【構成変更のため投稿終了】幼女に転生した俺が獣人に転生した先輩の嫁になるまでの話 作:ハンヴィー
(……なんだ、これ)
それが、目を覚ました直後の、率直な感想だった。
なんだか、色々とちぐはぐで、意味不明な夢だった。
夢に意味や整合性を求めても仕方が無い事はわかってるけど、それにしても訳が分からなすぎる。
まず、呼称が安定していない。先輩の事を「兄様」と呼んだり「先輩」と呼んだり。
俺自身、自分の事を「私」と言ったり「俺」と言ったり。
先輩も、俺を「摩耶」と呼んだり「まーくん」と呼んだり。
しかも、俺と先輩は婚約者みたいな感じだった。
たぶん、先生に婚約者が居たのかもしれないなんて言われたせいで、こんなおかしな夢を見たんだろう。
そういや、夢の中の俺は、普通に喋っていたな。
夢の中とはいえ、始めて聞いた自分の声は、歳相応の可愛らしい女の子の声だった。
先輩の声は、もちろん俺の記憶にある飄々として掴みどころの無い女性の声ではなく、アニメのイケメン声優みたいな渋いバリトンボイスだった。
……うん。ただの夢だ。あれこれ考えるのはやめよう。時間の無駄だ。
俺は毛布を跳ね除けるようにして起き上がると、身支度を始めた。
さすがに今日からは、きちんと仕事をしなくちゃいけない。
さっさと、身支度を整えることにした。
(それにしても、兄様、か……)
自分の唇に指先を当てながら、俺はにいさまと呟いてみた。
もちろん、声は出なかったが、とたんに身体が熱くなった。
正確には、下腹部がだ。
俺は脳裏に浮かんだ精悍だが優しげな先輩の顔を慌てて振り払った。
風呂の帰りにぶっ倒れてから、何かがおかしい。
こんな奇妙な感覚に襲われるのは、月のものが始まって、身体が本格的に女になり始めたせいなんだろうか。
(んあっ……!?)
さらに、寝巻きからダブリエに着替えるとき、肌着の生地が乳首の辺りを擦った。
背筋を駆け上る異様な感触に、俺はびくんと身体を硬直させてしまった。
(や、やばい。やばい……)
思わず、その波に身を任せそうになり、何とかギリギリで思いとどまる。
でも、先輩の顔を思い浮かべると、やっぱり心臓の鼓動が激しくなる。
無理だと分かっていても、無性に先輩に会いたかった。
「マーヤ! もう、起きても大丈夫なの!?」
俺が普通に起きて来た事に、サーラさんが目を丸くしていた。
『迷惑かけてごめんなさい。もう大丈夫』
心配そうなサーラさんに、俺は大きく頷いて見せた。
正直、一日中自室に閉じこもっているほうが堪える。
むしろ、このモヤっとした気分を払拭するためにも、存分に身体を動かしていたかった。
「本当に? 無理したら駄目よ?」
心配ないというふうに笑いながら、俺はいつもの自分の仕事に向かう。
炊事場に顔を出すと、一緒に働いている女衆から気遣うような声を掛けられた。
「まあ、マーヤが大丈夫だってんなら心配ないさ。この子も、もう一人前の女なんだからね」
アレが始まった直後ということもあって、なんか意味深に聞こえる台詞だった。
「だけど、無理だけはするんじゃないよ。病み上がりなんだからね」
俺はしっかりと、元気良く頷いた。
そして、日課である水汲みに向かう。
そこでも、すれ違う劇団の人達から、回復したことを喜ぶ声や、心配する声が掛けられた。
申し訳ないと思う反面、やっぱり心配してもらったことが純粋に嬉しかった。
おっと、そうだ。忘れるところだった。
いったん自分の部屋に戻り、カーチフを頭に巻いた。
テリオの奴から、目立つから髪を隠せと言われていたことを思い出したからだ。
鏡を見て、おかしなところが無いか確認する。
