングは別に頼むんだけど、そのトッピングを全部頼むの」
「で、うまいのか?」
「わかんないわ、食べたことないし。」
「無いのかよ!?」
「無いわよ、そもそも大食いじゃないし」
「まあいいや、面白そうだしそれにしてみるぜ」
「じゃあ私はキツネでいいわ」
注文を終え、品を待つだけとなった二人が雑談をしていると不意にその席に一人の少女が近づいてきた。
どうやら、ほかの席が満席のため、四人掛けの座敷に二人で座っているユーゴたちに相席を求めてきたようだ。
「相席よろしいですか?」
「おう、別に問題n………て、あんたは朝の」
「ソーナさん、奇遇ですね。」
尋ねられたユーゴたちがその少女のほうを見る。
その少女は今朝の清掃作業後に説教をかましてきた『支取蒼那』であった。
知らない顔ではないためユーゴたちは相席の提案を受け入れた。
ソーナはすぐに注文を終えると朝のことについて照れくさそうに謝罪をした。
「これは、朝は見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。」
「まあ、気にすんな。それより、あの時一緒にいた奴はいないのか?」
「椿姫のことですか?別にいつも一緒にいるわけではありませんよ」
「なんか友人というより従者って感じだったわね。どういう関係なんですか?」
「………彼女は世話好きなんですよ。特に暴走しがちな私を気にかけていますね」
「自覚はあったんだな」
そんなことを話していると、注文された品が運ばれてきた。
桐生のきつねうどん、ソーナのえび天うどんが先に運ばれ、遅れてユーゴの全部乗せが運ばれてきた。
全部乗せなだけあって、どんぶりも大きく店員もこぼさないようにと危なげに運んできた。
「ええ、まあ。自重しようとは思ってるんですけど我慢ができなくて」
「生徒会長を志してるんだし、別にいいと思いますけどね」
「ありがとうございます。ところで、お二人こそどういった関係で?」
「簡単に言えば仕事仲間です。ユーゴさんが住み込みで働いてる花屋でバイトしてるんですよ、わたし。」
「今日はこいつに町の案内をしてもらってる。ここにきて一か月くらいしか経ってねえからな」
「相席になったのも何かの縁ですし、私もご一緒してよろしいですか?」
「別に構わねえよ。旅は道ずれってやつだ」
「じゃあ、次は駒王学園にでも行きましょうか?」
「そうだな」
ソーナは自分の分は自分で払うと主張していたがお構いなしにユーゴは伝票をかっさらって会計を済ませた。
支払いが終わり(ユーゴ持ち)ソーナを含め三人は駒王学園へ向けて歩き出した。
「すみません、私の分まで払っていただいて。」
「こいつに奢らされたついでだ、気にすんな」
「ゴチになりました~」
「お前はもうちょい感謝しろ」
申し訳なさそうに謝るソーナと比べ、満足そうな笑顔を浮かべた桐生に突っ込むユーゴ。
食べたばかりであるため、ゆったりと歩きながら学園へ向かう。
そして、駒王学園の校門前にたどり着いた。
まるでお屋敷のようにどっしりとそびえたつ校舎を見上げながらユーゴは言った。
「結構デカいんだな、お前の通ってる学校。つーか豪邸みたいだな」
「偏差値は高い方ですしね。部活動もいろんなものが盛んですし、その分志望してくる学生も多いんですよ」
「豪邸っぽいのは理事長の趣味らしいわ。ま、もともと女子高だったしお嬢様学校でも目指してたんじゃない?」
「ふーん、ん?ありゃなんだ?」
そのまま駒王学園の敷地の外側ををぐるっと一周周るように歩いているとユーゴは敷地内のとある建物に違和感を感じ立ち止まった。
その視線の先には外装が古い木造の建物が本校舎の影にひっそりとたたずんでいた。
「あれは旧校舎ですね。もう使われてない校舎です。」
「たしか、あそこに関していろんな噂が立ってたわね」
「いわゆる《七不思議》的なモンか?」
「そうよ、『夜な夜な怪しい魔術の実験が行われてる』とか『あの世に続く扉がある』とかね」
「根も葉もないうわさですよ。私の友人あそこに部室を構えて部活動をしていますが、特にそういうことは起こってないと言っていました」
「意外とそいつが犯人かもな!」
「それ、あり得るかもね!」
「どうでしょうかね」
(桐生さんはともかくユーゴさんは何か怪しいものを感じる。疑いたくはありませんが万一のこともあるかもしれません)
ユーゴと桐生は《あり得ない》を前提に面白そうに話していたが、ソーナの内心は二人、得にユーゴに対して若干警戒をしていた。
そうして日が傾くまで町のあちこちを三人は歩いて回った。
夕日が輝やく時間帯になって三人はもう帰ろうかという雰囲気になっていた。
「あとはなんか行ってないとこあるか?」
「いやおそらくないでしょう、夕方になるまでずいぶん歩きましたし」
「ちょっとあそこの公園で休んでいかない?」
「ちょっとトイレ行ってくる」
そう言ってトイレのあるほうへ桐生が行ってしまい。
ソーナとユーゴは二人となり、ユーゴに警戒するソーナと特に話すこともないユーゴはしばらく気まずい時間を過ごしていた。
数分立った後だろうか、ソーナが意を決したように声をかけてきた。
「あの」
「ん?どうした?ソーナ」
「この街に来る前は何をしてたんですか?」
「ここに来る前?………んー、ほかの街の花屋で働いてたぜ」
「その街の名前は何ですか?」
「名前はえーと………わかんねぇ。忘れちまった」
「それですか…………」
