【構成変更のため投稿終了】幼女に転生した俺が獣人に転生した先輩の嫁になるまでの話   作:ハンヴィー

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「その袋に入っているカプセラを譲ってもらいたい」

 

顔を上げると、そこに立っていたのは、縦ロールを宥めていた執事風の男性だった。縦ロールにペコペコしていた時とは、まるで人が違ったような上から目線だ。

 いきなりのことに呆気に取られていると、それを肯定とでも受け取ったのか、騎士風の男の一人が、袋に手を伸ばそうとした。

 

「おい……!」

 

 激昂しかけたテリオを俺は抑えた。

 なにしろ、相手は街の最高権力者である宗教家の一味だ。

 ここは、唯一の大人であるマルメオさんに任せるべきだろう。

 

「いやぁ、ちょっと待ってもらえますかね」

 

 袋に伸ばされた男の手を、マルメオさんはやんわりと掴んだ。

 口元には子供の我侭を咎めるような微苦笑が浮かんでいるが、目が笑っていない。

 

「な、なんだ、貴様! 邪魔をするのか!」

「そりゃ、邪魔しますよ。俺達が手間隙をかけてせっせと集めたものを、どういう了見で横から掻っ攫おうってんです?」

「い、いてええ!」

 

 それほど力を込めているようには見えなかったが、手をつかまれている男はけっこう痛そうな悲鳴を上げていた。

 慌てて振り解こうともがくが、マルメオさんの手は微動だにしない。

 

「き、貴様。我らに逆らうつもりか!」

「止めろ。こんな所で騒ぎを起こすな」

 

 もう一人の男が腰の剣に手を伸ばそうとするが、初老の男がそれを制した。

 サーラさんは「ひっ」と声をあげ、口に手を当ててオロオロし、テリオは噛み付きそうな形相で男達を睨みつけた。

 マルメオさんは、もう一人の騎士風の男が剣の柄から手を離すのを確認した後、男の手を開放してやった。

 男の手首には、マルメオさんの手形がくっきりと付いていたことに驚いた。

 やんわりとした手つきだったけど、随分と強い力で掴んでいたらしい。

 

「我々は司教台下の者である」

 

 執事風の男が、手首を抑えて顔を顰める男を一瞥しながら、早口に述べた。

 これみよがしに、首から下げているクルセーナ教の聖印を掲げて見せるのも忘れない。

 

「我々もお前達と同じように、カプセラの採集にやってきたのだ」

「それならば、その辺に生えている奴を存分に毟り取って行けば宜しいんじゃないですか?」

 

 馬鹿を諭すような口調で言うマルメオさんに、俺達は一斉にそうだとばかりに頷いた。

 

「ああ、なるほど」

 

 周囲に視線を走らせた後、女性を口説く時のようなイケメンスマイルを浮かべたまま、マルメオさんは得心がいったという表情で頷く。

 

「今をときめく教団の幹部様のお身内が『庶民に混じって汗を流す露骨なアピール』でもしようとしたのだけれど、途中で面倒になったって事なんですね」

 

 初老の男は鼻白み、騎士風の二人は、軽く口を開けた後、怒りに顔を赤くしていた。

 大方、あの縦ロールが司教だか司祭だか教団の偉い人である父親から言いつけられてここまで来てはみたものの、やりたくないとダダをこね始めたんだろう。馬車の傍でのやりとりが、きっとそれだったんだ。

 

「で、結構な量を採集している俺達に目を付けて、分捕りに来たってわけですか。いやはや」

 

 初老の男は、僅かに眉を顰めたが否定はしなかった。たぶん、図星なんだろう。

 それにしても、マルメオさん、けっこう慇懃無礼な態度を取ってるけど、大丈夫なんだろうか。

 この街で権力を握っているクルセーナ教のお偉いさんを敵に回したりしたら、俺達一介の旅芸人の一座なんて、向こうがその気なら、街から追い出す事だって出来るはずだ。

 

「言葉に気をつけてもらおう。それに、タダで譲れと言っているわけではない」

 

 初老の男は、懐から袋のようなものを取り出すと、こちらに放って寄こした。

 地面に落ちたときの耳障りな金属音からすると、金貨でも詰まっているのだろう。それも、結構な額のようだ。

 目を丸くする俺達を余所に、さっきの騎士が得意げに鼻を鳴らし、カプセラの詰まった袋に手を伸ばした。

 しかし、またしてもマルメオさんがその腕を取った。

 