ちょっとはみ出てるけど、まあ、遠目に見れば、多少は誤魔化せるだろう。
少し髪が伸びてきたみたいだ。
邪魔にならないように、早めに切ったほうがいいかもしれない。
カーチフを頭に巻いた俺は、両手に桶を持って、街の水汲み場に向かった。
「おや、マーヤ。おはようさん」
「おはよう、マーヤ」
『おはようございます』
いつも立ち話をしている主婦のおばさん達が、笑顔で挨拶してきた。
「昨日は別の子が来たんだけど、どうかしたのかい」
ちょっと体調が優れなかったので、昨日一日休んでいたことを伝えた。
「そうだったのかい。気をつけないと駄目だよ」
街のおばさんにまで心配されてしまった。
そんな感じで、これまでと変わらない井戸端会議をしながら、水汲みの順番を待っていた。
いつもどおりの水汲みを終えた後、鍋とお玉で武装して、寝坊助共を起しに向かう。
団長とおかみさんのテントに向かうと、気持ち良さそうな団長の高いびきが聞こえてきた。
(団長、団長ー。朝だよ)
身体を揺すってみるが、やっぱり一向に起きる気配は無い。
というわけで、いつもどおり、耳元付近でお玉で鍋を打ち鳴らしてやった。
「マ、マーヤ……! お前、身体はもう大丈夫なのか」
跳ね起きた団長に頷き、『朝ごはん』と書かれた黒板を突きつけた。
「……まあ、大丈夫ならいい。直ぐ行くから他の奴らを起して来い」
俺は頷き、団長のテントを後にした。
いつもの順番どおりならば、次は先生のテントだ。
(先生ー?)
先生のテントに入ると、机に突っ伏して眠っていた。
団長とは違い、身体を揺すってやるとすぐに起きてくれるだけましだ。
「ん……? あ、ああ……マーヤさん?」
机から顔をあげ、眼鏡を掛け直した先生は、俺の顔を確認すると目を瞬いた。
そんな先生の眼前に、『朝ごはん』と書かれた黒板を見せる。
「ご飯ですね、わかりました。身体はもう大丈夫ですか?」
本日何度目かの問いに、俺は頷いて答えた。
「あまり無理はしないでくださいね。たまにはゆっくり休むことも必要ですよ」
むしろ、先生のほうこそ、もう少し身体を大事にしたほうがいいと思う。
調べ物の最中に机で眠りこけるなんて、いつ風邪を引いてもおかしくない。
ちゃんと顔を洗って髪を整えてから食堂に来るように伝え、俺はマルメオさんのテントへ向かう。
しかし、そこにマルメオさんの姿は無かった。
普段なら、俺がテントに入らないように、待ち構えているはずなのに。
首を傾げつつ、テントの敷居をくぐって中に入る。
中はもぬけの殻だった。
女を連れ込んでイタした形跡も無い。
まあ、ここに居ないって事は、自主的に食堂に向かったんだろう。
あまり深く考えず、ちゃんばらごっこで遊んでいる奴のところへ向かうことにした。
すると、そこには意外な人物がいた。
テントに姿が見えなかったマルメオさんだった。
マルメオさんは、割と真剣な表情で、素振りをしているテリオを見つめていた。
時折、なにやらアドバイスのようなものをしている。
素振りをしているテリオの姿が、ほんの一瞬だけ、夢の中の先輩の姿とダブって見えた。
もっとも、背格好はまるで違うし、動きは先輩に比べ、洗練されているとは言いがたいお粗末なものではあったけど。
「ほらほら、重心がぶれているぞ」
「踏み込みが浅い。振り下ろしたときの切っ先をぶらさない」
「腕を教えた位置で、ぴたりと止めるんだ」
どうやら、テリオに剣術を教えているらしい。
マルメオさんが、テリオの一挙一動に駄目だしする。
そのたびに、手に持った木の枝で、テリオの腕やら手首やらをぴしりと打ち付ける。
テリオの奴がちょっと気の毒だった。
「こんなことよりも、ちゃんとした剣術教えてくれよ! 約束したじゃんか!」
