「七夕イベント……ですか?」
「あぁ」
数日後、奉仕部にやってきた一色に俺は生徒会主催の七夕イベントを提案していた。
七月七日は期末テストの二週間ほど前なので、まじめに勉強している生徒には息抜きに、高校生活エンジョイなリア充もテスト追い込み前の遊ぶ機会としていいだろう。そう思っていたのだが――
「「「「…………」」」」
なんか皆反応してくれないんだけど。
「なんかまずかったか?」
「あ、いえ。去年まではやってませんでしたし、生徒会的にもありだとは思うんですけど……」
賛同してくれてるっぽいけど、どこか歯切れが悪い。だめならだめって言ってくれればいいのに。
「一色さんは、あなたからイベントの提案をしてきたことに困惑しているのよ」
「そうだよヒッキー! どっかで頭ぶつけた?」
「お兄ちゃん……まさか小町のご飯で食あたりに……」
「え、お前らひどくない?」
たしかにらしくないとは思うけど、そこまで言われる筋合いは……ある気がする……。ありますね、はい。
「いや、この間の件で痛感したんだよ。俺のいままでの行動のせいで皆にも迷惑かけちまったわけだし。だからその……何かしら行動で示せないかなと、思って……だな……」
どんなに“これから”をがんばったところで“これまで”は消えたりしない。どんなに聖人ぶっても前科持ちは前科持ちの肩書をずっと背負うことになるし、号泣議員は死ぬまで号泣議員の業から逃げることはできない。
けれど、“これまで”が消えないとしても、“これから”の行動による影響は零ではない。ならば、自分のために、周りのために自分を変える努力がしたかったのだ。
きっと去年の俺が見たら嫌味な笑いを浮かべることだろう。大事なものを持っていなかったから、失うものがなかったから。俺は欲深い人間なのだ。ようやく手に入れたものを、失いたくはなかった。
「ま、裏方が合ってる俺にはこういう企画の提案くらいしかできないわけだが」
葉山みたいに前に出ることのできない自分を歯がゆく感じるが、そんな全体をすぐに変えるのは無理だ。少しずつなら変えられるかもしれないけれど。
「ちなみに大まかな企画案はこれになる」
鞄から昨日まとめた案を取り出して一色に見せる。案と言ってもそこまで大きなことはしない。七月七日の放課後、事前に書いてもらった短冊を校門に用意した笹にくくりつけてもらい、多少のステージ演目を行うというものだ。
「結構シンプルですね。この短冊を書いた人にあげる飲み物ってなんですか? マッカン?」
お前は俺を妖怪マッカン飲んでけとか思ってないか? いや、マッカンも魅力的だけど。
「カルピスだよ」
「? なんでカルピス?」
頭にはてなマークいっぱいのガハマさん。まあ、わからんよな。
「カルピスってのは七夕生まれの商品らしくてな。最初の頃は天の川をイメージした青地に白の水玉のパッケージだったらしいんだ」
「へー、ヒッキー物知りー」
昨日調べて初めて知ったんですけどね。いや、七夕らしい飲み物ってなんだよ! ってガチで焦って調べたわけだが。
「飲み物はそれでいいとして、ステージ演目というのはなにをするのかしら? もう一カ月もないわけだし、あまり無茶なことはできないと思うのだけれど」
「それも考えてある。確か演劇部が去年の大会で七夕ネタの演目やってたはずだし、軽音楽部や吹奏楽部も声かけれるだろ? 後は去年の文化祭の有志団体にも声をかければ、そこそこの人数が集まると思うぞ」
これは一色の手伝いをしていた成果と言える。年度末の資料整理の時に演劇部の部活動報告書が目に入ったからな。それに、これなら葉山グループを引っ張ってこれる。葉山をランドマークにした客引きは効果絶大だからな。参加者の増加も見込めるだろう。
「あと、これに伴って一つのチェーンメールを流したい。……あぁ、去年のあれじゃなくて、もちろんいい意味のな」
呪いの手紙の反対で幸せの手紙といったところだろうか。七夕イベントに向けて噂をチェーンメール方式で流す。『七夕イベントに参加すると願いがかなう』とかだ。正直内容は好意的であればどうでもよくて、拡散されて、皆のイベント認知度が上がることが重要である。
「確かにそれでイベントを皆に知らせることはできるでしょうけど、一度も行ったことのないイベントにそんな噂がついていたら変ではないかしら?」
まあ、現実的な雪ノ下がそう思うのは当然だろう。初めてのイベントですでに良い噂が立っているとかテコ入れ感が半端ない。
しかし、ここは高校。青春を謳歌せし者たちの巣窟なのだ。
「学生ってのは馬鹿だからな。自分たちに都合のいいものは都合よく解釈しちまうもんさ。朝の星座占いだって上位になっていれば嬉しいもんだろ。それと同じでいい噂のあるイベントには参加したくなる」
俺の案はこんなところだ、と話を区切ると、背中に温かい感触。振り返ると小町がたまらんと言わんばかりに笑いをこらえてふるふると震えていた。
「なんだよ……」
「いやー、お兄ちゃんは本当に捻くれてるなーって。まあ、いつもと捻くれ方が少し違うけどね!」
堪え切れなくなったのか声を上げて笑い出す。あの、抱きつかれると柔らかかったり温かかったりいい匂いだったりするんですけど! けど!