『ここに来る前』と聞かれて流石に『太陽にいた』なんて答えられないユーゴは《記憶》たどりながら答えていた。
ソーナはその時のユーゴの仕草によってさらに怪しみ始めた。ユーゴはこちらを怪しんでいることに気づいた。
「あ?なんか聞きたいことでもあんのか?」
「………」
「答えられる範囲なら答えてやるよ」
一歩間違えれば争いになる、そう思ったソーナは一瞬迷ったが思い切って尋ねることにした。
「ええ、では、この際聞かせていただきます。あなたは何者なんですか?」
「………」
『何者か?』その問いにユーゴはどう答えるか迷った。
自身は人間として店長と、桐生と、この一か月を過ごしてきた。自身の居場所のなかったあの頃と比べて居心地のいい生活を送っていた。
仮に『俺はファントムだ』と答えて戦闘になったとしても目の前の少女を倒すことは造作もなかったがその後に桐生に、店長に自分の正体を知られたことを考えると急に恐ろしくなったのだ。
今までの人間は自分の姿を見ると悲鳴を上げて逃げ出した。当時はそれを追いかけておびえさせることが楽しくてたまらなかったが、もし二人が自分の正体を知ればほかの人間と同じように逃げ出すことは想像に難くなかった。、
だからできるだけ正体は知られたくないという結論にユーゴは至った。
「………俺は藤田雄吾、それ以上でもそれ以下でもねぇ」
「………」
自分のウソがばれないか?目の前の相手は信頼に足る相手か?互いに互いを見定めるため二人はしばらく向き合っていた――――――
その時だった―――――
「キャアアアアアァァァァァ!!!!!」
「「!?」」
突然聞こえた悲鳴。
それは桐生の向かった方向から聞こえていた。
「今の声は!」
「桐生だな、何かあったのか!?」
「とにかく行ってみましょう。」
「おう」
桐生は混乱していた。
トイレでの用事を済ませ、二人のもとに帰ろうとトイレを出たときに誰かに襲われたのだ。
自分の身を庇った拍子に左肩に激痛が走った。痛みに耐えながらそこを見ていると、猛獣に引っかかれたような傷ができていた。
ハッとして前を見るとそこには自分の二倍ほどの大きさの狼男がいた。荒々しく呼吸をしながら、鋭い目でこちらを見ている。
桐生は後ずさりながら近くにあった木の棒を右手で拾うと狼男のほうへ向けた。
「こ、来ないでよ!来るとぶっ飛ばすわよ!!」
「へっへっへっそんな棒きれでどうにかなると思ってんのか?」
「っ!ぐう!」
腕の痛みに耐えきれずうずくまる。
目の前の化物は嬉しそうに笑いながらゆっくり近づいてくる。
「せいぜい悲鳴を上げるこった。俺はその絶望の表情が見たいんだ」
「だ、誰かっ、助けて………」
「誰も助けに来ねぇよ!!堕天使の結界が貼ってあるんだ!!」
「こ、来ないで!!」
「イイネェ!その表情!絶望のまま死ねぇ!!!」
とうとう自分の目の前に来た狼男が腕を振り上げる。
自分の死を目の前にした桐生は体を丸め、目をつぶった。
狼男の剛腕が振り下ろされようとしたその時―――――――
「させません!」
「うぐぅっ………誰だ!!」
――――――聞き覚えのある声が聞こえてきた。先ほどまで一緒に散策をしていた桐生の声だ。
目を開けると、右腕を伸ばしその手のひらをこちらにかざしているソーナの姿があった。
その横からユーゴがこちらに駆け寄ってくる。
「そ、ソーナ…さん?ユーゴさん?」
「大丈夫か?桐生!!」
「どうやら気絶しているだけの様ですね。ユーゴさんは桐生さんをお願いします」
「任せるってあの犬みたいなやつは何なんだ?それにさっきのは?」
「………それは後でお話しします」
ソーナはどこからか包帯を取り出す。その包帯はほんのり光っているようだった。
それを素早く桐生の傷に巻きつけて、ユーゴに桐生を預けた。
狼男は自分の楽しみを邪魔されて怒っているようだ。
「なんだよ!俺様の邪魔すんなよ!いいところなのに!」
「あなた、はぐれですね?」
「そうさ!俺様こそA級はぐれ悪魔、人狼のウルヴァ様だ!!」
(A級………手ごわそうですね。Sじゃないだけましですか………)
本来は《はぐれ》とは戦うべきではないのだが、ソーナは自分の友人が襲われたことに怒りを感じていた。
ユーゴや桐生に自分の正体がばれることもお構いなしに口上を述べる。
「あなたは私の友人に危害を加えました!絶対に許しません!!シトリー家の名のもとに成敗します!!」
「シトリー家……魔王の妹か!面白い、お前もぶっ殺してやる!!」
その口上を聞きながらユーゴは目の前の《ファントム》以外の魔物の存在に驚いていた。
「ソーナといい、あの犬っころといい、何なんだ?《悪魔》?《ファントム》じゃねえのか?」
(それになんだ?倒れた桐生を見ているとイライラしてくる。わけわかんねぇ………)
腕の中で気を失っている桐生。その左腕の包帯に血がにじんでいる。それだけでどれほどの傷を受けたのかが分かり謎の苛立ちを覚えていた。
これが暴れることだけを好んだファントムが初めて正義感を感じたときだったとは本人さえも気づいていなかった。
「ホントはあの男に戦ってほしかったっスけど、かかったのはもう一人の魔王の妹っスか………」
少し離れた草陰にゴスロリの少女がいた。
草陰に隠れながらソーナたちの戦闘を見守っている。
「正直、厄介ごとは起こってほしくないっス………」
やっぱり書くのは難しいですね。
それと同時に設定って大事なんだなぁと改めて感じました