その後、なんだかんだと作業に追われて気がつけば七月七日になっていた。対外的には生徒会主催とはいえ、企画を持ち込んだのは俺なので総指揮に指名され、慌ただしく活動していたらあっという間だった。校庭に用意されたステージは公立高校のイベントとは思えないほど立派なものだった。正直、マラソン大会の表彰式みたいなしょぼいのの予定だったが、雪ノ下がなにか手を回したらしい。雪ノ下家怖い、けど今回はありがたい。
当初の予定では地域住民の目にも止まるように校門に笹を置く予定だったが、話し合いでステージの横に複数置くことに変わった。最初は青々とした葉が積極的に主張していたが、日もだいぶ傾いたころには色とりどりの短冊でカラフルに彩られていた。
チェーンメール作戦やポスターに葉山のバンドが参加することを掲載したりした効果か参加者もかなり多い。全校生徒の半分といったところだろうか。文化祭の有志団体も結構な数が了承してくれたため、ステージ演目もかなりのボリュームになっていた。なんだかんだ有志団体のクオリティ高いんだよな。逆に高くなきゃ有志団体なんてやらねえか。
七夕というよりはもはやプチ文化祭である。やっぱうちの高校ノリいいよなー。時々県下有数の進学校ってこと忘れるわ。
元々少数で進めた企画だったので、特に大きなトラブルもなくイベントは進んでいる。
「ねえ……」
そんな中見回りをしていると声をかけられた。振り返ると――
「相模……」
バツが悪そうにしている相模南その人であった。あれ以来特に学校で会うこともなかったが、不登校になったりはしていなかったようで少し安心する。俺のせいで不登校になられたら気分悪いもんな。
「この前は……ほんとにごめん!」
驚いた。相模南という人間は利己主義で、プライドの無駄に高い人間だと思っていたから俺に対して頭を下げることなど予想していなかった。
「別に気にすんなよ。あの時も言ったが、別に俺は相模を助けるためにあんなことを言ったわけじゃない。いや、そもそも助けるためだったとしても最低な方法に違いはないんだから、お前が俺を非難することは普通なんだ。だから謝る必要なんてない」
むしろあの時、俺が謝罪しようとしていたのだ。相模に謝られることなど想定していなかった。
「それでも、謝らないと、私が前に進めないから」
まっすぐに見据えてくる相模の目を見て、俺は思わず感嘆を漏らした。あぁ、こいつは受け入れたんだ。自分の弱さを、醜さを。受け入れて、昇華させようとしている。進もうとしている。“成長”しようとしている。
「じゃあ、その覚悟だけ受け取っとくよ」
人は簡単には変われない。けれど、本当に変わろうとする意志があれば、意志を持ち続ければ、きっと変われるのだろう、進めるのだろう。
相模と別れ、ステージに目を向ける。ステージ演目もトリの葉山バンドまで進んでいた。相変わらず学生とは思えないほどうまい。人前でも緊張している様子はないし、他の演奏のミスに対するフォローもできている。しかし、そこに向上は見られず、まるで葉山だけが文化祭のテープを流しているかのような錯覚を覚える。それでも一人だけ一回りも二回りもうまいわけだが。
葉山隼人は変わらない。選ばないし選べない。そこにあるのは変化してしまうことへの恐怖だ。きっと何でもそつなくこなしてこれからも変わらない葉山隼人であり続けるのだろう。
比企谷八幡は変わりたい。選べないことで切ったカードで自分自身が傷つくのはもういやだから。けれど、人は簡単には変われない。俺は停滞しすぎた。停滞した先で、多くの枷を負いすぎた。俺が変わることは、許されるのだろうか。
「お兄ちゃん!」
愛しい声が聞こえて振り返るより早く、小町が抱きついてくる。
「おう、どうした?」
「そろそろエンディングだから集まってっていろはさんが」
え、それ俺も行くの? 超めんどいんだけど……。
「さ、早くいくよ!」
有無を言わさぬ小町に抵抗する気力も起きず引っ張られる。兄の威厳が……元々なかったわ。何それ悲しい。
「お兄ちゃん」
「あん?」
「イベント、成功してよかったね!」
「……そうだな」
まあ、笑顔の小町が見れるなら、こういうのも悪くない……か。
「みんな~! 今日は楽しんでくれたかな~?」
一色の声にマイクもないのに「おおー!」とでかい声が返ってくる。ほんと元気ですねこの高校。
「そろそろ楽しい時間も終わってしまうわけですが、皆さん空を見てみてください!」
皆が一斉に空を見上げる。ところどころから感嘆の声が上がった。
わざわざステージを屋外に用意した理由がこれだった。幸い天気は快晴で雲ひとつない。見上げた夜空には――無数の星達によって形成された天の川が広がっていた。膨大な恒星の集団が作り出すミルキーウェイに会場全てが包まれたような錯覚を覚えた。
「今回は企画からあまり時間はありませんでしたが、無事イベントを成功させることができました! お手伝いしてくれた方々、ステージに参加してくれた方々に拍手をお願いします!」
割れんばかりの拍手。それだけで、企画を打診した甲斐があったと実感できた。一度舞台下の生徒たちを見渡した一色は……ん? なんでこっちに来るんだ?