「小町はいい案だと思うよ! きっとみんな楽しめるだろうし」
ぽんぽんと頭を撫でられるのすっごい恥ずかしいんですけど。いつもやる側だからやられる側って超恥ずかしいんですけど! けど気持ちいい!
「な、仲良いですねせんぱいたち」
「あ、あまりそういうのを見せないでもらいないかしらシス谷君……」
「……いいなぁ」
皆恥ずかしそうに眼をそらすのやめてくれる? 俺が一番恥ずかしいんだから! あと由比ヶ浜、いいなぁってなんだ。小町に頭撫でられたいの? 小町は誰にも渡さんぞ!
「ま、まあ私もこの案でいいと思いますよ。早速明日生徒会の方に話をつけてみます!」
雪ノ下と由比ヶ浜も納得のようだ。却下されることも考えていたので一安心、といったところか。
話合っていたら丁度いい時間になっていた。今日はここまでということで解散になった。
生徒会の方も一色がなんとかしてくれるだろう。明日からイベントの準備に取り掛からないとな。
帰り道、小町と二人で手を繋ぎながら帰る。あの日以来自然とお互いの指をからませるようになっていた。
普通に手を繋ぐのとは違い、指と指の間からも小町の熱が伝わってくる。接触による熱の伝達。ただそれだけのはずなのに、どうしてこんなに幸せな気分になるのだろうか。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「イベント、うまくいくといいね」
楽しそうに笑う小町。その笑顔はイベントの成功をすでに確信しているようだった。
つうか、そんな笑顔不意打ちで見せないでくれ。顔が超熱くなるし、自転車がなければ抱きしめてるのにとか考えて悔しくなっちゃうから。
「そうだな……」
「あ、お兄ちゃん顔赤―い」
「うっせ……」
ここ最近はこんな軽いやり取りもできなかった。そう考えると、会話の一言一言がうれしくて、やっぱりこいつのことが好きなんだなと実感させてくれる。
この手はもう絶対に離したくない、後悔したくないと思った。
「お兄ちゃんはやくー」
「…………」
もはや恒例になった添い寝なのだが、こうも我が物顔で俺のベッドに居座られるとちょっとイラッとする。まあ、そう言うところもかわいいんですがね。
「ぇ……」
小町の両頬に手を添えて――
「ぁ、ぁの……お兄ちゃん?」
じっくりと小町を見つめて……ひっぱる!