堪りかねたのか、テリオがマルメオさんに食って掛かっていた。
「約束したからこそ、きちんと教えてやってるんだ。何事も基本を疎かにしちゃいけない」
半ギレしているテリオに、マルメオさんは噛んで含めるように言い聞かせている。
マルメオさんの声も普段に比べて、熱を帯びているような気がする。
ちょっと、立ち入りづらい雰囲気だったけど、終わるまで待っているわけにも行かない。
だけど、あからさまに邪魔をするのもちょっと気が引けたので、
先に俺に気付いたのは、マルメオさんだった。
「おはよう、マーヤ! もう起きて大丈夫なのかい?」
俺は大きく頷くと、「朝ごはん」と書かれている黒板を掲げた。
「ああ、もうそんな時間か。今日はここまでにしようか」
テリオのほうに目を向けると、奴と目が合った。
「……なんだよ」
いや、別に。
良かったじゃないか。ちゃんとした剣術を教えてもらえることになったんだな。
今までのチャンバラごっこは、素人目に見ても遊んでいるようにしか見えなかったからなぁ。
「マルメオさん、素振りばっかりでつまんねーよ!」
だけど、どうやらテリオには、お気に召さなかったらしい。
不満そうに唇を尖らせている。
いかにもガキンチョらしい仕草が小憎たらしい。
「テリオ。素振りもまともに出来ないようじゃ、とてもその先に進むことなんて出来ないよ?」
大人の余裕で、マルメオさんはテリオを諭した。
俺も、その通りだとばかりにうんうんと頷いた。
「なんで、お前が偉そうにしてるんだよ。お前に剣術が分かるのかよ」
案の定、テリオの奴は、今度は俺に噛み付いてきやがった。
『剣の事はわかんないけど、基本が大事ってのは分かるよ』
マルメオさんだって、さっきそう言っただろうに。
格好良く剣を振り回して、中二病的欲求を発散したいのは、分からないでもないが。
「ほら、マーヤだって言ってるだろう。好きな子に格好い良いところを見せたいっていうのは分かるけど、焦るのはよくない」
「なっ!? ななな、何言ってんだよ、マルメオさん!!」
マルメオさんが意味ありげに言うと、テリオは顔を真っ赤にして捲し立てた。
好きな子に格好付けたい?
なるほどねえ。そういうことだったのか。
思わず顔がにやけてしまう。
「な、何だよ。何にやにやしてるんだ」
そうかそうか。やっぱりテリオは、ケツを引っ叩いてくれるような、年上のお姉さんが好みなのか。
そうだよな~。わかるわかる。男だもんな~。
女の子の前で粋がって見せたいよな。うんうん。
まあ、俺の見た感じじゃ、サーラさんも口では煩く言っているけど、お前の事を悪くは思ってないみたいだし。
俺はテリオの肩に手を置き、親指をグッと立てて見せた。
俺は全面的に応援するぞ。応援するだけだけどな。
『頑張れ!』
いまいち意図が通じていなかったようなので、俺は黒板にそう書いて見せた。
自分の恋心が暴露されて、あわあわとうろたえるテリオが面白かった。
「……前途多難だね、テリオ」
いやあ、そんな複雑なものでもないと思うよ、マルメオさん。
お互い、最後の一歩が踏み出せていない感じだと思うし。
俺としては、テリオの努力を大いに応援してあげたい。
リア充がイチャイチャしてるのは、爆発してしまえと思うが、こういう微笑ましいのは端で見ている分には面白いし、嫌いじゃない。
何か、いいなぁ、こういうのって。
こういう甘酸っぱい体験は自分には無縁だっただけに、ちょっと羨ましくもある。
「……まあ、とりあえず。食堂に向かおうか」
おお、そうだった。
二人を呼びに来たんだっけ。
俺は頷き、ちょっと気落ちしてるようなテリオとマルメオさんと共に食堂に向かった。