「ぐあああっ! な、何をする、貴様……!!」

「いや、だから。それはこっちの台詞ですってば」

 

 聞き分けの無い子供に言い聞かせるような口調で、騎士の腕を掴んだ。よくよくマルメオさんの顔を見てみると、口振りとは裏腹に目がちっとも笑っていなかった。

 

「良いですか? ここにあるカプセラは俺達がギルドから仕事として請け負い、この子達が一生懸命汗水流して手間隙かけて採集したものです」

「そ、それがどうした!? 金は払うと言っているだろう!!」

 

 苦痛に顔を歪めたまま、男は悲鳴のような怒号を上げた。

 

「そういう問題では無いんですよ。ここで集めたものを金につられて差し出したりしたら、俺達に仕事を任せてくれたギルドの顔に泥を塗ることになります。それに、一度請けた仕事をすっぽかすような事を仕出かせば、次からは仕事がもらえないかもしれません。俺達の今後の信用と生活に関わることなんですよ。上級国民の方々には理解できませんかねえ?」

 

 語尾にハハン? とでも付きそうな軽薄で小馬鹿にした感じの態度だったが、言ってることは非の打ち所が無い正論だ。

 

「そういうわけなんで、譲って差し上げるつもりは毛頭ございません。他をあたってくださいなっと」

 

 言い放つと同時に突き飛ばすように男の手を離した。バランスを崩した男は、その場に尻餅をついてしまう。

 飄々としたマルメオさんと、険しい表情の執事一行が少しの間睨みあった。

 そんな大人達の一触即発なやり取りを、俺達お子様三人は固唾を呑んで見守っていた。

 

「そちらの娘は、異教徒……いや、東方人か?」

 

 執事の男が話を逸らすように、俺の顔をチラ見してきた。その視線に思わず身体が強張る。

 

「それがどうしたって言うんだよ!!」

 

 マルメオさんが口を開く前に、テリオが噛み付くように吼えた。

 

「そうです。故あって預かっている東方人の娘です。それが、何か?」

「……確認しただけだ。いくぞ」

 

 執事は二人の騎士に目配せをした後、踵を返した。射殺すような鋭い視線をマルメオさんに投げかけた後、男達も後に続いた。どうやら、諦めてくれたらしい。

 俺とサーラさんは、同時に深い安堵の溜息をついた。

 

「なんだよ、あいつら! ふざけやがって!!」

 

 憤懣やるかたなしといった感じで、テリオは声を荒げていた。

 その声を聞き流しながら、去っていった連中の背を追っていたところ、同じようにカプセラを採集している一般人に譲るように交渉しているのが見えた。断固として、自分達で採集する気は無いらしい。

 

「さあ、気にせずに採集を続けようか」

 

 マルメオさんは何事もか無かったかのように言った。

 だけど、本当に大丈夫なんだろうか。俺達みたいな旅芸人一座が、この街の権力者である教会に逆らったわけだけど。

 それに、あの執事っぽいおっさんの反応も気になるんだよな。

 そんな不安な心境でマルメオさんの顔を見つめると、マルメオさんは笑顔を浮かべながら、安心させるように俺の頭をポンポンと叩いた。

 

「心配はいらないよ、マーヤ。お前に手出しはさせないからね」

 

 うん。もちろん、それもなんだけどさ。俺がそれよりも気になったのは、街で一番の権力者である教会関係者に真っ向から喧嘩を売るようなまねをしても良かったんだろうか。俺達旅芸人一座をどうにかするなんて、造作も無いことだと思うんだけど。

 俺がそんなことを黒板に書いて見せると、マルメオさんは笑みを更に深くした。

 

「確かに、彼らがそれをやろうと思えば、出来ないことは無いね」

 

 だったら、なんであんな態度を取ったのさ。不味いじゃないか。

 

「そんな事をすれば、彼らはギルドを敵に回すことになる。ギルドも、教団には多額のお布施をしているからね。ギルドの依頼を邪魔したとなれば、それがどんな些細な依頼であっても、ギルドの顔に泥を塗ることになる」

 

 なるほどなぁ。そういうことだったのか。

 まあ、ギルドとしても、そんな理由で依頼した仕事をすっぽかされたりしたらたまらんよな。面子も潰れるし。

 それに何より、マルメオさんが執事に向かって言ったように、目の前の大金につられて請け負った仕事を放り投げるようなことをすれば、次からは仕事が回されなくなって困るのは俺達自身だ。

