匠先生
十数年前、俺は父親に連れられ、広島に向かった。この日父は休暇を取ることができて、男二人で旅行していたことを覚えている。
そんな旅行の際、俺と親父はとある博物館へ向かった。父親の左手に引かれながら、いっしょに進んでいた。
「うわー、おおきなおふねだ!!」
目の前には巨大な船の模型が置いてあった。幼児だった俺は思わず圧倒され、好奇心でいっぱいになったことを、覚えている。
俺が歓喜の声を上げていると、親父は微笑みながら俺へと言い聞かせるように、口を開いた。
「匠、でも本物はこれより何倍も大きいんだよ」
「へー、すっげーー」
ガラスの壁にべったりと、俺は張り付きながら見とれていた。
「いま、これは何処にあるの!」
無邪気な俺は、目を輝かせながら親父へと問う。すると、親父は顔をうつむかせる。
「残念だけど、その船はもう無いんだ···」
俺は悲しい気分となったが、直ぐに笑顔になりこう言った。
「またできたら会いたいな」
この時、俺は何を伝えたかったのかは分からない。だが、自分の言いたいことは、これ以外に考えられなかった。父親はその発言を聞き次第、微笑みながら俺の頭を撫で、言った。
「そうだな、会えるなら匠に絶対会わせてやる!約束だ」
そう言って、父は小指を出す。硬い約束を結ぶ、指切りの合図だ。俺も答えるべく、小指を出した。そして、二人で指切りをした。俺も父も笑顔だった。
「そういえばおとうさん。この船はなんていうの?」
俺はひとつ疑問があったので聞いてみると、父は何か誇らしげな顔をして、
「この船はこの日本の技術をたっくさん集めてできた、最強の戦艦…『大和』だよ」
この日の思い出は、一生忘れることのない出来事になった。
午前七時半。俺は気持ちのよい目覚めで起きた。いつもと同じ何気ない一日が、また始まろうとしている―はずだったのだが···
俺は身支度を整え自室をでると、となりにある提督室へと向かった。すぐ隣ですごく便利である。提督室には、案の定誰もいない。まぁ、いつものことなのだが…。
朝の集合は8時で、それまでは自由時間となっている。友人と会話したり、ギリギリまで寝たり…人それぞれであろう。
俺の場合、だいたいやることは毎日同じだ。8時までは自由な時間である。俺の場合は掃除の時間であるため、昨日使った書類を棚へ戻したり、床を箒などで掃き、掃除をした。そうしたら次第に、メンバーも集まってくる。
「おはようございます、提督」
まず最初に顔を出してきたのは、能代と酒匂であった。
「おう、おはよう」
大抵、一番乗りはこの二人で、その後に駆逐艦の二人が来る。
「提督、おはよう」
「時雨、おはよう」
時雨は相変わらず、静かだった。
「提督ー、おはようございまーーす」
「島風も、おはよう」
島風も来ていた。島風と挨拶したらいつもやることがある。
「今日も速いね」
「そう?ありがとー」
俺の言葉を効いた島風は、どこか嬉しそうな表情になった。
このやり取りは、島風の親友である雪風が教えてくれた。こうすることで島風が元気になるのだ。すなわち、彼女のモチベーションが上がるらしい。
なので、俺は毎回といってもいいほど、この言葉をかけてやっている。効果は出撃や遠征、演習で効いていおり、さすがは親友の雪風だ。ナイスな情報を持っている。また褒めてやろう―と思っていたが、肝心の雪風本人が、いなかった。
「あれ?雪風は?」
俺が執務室を見渡しながら言うと、この部屋に常備されていた大きな古時計が、ちょうど九時を指した。
「雪風ちゃん、なかなか来ないですね」
「そうだな、とりあえず待とう」
雪風は島風、時雨の三人部屋にいる。しかし、時雨と島風は毎朝、ランニングをやっているらしく、一緒に行動しないのだという。つまり、朝は完全に別行動であるのだ。その間、何しているかは知らん。
一体何をしているんだ…。そんな会話を3,40分していた。いや、もっとたっていたかもしれない。これはあまりにも遅すぎる。そのため、俺直々におこしに行くことにした。そうして、俺が重い腰を上げると、突然、部屋の外からもの音がした。この音はきっと―
「しれぇ、おはようございます」
やはりと言うべきか、噂をしていた雪風であった。その表情はとても眠そうな顔で、服はだらしなく着ており、子供のようだった。まぁ本人は否定しているが、実際そんな感じなのだが…。
