海を渡りし者たち   作:たくみん2(ia・kazu)

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どうも皆さん、合作版ダメ野良犬で御座います。
前に書いていた横須賀鎮守府ストーリー路線が決まったので、
新たにリメイクして書き直しました。
今回私の提督の容姿は某墓守アニメに登場した
ユリー・サクマ・ドミートリエビッチをモデルにしております。




ダメ野良犬


第四話 ~信じる道を往く者~

染井吉野の花弁も一通り散って、鎮守府も本格的な活動を始める。

活動と言っても此処、横須賀鎮守府は他と大きく異なる点がある。

 

一つ目は大本営に最も近い事。

此れにより活動報告の執務に少ない時間でも余裕を持って捌く事が出来る。

その反面、深海棲艦に僅かでも動きがあった場合、先頭に立って調査を行ったり、

艦娘達を大規模な作戦に参加させる事が多くある。

 

 二つ目にこの鎮守府には指示を出す者、提督が数人以上存在する。

軍の研究部から派遣された者、深海棲艦と早期に出会った水兵や傭兵、

また、以前から司令官コースを志望していた者など様々である。

各々に配置された艦娘の装備は各自管理だが、貸し借りも許可を取れば可能である。

勿論、それは一般的概念で兵器扱いされている艦娘も例外ではない。

 

 横須賀鎮守府に集まった提督達の決め事で、資源を回収する遠征等は、

各艦隊から一名から二名の艦娘を選出して遠征に行かせる。

また艦娘の遠征と演習が被った場合は演習での練度向上を最優先にさせている。

これは全ての提督として同じ考えがあり、艦娘は兵器であろうとなかろうと、

自分達の大事な部下である事に変わりは無い。

故に部下を無駄死にさせる様な事態を起こさぬ様に彼女達に与える物は全て与え、

轟沈させる事無く役目を終える時まで戦わせる。

 

 鎮守府正面の港、集まった六名の艦娘達が整列している。

能代、島風、五月雨、電、雷、曙の六名が艤装をつけて水上に立っている。

提督数名が集まり、各艦娘への激励の言葉を送ったりしていた。

 

「それじゃ五月雨。遠征頑張れよ」

「はい!お任せ下さい!」

 

 遠征旗艦、能代を筆頭に複縦陣形を組んで、艦隊は海へと向かって行った。

提督同士で敬礼し合った後、秘書官を連れて各々の作業へと戻って行く。

 

 

そして、古鷹を率いて己の執務室へ足を運ぶ浅葱の姿があった。

春の風は二人の衣服を舞い上げて、浅葱は帽子で押さえられていない

後ろの髪がなびいて首筋が露にされて、古鷹はヘアピンで留めた場所ごと

髪を靡かせて、時折顔の左上半分の火傷を風が撫でる。

浅葱は後ろで一歩も立ち止まることなくついて来る古鷹を横目で気遣う。

元々浅葱は古鷹に対して甘い部分があり、周りから甘やかすなと言われる。

 

「んんっ…あー…古鷹?」「はい?何でしょうか?」

 

 業とらしい咳払いと共に振り返る浅葱に古鷹はニッコリ笑って首を傾げる。

一瞬、ほんの一瞬だけ浅葱の目は古鷹の火傷に目を伏せた浅葱は笑顔で言った。

 

「珈琲。一緒に飲まないか?」

「え?」

 

 キョトンとした顔を浮かべた古鷹に浅葱は帽子を深く被り直して視線を合わせない。

やがて数秒の合間の後、古鷹はニッコリと笑って答える。

 

「古鷹でよければ、ご一緒します!」

 

「そうか…それじゃ…」

 

 ホッと笑顔を浮かべながら、古鷹を連れながら浅葱は執務室へと向かった。

 

 

*

 

 

「古鷹はミルクと砂糖要るか?」

「あ、お砂糖は大丈夫です」

 

 コーヒーメーカーに豆を大匙のスプーンで掬いながら、帽子を脱いだ浅葱は横目で聞く。

古鷹は執務机の前に立って書類を確認しながらミルクのみと答え、書類を分け始める。

こうして浅葱と古鷹は珈琲を入れては飲みながら、書類を片付けている。

 

 

 ステンレスタイプのマグカップを2つ取り出して盆の上に置く。

ステンレス製のマグカップとは味気ないが、これは浅葱の強い希望があった。

以前、古鷹は何故ステンレスに其処まで拘るのか聞いてみた。

 

「以前陶器を買ったんだけどな、何度も手を滑らして壊しちまうんだ」

 

 と、実際に古鷹は着任時の事。左目の火傷を負ったときの事を思い出した。

 

 