 納得した俺は、採集の作業に戻ることにした。

 幸いなことに、縦ロールにも見つかっていないし、これ以上気にするのは止めにした。

 その後、何事もなく採集を続けていた俺達だったが、少し離れたところから悲鳴のような声が聞こえてきた。

 

「ねえ。今、何か聞こえなかった……?」

「聞こえた。女の悲鳴みたいだった!」

 

 不安そうに尋ねるサーラさんに、テリオが勢いよく答えた。どうやら、聞こえたのは俺だけじゃなかったらしい。

 マルメオさんは、今までに見たことの無い厳しそうな表情で、声が聞こえてきた方向に目を向けている。その真剣な表情に、いつものチャラい雰囲気は微塵も感じなかった。

 暫くすると、悲鳴と喧騒が漣のように広がっていった。

 

「あ、あそこ!」

 

 テリオが指さす先に目を向けてみると、俺達のいるほうへ必死の形相で走ってくる人の姿があった。中には、怪我をしている人もいる。

 一体何が起きているのか、固唾を呑んで見守っていると、一番最後尾を走っていた女性が、大きく目を見開いてうつ伏せに倒れた。

 

「ひっ……!!」

 

 隣でサーラさんが口元を覆い悲鳴を上げた。俺も同じ心境だった。うつ伏せに倒れた女性の背後からは、血糊の付いたまさかりのようなものを持った奇妙な連中がいたからだ。

 その姿は、端的に言って二本足で歩く豚だった。ファンタジーでおなじみのオークとでも言うのだろうか。

 見えているのかどうかすら疑わしい白くにごった目で逃げ惑う人々を睥睨し、牙の生えた口元から粘性の唾液を滴らせながら、キーキーと耳障りな鳴き声の様なものを立てている。

 サーラさんでなくても目を背けたくなるような、醜悪そのものの面相だった。

 人間と同じ五指のある手に得物はを持っているが、衣服のようなものを身に着けておらず、さながら前足が手になった豚が直立しているようだった。しかも、全員オスらしく、股間には人間の男のソレにそっくりなものがぶら下がっていた。

 

「コミーピッグ……! なぜ、こんなところに……」

 

 マルメオさんが呻くように呟く。あれが、この世界のモンスターなんだろうか。先輩と一緒にプレイしていた『チートオンライン!』にも、ファンタジーの定番ともいえる豚のモンスター、オークが居たが、こんな気色の悪い外見ではなかった。

 

「マ、マルメオさん……!」

「三人とも、俺の傍を離れるんじゃないぞ」

 

 誰もが我先にと逃げ出そうとした結果、周囲は大混乱に陥っていた。街道にいたっては、横倒しになった馬車に塞がれ、大渋滞を引き起こしていた。このままじゃ、俺達も逃げることが出来ない。

 

「教団の騎士の連中はどうしたんだよ!」

 

 逃げ惑う人々の間からそんな怒号が飛び交う。俺も全く同感だった。もう既に自分達だけ避難したのか、姿が見えない。

 

「おかあさん! おかあさああああん!!」

 

 悲痛な叫び声に顔を上げると、4,5歳くらいの女の子が、倒れている女性に縋りついて泣きじゃくっていた。衣服をどす黒く染めた女性は、ピクリとも動かない。生きているのかどうかさえ分からない。

 女の子の背後には、いやらしく口角を吊り上げた三匹の豚が、嗜虐的な笑みを浮かべ迫っていた。

 

「え!? いやああああああ!! やだ、やだあああ!!」

 

 二匹の豚が女の子の髪を掴んで引き離すと、彼女の服を引き破り始めた。残されたもう一匹は、倒れた母親の衣服を引き裂いている。こいつら、まさか。

 

「三人共ここを動くな!」

 

 これから見せ付けられるおぞましい光景に戦慄しかけた時、マルメオさんがそう叫んで飛び出した。逃げ惑う人々の間を縫うようにして、女の子と女性が倒れている場所まで走っていく。

 自分の傍を離れるなと言った傍からと思わないでもなかったが、目の前で異種姦レイプなんぞ見せ付けられたくは無かった俺としては、むしろマルメオさんに賞賛を送りたかった。

 

「キッ……!?」

 

 女性に圧し掛かってた一匹が、マルメオさんに気付いて身体を起こす。

 

「ふんっ!」

 

 気合の声と共に、胡乱げに顔を上げた豚の鼻面に、強烈な蹴りが叩き込まれた。

 何かがひしゃげるような音と共に、耳障りな悲鳴を上げながら豚人間はひっくり返った。

 

「ブギィィィー!!」

 