「いはいいはい!? おにーひゃんいはいよ!?」
「あぁ、なんかイラッとしたからついな」
「ついで妹の柔肌を蹂躙するとか、小町的にポイント低い……」
その言い回しはおかしいぞ小町よ。蹂躙なんて言葉よく知ってたな、由比ヶ浜よりは頭がいいだろう。
少しやりすぎてしまったかなと思いなおして、優しくさすってやると気持ちよさそうに目を細めてくる。
「お兄ちゃんやさしー。……あ、でも痛くしたのもお兄ちゃんじゃん。マッチアップってやつだ」
「それを言うならマッチポンプな」
お前は一体誰と戦う気なんだ……。やっぱりお兄ちゃん小町の頭心配だわ。今度勉強教えた方がいいかな……。
そんなどうでもいいことを考えていたのだが、ふと小町の唇に目がいく。
「…………」
そういえば、この前この唇キスしたんだよなーとか考えると、なんか無性においしそうに見えると言うか、今すぐ食べたいと言うかいやいや何をがっついているんだ俺は。
「おにーちゃんっ!」
「な、なんだ……んむっ!?」
小町が悪戯っぽい声を上げたと思うと、この前のように唇を奪われていた。驚きの後にやってくる心地の良い快感にあらがうことを忘れてしまう。
「んっ……ぁむっ、ちゅ……はむっ、ぷちゅっ……」
押し当てるようなキスから唇をついばむようなそれに変わる。試しに俺の方からもし返してみると、少し驚いたようだがすぐに受け入れてくれた。
しかし、どうして唇がこんなに気持ちいいのだろうか。そういえば、唇は人体の中でもっとも熱に敏感ってえりな様も言ってたな。熱に敏感ということは同時に刺激に敏感ということになるのだろうか。なんだそれ、唇刺激されただけで即落ちまである。いやない。
「んにゅ……ちゅむっ……はむっ……んむっ……」
唇をついばみ、ついばまれる。お互いを刺激し合う行為にただただ夢中になっていた。
「ぁんっ……ちゅっ……ぷはっ……」
唇を離すと浅く息をしながらトロンとした目で小町が見上げてくる。その表情やばいからやめて! お兄ちゃんの理性削り取らないで!
「ぁ……」
頬から肩に置く場所を移していた手を腰に回して少し強めに抱きしめる。おずおずと小町も俺の背中に手を回して抱きしめ返してきた。
「お兄ちゃん……」
「ん?」
「お兄ちゃんはずっと小町のお兄ちゃんでいてくれる?」
「あたりまえだろ。ずっと小町のお兄ちゃんで、小町の彼氏さ」
えへへぇ、と笑いながら俺の胸に頬ずりしてくる小町がかわいくて、気がつくと抱きしめながら頭を撫でていた。
「へへぇ……あ、お兄ちゃん! 明日土曜日だけど暇だよね?」
「…………」
ほう。いや暇だけどさ。彼氏なお兄ちゃんがいつも暇みたいな言い方するのは八幡的にポイント低い。いやいつも暇だけど。
「…………」
「あ、ごめんお兄ちゃん。冗談だからほっぺに手を持ってくるのやめて」
ちっ、ステルスヒッキーモードで引っ張ってやろうかと思ったがばれてしまった。
「はぁ、暇だけどどうしたんだよ」
「ならさ! 一緒にお出かけしよーよ! デート!」
デート、か。そういえば付き合う前はデートだなんだと出かけていたが、付き合ってからは忙しかったし、デートらしいデートはしていなかったな。
「いいぞ。けど、小町が喜びそうなところ知らないんだが」
「わかってるよー。だから今回は小町におまかせっ」
さすが小町、俺のことをちゃんと分かっているな。できる彼女に八幡感激だわ。
「じゃあ、そろそろ寝るか」
時計を見ると、午前一時。あれれ? おかしいぞー? キスし始めたのって十二時ごろだったはずなんだけど。キスとハグで一時間とかちょっとよくわかんない。
これ以上夜更かしをすると明日のデートに支障をきたしそうなので、二人して布団に入る。
「おやすみ」
「おやすみー、お兄ちゃん」
小町を抱きしめてふんわりした髪に顔をうずめると小町の匂いが鼻腔をくすぐる。最初はこのいい匂いを嗅ぐだけで緊張したりしたが、ベッドでならむしろ安心する匂いだった。心が落ち着く匂いに小町のやわらかい感触が合わさり、俺の意識はゆっくりと沈んでいった。
奉仕部の話書くと他の子の方が小町より動かしやすい罠
なのでちょっとデート回を挟むことに
千葉の兄妹が休みにデートするのは当然だな!
高坂とか比企谷とか風見とか千葉の兄妹姉弟は仲が良すぎる! いいぞもっとやれ