「そして!」
「うぉっ!? ちょっ、一色!?」
腕を急に掴まれ、舞台袖からステージに引きずり出される。
「今回のイベントの企画、指揮を行ってくれた比企谷八幡先輩に改めて拍手を!」
先ほどと同様、いやそれ以上の拍手が巻き起こる。どっかからか「ヒーキッタニ! ヒーキタニ!」とコールも響く。いや待て、ちゃんと名前紹介されたのにヒキタニはおかしいだろ! 戸部か? 戸部なのか? おのれ戸部許さん。
「お前なあ……」
「だってせんぱい、いくら行動したって、その行動を知ってもらわないと、周りは理解する機会もないじゃないですか」
「……まあ、それは、な……」
一色いろはは聡い。俺とは違う視点で人を見て、俺とは違う視点で人を理解する。だから、たぶん俺のやりたいことを理解して、アシストをしてくれたのだ。まったく、本当にあざとくて、よくできた後輩だよ。
「ありがとな、一色」
「いえいえ、なんてことないですよ~」
こうして、俺達の七夕は幕を閉じた。
「お兄ちゃん、それネットでレシピ見つけて作ってみたんだけどどう?」
「ん、おいしいけどちょっと食感が固いな。温かいうちに食べる方がいいのかも知れん」
昼休みはいつも通りベストプレイスで小町と弁当を食べる。そこに少し前のようなぎこちない空気はないし、俺も実に楽しい。
夏の強い日差しに臨海部特有の風がちょうど心地いい。弁当を食べ終わってからもギリギリの時間まで二人でだべる。
俺の悪評はなくなりこそしなかったが、もはや表には出ないほど落ち着いた。相模が噂の流布をやめたのもあるが、どうやら噂の打ち消しをした人間がいたようだ。葉山や相模自身、そして去年の文実メンバーの一部だ。相模のサボり黙認の中サボらずに来ていた何割かは俺を密かに評価していたようで、打ち消しにかかった葉山達に同調して影ながら動いてくれていたらしい。
――きっと、お兄ちゃんの頑張りを分かってくれる人たちはちゃんといるから。
あの日、小町が言ったことは本当だったな。自分のことなのに自分よりも分かっている人間がいるというのは不思議な感覚だ。けど、悪いものじゃない。
だから、俺のことを俺以上に知ってくれているこの物好きを悲しませないように、俺はがんばろう。そのためならきっと、変わることもできる。
「ふぁ、お兄ちゃん?」
小町の頭に手を乗せて軽く頭を梳いてやると、目を細めながら小首を傾げてくる。なにその気持ちよさと疑問を同時にあらわしたような表情。かわいいし顔面器用すぎるだろ。
「小町……」
「ん?」
「……いや、やっぱなんでもない」
ありがとう、と素直に感謝も言えない俺は相変わらず捻くれている。そこを変えるのももう少しかかりそうだ。
「そっか……」
そんな俺になにも言わず寄りかかってくる小町。今は支えられてばっかりだ。だからいつかそれ以上に俺が支えられるようになりたい。
優しさをはらんだ風は、静かに風向きを変えた。
これにて本編完結です
最初はこれの半分くらいで終わると思っていたのですが、予想以上に長くなってしまいました
途中でいろいろ挟んだせいでgdgdしてしまった感が否めませんが^^;
このシリーズの本編そのものは今回で終了ですが、ひょっとしたら、本当にひょっとしたらこの話を下地にした短編とかを更新するかもしれません
まあ、気が向いたらなんで、期待せずに待っててくだせえ
次はなに書きましょうかねー
八幡と①一色と小町
②生徒会長と妹
③あざとい後輩とあざとかわいい妹
④小悪魔と天使
いやー悩むなー
※UA60000、お気に入り900件ありがとうございます!