「雪風ぇ···」
あまりにも、俺たちを待たせすぎである。俺はため息をひとつして、少し呆れたように言った。
「雪風、今月始まってまだ半分しかたってないのに、もう遅刻4回目だぞ。そろそろ直せよ···」
すると、雪風は
「と言われましても···わたしも忙しいんですよー」
と答えた。
しかし、俺は雪風が何かを隠すような、話をごまかそうとしているようにしか見えず、絶対なにか裏があると考えた。
そこで俺は遊び感覚で、彼女の隠し事を探る事にした。俺はうっすら笑みを浮かべながら、雪風に問いかけてみる。
「へーそうなのか。秘書艦の仕事を減らそう。そうすれば早く寝られるだろ?」
「いや提督ー。そんな配慮はいりませんよー」
「なるほど、早いと寝られないと。よし、わかった。よく寝れると噂の枕を、誰かさんがまちがって買ったらしく、それがあるから後で持っていってやろう」
酒匂が赤面した。これで大体お察しください。
「そんなのいりませんよー。勝手に取り替えないでくださいねー」
「変えるぐらいいいだろう···」
雪風は何か焦ったような顔をしていた。すると、大きめな声で
「とりあえず、勝手に部屋にはいらないでください」
と、念を押してきた。
ここで、一つの仮説が生まれた。なにか部屋に隠し持っていると。
俺はその仮説を真実にすべく、もうド直球に聞いてみる。
「ふーん、そんなこと言われたらねぇ…。何か隠してるんじゃないのか?」
「はわわわわわわわわ」
雪風があわてだす。雪風よ、もう逃げ場はない。観念するんだな。
しかしこう思った次の瞬間、ゴーン、ゴーンとこの部屋に常設されていた大きな古時計が十時を示す。
すると、雪風が焦りだした。
「どうした?雪風」
俺の問いに雪風は、恐る恐る答えた。
「しれぇ、今日って…あの日では?」
あの日?はて、俺にはよくわからん。
「なんだよー、対したことなのか?」
その、『あの日』に対して気づいていない俺に、雪風はとても驚いた。
「きょ、今日って会議の日ですよ!!!」
俺は雪風の会議の『議』を言う頃には、すでに外に向かって走り出していた。
「速いよ、しれぇ」
と言って、雪風も追い付こうと走り出す。
「司令!あっー、行っちゃった」
酒匂が外の廊下を見ながら、苦笑して答えた。
「提督もお疲れみたいね。大事な会議を忘れるなんて···」
能代は心配そうに言う。
「ちょっと···いいかな?」
二人がそんなやり取りをする俺たちを見て苦笑していると、後ろの方から時雨がおずおずと出てきた。みんな時雨の方を向くと、時雨は思い出すように口を開く。
「確か昨日、艦隊の吹雪ちゃんと話していたんだけど…その時吹雪ちゃんは、会議の日を明日じゃなくて明後日って言っていたような…どっちがあってるのかなぁ」
時雨はそう言うと苦笑いを漏らした。すると、釣られて酒匂と能代も苦笑いをして、ちょっとした沈黙ができたのだった。
「雪風さぁ、落ち着けよ···」
「すみません、しれぇ」
現在の時刻は12時。提督室にて、食堂で販売している弁当を、皆で食べている。
「そうだよ、雪風ちゃん。提督疲れてるんだからさぁ」
「ちゃんと情報は確認しないとね」
「提督、私よりは遅いけど速かったよ」
一人変なことを言っていたが、みんなスルーを決め込む。
「おい、まてまて。みんなで雪風に一方的に言うのはダメだろ。まぁ、失敗しているのも事実だけど、雪風も秘書艦として頑張ってることも事実だろ。だからミスするんじゃないのか?」
俺の言葉に、皆は下を向いた。自分たちにも少し、責任を感じているらしい。
「雪風ちゃん、ごめんね。ちょっといいすぎちゃった」
頭を下げ、酒匂は雪風に謝る。
「いいえ、私がミスしたのが悪いんですよ。しれぇ、みなさん、迷惑かけてごめんなさい」
雪風も逆に、ぺこりと俺たちに頭を下げる。俺はそんな雪風が可哀想に思い、静かに右手を彼女の上に持っていき、頭を撫でてやった。
「しれぇ…」
「そこまで反省してるなら許さないと…。正直、全然反省していないものだと…」
「しれぇ、ひどいです!」
雪風は穂を膨らませ、怒っているアピールをした。それがあまりにも可愛らしく、面白かったため、部屋にいるみんなは笑顔となった。
こうして、我が艦隊は再び暖かなムードを取り戻したのであった。