あの時、戦艦級の砲撃から別艦隊の艦娘を守る為に古鷹は重症を負った。

傷だらけの古鷹を浅葱は泣き叫び、怒りで滅茶苦茶な罵倒を繰り返しながらも

血の染みが衣服につく事も躊躇わずに古鷹を医療施設にまで運んだ。

それから古鷹は数日間眠り続け、彼は付きっ切りで古鷹を看病していたという。

その時に古鷹はうっすら覚えていた。

自分を心配そうに見つめていた浅葱が手に持っていたマグカップを、

ボーっとしたまま落としては何個も割っていた事を。

 

 あれから浅葱はやけに古鷹に親身になっている。

古鷹自身は笑顔で自分を気遣う彼に、上司への尊敬以上の感情を…。

異性としての特別な感情を抱いていると感じ始めていた。

 

「ほい、古鷹」

「ありがとう御座います」

 

 ステンレスのマグカップを手袋越しに掴んだ浅葱はミルクをかき混ぜた1つを、

ソファーに座った古鷹に手渡して彼女の座るソファーの右向かいの一人椅子に座る。

 

「ふー…ふぅー」

 

 唇を窄めて湯気の立つ珈琲を飲み易くしようと息を吹きかける古鷹。

浅葱は珈琲の苦味を口に含みながら、横目で彼女をチラ見する。

 

 首を前に傾ける古鷹の髪の合間から、痛々しい火傷の跡が覗く。

あの火傷は、彼にとって提督として初めてのミスであり、後悔の象徴。

 

 

 古鷹を何時も通り送り出した浅葱は、彼女が帰ってくる前に珈琲を入れようと、

特別高い豆を使用した珈琲を作って彼女の帰りを待っていた。

しかし、帰還の時に報告に来たのは別の鎮守府の艦娘だった。

浅葱は目を見開いて報告を聞いて耳を疑った。

 

 浅葱艦隊旗艦古鷹は戦闘中に他艦隊の艦娘を庇い負傷。

それを聞いた途端、浅葱は報告に来た艦娘を押し退けて港へ走った。

彼が持っていたマグカップは机の端に乱暴に置かれた為に、黒い液体を零しながら

ガチャンと音を立てて執務室の床に割れた。

 

*

 

「古鷹!?」

 

 港に運ばれてきた古鷹を見て、浅葱は口を震わせて彼女の姿を目にする。

制服はボロボロに裂けて、身体中に切り傷がつけられている。

何より酷いのは、彼女の綺麗な琥珀色の左目から頬に至るまで、焼け爛れていたのだ。

 

 浅葱はハッとなって彼女の艤装を取り外して工廠に持っていこうとする妖精の間を駆け抜けて、意識を失った古鷹の身体を担いで医療施設へ走り出した。

 

 それからは意地と根性で、古鷹の看病に必死になっていた。

本来の提督という業務を「知った事か」の一言で突き放し、古鷹の額に浮かぶ血の混じった汗を何度も拭いて、次第に彼の白い制服も所々が赤い血の跡がついていた。

数日後、寝不足で意識が朦朧とする中で古鷹の意識は覚醒した。

 

 あれから浅葱は古鷹に対して常に気を遣う様になっていた。

もしかしたら部下である彼女の事を、大切に思うあまり、異性としての特別な存在として

恋愛感情を抱いていたのかもしれない。

だが、彼女への配慮をするあまり提督としての心構えを忘れ掛けてしまう事がある。

それ故に、浅葱は古鷹への感情を偽って接している。

 

 

*

 

 

「…提督?」「…んっ?」

 

 古鷹に呼ばれて浅葱は思考の海に浸っていた意識を戻してマグカップの中身を見る。

何時の間にか珈琲は無くなってしまったらしい。浅葱は机にマグカップを置く。

時計の針はそろそろ正午を指そうとしている。

 

「そろそろ飯だな、古鷹。また後で…『あ、提督!』?」

 

 古鷹は何を思ったのか、浅葱を呼び止めてしまった。

呼び止められた理由は分からないが、浅葱は彼女に顔を向ける。

古鷹は暫くえーとかぅーとか可愛らしく唸った後、言った。

 

「一緒に昼食召し上がりませんか?」

 

「…悪ぃ、一緒には食えない」

 

 小さな間を空けて、浅葱は申し訳無さそうに笑みを作って片手で謝る。

古鷹は残念そうにしながらも図々しい申し出だったかと謝ろうとした。

 

「あ、謝ることは無いぞ」「は、はい…」

 

 浅葱は執務机に置かれた制帽を被り、開けていた首もとのボタンを閉めて

マグカップを洗い場に古鷹の物と一緒に入れて、彼女より先に部屋を出る。

部屋に取り残された古鷹は、暫く閉まったままの扉を見つめていた。

その横顔は何処か寂しそうにしていた。

 

「やっぱり……私、嫌われてるのかな…」

 

 彼女の呟きに、答える者はいなかった。

 

 

 

 


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