 怒りの声を上げながら飛び起きた豚だったが、既に剣を抜いていたマルメオさんがその首元を切り裂いた。豚の首元から鮮血がほとばしる。ごぼごぼとうがいをするような音を立てながら、豚は喉元を押さえながらその場に崩れ落ちた。喉元を掻き毟りながら暴れた後、徐々に動きが鈍くなっていく。中々にスプラッターな光景に、俺は完全にフリーズしてしまった。

 マルメオさんは剣を一振りして刃に付いた血を振り払い、女の子を組み伏している残る二匹に剣先を向けた。

 自分達より強い相手が現れたと見たのか、豚二匹は明らかに及び腰になっていた。

 二匹で互いの肩を押しやる様子が、「お前が先に行け」みたいにやっているように見えて、こんなときにもかかわらず、少しおかしかった。

 マルメオさんがそいつらのほうに一歩踏み出すと、比喩でなく文字通り飛び上がり、豚二匹は一目散に逃げ出していった。

豚を追い払ったマルメオさんは、倒れている女性の容態を確認している。

 俺達は、弾かれたようにマルメオさんのほうへ駆け出していった。

 

「う……」

 

 さすがのテリオも、目の前に広がる凄惨な光景に顔を顰めていた。サーラさんに至っては、口元を抑えてしゃがみ込んでいる。俺もそうしたい気分だった。うっかり、未だに痙攣を続けている豚と目が合ってしまい、更に嫌な気分になる。

 うつ伏せに倒れこんだ女性は、背中から夥しい血を流していた。傷口からは何か白いものも見えていて、素人の俺が見ても助かりそうには見えなかった。

 マルメオさんを見上げると、悲痛そうな表情で首を左右に振った。

 

「おかあさん! 起きて! 起きてよお!」

 

 娘と思われる女の子が、女性に縋りついて泣きじゃくっている。

 逃げ惑っていた人達も、危険が無いと分かったのか、徐々にこちらに集まり始めていた。

 何人かの大人は女の子を慰め、更に何人かの人達は、とたんに姿を消した教団の連中への悪態を吐いていた。教会の治療院から癒し手を連れて来いとか、もう間に合わないとか、そんな声も聞こえてくる。

 俺は、一縷の望みを賭けて、『生命感知』のスキルを使ってみた。すると、今にも消え去ってしまいそうになりながらも、女性を表す点は、未だに白く表示されていた。まだ生きているのだ。

 ……もしかしたら、俺の『超回復』の能力で助けられるかもしれない。

 だけど、確証は全く無い。

 これまで、自分の能力を確認するために、女将さんを始めとした女性陣にマッサージと称して力を使ってみたり、稽古でクタクタになっているテリオの擦り傷や疲労をこっそり治してみたりしてきたが、あくまでそれは、本人にも気付かれないぐらいの簡単なものだ。こんな瀕死の重傷を負っている人を助けられるとは限らない。

 それに、もし助けることが出来たとしても、こんな人目に付くところで能力を使ってしまえば、トラブルに発展するのは目に見えている。奇異の目で見られるだけならまだしも、今度こそ魔女狩りの対象にされてしまう可能性だってある。

 そうなってしまえば、とうぜん劇団にも迷惑を掛ける事になってしまう。

 

(くそっ)

 

 俺は意を決し、倒れている女性の傍まで歩み寄った。やっぱり、保身のために見捨てるようなことは出来ない。そんな事をすれば、小心者の俺は、ずっとこの時の事を気に病み続けることになる。そんなのは嫌だ。

 

「マーヤ……?」

 

 訝しむマルメオさんには答えず、俺は女性の傍に膝をついた。

 静かに呼吸を整え、俺は『超回復』を使った。女将さん達やテリオに使う時は、かなり抑え気味に使っていたが、自分の中にプールされている力を全開にするイメージで、『超回復』を使用した。

 女性の傷口にかざした両手から、一気に体力が抜け落ちていくのを感じ、酷い倦怠感を覚えた。周囲の人々の驚愕したような声がどんどん遠ざかっていき、急速に視界が狭くなっていく。

 

「お、おい、見ろ! 傷が塞がっていくぞ!!」

 

 そんな声が遠くから聞こえた気がする。

 俺は歯を食いしばり、そのまま力を使い続けた。

 僅かに身動ぎしながらうっすらと目を開く女性の姿を最後に、俺の意識は完全に失われた。

 なんだか、気を失ってばかりのような気がするな、なんて自嘲的に考えながら。

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