さて、午後2時。現在俺たちは、6人でお茶を飲みながら談話をしていた。この頃は自分の艦隊が休みの時でも、誰かが用事でいないとか、体調が悪いだとかで、なかなかみんなでゆっくりすることができなかった。こうやって、6人集まって話したのは4月の着任日の近くの日以来である。積もる話もあり、結構盛り上がりを見せていた。
だがその中で、ひときわ気になる話題があった。
「司令、次の会議って何を話すの?」
「戦力を拡大すべく、上層部が数人の艦娘らをこっちに送ってくれるそうだ。多分それの事だろう」
「匠艦隊にも、一人くらい入ってきてくれたらいいですね!」
能代が言った。
「たしかにそうだな。艦隊は6人編成で、お前らだけで5人だしな。しかも、今やってる輸送任務や護衛任務じゃなくて、一味違った任務ができそうだな」
みんながそわそわし始めた。どうやらうれしそうだ。
「しれぇ、誰かなぁ?空母さんかなぁ?戦艦さんかなぁ?」
戦艦…。この言葉が、しばらく俺の心に響いく。
「こんな大きくてつよい船がいたらいいのになぁ…」
10分の一スケールの大和を見て、俺は目をキラキラさせながら言った。すると、父がこっちを見て語りかけてくる。
「そういえば、匠の夢はなんだったっけ?」
俺は自信満々でこう答えた。
「僕は、おとうさんみたいに大きな船に乗って世界を守りたい!」
父は笑顔になって言った。
「おお!それはとても大きな目標だね。でもそれができるように努力するのは、匠、自分自身だぞ。だから、がんばれ!!そうしたら、お父さんも協力するぞ」
「ありがとう、おとうさん。僕、がんばるよ」
俺はにっこり笑った。
「しれぇ、しれぇ」
雪風が俺を呼ぶ。完全に思い出に浸っていた。
「あっ、すまんな。昔のことを思い出していてな」
「なにかあったんですか?」
「特に大きなことではないから心配しなくていいさ」
戦艦…やはり胸の奥で引っかかることがある。この後も、いろいろ会話をしていたがこの事で頭がいっぱいだった。
そして夜。俺は就寝準備を整え、あとは寝るだけであった。
とりあえず、俺はベットに寝転ぶ。しばらくして、眠気が襲ってきて寝る気になり、照明を消そうとベットから立ち上がった。そして、入り口付近のスイッチのところへ歩き出す。
ふと、俺は棚に目がいった。そこには、古い写真立てがある。
俺はその写真立てを手に取ると、被っていた埃を払い、写真を眺めた。写っているのは親父、オカン、俺の3人だ。
小5くらいの夏に3人で旅行した際、その時に乗ったフェリーでの写真。親父は今も俺と同じ海軍の上層部として働いている…らしい。というのもそれ以外の情報を、親父は一切教えてくれないからだ。だから、親父の仕事はまるで知らない。ちなみに、オカンも知らないらしい。さらに、親父は帰ってくる時間も一切俺に教えてくれなかった。
この事だけはオカンも知っていたようだが、これは、家で帰ってくるのを待っている俺を、がっかりさせたくなかったかららしい。そんなふうに気を配ってくれていた親父はとことん言うことを聞いてくれた。子供の頃、ほしいっていったおもちゃをすぐ買ってくれたし、たくさん、旅行にも連れて行ってくれた。でも一番感謝をしているのはこの職場につく為のこと…、そう試験である。資料が新しいのを見つけるとすぐに送ってくれて、落ちた時も、明るく励ましてくれた。
そんな親父を俺はまじまじと見つめ、そっと棚へ戻した。そして、電気を消してベットに戻った。
次の日。今回は間違いもなく、会議の日だ。
会議参加者は俺を含む提督5人だけであり、とても静かな雰囲気の中、開始された。
開始時間になると同時に、南郷提督は立ち上がった。
「では会議を始める。みんなも薄々感じているかと思うが、敵の勢力が一時的に弱まっている。これを期に決定的打撃を与えよと、大本営から連絡を承った。そこで鎮守府近海に潜む敵を、一斉に討伐する作戦を実行する。だがその際、戦力の薄いところを突かれた場合、大きな被害がでてしまう危険がある。それを避けるため、に戦力増強を行うことにした」
俺の艦隊で話していた内容だ。
「ここからは白亜提督。頼みます」
白亜提督はおもむろに立ち上がる。
「さて、戦力増強はまもなく到着する戦艦が1隻。正規空母が1隻の計2隻だ。戦艦は橋本提督に、南郷提督には正規空母を、それぞれ分配します」
やっぱり噂通り、自分の艦隊に戦艦が加わるらしい。俺は期待を膨らませた。
とりあえず、この戦艦が何型であっても、誰であっても匠艦隊の戦力増大には変わりない。本当ならここで喜ばなければならないのだが、俺は考え込んでいて、特にそういう表情を出さなかった。というよりも出なかった。
「…匠提督。お前にサプライズのため、ぎりぎりまで秘密にしていたのだが。気に入らなかったのか?」
南郷提督は相変わらずで仏頂面で、俺に問いただしてくる。
「いや、うれしいんですけど…ちょっと昔のことを思い出して…」
その言葉に、何とも言えない空気となる。せっかく用意してくれたサプライズなのに…俺は無駄にしてしまった気がして、罪悪感が押し寄せてきた。
「む、そうか。ならばこれ以上詮索するつもりはない。喜ばしいと思ってくれるのであれば、何よりだ。…どうにしろ、もう少し元気を出したらどうだ…?」
珍しくこの人は、俺を心配してくれているのかと、不思議な気分を感じた。
「…さて、余談だったな。話を戻そう。白亜提督、続きを頼みます」
南郷提督の絶妙なフォローの後、もう一度話が戻った。
その後、一時間半くらい作戦会議が行われた。
結局の所、俺の艦隊に言い渡された任務は制圧海域への巡回任務だった。まぁ、この前まではグレードアップしたが、まだ前線には出ることができないのが心残りだ。新人だし、しかたがないのと言えばそうなのだが…。
と、そんなことを考えている間も、俺は落ち着けずにいた。やはり戦艦の事が気になってしかたがないからだ。気にしないようにしているのだが、やはり無理である。
「失礼します」
唐突に会議室の扉が開いたと思うと、南郷提督の旗艦である蒼龍が入ってきた。
「む、どうした?」
「先ほど、戦艦と正規空母のお二人が到着いたしましたので、ここにお連れいたしました」
ガタッ。俺は不意に立ち上がった。そして、扉を見る。
俺の期待は現在最高潮である。そんな俺の目に入ってきたのが、茶色の服を着ていて、短髪で、甲板を持っていて…あ、こっちは空母の方だった。
そんな呑気にしている間に、もう一人が入ってくる。俺はすぐに、目を見開いた。その方は、髪はロングで、いかにも大和撫子を押してくるような、白い服を着ていた。俺は、確信した。大和…。
体中から期待感が湧き上がってくる感じを答えるかのように、彼女たちの自己紹介が始まった。
「航空母艦、飛龍です。よろしくお願いします」
最初に入ってきた方だ。とにかく明るそうな方だった。これで、おしまい。
そして、注目の瞬間である。彼女は深呼吸し、話し始めた。
「…、ヘーーイテイトクーー、金剛型一番艦、金剛デース!ヨロシクオネガイシマスネー!」
…はぁ!?
俺は、大声を出したと同時に、死んだような顔つきになった。
まったく状況が読み込めない。この時、俺はずっと大和が俺の艦隊に来ると錯覚していたからだ。
だが、現れたのは大和ではなく、カタコトなに日本語をしゃべる、金剛…。つまり、全部俺の思い過ごしだったというわけである。
「蒼龍。私のテイトクは誰ネー?」
「えーっと、提督。誰でしたっけ?」
「ん?あの若いやつ…匠提督だ。今立ち尽くしているあの青年だぞ」
ビシッと、南郷提督に指を差してくる。すると金剛は、俺に向かってダッシュでつっこんできた。
「私のテイトクネー、よろしくお願いスルネー」
「ぐおっ…!よ、よろしくぅぅぅ…」
金剛は何故か俺を、容赦なくタックルで突き飛ばした。俺は彼女の勢いに負け、そのまま飛んで行った。
まぁ…これから俺の艦隊は賑やかになりそうだな…。
*
「提督、無事に2名は派遣されました」
「おっ、そうか」
とある鎮守府の提督室。一人の艦娘と提督が話している。
「提督、一つ質問いいですか?」
「ん?なんだ?」
艦娘はもじもじしながら言った。
「たしか、私はどこかへ派遣されるまで提督の秘書艦でいるんですよね?それってまだなんですか?」
提督はため息を一つして言った。
「ちょっと、そのことは待ってくれ。まだその派遣先がよくわかってないんだ。まぁとにかく、次の作戦後に本格的に探すよ…。とにかく君は重要なんだ…」
提督は外の景色を見ながら一呼吸おいて言った。
―とある約束のために